第101話 偏る思想と溢れる想い
エントランスの出来事が終わり私は地下牢に来ていた。
何故、面倒な一件を終えて後はイチャイチャし放題だったのに、こんな陰気臭い場所へ来たのか。
それは仮にも主人である
でなければこんなところ、進んで来ようと思わないだろう。
しかし悪い事だけでもなかった。
それはエルシアが同行を願い出てくれたことである。
目的はわからないが、最初はダメだと言っていたレクスィオに何度もお願いしていた所を見ると、何かしら理由があるのかもしれない。
そうして王城内で限られた1つの出入口から入り、それなりに薄暗い通路区間を4つ程歩いた最奥。
前を歩いていたレクスィオの足が漸く止まる。
「カセイド」
「……」
眼前には他の独房より幾分か大きな空間が広がり、その中にはレクスィオを睨みつける
僅か1日足らずで豹変した様子のカセイド。 いや、取り繕わなくなったというべきか。
上げていた前髪を下ろし、服装は服としての機能を最低限に果たす布きれのみ。
手枷や足枷などではないが、明らかに王族として暮らしてきた人間にはストレスが堪る何もない殺風景な環境。
そんな部屋でカセイドは憎々し気な視線を送り、無言を貫いていた。
(もっと喚き散らかすと思ってたけど以外ね。 ああ、違う……これただ拗ねてるだけだわ)
数秒の間、無言で視線を交差させる二人。
沈黙が周囲を包み込む中、先にその静寂を打ち破ったのはレクスィオだった。
「ムールス男爵」
「っ」
たった一言の呟きに明らかな反応を見せたカセイド。
隣のエルシアも微かに反応を見せたことから、この場でソレがわからないのは恐らく私だけなのだろう。
「ユリガ伯爵、モットー伯爵、ミタイ子爵、レズモ男爵、イッコウニー男爵、そして……カマワン公爵」
地下牢にはレクスィオの淡々とした言葉が響き渡る。
1人、また1人と名が挙がっていけば半信半疑だったカセイドもその意味を理解したようだった。
「皆、お前の企てに加担し、今しがた幽閉された貴族達の名だ」
「ッ、お前……何、勝手なことッ――」
「――彼らには自ら犯した罪を償ってもらう。 そしてそれはお前もだ、カセイド」
興奮の前兆を見せたカセイドに、レクスィオは冷や水を浴びせるように冷淡に言葉を告げた。
シンと静まる地下牢にレクスィオの冷ややかな声が響く。
先程の一件、貴族たちを幽閉した時点でこの派閥争いには勝負がついたように思えたリア。
敵対する陣営のトップがこの有様で、その幹部連中ともいえる人間達が拘束されたとなれば、もはや護衛は不要である。
それでもここに来た理由は『念の為』であり、自身に不愉快な思いをさせた男はどうなったのか、その毛ほどの興味を満たす為だけだった。
しかし、やはり1日経過しただけではリアの期待していた様は見れないようだ。
檻に閉じ込められ王族には無縁な装い、そして魔封じの
(特に……何も感じないかな。 強いて言えば外見が中身に追いついたってとこだけど、やっぱり私の中では限りなくどうでもいい存在だったってことね)
毛ほどに存在した興味はすっかり消え失せ、リアは唯一の癒しであるエルシアに身を寄せる。
エルシアはすっかり慣れてしまったのか、侍女であるリアが不審な行動をとっても、特段気にした様子を見せなくなってきた。
(そういえばエルシアは
不思議に思いつつも、彼女が何もしないのであればそれはそれでいい。
もしかしたら、決めあぐねている、それかタイミングじゃないだけかもしれないのだし。
リアは内心でにやりと笑みを浮かべてエルシアを堪能してる中、カセイドは項垂れたように地面を見つめ黙り込んでいた。
「何故、ヤンスーラと手を組んだ? 自分が何をしたのか、わかっているのか?」
「……忌み子が、偉そうに。 ――僕は決してやってないが、企てた奴の気持ちくらいわかる」
「……どういうことだ?」
突然、訳の分からないことを喋り出すカセイド。
リアは興味のなかった二人の会話に耳を傾けた。
すると、くつくつと肩を震わせ始めたカセイドが「簡単だ」と呟き出す。
「この国から……人類種以外の穢れた血を、根絶やしにしようとしたんだろうさ」
「っ!」
再び顔をあげたカセイド。
その顔は醜くも歪み、血走った目から本心から言ってる言葉だとわかる。
ここに来ても人類至上主義か~っと、内心でうんざりした溜息を吐くリア。
「6年……いや、それより前だったか? 人類種には"神の祝福"を授かった選ばれし者たちが次々とその姿を現した。 僕の覚醒が遅いのは気にくわないが、まぁいい。 だが魔族や亜人連中はどうだ?」
両手を広げ、芝居じみた態度を見せながらニヤニヤと口元を歪め挑発的に目を開いたカセイド。
今までのカセイドを見て馬鹿だと思っていたが、どうやら人をムカつかせる才能は持っていたようだ。
話の内容はどうでもいいけど、その顔はなんかムカつく。
「そいつだけじゃない、僕だってそう思うんだ。 世界中の人類種はきっとこう思うだろう。『亜人や魔族は世界から弾き出された劣等種であり、居なくなるべき存在なのだと』。 なら、そんな連中と仲良くやろうとする
『クククッ』と何故か勝ち誇ったように笑い続けるカセイドに、リアは無意識に冷ややかな目を向ける。
自分に酔ってるのか、それとも開き直ったのか。
ほとんど自白しているような内容に呆れる他ない。
(つくづく思うけど、やっぱり"人類種至上主義"を掲げている人間にまともなの居ないわね。
そんな風に考えていると、ふと隣から視線を向けられてる事に気づく。
視線の主、それはエルシアだった。
どこか憂いを帯びた美貌は悲しそうに眉を顰め、その宝石のように潤んだ瞳を真っすぐに向けてくる彼女。
(そんな顔をして一体どうし――あ。 もしかして私が吸血鬼だから心配してくれてる? ~~っ!! あ~もうっ好き!! エルシア、なんて良い娘なの!? ここが地下牢じゃなくて二人っきりなら押し倒して抱き枕にして、あんな事やこんな事ができたのにぃ!!)
レクスィオはまだしも
その代わり、彼女にしか見えない向きで最高の微笑みを返すことにした。
『
すると、リアの想いが伝わったのだろう。
エルシアはほっとした表情を浮かべると、まるでリアの言葉に返すかのようにその目に愛おしさを含ませ頷いてくれたのだった。
(……ん? 私いまOKされた? ……っ! それなら今すぐ婚約破――)
「どうやらこれ以上、お前と話すことはないようだ」
そんな何の話をしてるのか忘れかけていたリアは、天にも昇る思いを突然に打ち切られた。
「ハッ、自分がどれだけ歪んでいるのか、まだわかっていないようだな。 可哀想な兄上だ」
侮蔑と嘲笑と含んだカセイドの言葉に、レクスィオは一切の反応を見せず背を向ける。
そうしてリアとエルシアへ「行こう」と一言口にすると、何処か怒りを含んだ足取りで来た道を戻っていくレクスィオ。
これで漸くこんな辛気臭い場所ともおさらばできると思ったリアだったが、エルシアの用事はいいのだろうか? それとも本当に様子を見に来ただけ?
「おい、そこの銀髪の女」
それは明らかにリアを指し示す言葉。
区域ごとに分け隔てられている扉は目と鼻の先、このまま無視していけばいいものをリアは反射的にその足を止めてしまった。
すると、後ろの方ではっきりと聴こえてくる程のため息が吐き出される。
「侍女の癖に、本当に生意気で不快な奴だ。 だが僕は寛大だからな、それくらい許してやる。 いずれお前は……僕の物になるんだから」
耳を疑う発言にリアの全身は鳥肌が立ち並び、思わず振り返ってしまった。
きっと今の自分はアイリスやレーテ、エルシアには見せれない顔をしていることだろう。
すると、いつの間にか自身の手がエルシアの両手に包まれていることに気づく。
「リア様……行きましょう?」
「……。 はい、そうですね」
(っとと、危ない危ない。 本当に頭おかしいんじゃないの? 幽閉されて処分を待つだけの虫が、状況がわかってないのかしら? 血剣投げそうになったわ)
リアは未だ収まらない怒りを無理やりに呆れに変えて、エルシアと手を繋いだまま扉へと向かっていく。
「ああ、それと……じゃあね。 エルシア姉様」
「……」
リアやレクスィオとは話す声音が違う、猫撫で声のような上機嫌な声にエルシアは一瞬足を止めるものの、すぐに歩きを再開しだしたのだった。
それからというもの、レクスィオの護衛形態は大きく変わることとなった。
カセイドの幽閉により――病床に伏せっているという国王を除いて――唯一の指導者となったレクスィオ。
王妃については肉親関係であるカセイドが幽閉されてることで、一時的に監視ありきの謹慎をしているそうだ。 興味がないからよくは知らない。
そして護衛は増員され、中立の立場に立っていたガリウムは数々の証拠から正式にレクスィオの近衛騎士となったらしい。
――するとどうなるか。
そう……まだ完全に終わったわけではないけれど、私が四六時中レクスィオと一緒に居る必要がなくなったのだ!
加えてこれまでの"前報酬"として護衛時間は格段に減り、レクスィオ自身が多忙を極めるようになった為、エルシアと会う制限が消えたのである。 ――つまり。
「――……リア、……リア? 大丈夫ですか?」
鳥の囀りのような美しい声、リアはカップ内でゆらゆらと揺れる橙色から視線を外す。
正面には淡い光に照らされたエルシアが首を傾げ、心配そうな表情でこちらを見詰めていた。
「ああ、ごめんなさい。 エルシアの声が余りにも聞き心地よかったから、思わずうっとりしてしまったわ」
「……へ? あっ、もう! それはそっくりそのまま貴女へお返しします! というより……本当に大丈夫ですか? やはり日差しが強すぎましたか?」
確かに太陽は鬱陶しいけど、まだ気になるレベルではない。
それに此処はディズニィが用意した住居の敷地内で、最も日差しが当たらない快適な空間である。
これが砂漠地帯や天界なら
「ふふ、大丈夫よ。 私ってちょっと特殊な体質だから、陽の光はそこまで苦じゃないの。 鬱陶しくはあるけど、このくらいなら逆に気持ち良いくらいよ。 ね? レーテ」
「はい、私如きがリア様と比べるなど恐れ多いですが、太陽への耐性があれば確かに心地良い天気だと言えます」
レーテはリアの隣で給仕をしつつ、その目元に黒いアイマスクを付けたまま淡々と答える。
(アイマスク、気に入ってくれたのかしら。 まぁ便利だし、黒髪のレーテにはとっても似合ってると思う。 ……でも自分を卑下しないで欲しいかな。 レーテはとっても素敵な女性、今すぐにでも食べちゃいたいくらいだもの♪)
リアは物言いたげにじろりとレーテを見つめ、そんな彼女にエルシアはきょとんとしながら頷いた。
「そうなのですか? でしたらもう何も言いません。 それで……どうでしょうか?」
「ん? どうって、何の話だったかしら?」
穏やかなそよ風に、まるでセイレーンの様な聞き心地の良い美声。
加えて
こんな理想郷、うっとりしちゃっても仕方ないと思うの。
「街へ出るというお話です、リア様。 今の時間帯であれば人は賑わい、陽光も更に強まりますが治安に関しては最も適してる時間かと思われます」
「あら……それはつまり"デート"ということね!」
「デ、デート? デート……確かに、そう言えなくもないのでしょうか?」
「はい、デートでございます」
「え、デートなんですかっ!?」
「デートでございます。 エルシア様」
「それなら、3人でデートしましょう♪」
「「……え」」
『デート』という単語だけで狼狽えるエルシア。 何故、レーテまで驚いたのかしら。
彼女は照れたように白い肌を赤く染め、視線をあっちこっちへ移動させる様子は非常にそそられるものがあった。
まさか……デートしたことない?
「そんな反応見せられたら、聞かずにはいられないのだけど……エルシアはレクスィオとデートとかしないのかしら?」
するとエルシアはバッと顔を上げると、はにかむ様に笑いを浮かべながらぽつぽつと話し始めた。
「したことは、ある……のでしょうか。 けれど殿下は途中、直ぐに王宮から召し出しを受けてしまい、以降もそういったことは度々あったので。 それからというもの今の様な状況になってしまい、恥ずかしながら……お見送りまでは」
可愛らしい微笑みを魅せつつ、手持無沙汰な様子でティーカップを口に運ぶエルシア。
そんな状態でも、優雅さと気品を損なわないのは流石公爵令嬢だと感心してしまうが、リアとしては昂る気持ちを抑えれそうになかった。
(ふふ、ふふふ……どうやら天は、婚約者同士の実りなど応援していないようね。 応援してるもの……それは綺麗と可愛いが溢れる女同士の実り! ええ、わかってるわ、これは約束された勝利の百合。 ……っ、やったー!エルシアとの初デートは私のモノよ♪ ぐへへ)
リアは溢れんばかりの『欲』と『愛』をその胸に、満面の微笑みを浮かべて椅子から立ち上がる。
絹の様な白銀の髪を陽光に反射させ、座るエルシアへと手を差し伸べた。
「それじゃあ私が、お見送りまでしてあげる♪ 行きましょう?エルシア」
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