第95話 始祖な吸血鬼の深夜訪問



 瀕死となった英雄アニクを適当に馬車へと積み込み。

 リアはアイリスに腕を組まれながら、ミシス家の屋敷へと向かっていた。


 しかし如何せん、馬車の歩みが想定よりもずっと遅い。

 怯えた様子の御者や青褪めた人間達の心境が影響しているのかもしれないが、こうも遅いと夜明けなどすぐに来てしまうだろう。


 リアとしてはその分アイリスの温もりを感じられ悪くはなかったが、やはりこのままだと時間がかかりすぎてしまう。


 さてどうしようか? と考えていたそんな矢先。



 『こんな虫共の歩みに、尊きお姉さまが歩幅を合わせる必要などありませんわ! ここはどうか私にお任せください』



 赤い瞳をキラキラと輝かせ、「任せて欲しい!」と全身で訴えるアイリスにリアは渋々任せることにした。

 そうして馬車一行とアニクをアイリスに任せ、リアは先程までの歩みの何十倍もの速さであっという間にミシス家の屋敷へと到着したのだった。



 眼前に見えるは無駄に大きく装飾過多な灰色の屋敷。

 夜中だというのに王都の屋敷よりも多くの明かりが灯され、そこには積み荷を馬車へと運ぶ人間達が、それなりに多く見えた。



 (商人との交流が多い貴族みたいだし、不思議じゃないのかもしれないけど……、馬車列アレを見た後だとね~。 なんだか、あの積み荷も怪しく見えてくるわね)



 民家とそれなりに離れた距離にぽつんと建てられた屋敷。

 夜中にコソコソとするならこれ程うってつけな場所もないだろう。


 黒ローブを纏い、顔を覆い隠したリアに気付くものは居ない。

 それなら、"最高の目覚め"を与えてあげよう。


 手首を噛み切り、そのまま宙に向けて鮮血をばら撒いた。



 【壊血魔法】―――"断罪ノ血剣"



 スキルの発動により、飛び散った血液はまるで意思を持ったかのように形作り始め、数秒もしない内にリアの頭上には6本の禍々しい大剣が停滞する。



 「事前に、部屋の位置を聞いておいてよかったわ。 ……さぁ、出ておいで」



 微かに笑うリアは、躊躇うことなく身の丈の数倍以上の大剣を屋敷へと一斉掃射させる。

 弾丸よりも早く放たれたそれらは、瞬く間に屋敷へ衝突すると落雷のような轟音を鳴り響かせた。


 屋敷の周囲には残骸が飛び散り、大量に立ち込めた砂煙の中には薄っすらと黒ずむ開けた大穴。

 それはまるで蜘蛛の巣のような亀裂を作りだし、瞬く間に規模を広げていくと連鎖のように崩壊を拡大する。


 それによって崩れ落ちる瓦礫や飛び散った残骸は、周辺で積み荷をしていた人間達に降り掛かり、人間たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出したのだった。



 徐々に騒がしくなり始めた屋敷内。

 次々と蝋燭に火が灯され、屋内の人間たちが活発なってきたことを視認する。



 「少し、やりすぎちゃったかしら? まさかこれで死ぬなんてこと――……ああ、よかった」



 中々収まらない崩れ具合を見て、リアは内心で「やってしまった」と思い始めていたが、眼前に姿を見せる明らかに使用人ではない男を見て、胸を撫で下ろす。



 「なんだ! 何が起きたんだ!? なっ!……私の屋敷がっ、なぜ……?」



 半壊した屋敷から飛び出すように出て来たバスローブの男。よっぽど余裕がないのだろう。

 視界に入った筈のリアに反応もせず、堂々とその背中を見せて屋敷を見上げる男。


 これで違っていたら目も当てられないが、あの慌てようからして恐らく本人だろう。


 (篭られたら面倒だったけど、炙り出せてよかったわ。 それなら次は心を折りましょうか。 良いタイミングでアイリスが到着できればいいのだけど、失敗したわ。 アニクは私が連れてくるべきだった)


 内心で溜息を吐きながらも、嘆いていても仕方ないと気持ちを切り替えるリア。



 「目覚めの挨拶は気に入って貰えたかしら?」


 「っ!」



 良く通るリアの声に反射的に振り向いた男は、その目を見開き警戒心を露わにする。



 「……何者だ? 貴様は」


 「さぁ? 何者だと思う?」



 リアは手元に血剣を数本生み出し、遠目にこちらを見ていた人間へ無造作に投げ放つ。

 すると対象に吸い込まれるかのように胴体へと突き刺さり、そのまま勢いを殺さず背後の木へと縫い付けた。



 「……吸血鬼か。 何が目的だ?」



 見せびらかすように【鮮血魔法】を使った甲斐もあり、男はリアの思惑通り吸血鬼だと認識した。

 顔を見られると連行した後に万が一なこともある為、こんな面倒な事をしたが、概ね今のところ上手く進んでいる。



 「答える前に一つ。 貴方がミシス家の当主で、間違いないのかしら?」



 フード越しでもわかるよう大袈裟に首を傾げるリア。

 男は鼻下の無駄に形の整った髭を、手で整えながら答える。



 「如何にも。私がミシス家当主ケイト・ミシスだ。 名前を名乗ったのだ、そちらも名乗るのが礼儀じゃないかね?」


 「貴方は何を言ってるのかしら? 私がそれを守る必要ある?」



 傲慢なリアの言葉に、分かりやすく眉を跳ねさせたケイトは小馬鹿にしたように鼻で笑いだす。



 「はっ、所詮は魔族か。 確かに魔族に礼儀を重んじた私が浅はかだったな」



 そう口にするケイトは、先程まで屋敷の半壊に狼狽えていた男とは違う。 どこか落ち着いた、余裕すら感じられる雰囲気を醸し出していた。



 (随分余裕そうね。 考える時間ができたことで、時間を稼げばアニクが戻ると思ってるのかしら? それともまさか、もう一人英雄を雇ってるとか? それならそれで構わないけど、無様な姿が見られないのはちょっと残念ね)



 黙るリアに期待した反応が返ってこなかったからか、ケイトは面白くなさそうに溜息をつく。

 そして唐突に片手を突き出し、そこに嵌めてある指輪を光らせるのだった。



 「どうやって屋敷を破壊したのか知らんが、その代償は貴様のちっぽけな命で支払って貰おう。 余裕を見せていられるのもここまでだ。 ……魔族は魔族らしく、何も成せずまま滅びるがいい!」


 (あれは、装飾装備アーティファクト? 状況やエフェクトからして召喚系かしら? 一体誰を呼ぶつもり)



 リアのステータスなら装飾装備アーティファクトが発動する前に、その腕を斬り落とすことなど造作もないが警戒心よりも好奇心が勝ってしまった。



 時間にして数秒、光は一際大きく輝きを放つと役目を終えた様にその指輪はボロボロと崩れ落ちていく。 1回限定の装飾装備アーティファクトだったのだろう。


 ケイトの横では何処からともなく白い煙が立ち籠り、まるで召喚を阻止されなかったことで勝ちを確信したかのように口元をにんまりと歪める。



 「くくく……愚かにも程があるな? さぁ修羅の英雄アニクよ、仕事だ。 あの愚かな吸血鬼を貴様の刀の錆としてやれ! あーっははははっ!! 愚かだ! 本当に愚かが過ぎるぞ? 魔族ぅ?」



 もはや自分が不利になることを一切疑っていない様子で、リアを煽り散らかすように腹の底から高笑いするケイト。


 そんなケイトの言葉を他所に、リアは聞き洩らさなかった名前に腹を抱えて笑うのを必死に堪えていた。



 (アニクっ、アニクだって? ふふふっ、やばい面白い……どうしよ。 あの自信に満ちた顔がどう変わるのか見ものだわ。 あっダメ……我慢できないっ。 まだよ、まだ耐えるのよリア! あれがアニクをしっかりと見てからが本番なのよ!? ふふっ、あー楽しみだわぁ)



 肩が震え出すのを必死に抑え、息を止めたことでフード下では顔を赤らめたリア。

 そうして立ち籠る煙は次第に晴れていき、未だ馬鹿にするような高笑いをしているケイトが目を移す。



 「はははははっ! はははは、………………は?」



 現れたアニクは既に虫の息であり、四肢は当然のように斬り落とされている。

 ケイトは何が起きたのかわからないと目を点にし、今度はリアが耐えきれずに吹き出してしまう。



 「……っ、っ、くくっ……くすっ、ダメ、面白過ぎるわ。 ……あはははははっ!」



 腹を抱えて少しだけ身を捩りながら大笑いするリアに、今度はケイトがポカンとした表情を向けてくる。


 『何が起きている?』『何故笑っている?』という感情が手に取るようにわかり、その100点満点の反応も相まって、余りにも滑稽な姿にリアは笑いを止めれそうになかった。



 半壊した屋敷では無事だった使用人や警備の兵士、その身なりからミシス家の人間と思われる者までぞろぞろと集まりだし、気付けば高笑いするリアとケイトを囲むようにして遠巻きに見ていた。


 戦闘がないからと安全だとでも勘違いしているのかしら? それとも笑い声に釣られた?



 「なっ……何故、……いっいや、……何が起きているんだ? まさか……いや、ありえない」


 「くくっ……ええ、そうね? ありえないわよね? 英雄だもの。……くくっ」



 浅い呼吸を繰り返し、混乱した頭で思い浮かんだ言葉のみをたどたどしく発するケイトに、リアは漸く落ち着いてきた状態で何とか言葉を返す。



 すると何処からか鳴り響く馬車の車輪の音を耳が拾うと、ふと笑いを引っ込めて正門の方へ振り返る。


 音は徐々に近付き、やがてケイトや周囲の人間にも聴こえてくると馬車を引く馬が正門の影から姿を現した。

 それらは次々と姿を見せ、敷地内に全員が足を踏み入れた瞬間。



 ガラスが割れる様な音が絶え間なく鳴り響き、屋敷をぐるりと囲むようにして巨大な氷壁が何処からともなく現れるのだった。



 「……っ! なんだ、何なんだこれ――「お姉さまっ!」」



 氷の壁を見渡し、狼狽した様子で口ずさむケイトをかき消すような愛しい声に、リアは姿を見る前に聴こえた方角へ腕を広げた


 すると小さな衝撃の後、温かな体温と大好きな匂いが全身を包み込み自然と頬を緩めるリア。



 「ご苦労様、アイリス」


 「お待たせしてしまい申し訳ございません。 お姉さま!」


 「ううん、そんことないわ。 丁度いいタイミングよ」



 抱き締めるアイリスを心の逝くままに堪能し、存在を忘れかけていたケイトへと振り返るリア。

 ケイトはもはや次から次へと起こることに理解が追い付いておらず、間抜けな顔を只々浮かべていた。



 「そういえば、ここに来た理由をまだ話してなかったわ」


 「っ……?」


 「ふふ、私は王都で隠れ住む吸血鬼なの。 でも最近出回っている薬のせいで、噂やら調査やらが頻繁に入って来て正直とても生きづらい環境なのよ。 ……貴方なんでしょう? コレらをばら撒いてるのは」



 馬車へと視線を促し、ケイトの混乱した頭でもわかるようにゆっくりと話すリア。


 内容は殆どが嘘っぱちであり、吸血鬼のリアがここにいる理由付けを適当に考えた作り話である。

 眷族化も魅了もなしに、生きたまま連れて帰らないといけない以上。


 今回の訪問は、傲慢な吸血鬼のただの気まぐれだと思わせるのが無難だとリアは考えた。



 「し、知らんっ、何を根拠にっ! 私ではない、それは我が家門の馬車などではない!」



 わかりやすく狼狽するケイトに、リアはその足元で虫の息となっている英雄を見て口元を歪める。



 「あら、そうなの? それじゃあ貴方が召喚した英雄がコレらを護送してたのは、私の見間違いかしら?」


 「っ、…………貴様なのか? アニクをこうしたのは貴様だというのか!?」



 信じられない、信じたくないといった様子で驚愕の表情を浮かべたケイトは、徐々にその瞳を絶望の色に染め上げていく。


 だからリアは心底楽しそうに、フードの下で満面の笑みを浮かべた。



 「ええそうよ、噛みついて来たから遊んであげたの。 よく躾けられてると思わない?」



 そう口にした途端、骨組みを露わにしていた屋敷の瓦礫がギチギチと音を鳴らし揺れ、結合部はその重さに耐えきれず地面へと落下するのだった。


 舞い散る砂煙は腰の部分まで吹き流れ、そん状況でも誰一人としてリアから視線を外すことなく息を呑んでいる。



 沈黙による静寂が広がり、そんな中でリアは吹き荒れた風に運ばれ鼻腔を刺激する臭いを嗅ぎ取った。



 「んっ……なに、この臭い?」



 臭いが漂ってくる方へ視線を向けると今しがた瓦礫が落ちた部分、崩壊した屋敷の1階を指し示している。

 普通に考えればそこに居た屋敷の人間が瓦礫に押し潰され、漂わせた血の匂いだと思うだろう。


 だが、リアに届いたそれは1つではない。

 何人もの、いや何十人もの血の匂いが混ざり合い、そこに無理やり汚物や薬物を投入したような醜悪な臭いそのもの。



 「うっ……なんですの、この臭い?」


 「何もない、なんてことはなさそうね」



 アイリスの氷壁が屋敷を覆ってる以上、ここから逃げ出すことは不可能。

 それに見たかったものは最高の形で見れたこともあり、リアの興味は既にケイトから臭いの根源へと変わっていた。


 釣られるがままにケイトの真横をまるで道端の石ころの様な感覚で素通りすると、「ひぃっ」と情けない声と同時に尻餅を付いたような音が聴こえたが、もはやどうでもいい。



 そうして、悪臭を放つ屋敷の1階へと辿り着くリアとアイリス。

 そこには崩れた瓦礫によって姿を見せた地下への階段があり、臭いの元はその更に先にあるようだった。



 (そりゃあそうよ。 違法な毒物に手を染めてる家が、それだけで終わるはずがないわ。 はぁ……正直行きたくなのよね、臭いが移りそうだし。 でも、証拠は多ければ多い程いいのもまた事実。 ……はぁぁ)



 「お姉さま、あの虫共も連れてきた方がよろしいのでは?」


 「確かにそうね。 お願いできる?」


 「もちろんですわ! すぐに連れて参りますので少々お待ちくださいまし!」



 そうして言葉通り、半壊した部屋を眺めているとあっという間にアイリスは二人の男女を連れてくる。

 1人はミシス家当主のケイト、そしてもう1人は身に纏うネグリジェと外見年齢から恐らくその夫人だろう。


 二人の青褪めた表情からリアの"英雄を躾けた"発言の効果もあるだろうが、どこかその怯えた眼差しはアイリスを見ているようにも見える。 まぁ、いっか。



 リアはアイリスが二人を見てくれるということで先頭を歩き、崩壊が連鎖して生き埋めの可能性も考えたが、正直どうとでもなるので気にせず階段を降りていく。


 螺旋状の階段は思ったより深くなくあっという間に着きはしたものの、漂う悪臭はなんとも許容しがたいものとなっていた。



 フードの下で思わず顔を顰めたリアは無造作に扉を開け、躊躇うことなくその足を踏み入れる。



 (領域に感知した時点で察してはいたけど、人間ってここまでやれる生き物だったっけ? 一目じゃわからないものね)



 眼前に広がる光景は想像よりも大きな空間であり、通路を作るように左右には頑強な造りの檻が幾つも並べ立てられていた。


 中には当然閉じ込める対象が居て、パッと見た感じ若い獣人やドワーフなどが大半を占め、その中にはなんとこの世界では初見のエルフの子供まで見えた。


 種族は千差万別だが、共通して言えることは1つ。

 それは全員が生気を感じられない顔をしており、虚ろとなった瞳は光なく濁っているということだろう。



 (最悪な環境ね。レーテが教皇で遊んだ時はなんとも思わなかった――ううん、とっても気分が良かったけど。 ……これはちょっと、不快だわ)



 悪臭の原因は環境にあるのだろう、だが一番の原因は檻のすぐ真横。

 そこにはそれなりの数の死体が種族を問わず、腐り果てたまま積まれていたのだった。


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