第99話 退屈な始祖とお義父さま



 カセイドの幽閉を見届け、今からレクスィオが最も信頼できる貴族達が来訪するらしい。


 二大テーマパークの名を冠する貴族。

 偶然にも、その名を持つ貴族達はレクスィオ派閥"保守派"で最も力がある家門であり、いわゆる双璧を成してるようだが、途切れ途切れでも前世の記憶を持つリアとしては疑わざるを得ない。



 "絶対自分以外にも地球からの転生者いただろう"、と。



 ディズニィに関してはリアも認めてる所があり、記憶に新しいことから憶えている。


 しかし、エルシアの父であるユーエスジェに関しての記憶は正直言って朧気だ。 

 精々憶えてることと言えば、自分が瀕死でありながらも必死にエルシアを護ろうとしたことくらいだろうか。


 そんな風に記憶を遡っていると。



 「グァハハハハハハッ!!!」



 室内には堪らずといった雰囲気で盛大な笑い声が響き渡る。

 そんな遠慮のない笑いに、レクスィオは溜息を漏らす。



 「笑いごとじゃないぞ? ディズニィ」


 「っ! ……ククッ、そうですな。 これは失礼致しました、殿下」



 ディズニィはすぐさま笑いを引っ込め、真面目な表情を浮かべながら対面のレクスィオを見る。

 しかし、良く見ればその口元は微かにピクつき、巨体な両肩も我慢できないといった様子で徐々に震えだしている。



 「ですがまさか、切り札として雇った護衛のアルカード嬢が僅か2週間足らずで、カセイド殿下をここまで追い込むとは思いもしなかった故……クククッ」


 「ち、父上ッ!」



 こみ上げてくるような笑いを抑えようとしない父親に護衛のレットは声を荒げた。

 すると、ソファに座るディズニィは手をひらひらと振りながら頷いた。



 「ああ、わかってる……わかってるとも。 お前が最近になって角を収めて丸くなったのも、そういう事なんだろう? 無事でよかったじゃないか」


 「ぐっ……」



 苦い記憶を思い起こしたのか、レットは苦虫を噛み潰したかのようにうねり声を漏らす。

 未だエルシアの姿は見えず、その父である公爵も居ないことから情報共有のみを行うレクスィオとディズニィ。




 そんな中、リアは1人離れて窓際の窪み部分に腰掛け、変化して甘えてくるアイリスを愛でていた。


 艶々とした灰色の毛並みに愛くるしい犬の様な狼の顔立ち。

 長くもふもふした尻尾をこれでもかと振り回し、匂いを嗅ぎまわすように鼻先をリアへと近付けてくる。



 「はふっ……はふっ! くぅ~ん?」


 「ふふ、くすぐったいわ。 もうっ」



 聞いてるだけで悶えてしまいそうな、蕩けるような甘く和む声。

 触り心地の良い毛並みをこれでもかと押し付け、ぷにぷにと柔らかい鼻先を伸ばしてはリアの頬や鼻、唇をペロペロと舐めてくるアイリス。


 その紅く潤ませた両の瞳を見れば彼女が「もっともっと!」と求めてくれてることは容易に想像できる。



 「ん~? どうしたの~? アイリス~♪」



 そんな彼女の頭に手を置き、優しく撫でながら自然と口角を緩めて微笑んでしまうリア。

 すると、いつの間にか室内の声がシーンと静まり返り、会話が途切れてることに気付いた。



 「……なに?」



 甘えてくるアイリスから目を離し、何となく振り返り周囲を見渡すリア。

 そこには何とも言えない表情で黙りこくり、こちらへ視線を向けてくる部屋の男達。



 「いや、その……なんでもない」


 「あ、ああ。 アルカード嬢は……うん、変わりないな」


 「…………」



 目が合ったレクスィオは気まずそうに目を反らし、そんな王子に珍しく口籠りながら頷くディズニィ。

 レットは言葉には出さないものの、放心したような顔を浮かべていた。



 「……? そう」



 おかしな3人の反応にリアは思わず首を傾げ、数秒後には興味をなくす。

 二本足で立って寄りかかってくるアイリスを胸元に抱き締め、眼前に見える綺麗なもふもふとした毛並みに欲望のまま顔を埋めるリア。



 ――トントンッ



 室内にはノック音が鳴り響き、一拍置いて無駄のない動きでゾーイが部屋に入室してくるのだった。



 「殿下、セルリアン公爵様がご到着されました」


 「そうか、入って貰ってくれ」



 (……セルリアン、っエルシアが来たのね!)



 二人のやり取りを傍らに、リアは埋めていた顔を上げ頬を自然と緩める。

 すると、室内には新たに2つの、ゾーイを加えて3つの気配が加わった。


 姿を見せたのはリアの待ち人であるエルシア――ではなく、長身ですらりとした背丈でスーツの上に装飾の多いコートを羽織った白髪の男。


 一瞬の落胆を味わったリアだが、そんな男の後ろにちらりと水色のドレスを纏った待ち人が見えた。



 (エルシアは今日もとっても素敵♪ 髪型はハーフアップにしたんだ? 可愛い~!早く吸血したいなぁ。 ……ん? どうしたのアイリス? 何だが……ちょっと不機嫌?)


 「くぅんくぅん? ……っ! ぐるるっ」



 つい数秒前までは甘えるようにその体や頭をすりすりと擦り付けてきたアイリスだったが、白髪の男とエルシアが入室した途端に小さな唸り声を上げ出す。


 それが嫉妬なのだと気付いた時、リアの胸は鷲掴みされたような感覚に陥った。


 思えば私の両極端な好感度内で、どちらにも属していないのがエルシアだ。 お気に入り以上、恋人未満。

 普段から一緒に居るルゥやセレネには慣れているのかもしれないが、始めましてのエルシアに対しては違う。


 私に関して敏感なアイリスこの子なら、自分では気付かない何かに気付いたのかもしれない。



 (エルシアはとっても欲しいけど、アイリスにはそれ以上の愛を与えてるつもりなんだけどなぁ。 う~ん、アプローチ途中だから変に態度に出ちゃってたのかな? ――ごめんね!! 少しでもおざなりになってたなら、猛省だわ! 可愛い嫉妬は嬉しいけど、ちゃんと愛してるからねアイリス~!!)



 威嚇するアイリスをこれでもかと抱き締め、溢れんばかりの愛を注入するリア。 



 「っ、ユーエスジェ! ……なにを?」



 唐突に、レクスィオの慌てて呼び止めるような声が耳に入る。

 リアは夢中になってたことで、気付かなかったどうでもよかったそれに目を向けた。



 (上から影……ああ、ていうかなんで私のところ? この男がエルシアの父親、海竜の時の記憶より随分と若いし……思ったほど脆弱じゃなさそうだけど)



 見上げた先には白髪の男が立っており、数歩の距離を開け無言でこちらを見下ろしていた。

 そんな男にリアは取り繕うのが面倒になり、どうせ正体がバレてると思って開き直ることにする。



 見下ろす公爵と、アイリスを撫でるのを止めずに見返すリア。



 琥珀色の瞳と碧い瞳が空中で交差し、その無言の空間は室内にまで影響を与えた。

 どれだけの時間が経過したか。



 それでもリアは変わらず愛しい彼女を撫で続けていたが、不躾に向けられ視線にどうやらアイリスの心は穏やかでなかったらしい。


 その綺麗な灰色の毛並みには冷気が漂い始め、威嚇するように唸らせる口元には鋭い犬歯を露わにし出す。


 体感ではそれなりに鬱陶しいと思える時間だったが、恐らく数秒ほどだろう。

 やがて、白髪の男はぽつぽつと話し始めた。



 「私の名は……ユーエスジェ・セルリアン。 アッシェア大陸近郊の海域で海竜に襲撃を受け、貴女に命を救われた者だ。 ずっと、あれからずっと……貴女の消息を追っていた」



 思わぬ方向から、反応に困る言葉を貰ったリア。

 すると、男は突然その頭を深々と下げだしたのだった。



 「感謝申し上げる。 例えその目的は違えど、貴女は紛れもなく私と我が家門、そして我が国の恩人だ。 永い間、魔族に誤った見方をしていたこんな愚かな私だが、どうか……この感謝を受け取って貰えないだろうか」



 静かな口調で言葉を紡ぐ白髪の男。


 一応はエルシアの父親ということもあってリアは黙って話を聞いていたが、聞き終わると威嚇する可愛いらしいアイリスを抱き上げる。



 「ええ、受け取ったわ。 じゃあこの話は終わりね」


 「…………は?」



 予想していた反応と違うのか、はたまた理解が追いつかないのか。

 男は姿勢はそのままで、顔だけを上げた状態で素っ頓狂な声を漏らす。


 リアとしては何故わからないのかがわからない。



 「だから、受け取ったって言ったの」


 (その件についてはエルシアにお礼吸血は貰ってるし、変に関わったらまだ依頼だとかお願いだとかされるかもしれないでしょ? 可愛い女の子ならともかく、面倒ごとは結構よ)



 内心呆れながら返すリアの言葉に、ユーエスジェは未だ理解できないといった様子で表情を固まらせる。

 すると、そんなやり取りを見ていたエルシアは天使のような微笑みを浮かべ呆然とする父親の腕を取り、面白おかしそうに笑った



 「お父様、リア様は『どういたしまして』と言ってるんですよ。 だから言ったでしょう? そんな身構える必要はないですって」


 「あ、ああ、そうか……そうだな。 ――何はともあれ、貴女には借りが出来た。 困ったことがあれば遠慮せずに言って欲しい。 我が家門の名に懸けて、それが国に仇なす事でなければ喜んで力になろう」



 娘の言葉で納得したのか、その顔に安堵の色を見せると再びリアへ向き直るユーエスジェ。

 そんな以前にもどこかで聞いたことのあるフレーズに、後ろでこちらを様子見しているディズニィへと視線を向ける。



 「憶えておくわ」



 取りあえず不快な男でなかった為、エルシアの父親ということもあって返事は返す。

 どこかで使える恩。 ……無理やり奪うのも視野に入れてはいるが、一応はお義父さんだと自分に言い聞かせるリア。


 するとエルシアはその美しい顔により一層の笑みを浮かべて、嬉しそうにユーエスジェへ向き直った。



 「ふふ、よかったですね。 お父様」


 「……ああ、そうだな」



 苦笑を浮かべながらユーエスジェはレクスィオとディズニィの居るソファへと戻っていき、残ったエルシアは口元を緩ませながら振り返る。



 座るリアの手を両手で優しく包み込み、見惚れてしまいそうな満面の笑みを魅せるエルシア。


 (その含みのある頷きが気になる。 何か勘違いしてそうだけど、……でも可愛いからヨシ!)



 されるがままに――いや、逆にそのすべすべとした手を包み返し、指を一本一本丁寧に絡めていくリアにエルシアは何かを悟ったのだろう。


 眩しい微笑みは徐々に困惑へと変貌していくと、やがて照れたようにその頬を染めだす。

 先程、アイリスをおざなりにしないと誓ったが、堕とせそうな女の子を前に指を咥えて待つほどリアは愚かではない。


 このまま最後まで行ってしまおうと、心のアクセルを踏み込んだ瞬間。



 「わふっ!」


 「ルシー、リア、そろそろこっちに来てくれるか?」



 アイリスが胸元に飛び込んでくると同時に、ソファに座るレクスィオから呼ばれてしまったのだった。

 ……残念。



 そうしてディズニィとユーエスジェが揃ったことで改めて、これまでの経緯――主にミシス家での出来事とカセイドについて――をレクスィオが話し始めた。



 ここにいるのはリアを除けば、全員が紛れもない貴族でありその中でも最高身分の大貴族だ。

 変に口を挟む人間など居らず、スムーズに話が進んだことで左程時間はかからなかった。


 だが黙って話を聞いていた彼らでも、先程からリアが抱える犬の正体が上位吸血鬼の《変化》した姿であることや、ミシス領で"アニク"という英雄を殺したという話については見てわかる程に動揺と驚愕を露わにしていた。


 なにより英雄を殺したことへの反応も大きかったが、あの英雄の出身国ひいては拠点としての活動領域がヤンスーラ王国ということに、レクスィオも含めリアとしても合点がいったというもの。



 (その国出身の英雄がその国の工作を支援する、何も不思議じゃなかったわね。 一介の貴族に雇えるものなのか疑問だったけど、そういうことなら納得)



 どうでもいいことではあるが、ヤンスーラ王国は砂漠のど真ん中にある国らしい。


 中 央リヴァデイア大陸でも北東部に位置するのがクルセイドア王国。

 そこから西へ突き進んでいくと、砂漠のヤンスーラ王国、渓谷のエルファルテ帝国と3国が並んでいるみたいだ。

 

 あの英雄がターバンの様な物を巻き、民族衣装な装いだったのは砂漠国出身だったからなんだろう。




 カセイド幽閉までの経緯を話し終えたレクスィオは一息つき、各々が内容を咀嚼するタイミングでまるで見計らったかのように突然、執務室の扉が開かれた。



 開いた扉から姿を現したのは、全身を黒いローブに包んだ1人の老婆。


 長く黒みのある紫髪は顔を覆い隠し、僅かに見える口元には不健康そうな青白い肌が姿を覗かせている。

 その酷く猫背な姿勢によって身長は低く、纏う雰囲気は何処か不気味なものを感じさせた。


 まるで大昔に逸って今尚語り継がれるホラー映画、井戸から出てくるあの人みたいだ。



 レットは警戒した表情で腰の剣に手を伸ばし、エルシアは平然を装って入るが表情が堅く若干目を逸らしている。


 しかし、それ以外の大人連中と吸血鬼姉妹は特に反応しなかった。

 大人連中は平然とした表情で暢気に紅茶を飲み続け、アイリスは目すらくれずにリアの膝に顎を置き、なんとも緩み切った犬の顔をしている。 とりあえず可愛いから撫でておこう。



 一目で、脅威にはならないと確信した故の理由ではあったが、殺気や敵意、何より外見的特徴と漂わせる雰囲気からリアには心当たりがあった。


 それは突然立ちあがり頬を緩めて老婆を見る、レクスィオの表情を見れば一目瞭然だろう。



 「っ、間に合ったか! 無理をさせてすまない、アイリーン」


 「…………ふんっ」



 アイリーンと呼ばれた老婆は心底不快そうに鼻を鳴らすとローブの中でゴソゴソと何かを漁り出す。

 そして漸くその手を出したと思えば、レクスィオへ向けて無造作にソレを投げつけたのだった。


 慌てながらも、何とかソレをキャッチするレクスィオ。

 すると手に取った瞬間、もうここには用はないと扉が『バタンッ!』と大きな音を立て閉められる。


 どうやら、彼女はソレを渡しに来ただけのようだ。



 (アイリーン……アイリーンちゃんかぁ! 一見老婆に見えるけど、あの子まだ10代だよね? 顔は見えなかったから何とも言えないけど。 気になるわぁ!!)


 リアは己の可愛いセンサーがびんびんに反応してることで、なお一層あの魔女に興味を持つ。

 しかしそれよりもまずはこっちなのだろう。



 「三尾蠍の毒液をベースに特殊な製法で造られた毒薬。 ボビの実、ソルガム……――なるほど。 所々使われている素材は違うが、どれもヤンスーラで取れる物ばかりだ」



 レクスィオは投げられた革袋から取り出した数枚の紙に目を走らせ、その目に意思の光を灯すと静かに頷いたのだった。



 「確定だな」


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