第82話 始祖と王子の対談




 重さを感じさせないフードの微音が室内に響き渡る。


 露わになった美貌はまるでいたずらっ子の様な笑みを口元に浮かべ、その肉食獣のような獰猛さと妖艶さを含んだ瞳を部屋の主へと向けている。



 そんなリアの反応とは裏腹に、レクスィオは目を見開いてぽかんとした表情を見せていた。


 本人の口にした通り、可能性の1つとしては予見していたのかもしれないが、実際に目にしてしまうと反応は難しいらしい。


 晒してくれた反応に満足して清々しい気分を味わっていると、水を差してくる無粋な輩がどうやらこの部屋にはいたようだ。



 「ホワイト子爵令嬢。 レクスィオ殿下はこの国の第一王子だ」



 隣に立つディズニィは横目に見下ろしてくると、その言葉に含んだ意味「言葉遣いを正せ」という内容に、リアは眉をピクリと動かす。



 一度きりとはいえ、リアはレクスィオと遊んだ中である。


 だからこそわかることがあり、彼はその程度のことで一々目くじらを立てるような男ではないと思っている。

 体裁や人前では気を付ける必要があるのはリアも理解しているが、ここは密室でありディズニィ以外に第三者はいない。


 立場というものはわかるが、もしこの状況でも気にするような小さい玉であるなら少し、いや……かなり興ざめだ。


 (再開早々、期待を裏切らないでね。 王子サマ?)



 リアは鋭い視線を向けてくるディズニィを無視し、目の前の男へと視線を移す。



 「構わない、彼女なら許すよ。 先日の失礼のお詫びにね」



 そう言って唖然とした状態から復帰したレクスィオは、首を左右へ振るうとなんてことのないように許可を出し『先日』という言葉を使って、リアへ向けてウィンクする。



 「……? 殿下がよろしいのであれば……私に異論はございません」



 「昨日?」と小さく呟きながらも本人が許可を出した以上、ディズニィは何も口にするつもりはないようで素直に身を引き下げていく。




 それからはディズニィがリアを簡単に紹介し、レクスィオに案内されるまま室内のソファへと腰掛け、ディズニィも合わせての顔合わせが始まった。



 長方形のテーブルを囲むようにして置かれた椅子とソファ。


 レクスィオとディズニィは向かい合うようにして――いわゆる誕生日席へ――座り、リアはその中間の広々としたソファへと勧められる。


 話し合いの空気は出来上がり、リアはソファに置かれたクッションに身を預け、寛いだ状態で流れに身を任せて黙って状況を眺めていた。


 すると、開口一番ディズニィはリアへ向けてゆったりと手を差し伸べ、紹介するようにぶっこんだ発言をしたのだった。



 「まず始めに、彼女は吸血鬼です」


 「……ん? それは何の冗談だ? いつものジョークのつもりかもしれないが、流石に私を見くびりすぎだ。 ディズニィ」


 「彼女に関してはジョークなどではありません、れっきとした事実にございます。 殿下」



 理解できないといった様子で目をぱちくりさせながら笑うレクスィオに、ディズニィは厳粛した表情で言葉にする。


 その雰囲気や顔つきに一瞬、レクスィオはその表情から笑みを消したが、何か思い当たったかのように再び口元を緩めた。



 「ふふ、……その手には乗らないぞ? 私が吸血鬼を知らないと思って口にしているのかもしれないが、彼女の髪は綺麗な銀色ではあるもののその瞳は碧い。 吸血鬼の絶対的な特徴、それは血のような赤い瞳だろう?」


 「それは――」


 「加えて言うなら。 決定的な否定要素として彼女は火系統魔法を扱える。 ディズニィ……私は真面目な話がしたくてお前を呼んだのだ、だから今日は冗談を控えてくれ」



 大らかな態度だったレクスィオは真剣な顔をつくり、その瞳を鋭くディズニィへと向ける。

 態度や雰囲気からして、目の前の王子はリアが吸血鬼だということを信じていないようだった。



 (この馬鹿王子ー!! 話すなとあれ程警告したのにッ!!)


 「ん? それは……。 どういうことかな? ホワイト子爵令嬢」



 事前に流れを予知していたリアは瞬時に自身の髪の毛先を手元で弄び、向けられたディズニィの目を意識して無視し続ける。


 すると、ディズニィはリアへわざと聴こえるよう大袈裟な溜息を吐き、一拍置いて直接見なくてもわかる程にその雰囲気を変えた。



 「……なるほど。 しかし火系統魔法を扱える吸血鬼とは、どこまでも常識から逸脱した存在だ、貴女は」



 口元を僅かに緩ませ、獣の様に鋭い目はまるで珍しいものを見たかのように輝かせる。


 そんなディズニィの様子にレクスィオは怪訝そうな顔を浮かべる。



 「なんだ、その反応は? まさか……彼女は本当に」


 「はぁ……ディズニィの言ってることは事実よ、私は吸血鬼。 その証拠に、ほら」



 リアは積み重ねたクッションに身を預けながら、手元で【鮮血魔法】を行使して複数の血剣を創造すると、周囲を取り囲むように空中に漂わせた。


 そして、ついでにと指をパチンと鳴らし【炎熱魔法】を発動すると、浮かせた血剣に纏わせるように魔法制御を行う。



 宙には複数の燃える血剣がふわふわと浮かび、それらを目にした二人は絶句した様子でその表情を固まらせた。


 室内には緻密に制御された【炎熱魔法】の火がメラメラと燃え盛る音が鳴り響き、リアは証明は済んだと2つの魔法を解除すると、手元に残った血球をパクンと口に含せる。


 それから暫くして漸く、各々が自分の中に落とし込むことに成功したのか二人は固めた表情を溶かし、その椅子にぎしっと音を鳴らして身を預けたのだった。



 「ディズニィ、彼女は何者なんだい?」


 「私にも理解しかねますな。 なにせ先日お会いしたばかりの関係故。 ただ一つ言えることとして、彼女は絶対的な力を有していながら会話が通じる吸血鬼だということです」



 作法という面でいうなら、王子に対して椅子に凭れ掛かりながら言葉を返すディズニィは、無作法であり無礼に当たるだろう。


 しかし、そんなディズニィに姿勢にレクスィオは気にした様子もなく黙って耳を傾けている所を見ると、先日見せた彼の姿はやはり本性のままのようだ。


 ディズニィは背もたれから身を起こし、リアへ顔を向けた。



 「現にこうして、殿下の護衛を引き受けてくださった。 もちろん、狙いはあってのことでしょうが彼女が我が国に対し、不利益なことをすることは恐らくないでしょう」


 「……」



 レクスィオはそんなディズニィの言葉に黙りこくり、顎に手を置くと考え込むように視線をテーブルへと固定する。


 リアはそんなレクスィオを見て、寛ぐ体勢を変えて積み重ねたクッションを膝に置くと顔を埋めた。



 (そういえば、まだ報酬の話してなかったな。 持ち家は欲しいと思ってたけど、今ドワーフ達が作ってくれてるし。 まずはアイリス達と一緒に住める仮住居かな? あとは情報網の構築。 ヘスティナは『もうすぐ会える』って言ってたけど何時だろう? まぁ、わからなくてもすぐに気付けるように、全大陸に広げときたいよね)



 頭の中で今後の流れを考えていると、どうやらレクスィオは熟考を終えたようだ。



 「財力、権力、武力、その全てに靡かない存在。 なにより、私をいつでも殺せるというのにそうしないというのは、下手な人間よりよほど信頼できる」



 まるで、自身の考えを整理するかのように呟き始めたレクスィオはテーブルに固定したままの視線をリアへと向けた。



 「ホワイト子爵令嬢、でいいのかな? どうかこの国の、私の為にも、貴女の力を貸していただけないだろうか? ……頼む」



 姿勢を正し座ったままではあるが、深々とリアへと頭を下げるレクスィオ。

 貴族の礼儀作法やルールなど全く知らないリアでも、目の前のこれが異常だということくらいはわかる。


 考えが凝り固まり、魔族だ亜人だと言ってくだらない思考に至らずに、自身の目的の為なら使えるものは使うというスタンスは正直とても好感が持てた。



 「……お願いされたとはいえ、私は私の意志でここにいるのよ。 頭をあげなさい、レクスィオ」


 「っ、……感謝する」



 レクスィオは下げていた頭を勢いよく上げると、その顔に安心したかのような穏やかな微笑みを浮かべる。


 それからはリアが国の事情を何も知らないということで、当事者であり一番詳しいレクスィオが改めて、護衛依頼の内容も含めて説明することにしたのだった。




 どうやら、現在のクルセイドア王国は2つの派閥に分かれているらしい。


 1つは第一王子を筆頭にした『保守派』であり、この変わりゆく世界で"人類種至上主義"を掲げた人類種が増え続ける中、今まで通り様々な種族と交流し差別や迫害はもってのほかだと平和的な思考を持った者達の派閥。


 そして2つ目の派閥は第二王子を筆頭にした『革新派』。

 変わりゆく世界に身を投じ、"人類種至上主義"を掲げて、聖王国寄りな価値観をもった者達が集まる派閥。



 国王が病床に伏った事により回復が見込めない現状、近い将来どちらかが即位する可能性が非常に高いらしく、現状では第二王子に軍配が上がっているらしい。



 「……仕来りさ。 クルセイドア家の男児は代々、継承者として相応しい特徴が引き継がれる。 それは太陽のように白い髪と炎の如き黄色の瞳。 そして何より欠かせないのが【火系統魔法】の才能だよ」


 「どうして【火系統魔法】なの? 特別に秀でている魔法じゃないと思うのだけど」


 「クルセイドア王国を建国した初代国王ヴァルカング・クルセイドアが類稀なる【上位火系統魔法】の使い手であり、その属性によって勝利を齎してきたからだと言われている。 建国以降、王家の象徴として白い髪と黄色い瞳、そして【火系統魔法】の才能を持った男児こそが、次期国王となる器を持っていると言い伝えられ、この仕来りができたのさ」



 レクスィオはその表情をどこか、悲しい影を走らせながら淡々と話を進めていく。

 その話を黙って聞いていたリアの頭には、「??」という果てしないクエスチョンマークが浮かび上がっていた。



 (え、そんな理由で国王決めていいの? 火系統魔法にお世話になってる私が言うのもなんだけど、別に最強の魔法属性じゃないよ? どちらかと言えば汎用性高くて対人戦強いの闇系統だし、PVEでいうなら氷系統とか雷系統の方が扱いやすいのに。 ……ああ、読めたわ。 だからあの時、闇系統魔法を出し渋っていたのね)



 隣に座るレクスィオはその表情に影を落とした雰囲気で黒い瞳をテーブルに向け続け、闇の様に真っ暗な黒髪を部屋明かりに反射させていた。



 「その仕来りだけど、闇系統の才能を持った子はどう言われているの?」


 「…………忌み子だよ」



 第一王子となる男児が忌み子であれば、派閥争いで優位に立っている弟の第二王子はどうだろうか。

 リアはある程度返ってくる返答を予想しながらも、確認の意味で問いかけることに決めた。



 「ふ~ん。 それで第二王子はどうなの?」


 「ふ~んって……え、それだけ? カセイドはその性格を除けば、立派なクルセイドア王家の一員さ」



 真剣味を帯びた表情で話すレクスィオは、リアのあまりにも素っ気ない返事に苦笑を漏らし、僅かに表情の影を取り払いながら言葉を続けた。


 (だって興味ないもん。 可愛い子とか綺麗な女の子なら相談に乗っちゃうわ、でもただの第一王子でしょ? 知識や立場を知っておくのは大事だけど、やっぱり興味ないわ。 "忌み子"とか言うけどどうせ闇魔法は禁忌、もしくはそれに類する魔法で使うのを出し渋ってただけでしょ? ……はぁ、くだらない)



 リアは両膝を抱きかかえ、丸まるようにソファへと背を預けて思考に耽る。

 そんな始祖の姿勢にディズニィは眉を顰め、レクスィオは一瞬目を向け即座に逸らすが肝心の当人は思考に耽り、気付く気配はなかった。



 「その性格って昨日言ってたこと? 確か『私の大事な獣人を殺しうる』だっけ」


 「ああ……言ったかもしれない。 弟、カセイドは生まれてから何不自由なく育ってね。 白い髪に黄色の瞳、得意魔法は火系統魔法。 私とは違って、全てを持って生まれてきた弟は王妃様に甘やかされ続け、傲慢で人の気持ちがわからない残虐な人間へと育った。 貴女に言ったのも、カセイドは獣人を人として見ていない、玩具か家畜として見ているからだよ」


 「なるほど、そんな弟が居て貴方が真面に育ったのは王妃の差かしら? 貴方の言葉からは他人みたいな口ぶりを感じたけれど」


 「……私は構わないが、王妃様の前ではくれぐれも言葉遣いには気を付けて欲しい。 貴女にとっては大した脅威には成りえないのかもしれないが、正直今、貴女に去られるのは困るんだ。  ――それとその質問に答えるなら、答えはイエスだ。 私は今は亡き前王妃の息子であり、カセイドとは腹違いの兄弟なんだ」


 特に意味はなく、何となくで聞いた質問にも真摯に答えるレクスィオに、リアは満足してソファへ身を預けた。

 そうしてある程度、レクスィオとその弟について理解したリアは一言、頭の中で『面倒くさい家庭』と結論付けてディズニィへと視線を移動させる。



 『他にまだ私が聴くべきことはある?』と問いかけるリアの瞳に、黙って話を聞いていたディズニィは否定するかのように首を左右に振るった。



 それからというもの、レクスィオの現状とこれまでの暗殺未遂件数について教えられ、今話してるこの瞬間にも既に護衛は始まってることを告げられた。



 (毒の混入が11回、刺客を送り込まれたことが4回、視察中での暗殺が5回。 そして生死を彷徨ったのは3回と、これってそれなりにされてるのかな? 正直、王家の暗殺話ってどれくらいが平均的なのかわからないわ。 でもこれがここ1年の回数っていうんだから、一般人からすれば過剰なほどに多い気がする。 よく生きてるわね、この王子)



 「――というわけだ、ホワイト子爵令嬢。 貴女は役職としては殿下専属の侍女だが、その職務は護衛であって誰にも知られてはいけない。 侍女としての役割は別の信頼できる者に任せ、貴女は殿下の護衛に専念してほしい。 いわば貴女は、こちらの切り札のようなものだ」


 「ふ~ん、色々面倒ね。 ……私がその弟とやらを今、始末しにいったら駄目なのかしら? そうすれば数分以内に依頼は終わるけど」


 「「………」」



 色々と説明を聞きはしたものの、リアの出た結論としてはその一言に尽きた。

 自分であれば言葉通り数分もかからず対象を亡き者に出来る自信があり、早く終わらせればアイリス達とのイチャイチャする時間が増えると思ったのだ。


 更には、報酬だって普通のそれとは比にならないものが得られるのだから、良い事づくめでやらない理由が見当たらない。


 リアは内心、依頼を終えて帰った後の皆とのイチャイチャを想像して、微かに口元を緩ませるとそこにストップがかかった。



 「話はそう簡単ではないんだよ、ホワイト子爵令嬢。 もし今の情勢で突然カセイド殿下がお亡くなりになれば、真っ先に疑われるのはレクスィオ殿下である。 そうなればまず間違いなく家臣は納得しない、最悪国は完全に二分化されるだろう」


 「……はぁ、正攻法でやるしかないということかしら。 それとも、それなりの暗殺されてるのだし、決定的な証拠を押さえるつもり?」


 「我々はそのつもりでいる。 だがこれまで、証拠といえる証拠は一切の痕跡も見当たらず、あちらも相当なやり手がついているようだと私達は推測した。 だからこそ、こちらも貴女に依頼したのだ」



 あれだけの回数暗殺されて、一切証拠が掴めないなんてことあるのかしら。

 リアは頭にクエスチョンマークを浮かべ、それとは別にディズニィの言葉を咀嚼して呑み込んだ。


 (つまり、私の仕事はあらゆる悪意からレクスィオを守りつつ、相手の証拠を掴むこと。 その際、もしかしたら面白い相手と接敵できるかもしれないと思っていいのかな? 可愛い暗殺者とかいたら……うん、私のにしたいわ!)



 「ふぅん」と空返事をしながら妄想に口元を歪めるリアを見て、ディズニィは面白いものを見るかのような視線を送り、レクスィオは怪訝そうな表情を浮かべる。


 話は終わったと判断したリアは妄想を中断し、抱えていた両足を床に降ろす。

 するとレクスィオは立ち上がり、リアへ向けて手を差し伸べ出す。



 「突然の呼び出し、吸血鬼とは知らずすまなかった。 これからよろしく頼む、ホワイト子爵令嬢――いや、リア・・



 その言葉にリアはピクリと眉を動かし、差し出された手を見下ろす。

 しばしの熟考を行い、不気味な微笑みを浮かべながらリアは握手に応じた。



 「ええ、よろしく。 レクスィオ」



 爽やかな微笑みを浮かべ、手を差し伸べる黒髪黒目の美男子はさぞ、世の女性に人気があることだろう。

 しかし、根っからの生粋のレズであるリアからすれば例えイケメンで自身の認めた相手だとしても、関係の浅い内から名前呼びは正直好きではない。


 だからこそ、少し脅すくらいはいいと思うのだ。



 「それと、これは忠告だけど」


 「?」


 「もし私の妹の前で私をそう呼んだ場合、その命の保証はしかねるから気をつけなさい」


 「は……? それはどういう」



 困惑した様子のレクスィオはその表情から微笑みを消し、やがて言葉の意味に何かを思い至ったのか、徐々に顔を青ざめさせ、纏う雰囲気には焦りを漂わせた。


 リアはその態度の急降下を見て、思わず残虐な微笑みを浮かべてしまうと、まるで面白がるように見下した視線を向けて首をコテンと倒すことにした。



 「言葉の意味のままにございます。 殿下♪」


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