第81話 気まぐれな始祖との再会



 白い光に呑まれた先は、いつの間にか視界は黒に染まっていた。


 リアは先程まで感じていた、幽かな浮遊感のようなものとは別に。 朧げな意識の中で確かな肉体の感覚から、自分の居る世界が変わったことを自覚する。



 次いで感じるは柔らかい感触とじんわりとした暖かさ、そして何より胸の内から溢れだす幸福感。



 いつもであれば苦戦する筈の重い瞼は難なくと開き、そのまま何もない空間へと視点を置いた。



「会える、皆と……会える。もうすぐ……」



 夢幻世界から目覚める直前に、ヘスティナが最後に口にした言葉をリアは噛みしめるように何度も呟く。


 そして呟く度に、クラメンの皆の顔が次々と頭に浮かび上がり、その言葉の意味を理亜が理解した時、リアの頬が無意識に緩みだす。



(夢じゃない、本当に皆とまた会えるんだよね。~~っ!! ……そっか、そっかぁ! あはは、また会える!! 皆とまた会えるんだ!! もうすぐって何時かな、何時だろう? 早く会いたい、皆と、ヘスティナと。それに何より、こっちで出会えた私の大好きな人達を、あの娘達に紹介したいわ!!)



 転生したばかりの時は躍起になって探したものの、誰一人として知るものは居なかったクラメンみんなの情報。


 出会う人間に聞く度に、期待をしてはいけないと己に言い聞かせるも、心が、記憶が、魂がそれらを拒み、答えに期待する。

 そして、返ってくる答えに心を擦り減らす。


 やがて聖王国の一件によって過度な期待や行き過ぎた想いは自身を傷つけると悟り、以降はいつかは出会えるとそんな楽観的な感情で『想う』ことを放棄してしまった。



 これでまた出会うことはできないとなった場合、リアの心には修復が難しい程のダメージを負うかもしれない。


 だが、それを保証してくれたのは神であり、実際にリアを転生させた張本人である。


 ーーであれば、期待しない方が無理というものだ。



 理亜リアは転生して始めて、心も体も価値観もその全てが共鳴したかのような一体感を覚え、胸の内の更に奥深くにあるであろう"魂"から喜びが湧き出すのを感じていた。


 そうして隣でコアラの様に、密着して穏やかな顔を魅せる恋人アイリスを見て、自然と微笑みが溢れる。



「おはよう……アイリス」



 未だ夢の中に居るであろうアイリスからの返事はなく、リアの胸元に顔を埋めるようにしてすやすやと穏やかな寝息だけが返ってきた。



(可愛い……愛おしいわ。あぁ、いつもアイリスは可愛いけど、今は心臓が破裂してしまうくらい愛が溢れ出てきちゃう。早く皆に紹介したいな! でも、それまでにはもっともっと愛し合いたいね、アイリス)


「んっ……」



 リアはこれ以上にない程に昂る感情と想いによって考えるより先に思わず、その小さな唇にキスをしてしまう。

 それは求め合うような貪り喰い合うようなキスではなく、朝の挨拶としての幸せのキス。



 顔をそっと離し、その顔を見つめる。

 今も夢の中であろうアイリス。 その表情ははにかんだ様に穏やかで、誰が見ても愛らしいと思える可愛い少女。


 見れば、反対で寝てる筈のレーテの姿はなく【戦域の掌握】で気配を辿るも、どうやら宿内には居ないようだ。



「早いわねルゥ、おはよう」


「ふっ、……ふっ、ふぅ。リア姉っ、今日は早いな!」



 そう言って貸し出した装備を着崩し、朝からトレーニングに励んでいたルゥは倒していた身体を起こす。


 ベッドの脇の小さな空間はすっかりルゥのトレーニング空間となっており、その身体つきは出会った一週間前ほどに比べれば、平均的なまでに健康な肉体を取り戻していた。



「へぇ、頑張ってるわね。ご褒美に、今日は好きな物を何でも買ってあげるわ」



 リアはルゥの身体つきを観察しながらベッドから這い出ると、その手を小さな頭へと乗せる。



「本当か!? ……ってことは、外に出ていいってことだよな!!」


「ええ、そうよ。家の中ばかりだと退屈だろうし、セレネも連れていくからくれぐれも離れちゃだめよ?」



 リアはルゥを抱き締めはしないものの、子供を褒める様に何度もその頭を撫でながら口元を緩める。


 以前であれば、ルゥは恥ずかしがって直ぐに手を跳ね退けるか逃げるかしただろうに、今は照れくさそうな表情を浮かべながらも黙って受け入れている。


 そんなルゥの変化を感じながら撫でていると部屋の扉が開く。



「リア様、起きられたのですね。宿の出入口にてミスーヤ様がお越しになっております。どうされますか?」


「ええ、おはようレーテ。ミスーヤ? ……ああ、ディズニィのとこの執事ね」



 リアはレーテの報告に眉をピクリと動かし、寝起きからの幸せな時間に水を差されたような感覚を覚え、若干不機嫌な雰囲気を漂わせ始める。


 レーテはいつものように能面な表情で頷き、その瞳を真っすぐに向けてきた。


 『どういたしますか?』と目で問いかけてくるレーテに、リアは取りあえず両手を広げることにする。



 突然のリアの行動。

 レーテは首を傾げながらも取り敢えずは歩み寄るといった感じになり、やがてその距離は0となる。


 寝間着の《白雪のルームウェア》とメイド服が混ざり合い、ぼふっと乾いた音を鳴らしながら身体を密着させ合うと、リアは包み込むようにレーテを優しく抱き締める。



「ぎゅぅぅ、……はぁ♪ 起きたら貴女に触れないとダメな体になっちゃったわ。……んっ」


「……ちゅぅ、んっ……はぁ。 身に余る光栄です、リア様」



 目覚めの軽いキスを行い、嬉しそうに頬を緩めて微笑むレーテと見つめ合い、そして最後の一人の元へと向かうリア。


 そこは今日の朝までイチャイチャしていたベッドとは違うベッドであり、蹲るようにして背中を丸め静かな寝息をたてているセレネの姿。



 どうやら私の眠り姫は、まだお目覚めではないようだ。


 起こすことを憚られたリアは、そのもふもふしてそうな小さな頭に優しく手を置き静かに撫で始める。



 そうしてレーテに伝言を頼む。


 1つ目はアイリスが起きたら、この都市の闇ギルドの掌握をお願いすること。

 そして2つ目はこれからリアはミスーヤに会い、ディズニィに苦言を呈しに行かないといけないから、代わりにルゥとセレネを街中に連れて行って欲しいという内容である。



 それらを聞いたレーテは、何か言いたげな雰囲気を漂わせるも言葉にはせず黙って了承してくれた。


 リアは十分に寝ているセレネを撫でれたことに満足し、適当に取り出したお金をレーテに渡すと「二人のこと、よろしくね」と口にして、黒ローブの下にガチ装備を身に纏うと最低限の身支度を整えミスーヤの所へと向かうことにした。





「仕事が早いのは素晴らしいことだと思うわ。でも……幸せな時間を邪魔されたのは、とっても不快ね」



 宿の出口へと向かうと、そこにはモノクルをかけた執事服の老人が直立不動で立っており、出会い頭につい思っていた事が漏れ出てしまった。


 そんなリアの言葉に、落ち着いた様子のーーまるで湖に波紋一つたてない流麗な佇まいをしていたーーミスーヤは、慌てた様子で姿勢をすぐ様正し深々と頭を下げだした。



「も、申し訳ございません。私が至らないばかりに、リア様の貴重なお時間を見計らうことが叶いませんでした。この身は如何様にしていただいても構いません。ですのでどうか、お怒りを鎮めていただけないでしょうか?」



 ミスーヤは頭を上げることはせず、唯々リアの言葉を待ち続けその声音から彼が本心で口にしてると理解する。

 

 リアは小さく溜息を吐くと「もう、いいわ」と呟き、不快感を払拭させるように軽く頭を払った。





 そうして宿を出ると、ミスーヤの案内によってディズニィが待っている馬車へと乗り込み、今回の呼び出した張本人である第一王子の居る王城へと向かう。


 馬車に同乗するのはディズニィただ一人であり、あの愚兄やプーサンなどの他の同乗者はいなかった。


 カタカタと小さな振動音を鳴らす馬車内では、リアの予想したレクスィオについての話題は出ず、黒いローブについての指摘だけを受ける。



 なんでも黒色では体裁が悪いらしく、不審者やスラム街の住民に見えなくもない為、余計な面倒ごとを避ける為にも白色を提案したみたいだ。



(王子様はあの一件を喋ってないようね。約束を守ってるところは増々好感が持てるわ)



 そうして仕方なく、リアは黒色のローブから白色へと着替えると会話もない静かな馬車内で寝起きなこともあり、ぼんやりと窓からの景色を眺めていた。



 暫くして漸く王城へと到着する。


 先に降りたディズニィにエスコートされながら馬車から降りるリア。

 ここで変な抵抗をしても、時間の無駄だということをリアは先日学んでいた。


 時刻は昼頃であり、大空から照りつける太陽は鬱陶しい程に光り輝いている。

 実に素晴らしいほど、清々しい憎きいい天気だ。



 リアは不快気に眉を顰め、フードを深々と被ると眼前に聳え立つ王城を見上げた。


 そこには幾つもの塔が立ち並び、それらを繋ぎ合わせて作られたかのような王城があり、その規模は複数の屋敷を組み合わせても負けず劣らずの大きさである。


 まるで一つの山とも言えるそれは灰と青の二色で統一され、シンプルな色合いながら所々に見られる彫刻や飾り、そして歴史を感じさせる造りについつい見入ってしまった。



(城だけでもあれだけ大きいのに、それを囲むだけの巨大な城壁。……壊すとなると骨が折れそうね)



 そんなことを考えて立ち止まり、見上げていると先を歩いていたディズニィが振り返る。



「ホワイト子爵令嬢。何か気になることでも?」


「……いいえ。鬱陶しい程に大きいなと思っただけよ」


「ははっ、それはそうさ。我がクルセイドア王国は大陸一の超大国だからな」


「ふーん、そう」



 大らかに笑うディズニィに対し、リアは興味がないように素っ気なく応えて歩き出す。

 どうやらある程度、馬車の停車場と王城への入り口は近いようだ。



 数分歩き、道行く兵士や使用人、豪華な装いの貴族らしき人物など、王城へ入るまでにそれなりの人間とすれ違った。


 彼ら彼女らはディズニィを見ると立ち止まり、仰々しい程に畏まった挨拶を始めだすと決まって隣のリアへ視線を移し、何とも言えない表情を浮かべる。


 フードを深く被るリアは視覚情報として、女性らしい身長、細い体格、フードから垂らした銀髪の毛先くらいしか相手に情報を与えないことから、怪しいと見られることは理解できる。



(納得できるかは別だけどね。言われた通り白いローブにしたのに、なぜ?)



 場内を歩き、向けられる視線が優に100を超えた辺りでディズニィは一つの両開き扉の前へと立ち止まる。


 扉の前には白銀鎧に赤マントを身に着けた二人の騎士が立ち並び、片方の騎士の隣にはロングスカートの侍女がディズニィへ向けて頭を下げる。



「やぁ、ゾーイ。殿下に取り次いでくれるかい?」


「ヴァーミリオン侯爵様! はい! 確認して参りますので、こちらでお待ちください」



 そういって顔を上げたゾーイと呼ばれた侍女は朗らかに口元を緩め、テキパキとした動きで扉をノックし中へと入っていく。


 そんな気さくとも言えるやり取りを目の前に、リアは先程の侍女が何らかの能力で優秀であり、ディズニィに気に入られてるのだろうとぼんやりと思う。



 すると、左右に並ぶ騎士達から巧妙に隠されてはいるものの、リアからすれば警戒する意識とジロジロとした視線を向けられているのをはっきりと感じられ、手持ち無沙汰なこともあり少し遊んであげようと考える。



(先に失礼な視線を向けて来たのはそっちよ? 警戒するなら反応してみせなさい)



 リアは静止状態から瞬時にトップスピードを出し、騎士達が認識できない程の速さで腰に携えた剣を音を立てずに引き抜き、普段通りの時間軸に戻ると手元で弄び始める。



 手に持った直剣には刃こぼれや反りは見当たらず、シンプルな作りでそれなりに綺麗な刀身をしている。

 持ち手部分には使い込まれた傷や解れが見え、洗浄した形跡がありながらもこびり付いた血痕は完全には洗い落とせていない。


 その状態から持ち主の遍歴が見えた気がした。



(まぁ、少し軽すぎるわね。それに刀身は綺麗だけど、耐久度が気になるわ。一振りで折れちゃうんじゃないかしら? これを装備するとなった場合、LVは20~30くらい?)



 そんな事を思っていると、扉の前に立つ騎士達は理解できないといった様子で目を点にし、唖然とした表情で遅ればせながらに自分の腰へと目を向ける。



「………ッ!? それは私の――「お待たせしました、ヴァーミリオン侯爵様。中で殿下がお待ちでございます」」



 騎士達が口を開いた瞬間、扉は開き先程のゾーイと呼ばれたメイドが口を開いた。


 するとディズニィは侍女の言葉を聞きながら中途半端に口を開いた騎士達を一瞥し、次いで隣のリアを見下ろす。



「……令嬢、その辺にしてあげなさい」


「はぁ、わかってる。ちょっと借りただけよ……返すわ」



 リアは興味を失ったように剣の持ち手を変え、切っ先を摘まみながら柄の先端を騎士へと差し出す。



「え、……あ、はい。ありがとう……ございます?」



 騎士は唖然とした様子でリアから受け取ると、その表情は何とも言えないものとなっており、一言で言うなら疑問に包まれていた。


 ちょっとしたお遊びを行い、鬱陶しい視線を向けてきた騎士の反応に満足したリアは侍女に通され、先に部屋へと入ったディズニィの後へと続いて歩く。



 室内へ通されると、侍女は扉の前でお辞儀をして部屋を退出していった。


 『客間』というには、あまりにも広すぎる空間に思わず見渡してしまう。

 そして、部屋の最奥。

 一部の壁が全てガラス張りになっている空間で、窓の外を見て佇む男に気付きその視線を止める。


 後ろ姿からは特徴的な黒い髪が見え、背丈や体格からこの国の第一王子と名乗った先日の覗き見男だと確信するリア。



 覗き見男、第一王子レクスィオはリア達が入室したことに気付くと振り返り、余裕の感じられる王子然とした微笑みを向けてきた。



「待っていたよ、ディズニィ。そしてそちらが……っ!」



 ディズニィ、リアの順で流し目をする様子だったが、白ローブ姿のリアを見ると徐々に真顔になり、その視線をリアの胸元で止める。


 向けられた視線の先、そこには豊かな胸元に被せるようにしてフードから下ろしたリアの銀の毛先が垂れていた。



「まさかとは思ったが、君は……」



 ほぼ確信している口調で話すレクスィオ。

 目を見開き微妙に胸元から視線を外すと、徐々にその視線を上昇させていく。


 そんなレクスィオの反応に、リアはフードを下ろしながら悪戯っ子のように口元を歪めた。



「昨日ぶりね。レクスィオ」


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