第84話 価値観の違うメイド様



 第二王子との接触後、王城内から多少の騒めきが聴こえてきた気がしたが、誰にも呼び止められることなくすんなりと、郊外へ出ることができた。


 リアは太陽の元に出る前に、地味な色のローブを取り出し羽織ると、その鬱陶しい人混みの中を悠々と突き進むレクスィオに追従する。



 (王子というからには下町に慣れてないと思ったけど、この感じだと来慣れてるわね。 足取りも迷いがないし、行きつけの場所でも行くつもりかしら?)



 時刻は夕暮れ前ということもあり、眼前に広がる大通りは人の行き来が激しく、賑わいと喧騒の音が絶えず耳元へ聴こえて来る。


 そして視界に入る大体の人種が人類種ではあるが、確かに亜人が全く居ない訳でもなく極少数ではあるも、ドワーフや獣人、ハーフエルフのような存在も度々目視出来た。



 そんな中、リア達は人混みに紛れながらもすいすいとまるで糸を縫うかのように進んでいき、徐々にすれ違う人々はその数を減らしていく。


 やがて迷路のような細道へと入り、進むにつれて行き違い偶に見る座り込む者達は皆貧相な身なりをするようになり、それらはリア達の存在に気づくと、何とも気持ちの悪い視線を送ってくるのだった。



 (害にならないとわかっていても、ジメジメしてて気持ちの悪い場所ね。 全部燃やしたらどれだけすっきりすることか。 ――それより、どこに向かってるのかしら?)



 王城を出た際、レクスィオはレットに行先を伝えていたようだったがその時の彼の反応を見る限り、向かう場所は王族が行くような場所ではないのだろう。



 聞かなかったのは自分自身ではあるが、こんな吸血鬼でもリアとて一人の女性である。

 最低限その辺りを考慮した上で向かう先は決めて欲しいと思う所ではあったが、細道を抜けた先で見えた景色に、リアは思わず顔を顰めてしまうのだった。


 そこは街の末端に位置する場所、眼前に広がるのは廃墟か何かかと思えてしまう程に辛気臭い場所で、人の気配も無ければ使われた痕跡も感じられない寂れた区域。


 グレイからの暗殺依頼で何度か立ち寄ったこともあるが、大国と商業都市ではどうやら規模が違うらしい。



 「へぇ、スラム街ね……こんな所に何の用?」



 歩きながらリアは周囲を見渡し、ここに来るよう指示を出した前を進むレクスィオへと問いかける。

 するとここにはそんな言動を見過ごせない、お堅い存在が要る事に遅れて思い出すリア。



 「貴女はッ、レクスィオ殿下になんて口の利き方を――」


 「いいんだ、レット……公共の場でなければ、彼女にはそれを許している」



 レクスィオはレットの肩に手を置き、宥めるような口調で言葉にする。


 するとレットはそんなレクスィオの言葉に開いた口を止め、未だ納得していない表情を見せながらも渋々といった様子で「……かしこまりました」と口にして、周囲を警戒しながら歩きを再開する。


 レットの言葉に頷いたレクスィオはリアへと振り向く。



 「近頃、王都内で出所が不明な薬物が度々確認されているんだ。 これまでの報告だと投与されたと思われる者はその大半が獣人、それも身元不明な者が多く、類似する特徴として貧困層のような身なりが多いらしい」


 「獣人……、人間はいないの?」


 「確認はされている。 けれど、全体の割合としては極稀みたいだ」


 「そう」



 リアはレクスィオの話を聞きつつ、意識を別の場所へと移していた。



 (何者かしら? スラム街ココへ入ってからずっと、私達をつけて着てるみたいだけど。 隠密系のスキルを使ってることから、素人じゃなさそうね)



 横目に気配が感じられる方へ視線を流し、お仲間が他に居ないか探りながら思考を巡らせるリア。


 しかし幾ら待っても尾行する以外のアクションはなく、それ以外に仲間もいないことを把握したリアは、未だ話を続けるレクスィオに1つ提案してみることにした。



 「――……と思って来た訳だけど、この場所だと痕跡を辿るのも一苦労しそうだ」


 「それなら、事情を知ってそうな人に聞いてみるなんてどう?」


 「ん? 何を言って……」



 リアはレクスィオの疑問に答えることなく、その場を離れて感知できた存在の元へと駆け出した。


 【戦域の掌握】の領域外ではあったが、あれだけ視線を向けられ続けていれば、ある程度戦闘に身を投じた事のある者なら嫌でも気付くだろう。



 ――《瞬間加速》



 空気をかき分ける疾走は急激に加速すると、その速さは音速を超え、瞬きの間に相手の眼前へと躍り出る。


 そこには壁際から覗き込むようにして半身を出し、視線をレクスィオ達に向け続ける男は眼前のリアに気づいた様子はなく。


 リアは直前で速度を急激に緩めると、流れるような動きでその首元を容赦なく鷲掴みながら、加減を加えて後ろの壁へと叩きつけた。



 「がはっ!?」


 「こんにちは、お話を聞かせてくれるかしら?」



 スラム街の建物というのも考慮し、それなりに加減を加えたつもりだったが、どうやら加減が過ぎたらしい。


 男は叩きつけられた衝撃で肺から空気を吐き出し、咽かえるも瞬時に自身の状態を把握すると、抜けだそうと抵抗の意志を見せ始めた。



 「……ふっ、ぐぅぅ!!」


 「あら? 汚い手で触らないで欲しいわ」



 男は捕まれた手を振りほどこうと両腕を伸ばし、浮いた両足をじたばたともがき始めた為、リアはまずはその両手足から無効化することに決める。


 高い身体能力LVに加え、吸血鬼の並外れた筋力STRによって無理やりに、伸ばされた両腕の関節を瞬く間に捻じり切ると、次いで刹那の間に煩い足を蹴り砕く。


 ぶちぶちっと無理やりに筋と肉が千切れる感触、そして骨の砕ける音を聴きながら、リアは平然とした表情でフード越しに掴み上げた男を見上げた。



 「ぐっ、ふぅっ……あれ? ……何が、あぁぁぁっ!! 俺の、腕が千切れて……あああああぁぁぁ!! 腕、……足? あぁぁぁぁぁ!!??」



 まるでスナック菓子の様な感覚でリアは手に持った軽い腕を放り捨てると、騒ぎ喚きたてる男の顔を覗き込む。



 「……私の目を見なさい」 ――【始祖ノ瞳】(魅了)



 付けているカラコンによって瞳の色は碧いままだが、吸血鬼本来の固有能力アーツを使う分には関係ない。


 男はリアと目を合わせるとパタリとその雄たけびの声を止め、代わりに何かに見惚れるようにうっとりとした表情を浮かべだす。



 リアはこれが嫌で、この能力はあまり使ってこなかった。


 可愛い子に見惚れられるなら嬉しいが、普段からジロジロと無遠慮な視線に晒されるリアとしては、男に見惚れられても気持ち悪いだけだからである。


 眷族にするよりは幾分かマシではあるものの、転生した直後に最高の幸運に恵まれたリアは様々な理由から使う機会がなかった。



 向けられる視線にうんざりしながら、リアはその手に掴む男をぞんざいに持ちレクスィオ達の元へと戻ることにする。



 それなりの距離からして話声などは聴こえないと思っていたが、どうやら先程の叫び声はバッチリと聴こえてしまっていたらしい。


 リアが戻るとレクスィオはビクッと微かにその肩を跳ねさせ、レットは警戒した様子を見せながらも腰に携えた剣に手を置くことはなく、唯ジッとリアを見詰めていた。


 そんな二人の反応など、どうでもいいリアは手に持った男を無造作に放り投げる。



 「ここに入ってからよ。 ……無関係ではないと思うのだけど」


 「あ、ああ、……その可能性は、ないとはいいきれないかな」



 男は両腕の肘から先が千切れ、出血を垂れ流しながら両足まで砕かれているにも関わらず、リアを仰ぎ見る様に崇拝した表情で見続けている。


 そんな男の様子にレクスィオは怪訝な表情を浮かべ、リアへと振り向く。



 「これは――」


 「《魅了》と《洗脳》状態、私の固有能力アーツの一つね。 この男の言われたことに答えなさい」



 男はリアの命令に夢見心地のような雰囲気を漂わせ、警戒心を一切感じさせないほどの緩み切った表情で頷いた。



 「はいぃ……、わかり、ましたぁ」


 「さぁ、どうぞ? レクスィオ」



 リアは質問しやすいよう二人の間から身を引き、未だドン引きした様子のレクスィオと顔を顰めたレットへと振り返る。


 するとレクスィオはリアを一瞥し、座り込んで自身へとその顔を見上げる男に一拍置いて口を開くのだった。



 「お前は、誰だ? 何故、私達をつけていた?」


 「俺は……レック。 全員、監視……対象。 可能なら、捕縛……指示、された」



 舌が上手く回っていないかのように辿辿しく話す男に、レクスィオは返された内容に目を見開く。



 「誰だっ? 誰が私達をそうするように指示を出した?」


 「……ソニアン。 ディティリア……ギルド、マスター」


 「なんだとッ!?」



 レクスィオは驚きを隠せない様子で声を張り上げた。

 見ればレットも顔を強張らせており、男の話した内容に聞き覚えがあるようだった。



 (ディティリア? どこかで聞いた気がするけど、どこだったかな? う〜ん……思い出せないわ)



 リアは内心でうんうんと唸りながらも、聞き覚えのある言葉に頭捻り、思考を巡らせる。

 すると、レクスィオは呆けた男を覗き込むようにして真剣な眼差しを向け始める。



 「ディティリアがどこにあるのか、お前はわかるのか?」


 「わか……る。 当然だ、俺、メンバー」



 レクスィオは男の回答に僅かに息を呑み、興奮した様子でその顔をなお一層に近付けた。



 「私達を、お前たちの拠点に案内して欲しい。 頼めるだろうか?」


 「なっ!? 危険です、殿下! 奴らは己の私利私欲の為なら、例え王家にすらも牙を向くような連中です。 ここは一度王城へ帰還し、他の近衛騎士達を連れてくるべきです!」



 先程から、黙って様子を見ていたレットはレクスィオの言葉にぎょっとした顔を浮かべ、制止の言葉をかけだす。


 すると、レクスィオはそんなレットの進言に一度は頷きを見せるも、静かに首を左右に振るうのだった。



 「レット、確かに君の言う通りかもしれない。 だが仮に、この男が戻らないことによって奴らに勘付かれてしまえば、せっかくのチャンスを無駄にしてしまうことになる。 それに今回の件、奴らが関わっている可能性は十分にありえるんだ。 君だってわかるだろう?」


 「それは……」



 レットはレクスィオの言葉に言い淀み、その口を噤む。


 そんなやり取りを黙って見ていたリアは、溜息を溢しながら二人へ向けて焦ったそうに口を開くのだった。



 「行くなら早く行きましょう? レクスィオの命が心配だと言うなら私が守るから。 その為の専属侍女でしょ?」


 「そういう問題ではッ――「あーもう煩い。 さっ行くわよ」」



 ぐちぐちと煩いレットの言葉を遮り、リアは無理やりににその鎧甲冑の胸元を掴み取り、強引に引きずっていくことにする。


 当然、そんなリアの言動にレットは慌てて捕まれた手を外そうとするも、うんともすんともびくともしない力に驚愕の表情を浮かべだす。



 (ディティリア。 う~ん……どこで聞いたかしら? 絶対、どこかで聞いた気がするのよね)



 脳裏のもやもやに思考を巡らせるリアは、煩いレットを強引に引っ張りながら、男に中級ポーションを飲ませ壊れた両足を直させると、ディティリアとやらへ道案内させるのだった。




 しかし、リア達はスラム街の中だということを忘れ、それなりに騒いでしまったこともあり、どうやら住民から注目を集めてしまったらしい。


 道中、絶えず気味の悪い視線に晒されはしたものの、先頭にたって道案内する男を見たからか、良い人避けとなってくれた。


 そんなこんなで、漸く辿り着いたディティリアと呼ばれた場所。




 その建物はスラム街の奥地を拠点としており、眼前に見えるそれは廃棄物のような鉄棒が幾つも入り乱れ、潜り抜けた先に立ち塞がるは重厚な鉄扉。



 本来であればその鉄扉は造りの通り、何重にも施錠され立ち入るには何かしらの特殊な鍵か中から開けて貰う必要があるように見えた。


 しかし、何故か目の前のそれはまるで無理やりに強力な力で引き剥がされた形跡を残し、壊れた扉は僅かに隙間を開けていたのだった。



 「これは一体……?」




 そんな状態の扉に疑問を浮かべ警戒を露わにしたレットだったが、リアからすれば破壊する手間が省けただけであり、特に躊躇う必要は感じない。



 「ここで、いいのよね?」


 「はい、ここが……ディティリア、クルセイドア支部……です」



 その言葉に漸く、リアは『ディティリア』という単語の意味を思い出した。



 (あー! ディティリアって闇ギルドの名前だ! グレイに貰った依頼で拠点を一つ、潰したことあったわ。 なるほど、あのギルドはこっちにもあったんだ)



 内心で納得しているリアを他所に、レットは渋々といった様子で腰に下げた2本の内の1本を抜き放ち、警戒した面持ちで中へと入っていく。


 中へ足を踏み入れると、リアは瞬時にそれに気づいた。



 (ん、血の匂い? ……あれ、この匂いってもしかして)



 不気味な程に静かなそこは幸いにして入り組んだ構造でもなく、道なりに歩けば奥へ奥へと進むことができた。


 道中に人影は見当たらず、あるのは壁に掛けられた松明の光と幾つもの小部屋、そして広場のような空間に続く――夥しい量の血痕。



 血痕の後を辿り目を這わせればそこには、練度の高い氷系統の魔法によって引き起こされた惨劇が広がっており、一目では数えきれないほどの人間の死体が血を垂れ流していた。



 「なんですか、これは!?」


 「ッ……!」



 空間一面を覆いつくす程の氷の世界。


 それは中に居た者を一人残らず凍らせ、突き抜けた幾つもの氷柱はものの見事に標的の胴体を穿ち、固まって死に絶えたそれらは一人残らず、その顔を絶望に染めていたのだった。



 (うん? この氷系統魔法って、それにやっぱり。 うん、この匂い♪)



 「殿下、やはり……ッ」


 「……行こう」



 変わらず前に進む意思を見せるレクスィオ。


 そんな一応は主人でもある彼を他所に、リアはこれらの惨状を作り出した者を思い浮かべ、どうしてこの場に居るのか不明ではあるものの、胸の奥深くが熱くなるのを感じていた。




 そうして辿り着いた拠点内部の最奥。

 通路の最奥には、この支部の生き残りと思える輩たちが生存したまま立ち尽くし部屋の中を見続けていると、リア達の存在に気づいて首をぎこちなく回す。



 向けられた視線は皆、同じように恐怖でその顔を引きつらせ青ざめた表情を浮かべており、ただひたすらに首を左右に振り出したのだ。


 その様子はまるで、「こっちにくるな」と言わんばかりにリア達の身を案じているような様子。


 闇ギルドの構成員とはとてもじゃないが思えない言動に、怪訝な表情を浮かべたレクスィオとレット。



 「殿下ッ、引き返すべきです。 ここは異常です! どうか、ご再考をっ!」



 声を潜め、これ以上にない程に焦った表情を浮かべて口にするレットは、時は一刻を争うといった様子でレクスィオに進言する。


 レクスィオは時間にして一瞬の瞬く間、目を閉じて熟考すると再び開いた時「わかった」と重々しく口にするのだった。



 そうして内心、この先に居る人物をほぼ確信していたリアはその答えに落胆しながらも、仕方なく一応は護衛対象であるレクスィオについていこうとした。



 (死なれると困るし、しょうがないか……残念。 この匂いで我慢しとこう、くんくんっ。 今夜は会えるかな? 会いたいなぁ)



 だがしかし、部屋の中に居る筈のこの惨劇を作り出した人物は、レクスィオ達が想像する以上に高い能力を持ち合わせていた。



 「またうじゃうじゃと虫のように湧いてきましたの? ……ほら、出てきなさいな?」



 部屋の奥から聴こえるは静かな口調でありながらも、絶対の自信を感じさせる良く通る凛とした声でいて、とても可愛らしい声音。


 その声を聴いた瞬間、リアの胸は高鳴り思わず頬が緩んでしまいそうになるも反対に、レクスィオやレットは表情を顰め唇を噛みしめて立ち止まるのだった。



 (どうやら、天はまだ私を見捨ててないようね! ……ふふ♪)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る