第94話 始祖VS修羅の英雄



 やられたからやり返した。

 ただそれだけの攻撃だったが、抜き手を避けられたことでリアは関心を持ちながら自然と笑みを浮かべる。



 (あれ、これ避けるの? 結構本気だったんだけどなぁ♪)



 すると、男は直ぐに上体を反らしのけ反ったままの姿勢で持ち直すと二本の刀に手を置いた。



 ――抜刀



 まるで時間が跳んだかのように既に納刀を始めており、その場には数多の斬撃が雨のように降り注いだ。

 瞬きの間に、数十の斬撃が対象を切り刻む無慈悲で不可避な剣雨。


 リアの身体能力ステータスと異常な反射神経を持ってすれば、それらをいなし逆にやり返すことだって容易だろう。 しかし今は片腕にアイリスが居る、それに体勢的にも厳しい。



 (すっごい癪だけど、これは受けるしかないか。 本来は避ける一択のスキルなんだけどね)



 アイリスをより密着するように抱き込み、もう片方の手で最初の斬撃を受け流す。

 瞬間、真っ白な肌に裂傷をつくり少量の血液が宙を舞った。


 弾いた後には数線の斬撃が視界に映り込み、リアは被弾コースのみを厳選して反射的に片腕を振るい続ける。

 一振りする毎に鮮血が舞い、真っ白な肌は徐々に裂傷と血痕で赤く染め上げた。


 時間が少し進むにつれ斬撃の量は勢いを増し、それに比例してリアの反射速度も急激に加速していくのだった。

 幸いにその威力は最初の6線の斬撃より軽く、1回の防御に大して力が必要ないということ。


 数秒に続いた斬撃の雨。

 足元には数え切れない残痕を残し、周囲には砂煙が舞い視界を真っ白に覆った。


 【戦域の掌握】内に男を感知できるが、その場から動いてないということは恐らく様子見だろう。



 「もしかしたら、こっちじゃ始めてかしら?」



 リアは血に染まった手を見下ろし、久しぶりのダメージに残念そうに微笑を溢す。

 その手は鮮やかな赤に染まり、何重にも裂傷を残しタラタラと赤黒い血液を垂れ流しながら既に再生を始め出している。


 そんな中で砂煙が晴れていき、目を見開いた男と視線が交差する。



 「嘘だろおい……このッ、化け物が」



 憎々し気に言い放つ男にリアは涼し気な顔で聞き流す。

 すると男の後ろ、馬車列を守るようにして護送している人間達が次々に騒めき出した。



 「アニク様っ!」


 「いま……何が起きたんだ!?」


 「英雄のお一人であるアニク様が、仕留めきれなっただと?」



 口々に男――アニクの心配する声が聴こえ、「ありえない」といった様子で驚愕した眼差しをリアへと向けてくる者達。


 どうやらあの男はそれなりに有名らしい。なんで毒物の護送なんてやってるのかしら?



 「お姉さま、お手がっ。 ……わたくしだって、あれくらい対処できますわ」


 「ふふ、そうね。 私の大事な子が手を出されちゃったんだもの、つい体が動いてしまったわ」


 「まぁ! お姉さまぁ♪」



 蕩けるような笑みを浮かべ、その顔を胸元に擦り付けて甘えるアイリスにリアも自然と微笑む。


 彼女の"対処できた"というのは、アイリスの片腕を完全に犠牲にしてのお話。

 再生するのはわかっていてもはっきり言って論外であり考慮する価値すらないが、可愛いアイリスが迷惑を掛けまいと言った言葉にリアが言及出来る筈もなかった。



 これだけ隙を見せても攻撃に出てこないアニク。

 目を向ければ真っすぐにこちらを見ており、上下する肩は徐々に落ち着きを見せていた。



 「お姉さま、アレは私にお任せください」



 胸元から顔を上げ、睨むようにしてアニクを見詰めるアイリス。

 リアはそんなアイリスの言葉に笑みを浮かべ、抱きかかえた手を優しく離す。



 「ううん、私にやらせて。 最近、運動不足だったから……それに」



 既に完治した腕を口元に運び、指先を噛む。――【鮮血魔法】血剣


 馴染みある感覚が手に渡った瞬間、アニクは呼吸を整え深く踏み込んできた。



 「アイリスに手を出したんだもの、その身で償って貰わないと♪」



 一歩で距離を縮め、放たれるは炎を纏った斬撃。


 吸血鬼ゆえに火属性を絡めたのかは不明だが、残念ながらレーヴァテインを帰属しているリアに火属性は全くの無意味、火力が少し増すくらいの意味でしかない。



 リアは動揺もなく淡々と必要なものは弾き、それ以外は体を少し傾ける程度に済ませる。


 夜の世界には炎の光と衝突の火花が絶え間なく飛び散り、攻めるアニクと様子見のリアでその表情は対極となった。


 何十もの斬撃をいなし続け、そろそろ攻勢に出ようと思った矢先。

 アニクはその一瞬の隙に納刀し、腰をこれまで以上に深め出す。



 (この構え……くるわね)



 そして瞬きの間に抜刀された瞬間、空間に亀裂が走りリアの頬を極大の斬撃が通り過ぎる。



 ――"次元断刀"



 クラス『修羅』の持つ高火力スキル。

 先程までのお遊びとは違い、火力一点型の修羅の高火力スキルはLV100にも届きうる、リアにダメージを与えるには申し分のない技。



 そんな一切のそよ風も起こさない不可視の居合に、残念ながらリアは剣先を見て余裕淡々と対処するがその効果はやはり絶大だった。


 リアの後方、聳え立つ教会には斜めに亀裂が走り轟音と共に崩れ落ちるとその更に向こう、遠目に見える山の一点がまるで自然災害の見舞われたかのような大爆発を起こす。



 (あら? こんなに火力あったスキルだったかしら?異世界だとこうなるの? ……ああ、そういうこと)



 予想の数倍以上の威力に疑問を抱えつつ、その原因にありつき笑みを深めるリア。

 すると休む暇すら与えないと繰り出されるのは、まるで空間を抉るような炎の巨爪。



 「良い攻撃ねっ、殺すのが惜しいわ!」――《エクスキューション》



 今にもリアを焼き尽くさんとする炎爪は、瞬く間に分散し粒子レベルに消滅するとその手に持った刀身ごと粉々に砕け散らせる。



 「っ!? ……っ、なら殺してみろよ!吸血鬼がぁ!!」


 「ええ、そうさせてもらうわ」



 アニクは折られた刀を捨て去り、瞬時に背中の二本を抜き放つと両刀を重ねて薙ぎ払う。

 赤く燃える炎はその色を青へと変え、火力が増した両刀をリアは難なくと弾き返し、分離した斬撃は剣気となって馬車付近の人間を両断した。



 「うぉぉぉぉぉぉおお!!」


 「あら、お構いなしなの? 英雄が聞いて呆れるわね」



 雄叫びと共に繰り出される斬撃。

 それは一刀から二刀、二刀から四刀、四刀から八刀と重ねて行く毎に加速し、やがて幻影となった刀はその数を八本へと増やす。


 夥しい数の斬撃、乱舞と変貌した剣気が衝突するごとに衝撃波となって散り乱れ、辺り一帯を無差別に抉り破壊の限りが尽くされた。



 そうして僅か数十秒で何百もの火花を散らし後方で半壊していた教会は跡形もなく崩壊すると、その場に爆風と瓦礫屑を吹かせる。


 周囲は砂煙に包まれ、見えるのはアニクの袖から黒く伸びる亀裂・・・・・・・と青い焔となった刀がその刀身を赤く熱する光のみ。



 「はぁ……はぁ、ぐっ……これでも、届かないのか?」


 (もう滅茶苦茶……アイリスに当たらないよう軌道はずらしたけど、あっちは随分と減ったわね)



 【戦域の掌握】でもわかる範囲、馬車一行の状況を感知して呆れてため息を漏らす。



 そうして肩で息をするアニクを見て、リアは一瞬で背後を取ると無慈悲にも血剣を振り下ろした。

 だが放心しかけていたにも関わらず、アニクはぎょっとした表情を見せながらもその攻撃を受け止めたのだった。



 スキルもアーツも使わないただの通常攻撃、だがそれを振り下ろしたのはLv144の高筋力STRを持つ吸血鬼の始祖である。


 受け止めたアニクの足は地面にめり込み、二刀を重ねて受ける両腕には黒い亀裂のようなものがより一層に走りだす。



 「ぐぅっ!!」


 「もう後がないわね?」



 アニクの放つスキルが異常なまでに強力な理由。

 それは両腕に顕れていた黒い亀裂、『修羅』が持つ最上物のバフスキル【修羅鬼道】だろう。


 効果はシンプルでありながら強力。


 自身の筋力STR素早さAGIを1,5倍にし、スキルの倍率を400%まで引き上げる半チートバフ。

 修羅は攻撃力に特化した火力一点型のクラスで、固有能力やバフ・スキル選びなどで瞬間的に本来のLV+20程の火力は出せる。 だがもちろん、良い事だけではない。


 【修羅軌道】は2分限定の能力であり、その間にスキルを4回使用するとバフ効果は切れてしまう。

 一時的に鬼神にも勝る力を得る代わり、発動が終わると使用者は最大HPの7割を減少する。


 先程の教会を一刀両断した《次元断刀》で1回、炎の鉤爪 《抜刀術・焔爪》で1回、幻影刀を生み出す連撃 《幻刀・修羅剣舞》で既に3回のスキルを使用している。



 前世ゲームでのHP7割減少とこちらでの7割減少は違う。

 次にスキルを使用した後、目の前の男がどうなるか想像したリアは少し残念な気持ちで更に腕に力を込めた。



 「っぐぅ! ……まだ、だ……っ、まだだぁぁぁぁぁああ!!」



 アニクは無理やりにリアの血剣を打ち払い、次の一手を繰り出そうとその刀を構えた瞬間。

 リアの血剣が宙に一線を描き、鮮血と共に切断された片腕が飛び散った。



 「いや、終わりでしょ」



 「ッ!?」



 勝負は終わり、後はアニクを完全に無力化させるだけだと少し気を抜いたリア。

 しかしアニクは「いいや」と呟くと、手に持った刀以外の得物を全て空中へとばら撒いた。



 「……俺が、終わらせてやるッ」



 ばら撒かれたそれらはリアを囲むようにして地面へと突き刺さり、黒い亀裂は手足・・を真っ黒に染め上げて片腕で刀を構えるアニク。



 「魔族如きがッ、この世から消え失せろぉぉ!!」――【剣の領域】《白刃一閃》《抜刀術・小夜時雨》


 「ふふっ」――【戦域の掌握】《過剰な血気》《血の懺悔》



 避けようと思えば避けれた攻撃。

 だが、自尊心を全て叩き折ってから殺すと決めた以上、リアは敢えて真向からねじ伏せることにした。



 アニクの手から刀が消え、視線をずらした瞬間そこには誰も居なかった。

 降り注ぐ豪雨のような剣気、刀の鉄色と残像が織り交ざり黒が空間を埋め尽くす。


 リアの目にはもはや足場などなく、辛うじて目に見えたのは黒い世界を動き回るアニクの影。

 だがこの状況に視覚など無意味であり、全神経を【戦域の掌握】へと注ぐ。

 気分は祖父母世代に逸ったという『弾幕ゲー』という奴だろうか?



 数千にも及ぶ斬撃の中、打ち漏らした斬撃はローブを貫きガチ装備の【銀焔の誓衣】へと届くが、裂傷と共にリアの身体能力ステータスを向上させる。


 これが《血の懺悔》の能力。被弾回数に応じて素早さAGIに累積バフを乗せる。

 上限はあるが、被弾が前提の吸血鬼とは相性がとても良いスキル。 欠点は再生リジェネに遅延がかかることだろう。



 (傷の治りが思った以上に遅い……。 けど、鈍った身体には丁度いいわ!)



 降り注ぐ斬撃は何時しか四方八方、上下左右の全ての方向から飛んでくるようになり、それによって被弾を重ねたリアの動きは三次元的な動きから四次元へと変化していた。


 一振りで数十もの斬撃を打ち払い、何重にも重なる残像は領域を張ったアニクすら判別出来ないほどの異次元な動き。



 「あはっ♪ いいわ、もっとよ! もっと降らせなさい! あははははっ!!」


 「っ!?」



 気分の高揚は高まるばかりで既に斬撃のパターンを見切ったリアは、目を見開いて視覚情報からそれらを洗練された動きで薙ぎ払う。

 この時リアは受ける必要のない避ける一択の攻撃を、敢えて受けた自分を褒めてあげたかった。



 (修羅のスキルって最高ね! 正直、まだまだ物足りないけどこれなら及第点よ! ああ……終わってしまうのが残念でならないわ)



 もはや斬撃は地面を抉るだけの攻撃となっており、肝心な対象へは一掠りすら与えられず空を斬り続けている。

 やがて一本、また一本と鉄の砕ける甲高い音が空間に鳴り響き、その度に急激に勢いを落としていく斬撃は七回目の音が聴こえた瞬間、ピタリと止んでしまった。



 「はぁ……はぁ、うぐっ……、はぁはぁ……この、化け物がぁ」



 背中をくの字に曲げ、荒い息を繰り返すアニクは血走った目でリアを睨みつける。

 そして周囲を見れば囲むように突き立てられた刀は刀身が砕け、見るも無残にその全ての破片を地面へと散らしていた。



 「何故……お前のような吸血鬼がっ、……そうか、お前は真祖……ぐふっ、ッ! がぁぁぁぁぁああああ!!!!」



 アニクは藻掻くように雄叫びを上げ出し、吐血を繰り返しながら地面にのたうち回る。

 4回目のスキルを制限時間以上に使っていたのだ。 そのデメリットはどのレベルか計り知れないが、もはや四肢は使い物にならないだろう。



 「辛そうね? 助けてあげる」



 歩み寄ったリアは一振りで残った片腕と両足を斬り落とし、雄叫びを上げるアニクは更なる絶叫をその場に響かせる。


 黒い亀裂、【修羅鬼道】に浸食された部分を斬り落とし、和らぐかは知らないが取りあえず無力化させたリア。



 気付けば周辺一帯は半ドーム状に抉れ、地上の方に耳を傾けても一向に人間達の声が聴こえてこない。

 すると領域内、少し上の地上からアイリスの気配が感じられ、リアはアニクの襟元を掴み地上へと戻ることにした。


 開けた景色に戻るとそこには座り心地の良かった教会は跡形もなく消えており、更地となった大地には所々に破壊の痕跡が残されていた。

 幸いなことに馬車一行は3台ほど残し、それらを護送する人間と御者はアイリスの手によって一か所に集められていた。 人数が半分ほど消えた気がしなくもないが、恐らく気のせいだろう。



 「お姉さま!」



 駆け寄ってくるアイリスにリアは満面の笑みを浮かべ、放心しているアニクを放り捨て抱き留める。

 暖かい体温が全身に広がり、うっとりとしかけた所で慌ててアイリスを押し離すリア。



 「あぅっ、……お、お姉さま?」


 「あ、ちっ違うのよ? その、今は少し汗をかいちゃってるから……また後――っ!」


 「わたくしはそんなこと気にしませんわ! というより、そんなことならもっと嗅がせてくださいまし!!」



 そう言って飛び込んでくるアイリスは胸元に顔を埋め、先程の抱擁よりも明らかに深く堪能するように呼吸を繰り返し始める。


 墓穴を掘ったと気付いたが、もう遅い。

 リアは観念したように抱き締め返すと、アイリスは思い出したように高揚した顔を上げた。



 「お姉さまぁ? 美しいお姉さまを見れて私はとても幸せですが、ローブを羽織らなくてよろしいのですか?」


 「ああ……そういえばないわね。 でもまぁ、連れ帰るミシス子爵以外になら見られても問題はないわ」



 だって、どうせ目撃者は全員殺すんだし、屋敷に着く前に忘れなければどうとでもなるよね。


 調停者としてアニクを殺すのは決定事項だが、それでも少しだけ延命させた理由。

 それは後の動きに利用できる可能性があり、何よりアイリスに手を出したから長く苦しめる為でもある。


 実際にどうなるかわからないし、ちょっとしたお茶目とも言えるが。 まぁ、なるようになるだろう。

(一介の貴族なんかが英雄を雇ってるんだもの、――もしかしたら違うかもしれないけど――信頼して安心しきってると思うのが普通だよね。 それなら、英雄のこんな姿を見てどんな反応を見せるかしら?)



 足元で浅い呼吸を繰り返すアニクを見下ろし、リアは無意識に妖艶な笑みを溢す。


 正直、このままアイリスとイチャイチャしてから行きたいが、それなりに騒いでしまった上あと数時間もしない内に夜明けがやってきてしまう。


 リアは後ろ髪を引かれる思いで欲望を断ち切り、心臓の高鳴るままにアイリスへと手を伸ばす。



 「それじゃあ行きましょう、アイリス」


 「はいですわ! お姉さまぁ♪」



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