第97話 暗躍する吸血鬼



 ふとした瞬間に不快感をチラつきながら、その巧みな話術ごりおしによってケイトの心をへし折ったリア。


 あまり長居したい場所でもない為、その後はテキパキと行動に移す事にする。



 まずはアイリスに、ケイトから商人との取引記録やそれに類する物を受け取るよう指示を出し、その後は子爵と念のため御者以外の人間全ての始末を頼むことにした。


 リアがやってもよかったのだが、その場合ここに残った亜人達のことをアイリスに頼む必要がある。

 ただでさえ、我慢を強いらせてしまっている彼女に微塵も好意を抱いていない相手の世話など、私のお願いだとしても少なからず思うことがある筈だ。


 ということで適材適所。



 ケイトを連れて地上へと出ていくアイリスを見送った後、少なからず状態異常は取り除けた亜人達を見渡す。


 そこには自意識を回復させた者も見えるが、大半がその目から光を消したまま空虚に地面を見つめて座り込んだままである。



 (心の生存を確かめるにしても、やっぱり状態異常を取り除いたくらいじゃわからないか。 でも一度助けてしまった以上、取りあえずはやってみるけどね)



 リアは足元に倒れ伏した、背中から鋭利な氷柱で貫かれた夫人の屍を通り過ぎ、未だ唖然としているエルフの元へと歩み寄る。


 そうして一切のアクションも見せずジッとしている彼女に声を掛けた。



 「今の貴女は異常な状態が正常に戻っただけ。 でも他よりは動けそうね」


 「っ! え、あっ……はい。 さっきまでは重くて苦しくて、自分の体なのに何も感じなかったのに。 いまは全然――っ、あの、ありがとうございます! 助けて、くれて……」



 まるで自分自身を確認するかのように唖然と呟きはじめる少女は、突然思い出しように顔を上げ感謝の言葉を口にしだす。 すると、自分の言葉に現実味が帯びてきたのだろう。


 2つの瞳に違う色を魅せる少女は、その目に涙を滲ませやがてポロポロと雫を落とし始める。


 ――この瞬間、リアはこの劣悪な環境下で一輪の花を見た。


 それは気になるあの子から、守るべき可愛い子へと変化した瞬間。

 その認識の変化は、自然と頬を緩ませた。



 「どういたしまして。 なら、手伝ってもらえると助かるわ。 私だけだと時間がかかりそうなの」



 『中位ポーション』をきょとんとした顔を浮かべる少女へ差し出し、リアは困ったように微笑んだ。



 恐る恐る差し出されたポーションを飲み干し、その効果を得たエルフの少女は頼もしかった。


 リアは潔癖症ではないが、やはりここまで不衛生な環境で特に好意を抱いていない相手に触れるのは、正直言って億劫ではある。

 一度助けてしまった以上、放置は後味が悪いと自分自身の為にやってるに過ぎないのだから。



 だがエルフの少女はそんなことお構いなく、リアから受け取った中位ポーションをせっせと亜人達へと飲ませていった。 1本では過剰効果であり、リアにとっては不要な物でも数に制限がある以上、1本で3~4人に小分けにして配らせたのだ。



 しかしやはりというべきか。

 LVが2桁に達してるかも怪しい亜人達は一飲でその効果を現し、瞬く間に血色を良くさせ拷問の傷跡を完治させていった。



 (う~ん、ルゥとセレネには『最上級ポーション』を使ったけど、明らかに過剰だったわね。 まぁ状況が状況だったから仕方ないけど、私がリスクを負う必要全くなかったなぁ)



 心と栄養失調以外、全てを完治させた亜人達。

 見た限りでは獣人4、ドワーフ3、エルフ1、そして人間が2といった比率で、殆どが10代前後。

 ドワーフに限り全員が大人といった様子で、エルフは少女の他にやせ細ってしまったお姉さんが1人だけだった。 全体で20人に満たないくらいだろう。



 そうしてエルフの少女が最後の1人に服用させている所を見て癒されていると、自意識を芽生えさせた何人かに視線に当然ながらに気付く。 その視線に含まれた感情は"警戒"。



 (気持ちはわからなくはないけど、私の愛でる時間ラブウォッチングを邪魔しないで欲しいわ。 っと、終わったようね)



 「お、終わりました!」


 「お疲れさま。 それじゃあ、そろそろ出ましょう」



 恐怖や警戒を抱いてる様には見えないが、どこかまだ緊張してる少女にリアは意識して優しく返す。

 そうして出口へと振り返ろうとした瞬間、「あ、あのっ!」と勇気をふり絞った可愛い声が聴こえて来た。



 「名前……貴女のお名前を、聞いてもいいですかっ?」



 そういえば名乗ってなかった。というか私も、この子の名前知らないわ。



 「……アルカードよ」


 「アル、カード。 アルカード様、ですね」



 メイドをしてる時と名前は一緒の為、万が一に備えて吸血鬼としての名前を教えるリア。

 少女はそんな名前に一瞬驚いたような顔を見せたが、直ぐに元の表情へと戻す。



 「私も貴女に興味があるのだけど、教えてくれないの?」


 「あっ、私は……リリーと言います」


 「そう、リリーね。 とっても良い名前、素敵だわ」



 (リリー……百合ね。 本当に素敵な名前。 付けられた名前の通り、是非その道を歩んで欲しい。 いいえ、歩ませてみせる私が導いてみせるわ!)



 リアはニコニコとした顔をフードの下に浮かべ、もはや慣れかけてしまった――慣れたくなかった――地下室を出ることにした。



 階段を登るにつれて新鮮な空気と血の匂いが混ざり合い、漸くあの環境を抜けれたことでリアは体に籠った嫌な空気を吐き出すように息を吐き出す。



 そうして月明りが視界を照らし、透き通った空気を取り込んだことで漸く地上へ出てきたことを自覚する。



 辺り一帯には血の充満した匂いが漂い、少し離れた所には首と胴体が切断されたアニクの姿が見えた。


 屋敷をぐるりと囲う氷壁は未だその姿を見せており、立ち込めた香りや【戦域の掌握】からして、おおよそ屋敷の人間は全て始末されたと思っていいだろう。



 リアは少しでも自身に染み付いた悪臭を取り除く為、着ていた黒ローブを新しい物と取り換えていると、領域内に感知し慣れた反応を感じ取る。


 ローブを取って姿を晒した時、後ろの亜人達から驚きの反応と声が返ってきたがしたが、まぁ大丈夫でしょう。


 感知した存在は、周囲の空気とは比べ物にならない程の濃厚な血臭を漂わせ、段々とリアとの距離を縮めて来る。



 「お姉さまっ」


 「お疲れさま、アイリス」



 半壊した屋敷から姿を見せたのは、黒ドレスを所々赤黒く変色させ、その手に血の大鎌を持ったアイリス。

 可愛い右頬には返り血と思える血液が付着し、リアを見た途端に花が開くような笑顔を魅せた。


 合流したアイリスは氷壁内の全ての人間を始末したことリアに伝え、報告はケイトについての話へと変わる。



 「――……っということですので、あの虫が取引に使ったと思われる記録や帳簿は全て、既にあそこの馬車へと積んでおりますわ」


 「そう、確認までしてくれたのね。 ありがとう、アイリス」


 「いっいえ、お姉さまが仰られたことを行うのは妹として当然ですわ! それより……その奴隷達、いえその虫達はどうするおつもりですの?」



 リリー以外、少し離れた後方で身を寄せ合う亜人達。

 そこには何かしら基準があるのかもしれないが、普段人間へ向ける口調よりも少しやんわりとした「虫」という単語を使い、淡々とした表情を浮かべるアイリス。



 リアは「そうね~」と呟きながら亜人達へと振り返り、肩身の狭そうな人間達を見る。

 そして人間から亜人、亜人から隣のリリーへと視線を移していき、不安そうなオッドアイと目があった。



 (うーん、人間達とリリーを除いて、まだ亜人達はどうするか考えてないんだよね。 というかそんなことより、まず第一にっ! 私は一刻も早くお風呂に入りたい!)



 ということで、その辺はお風呂に入ってから考えよう。

 いつまでも悪臭を付けてちゃ、イチャイチャすることすらままならないもの。



 「その辺は、追々ね」



 そう呟いたリアは黒銀の指輪を翳し、その顔を赤黒い光に照らしていくのだった。






 コツコツとブーツを鳴らす音が狭い通路へ鳴り響く。


 明かりは最低限に灯された両脇の蝋燭のみで、暗視が可能な種族でもなければ一寸先の足元すら覚束ない暗闇が広がっている。



 長い銀髪を宙に靡かせ、その身にはいつもの白いドレスコートとは違う、フード付きの黒いロングドレスを身に纏っていたリア。 



 【夜禽の帳やきんのとばり



 それはリアの持つ"銀焔の誓衣"とは違い、特定条件下でしか使わないガチ装備の1つ。

 しかし今回に限って言えば、その特定条件下では断じてない。


 むしろ、これまで装備していた"銀焔の誓衣"を筆頭とする"白薔薇の髪飾り"や"月華の腕輪"、"銀焔の敏靴"ですら未だその能力が1度として使われてない時点で、装備など動きやすくて堅いだけの物でしかない。


 では何故、……装備を変えているのか。



 ――気分である。



 ミシス家の地下室で使っていた装備はしっかり洗った後、次元ポケットに収納している。

 もちろん、リアのガチ装備は汚れや悪臭などが付くほど軟ではない。 これは気分の問題なのだ。



 気付けばリアは、長い通路は突き当りの扉まで辿り着いていた。

 眼前には何の装飾もない至って普通の扉があり、開けようと手を伸ばし所でピタリとその手を止める。



 「っとと、忘れてたわ」


 『――取るに足らない虫どもに、お姉さまの絶対的なお力を知らしめるべきですわ!』



 ここに来る前、アイリスから言われたことを思い出し【祖なる覇気】を常時ONに切り替えてフードを被る。

 そうして準備が整ったところで、扉を開いて中へと入っていくのだった。



 部屋へ入室するとその瞬間、全部で10箇所から視線を向けられた。

 事前に感知していた人間達からの反応な為、リアは気にすることなく歩きだす。


 屋内には殺風景な空間が広がり、家具などは一切に置かれていない。

 只々だだっ広い空間に、年齢も性別もバラバラの人間が10人居るだけである。



 その場にはリアの歩みによって生み出されたブーツ音だけが鳴り響く。


 向けられる視線はリアが足音を響かせる度に、その感情は急激に変化していき、次第に空間に音を鳴らすのはブーツ音だけではなくなった。



 「っ、はぁ……はぁ」


 「ひぃっ、っ!」


 「……ぁ、……あっ」



 荒い吐息や靴の擦れる音、たたらを踏み鳴らす音に息を呑む音。

 部屋の節々から聴こえてくる多くの音は10人の内、9人から鳴っている。



 やがて、全員がよく見える位置に辿り着いたリアは【鮮血魔法】で血のソファを創り出すと、迷うことなく腰掛けた。



 (これが王都に潜んだ各闇ギルドのトップ? 随分怯えてるみたいだけど、【祖なる覇気】だけが理由じゃないよね)



 だだっ広い空間でまばらに立つ9人の男女を見て、リアはその原因である10人目、先に来ていた愛しいアイリスへと目を向けた。


 するとそのルビーのように赤く煌めいた瞳と目が合い、アイリスも気付いたのだろう。

 その可愛い顔に満面の笑みを浮かべ、速足で駆け寄ってくるとリアの隣へと体を滑らせる。



 露出した肩同士が密着し合い、柔らかくもすべすべとした感触と暖かな体温が体を伝い心が満たされる。

 ぽかぽかとした居心地の良さと頭を預けるようにして甘えてくるアイリスに微笑みながら、リアは再び眼前の9人へと目を向けた。



 すると全員が全員その目を見開き、まるでありえないものを見るかのようにアイリスを見詰めながら息を止めていると、何人かが怯えた様に顔を引きつらせた。



 「会えて嬉しいわ、闇ギルド」



 そう口にした途端、闇ギルドのマスター達は一斉に倒れる様にして膝をつき、視線を合わせまいと跪いて必死に顔を地面へと落とす。


 いま彼ら彼女らにどれだけの重圧がのしかかり、デバフがかかっているのかは不明だが、その顔と震える体である程度は想像がつく。 だからリアは続けることにした。



 「まずは自己紹介をするわ。 私の名はアルカード。 貴方達の支部を、この子に襲わせた張本人よ」



 そんな言葉に誰一人として顔を上げることはなく、まるで台風が過ぎ去るのを待つかのような反応にリアは少し残念な気持ちになる。


 (あら? 以外ね。 自分の支部が襲われた元凶が目の前にいるのだから、何か反応を見せると思ったけど。 怯えすぎてそれ所じゃない感じかな? それならもう少し覇気を抑えましょうか)



 事前に掌握した各支部のギルドマスターを集めたと、アイリスから聴いていたリア。


 その為、最初に会ったアビスゲートのギルドマスター、グレイを参考に【祖なる覇気】を使用したのだが、誰一人として喋れないらしい。

 ということで、アレの半分の出力に開放を抑えることにする。



 「っ! かはっ……はぁ、はぁ」


 「ぐぅぅ……はっ! はぁ、はぁ……んっ」



 室内に満ちていた重圧が心なしか軽くなり、跪いているギルドマスター達は溜めていた空気を吐き出すように脱力した様子で、吐息を漏らし始めた。



 「これで、少しは楽になったかしら?」



 うっかりやり過ぎてしまったことをなかったかのように、声音を安定させて問いかけるリアに対してギルドマスター達は息を乱しながらもその顔を上げる。


 初っ端からやり過ぎた為、返答がないのは仕方ない……。

 それじゃあ、始めよう。  



 「貴方達にお願いしたいことがあるの。 聞いてくれるかしら?」



 

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