第98話 幽閉される王子と退屈なメイド様
「なるほど。 どうりで示し合わせたようなタイミングだった訳か」
レクスィオは合点がいったといった様子で頷くと、何かを思考しながら机へと目を向ける。
するとゾーイが新たな報告書を差し出し「ああ、ありがとう」とレクスィオは返すと、またしてもリアへと視線を移す。
「ケイトミシスの唐突な謁見に加え、これまで行ってきた数々の罪の自白。 続けるようにそれらの証拠となる取引記録や帳簿を持った商人の訪問が行われ、監禁され拷問を受けていた彼らを連れて来た時にはまさかとは思ったが……」
レクスィオは小さく溜息を吐きつつも、その表情は言葉にしているほど苦労の色は見えず、寧ろ微かに堪えきれない笑みを漏らしているようにも見えた。
そんな王子様にリアは執務机に腰掛けながら、何でもないかのように窓の外へ向けてる視線を戻した。
「まぁ、成り行きよ。 顔は一切見られてないのだし、もしもの時は瞳の色と火系統魔法でも見せればどうとでもなるでしょ?」
「アリバイ作りは、既に済んでいると。 ……少し不安だが吸血鬼と認識させている以上、万が一の際は君が陽光の下に立てば済む話ではあるか」
納得したように口元に手を置き、ゾーイから受け取った書類に目を流していくレクスィオ。
そんな彼を見て、リアは内心で"面倒だなぁ"っと思いながら欠伸を溢す。
どうやらまだ眠気は取れないみたいだ。 当然と言えば当然なのかもしれない。
ミシス家から亜人達を開放し、ティーを呼び寄せて一時的に彼らをドワーフ達の居る北大陸に預けたのが二日前の明け方。
それからアイリスに頼み、彼女の掌握した闇ギルドの連中を集めて
僅か半日足らずで行動に移した
(あ~~レーテ抱き枕が恋しい。 あのひんやりとした体温に胸元に顔を埋めた時に聴こえる心地の良い心音。 目を瞑れば、微かに聴こえてくる色気のある吐息っ。 うぅ、あの天国に帰りたい! アイリスはまだ寝るのかな? はぁぁ、でもそろそろこの継承権争いも終わるのかな? もっとイチャイチャしたいよー!!)
そんなことを内心思っていると、紙の捲れる音だけが響かせる室内で呟く声が聴こえてくる。
「ふっ……ようやくだ」
「随分と嬉しそうね。 レクスィオ」
「ああ、これだけの証拠が揃っていれば、私が個人的に持ってる証拠と合わせてもはや言い逃れる隙など与えないだろう」
そう言って不敵な笑みを浮かべるレクスィオは、その黒曜石のような黒い瞳にギラギラとした強い意思を魅せ、手に持った報告書を机に置きながら立ち上がる。
リアとしては早く終わるなら何でも良かったが、珍しく悪い顔をしているレクスィオに興味を持った。
「どうするつもり?」
こちらに背を向けゾーイが手伝いに入る前に、自身でジャケットに腕を通し外出する準備を行うレクスィオ。
「ミシス子爵が自白したことは直ぐに知れ渡る。 そうなれば革新派の貴族達、少なくても関わっていた貴族達は黙って見ていないだろう。 その中でも忠義に厚い貴族はまず間違いなくカセイドを護ろうと動く筈だ。 だからまずは、そうなる前にその身柄を確保する」
「ふーん、そういうもの? でも、私の労力が無駄になるのは嫌だし、それなら早く行きましょう」
リアは机から降りると身だしなみを最低限に整え、扉へ向かって歩き出すレクスィオの後について行く。
退出する時に扉の脇で待機するゾーイの頭を撫でることももちろん忘れない。
くすぐったそうにはにかむ顔が可愛いのだ。
そうして部屋を退出し、通路で待機している護衛騎士達の前を通り過ぎるレクスィオ。
「大罪人の身柄を確保する。 いくよ」
「「「「はっ!」」」」
4人の護衛騎士はガシャガシャと鎧の音を鳴らしながら、その顔に微かに緊張を含ませリアの後ろへと回る。
護衛騎士の中にはレットの姿も見えたが以前の様な不快な視線はなく、職務を全うしているといった様子で何処か驕ってた様子がすっかり消えていた。
アイリスにコテンパンにされてからというものずっとあの調子の為、彼の中で何かしらの変化があったのかもしれない。 どうでもいいけど。
(鎧の音うるさっ、ちょっと気合入り過ぎじゃない? まぁでも……長年の主君の敵を失脚させられると思ったらこんなもの? いや、やっぱり煩いわ)
そうして王城内の通路を仰々しく歩く私達はそれなりに注目の的になりながら、カセイドの部屋らしき場所へと辿り着いた。
距離にして別フロアでありながらほぼ端から端であり、レクスィオの執務室は謁見の間から意図して離されている様にしか思えなかった。
これもレクスィオが仕来りでいう"忌み子"だからなのだろうか?
扉の前にはカセイドの騎士と思える男が2人左右に並んでおり、突然のレクスィオの訪問に困惑を隠せずにいるようだった。
「レクスィオ殿下。 ……これは、一体?」
「中にカセイドは居るか?」
「なっ何をされに、こちらへ?」
この国の第一王子に対し、一介の騎士である彼らが質問に質問を返す。
加えて礼儀作法すら弁えずに質疑応答する様子は、リアですら「舐められてるな~」とぼんやり思えながら同情の視線を一応は主人(仮)へと向ける。
「私に同じことを二度言わせるつもりか?」
すると、いつもより数段低い声音で話すレクスィオに騎士達は瞬時にその顔を引きつらせた。
「っ、いっいえ!」
「カセイド殿下は中にいらっしゃいます!」
慌てて言葉を返す騎士達に、まるで睨みつけるような凍てついた視線を向けるレクスィオは「開けてくれ」と短く言葉にする。
そんな命令に、未だ戸惑いながらノロノロと動き始める騎士達を置いて、レットを筆頭にしたレクスィオの護衛騎士達がその扉を強引に開け広げた。
そうして雪崩のように入室すると、室内にはお目当ての――何故か上半身裸の――カセイドと令嬢らしき女性がソファで寛いでおり、振り向いた侍女達は驚いた様子でピタリと固まった。
「な、なんだ!? 誰だ、誰が勝手に僕の部屋に入っていいと……っ、兄上?」
突然の訪問に驚きを隠せないカセイドはソファから飛び起き、扉の前に立つレクスィオを見て呆然とする。
そんな中、まるで存在感を消すかのように壁に寄ってジッとしだした侍女達へ、リアは可愛い娘チェックを忘れなかった。
(え!? カセイドって侍女が6人も居るの? 王族の侍女だし、やっぱり皆貴族令嬢なのかしら? レクスィオは私を入れて2人、ううん、正式な侍女はゾーイだけだから1人か。 ……聞いてた通り随分と甘やかされるのね。 あ、あの子ちょっと可愛いかも)
瞼を限りなく閉じた状態で観察を行い、ある程度侍女のレベルを把握したリア。
そんな不真面目な護衛が横にいるとも知らず、レクスィオはカセイドに向けて数歩歩み出す。
「……ラーモンド伯爵令嬢か。 下がれ」
レクスィオは取り乱した様子のカセイドを無視して、隣に座る令嬢に視線を移し有無を言わさない口調で命令を下した。
すると美味しそうな名前の令嬢はソファから慌てて立ち上がり、すぐさま侍女たちと同じように壁の端へと寄り出す。
「兄上? な、何をしに来られたのですか? 何故……このような――」
努めて冷静に、若干顔を引きつらせながら問いかけるカセイドにレクスィオは言葉を被せる様にして、室内に留まらず通路にも聴こえる程の声量で声を張り上げる。
「カセイド・クルセイドア。 国内で禁じられた毒物を他国より持ち込み、貧困層での拡散を指示した疑い。 また第一王子であるこの私への度重なる暗殺に加え、セルリアン公爵令嬢の毒殺未遂。 そしてなにより、隣国ヤンスーラ王国と秘密裏に手を組み国家転覆を企てた罪。 貴様を大罪人としてその身柄を拘束する! ――あの者を直ちに捕らえよ!」
「「はっ!」」
護衛騎士達はすぐさまカセイドの下へと駆け寄ると、その身柄を拘束しようと動き出す。
「なにをッ、なにをする!? この……無礼者どもが! 僕に障るなぁ!!」
両腕を掴み拘束しようとする護衛騎士達だったが、カセイドは上体を力一杯に捻り抵抗の姿を見せた。
そんな光景を、まるで映画館でポップコーンを食べながら鑑賞するような気持ちで見ていたリア。
(ふーん、ヤンスーラ王国って確か『蠍の尾』とかその他の毒物諸々を取引してた商人達の大元だったかな? ミシス家の取引記録は私も少し目を通したけど、量が量なだけにとてもじゃないけど1日2日で見れるものじゃないと思うの。 ……なのに、レクスィオあれを全部読んだの? 闇ギルドに指示してまだ2日よ? 後でレクスィオに聞いてみよ〜)
そんなことを考えていると、室内に鎧を打ち付ける音が鳴り響く。
見れば、カセイドは何処から取り出したのかその手に剣を抜き放ち、拘束しようとする護衛騎士を払いのけていたのだった。
「お、お前ら! そいつの言うことを信じるのか!? だからこの僕を拘束すると!? ……ッ、愚か者どもがッ! どう考えても、あの能無しの考えたでっち上げだろう! 少し認められてきたからって、調子に乗ったのか?」
血走った目でレクスィオを睨みつけ、敵と見定めるように指を指して非難するカセイド。
どうやら取り繕うことはやめたらしい。
(はぁ……抵抗なんかしないで大人しく捕まりなさいよ。 今日はエルシアが来る日なのに時間がきちゃうじゃない)
リアは内心で溜息を吐きながら傍観者で居ることを辞め、黙り込んでるレクスィオの下へとさり気なく近寄り小声で話しかける。
「私が黙らせる?」
「……いや、ジッとしてて欲しい。 まだ君の実力は伏せておきたい」
首謀者であるカセイドを拘束してしまえば、護衛としての実力を隠す必要はそこまでないと思っていたが、レクスィオの考えは違うらしい。
確かに、"可能性として別の首謀者が居る"なんてことも無くはないだろうが、多少常識の範囲内で動く分には問題ないとリアは思うのだ。
「そう? じゃあどうするの?」
振り払われた護衛騎士達は囲うようにして、ジリジリと距離を縮めているものの。
相手がその手に【火系統魔法】を発動しているからか、もしくは攻めあぐねる程にカセイドは実力があるのかわからないが、どうやらレクスィオの判断を待っているようにも見える。
無理やり取り押さえちゃえばいいのに、と思わなくもないが何かしらやりづらい理由があるのかもしれない。
「殿下、私が無力化致します」
唐突に声が聴こえたと思えば、そこには何時ぞやの巨漢――クルセイドア王国の英雄の姿があった。
(やけに他より大きい気配がすると思ったら、英雄だったのね。 殺気がない上に気配が静かだから、他の護衛騎士かと思ったわ)
「……ガリウム卿。 頼む、卿なら他への被害を最小限に抑えれるだろう?」
「御意」
そう短く答えたガリウムはその巨体で混雑気味な入り口の人混みを難なく擦り抜け、リアと一瞬目が合うとすぐさまカセイドへと視線を移した。
ガシャガシャと鎧の擦れる音を鳴らしながら接近するガリウム。
それまでは自身を囲む騎士達が何も出来ないことを悟り、その優位性に浸ったような笑みを口元に浮かべていたカセイドだったが、英雄の姿に気づくとその動きを止める。
「ガ、ガリウム……お前も、僕を抑えるつもりか?」
両目を見開き、自身の旗色の悪さを悟ったのか、その口元から微かな笑みすら消し去るカセイド。
「殿下、ご容赦ください。無実であれば早急に釈放されるでしょう。 その時はこの身を如何様にしていただいても構いません」
「ぐッ、くぅ……っ」
その白い歯をギリっと鳴らし、両肩をピクピクと痙攣させるように振るわせるカセイドは、やがて盛大にわざとらしく溜息を吐き出した。
「……わかった」そう小さく呟き、剣を鞘に納めながら魔法の詠唱をキャンセルする。
あれ……終わり?
クルセイドア王国唯一の英雄の力、見てみたかったんだけどなぁ。 ……残念。
リアは余りにも呆気ない結末に「もう帰っていい?」とレクスィオ目で訴えたが、当たり前のように首を横に振られた。
(あぁ、エルシアに早く会いたい! こんな茶番、私が付き合う必要ないと思うの! でもこれで終わったのよね? これでカセイドは廃位して、レクスィオは【火系統魔法】は残念だけど次期国王? ああ、でも革新派の連中がまだ残ってるのか。 う~ん……まぁその辺はレクスィオが上手くやるでしょ。 私は可愛い子とイチャイチャするついでに、コレを護ればいいだけだしね)
『派閥争い』や『王位継承権』についてはわからないリアは、当然のようにレクスィオへ全て丸投げする。
護衛は護衛らしく、対象を護ることと可愛い子とイチャイチャすることだけを考えることにした。
つまり、通常運転である。
そうして両手を拘束され、魔封じの
「アレは何処に連れて行かれるの?」
「ひとまずは地下牢に幽閉する。 すぐに革新派の貴族達が騒ぎ出すだろうけど、既に手は打っている」
そう言って隣に立つレクスィオは今後の事を見据えた様に淡々と口にし、残った護衛騎士達やカセイドの侍女にまで今後の指示を出していく。
敵陣営である可能性にも関わらず、上の者としてお節介を焼くレクスィオにため息が出そうになるリア。
幽閉……つまり直ぐに処理するというのは出来ないということ。 もう一回くらい、面倒ごとがありそうな気がするわ。
それにしてもあれだけ反抗する気満々といった様子のカセイドが、見ただけで投降する英雄。
気にならないと言えば嘘になるけど、あれが『加護持ち』ならいずれ殺り合うだろう。
そんな大人しく連れていかれるカセイドを見て、その隣の二回りほど大きな英雄に目を向ける。
「そろそろディズニィとユーエスジェが到着する頃だろう。 リア、一度執務室に戻るよ」
「……ええ。 かしこまりました」
エルシアではなく、ディズニィとユーエスジェ?とリアは内心で疑問を浮かべつつ、前世の二大テーマパークを脳裏に過らせながらレクスィオの後をメイドとして付き従うのだった。
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