第100話 お構い無しなメイド様
気になる魔女ちゃんを脳裏に、リアはアイリスを愛でつつエルシアとイチャイチャすることにした。
レクスィオやゾーイは無反応を貫き、見慣れていないディズニィやレット、彼女の父親であるユーエスジェは難しい顔を浮かべて何とも言えない表情で、チラチラと盗み見るように見てきた。
鬱陶しさは覚えたが、特に気にする必要のない視線。
でもレクスィオ、それでいいの?
例え、そこに愛がないとしても。 一応は婚約者であるレクスィオが涼しい顔でまるで気にしない様子に、謎の敗北感を憶えるリア。
まさか、ーーこれが勝者の余裕というやつ?
(ふふ……ふふふ、……いいわ、なら教えてあげる。 恋愛はなにも、男と女だけに成立するものじゃないのよ?)
燃えたぎる様な闘志を胸に、絶対に堕としてみせると早速行動に移すことにしたリア。
といっても、本格的にイチャイチャするの場所を弁えることにする。 ……嫌われたくないし。
だから今はただ隣に座って、体を密着させたり体を預けるようにして肩を借りたりする程度。
後はスキンシップに腕を絡めてみたり、密かに手を繋ぐ程度だろうか?
エルシアは恥ずかしそうにもぞもぞ体を動かし、その綺麗な瞳で止める様訴えて来たが、体が言うことを聞かなかったからしょうがない。 可愛かったなぁ……うへへ♪
そんな状態で興味のない話には耳を傾けず、気付けば解散になったのは夕方以降のことだった。
話は主にレクスィオと二大テーマパーク貴族を中心に行われ、何やら難しい話をしていたがリアは右から左に流していたことから内容はさっぱり不明である。
そうして一度は帰宅し、翌日になってもう何度目かわからない『面倒な依頼』へ後悔をしながら王城へと戻ってきたリア。 ――思い出すのは起床後のこと。
数日前、ディズニィに貸し与えられた一軒家には、新しくオッドアイエルフのリリーが住み始めた。
しかし初日以降、深い眠りについたまま未だベッドから目覚めぬ状態が続いている。
今日も含めて、一応は《血脈眼》で彼女の容体を確かめたが、確認できたのは『昏睡』『自然同化』の状態異常のみ。
(昏睡の状態異常はわかる、現実でもゲームにもあった物だから。 でも『自然同化』って何かしら? 読んで字のごとくなら、自然と同化してるってことなんだろうけど意味が分からない。 ……はっ!まさか自然と同化して消えちゃうなんてことないよね? ――いやいや、まさかそんな……はぁ。 『解毒吸収』が使えれば楽なんだけどなぁ)
彼女の現状が毒状態に分類されない以上、お手軽解毒は使えないのである。
せっかく助けた美少女?が昏睡状態となってしまい、心配と口惜しい気持ちで一杯になったリア。
すると遠目に、城のエントランス付近が騒がしいことに気付いた。
面倒ごとに巻き込まれる、と直感で悟ったリアは仕方なく『万能変化』で白蝙蝠へと変化すると、一直線にレクスィオの執務室へ向かうことにする。
――あれから2時間。
これで何回目かわからない"謁見願い"を断り、流石のゾーイも若干疲れた顔をして部屋を退出していく。
そんな不憫な先輩侍女にリアは同情の視線を向けながら、未だ執務机に噛り付くレクスィオへと目を向けた。
「いいの? 相手にしなくて」
「これでいい。 ガリウム卿がこちら側に手を貸してくれている以上、奴らも強硬手段には出れないだろう」
顔を上げることなく、ひたすらに手を動かしつつも返事だけはしっかりと返してくるレクスィオ。
この王子の言う通り。 案の定というべきか、翌日になって革新派の貴族達は騒ぎ出した。
ここに来る途中、エントランスが騒がしかったのは謁見を断られた貴族達がプチ抗議活動のような事をしていたかららしい。 暇なんだろうか……?
いや、それだけカセイドが大事ということなんだろう。
「ふーん、それで貴方は何をしてるの?」
「この絶好の機会を逃す手もないだろう。 だから今のうちに進められるものは有利に進めないとな」
そう言ってニヤリと笑うレクスィオの手元には書類の山が塔のように聳え立ち、リアが行えば1日で投げ出したくなる量を喜々として行ってる姿は、狂人のように思えてならなかった。
するとその瞬間、執務室の扉がノックもなく開け放たれた。
「殿下っ、ご無礼をお許しください! たった今、エントランスにて貴族派閥の衝突が起こりました!」
「そうか、漸くか。 配置には?」
慌てふためくゾーイとは反対に、レクスィオは驚いた様子もなく手を止めて椅子から立ち上がる。
そんな王子に、微かに肩を揺らし息を荒げるゾーイは静かに頷くのだった。
「皆、位置に着いております」
「もう少しかかると思ったが、ユーエスジェが動き始めたということは……集まったんだろう」
レクスィオは自然と口角を上げその瞳を怪しく光らせると、思い出したように王子然とした表情を貼り付けて振り返る。
向けられた瞳は嬉々として煌めき、表面だけでは隠しきれない高揚感を感じたリアは、この派閥争いの終わりを直感的感じたのだった。
そうしてレクスィオに続き、リアと数人の護衛騎士、加えてそれなりの荷物を持ったゾーイが騎士に助けられながら、エントランスへと続く通路を歩いていく。
近付くにつれて――リアに取っては毛ほども影響を与えないものだが――エントランスから噴き出る様なピリピリとした感覚が肌の上を走り抜け、続けて思わず眉を顰めてしまいそうな喧騒音が聴こえてきた。
通路から顔を出せば、そこには夥しい数の貴族と思われる人間達がエントランスで溢れかえり、見事に二分化されたグループが互いにいがみ合って言い争ってる真っ最中だった。
それぞれの先頭には、他より一際目立つ豪華な装飾が着いた服を纏った男が二人。
片方はリアが知ってる人物だった。
(ユーエスジェ? それに……ディズニィも居るわね。 目の前で喚き散らかしてる豚は何かしら?)
二人の男を先頭に、各派閥の貴族達が対立するようにエントランス中央を独占しており、その周囲には少数の恐らくどちらにも属していない貴族たちの姿が見えた。
今にも、取っ組み合いが起きそうな一発触発な雰囲気。
そんな空気で踏みとどまっているのは、彼らが貴族というのもあるだろうが、大きな理由としてその中間に佇む巨漢ーーガリウムの存在が大きいのだろう。
革新派のトップと思える小太りな男は、醜い剣幕でユーエスジェへ詰め寄り怒涛の勢いで喚き散らかすも、見た感じ本人は全く意に介した様子を見えていない。
「醜い……それに哀れね。 ……あら?」
女性の姿もチラホラ見える中、やはり大多数を男が占めるエントランスにリアは顔を顰めながは視線を彷徨わせる。
すると思わずきょとんとしてしまうくらい可憐な花を一輪、視界に映したのだった。
水のように澄んだ白い髪に、ただそこに居るだけで一面がキラキラと輝く存在――っ、エルシアだぁ!
対立に巻き込まない様にする為か、グループの後方で毅然と佇むエルシア。
リアは少しの間、その姿にうっとりしつつ目に焼き付けると、浮かんだ妙案に口元をニンマリと歪めた。
(あんな男だらけの場所にエルシアを置いてなんておけないわ! 私が助けてあげなくちゃ!!)
周囲には数人の護衛騎士がいるし、ガリウムも何故かレクスィオを護衛できる立ち位置にいる。
っということで、私はむさ苦しい場所に咲く一輪の花の保護に向かう。
「皆、静まれ!!」
レクスィオの張り上げた声がエントランス中に響き渡る。
そんな中、リアはそそくさと行動を開始した。
「皆が今日ここに集まった理由。 それは第二王子、カセイド・クルセイドアの幽閉についてであろう!」
そうレクスィオが口にした途端、エントランスの所々で貴族達は頷き、微かにざわめきを広げ出す。
すると、我慢できなかったのか大股でどかどかと歩み寄ってくる貴族が居た。
「っ、殿下!! 一体何を考えていらっしゃるのですか!? いくらカセイド殿下が貴方と血が繋がっていないからといって、これは大問題ですぞ!?」
「ええ、まったくです! レクスィオ殿下は何を考えていらっしゃるのですか!?」
「殿下、こんな無茶苦茶なことはお止めくだされ! 静養されてる国王陛下がご覧になれば、一体どれ程お怒りになられるか!」
先程のでっぷりとした豚の抗議を皮切りに、他の貴族達も同じように口々に不満を漏らし始める。
そんな煩わしい貴族達をリアが見れば、抗議をしている連中は見事に革新派の集まる一帯だけだと気づいた。
不安そうにこの状況を見守るエルシア。
「エルシア様」
「え、あっ、リア……様?」
唖然として驚くエルシアに、リアは思わず緩んでしまう顔で微笑みかけた。
……んっ、ほのかな甘い香り、いい匂い〜♪ ペロペロしたいわぁ……ハッ!
「こほん、レクスィオ殿下がお呼びです。 ご同行願えますか?」
「え……殿下が私を? そんな話は……いえ、わかりました。 それじゃあお願いします、リア様」
「はい。 ではこちらへ♪」
可愛らしく戸惑いながらも、公爵令嬢然と気丈に振る舞うエルシアに内心悶えるリア。
そうと決まれば、一刻も早くエルシアをこの息苦しくもむさ苦しい男連中の世界から連れ出す必要がある。
未だ状況が呑み込めず、困惑した感情を漂わせたエルシアをエスコートしてレクスィオの下へと向かう。
気付けばエントランス内は静まり返っていた。
いや、先日と同様、カセイドの罪とその証拠を掲げながらレクスィオが無理やりに黙らせていたというべきか。
罪状とその証拠が次々に上げられていく中、無事レクスィオの下へエルシアを連れてくることに成功する。
あとはこの状況でリアがやれることと言えば、黙ってこの状況を眺めつつ主人(仮)を護衛することのみである。でも。
(それじゃあ退屈よね。 カセイドを幽閉した今、後は残ったこの豚どもを処理するだけでしょ? なら、私は私の好きにさせて貰うわ。 ということで、えへへ~)
「リ、リア!? 何をやって――」
「何って、手を繋いでるの。 ……ダメ?」
小声で抗議してくるエルシアの声に耳を癒されながら微笑むリア。
そんな照れた様子に拍車がかかり、ただ手を繋ぐという状態から指を一本ずつ絡めていくことにする。
「っ! で、ですが……今は」
「大丈夫よ、ほら」
頬を微かに染め、恥ずかしそうに見上げてくる水晶の様な瞳。
そんな可憐な姿に頬を緩めつつ、視線で指し示すように革新派の連中を見る。
そこには先程まで抗議をしていた貴族やそうでない貴族達が、何処からともなく現れた騎士達に次々と拘束されていく光景が広がっていた。
ざっと数十人は見える騎士達、そんな光景にリアは先程の執務室でのゾーイとレクスィオの会話を思い出す。
『配置には?』
『皆、位置に着いております』
これはそういうことだったのだろう。
手際が良いというか何というか、きっとカセイド幽閉からここまでの流れは全てレクスィオの想定内だったのだろうと今になって思う。
離れた所から未だに「殿下!殿下ぁ!!」とレクスィオを呼ぶ声々が聴こえてくるが、拘束され後は連れていかれるだけの人間に出来ることなどない。
(これで終わりか~。 正直、数か月はかかると思ったけど意外と早かったかな? はぁ……♪ そんなことよりエルシアの手、本当にすべすべ♪ このきめ細かく手入れされた美爪や、傷一つ見えない真っ白な綺麗なお肌。 ……もう癖になっちゃいそう)
既にリアの中では、過去の話となっているカセイドや革新派の貴族連中。
他国の話などもちょびっと出ていたが、それはレクスィオが即位してから頑張って付き合って貰えればどちらでもいい。
そう、のほほんと考えていると、やがてエントランスの一部がざわつき始めた。
「これは何事ですか!!」
突然に響き渡る、けたたましくも怒りを多分に含んだ女の声。
繋いだ手からビクッと跳ねる様な振動が伝わり、次第にエルシアの表情に小さな陰りが生まれるのをリアは見逃さなかった。
お気に入りで友達のような関係、常に堕としたいと考えている対象のエルシア。
そんな大切な彼女にこんな顔をさせる雑種はどこの誰なのかと、リアは若干の苛立ちを覚えながら振り返った。
視線の先にはキラキラと鬱陶しい程の装飾を輝かせ、主張の激しい原色系ドレスを身に纏った女が映り込んだ。 化粧が濃くて無駄に煩い、リアの嫌いなタイプである。
女は物凄い形相で周囲を見渡し、レクスィオに視線を止めると躊躇うことなくコツコツとヒール音を響かせながら歩き出す。
「王妃様、私は――「レクスィオ! 貴方、自分が何をやっているのか、わかってるの!?」」
言葉を強引に遮り、自身よりも頭2つ分は大きいレクスィオを鋭く睨み上げる女。
黙り込んだレクスィオに女は忌々しそうに眉を潜め、手を振り上げた。
「わかってるのかとッ、聞いてるのよ!!」
「っ」
怒声と共に、肉を叩く乾いた音がエントランスへと鳴り響いた。
顔を不自然に傾けるレクスィオと、勝手に叩いて起きながら肩で息をする害虫。
(うわぁ……ないわぁ。 あの害虫って
なんだかんだ言いつつ、最後には笑ってリアのすることを許してくれるエルシア。
隠れて繋ぐ手からは未だ微かな震えが伝わってくるものの、それが別の意味だとということに、握られる強い力が尚一層に強まったことで気付いた。
一見気丈に振舞っている彼女だが、あの光景を見て悲しんでいることは明白。
(私のエルシアをこんなに悲しませるなんて! 今すぐ駆除してあげたいっけど、殺すのは流石にまずいのよね。 う~ん、でも結局面倒ごとに変わりはないのだし、それなら早く終わるよう助け船は出すべきかしら)
悩みつつも決まればリアの行動は早かった。
名残惜しくもエルシアの手を丁寧に解き、見上げてくるその表情に頭をなでなでしたい気持ちを必死に抑えてレクスィオの下へと向かうリア。
「……――カセイドを幽閉したとも聞いたわよ? 呪われてる癖に、よくもまぁ! 一体、何様――「殿下」」
「……リア?」
叱咤されていた本人は以外にも平気そうな顔をしていたが、突然のリアの登場に流石に驚いた反応を見せる。
だが、そんな一介の侍女に話を遮られ黙って見ていられる害虫はこの場には居なかった。
「……たかだか侍女の分際でこの私の言葉を遮るなんてッ。 そこに跪きなさい! 身の程を教えてッ……ぅっ」
リアは詰め寄ってくる害虫に目にも止まらない速さで手刀を打ち込み、一瞬でその意識を根こそぎ刈り取る。
エントランスには未だ貴族達が多く居たが、殺さない程度でも高
「王妃様? どうされましたか? 大丈夫ですかぁ?」
リアの棒読みがエントランスに響き渡る。
唖然としたのは一瞬、大衆の中で肩を震わせていたディズニィが目立ったが、まぁいい。
そんなことより、他と同様に復帰の遅いレクスィオへ目を向けた。――『合わせろ』と。
「っ、……王妃様? 王妃様? っ君、王妃様を急いで主治医の下へ運んでくれ」
「は、はい!」
いつまでも触っていたくない害虫を侍女へ押し付け、空間に嫌な香水の匂いを残しながらそそくさと運ばれて行く一行を見送るリア。
変に注目を浴びてしまった以上、またエルシアとイチャイチャするのは困難だろう。
リアは観念する様にレクスィオの少し後方で佇み、以降は大人しくすることに決めた。 はぁ……辛。
その後、革新派の貴族たちは半数ほどがエントランスに残り、それ以外は無事カセイド同様に地下牢へ幽閉されることとなる。
邪魔は入ったが本人は慣れているのか、レクスィオはすぐさま持ち直すと残った革新派の貴族達へ言い放った。
「カセイドの罪状故、疑いのある関連性の家は徹底的に捜査を行うこととする。 拒否権はない、必要なことだと理解してくれ。 ……拒むというのであれば、私も容赦はしない」
有無を言わさないレクスィオの雰囲気はエントランスを包み込む。
そうして革新派の貴族達は項垂れるように顔を落とし、罪人たちの裁きは幕を閉じたのだった。
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