第80話 夢幻の真相
気付けばリアは暗闇の中に居た。
瞬間移動したわけでも転移したわけでもない。
目を閉じて次に開いた時には、何物も見通すことのできない"闇"が眼前に唯々広がっていた。
(【始祖ノ瞳】や《夜目》が効かない? ……この闇は一体。 というより、私は何時ここに来たのかな? 確か朝方までアイリスとレーテとイチャイチャして筈なのだけど。 その後は……駄目ね、記憶がないわ)
眼前に広がる空間は、どこかふわふわとしたような夢見心地な感覚を覚え、現実味のない違和感にリアは適当に火系統魔法を行使しようとする。
「……?」
掌に炎球を出すだけの簡単な中位魔法。
しかし、いつまで経ってもそこには何も生まれず、いつもの様な魔法行使時の独特な感覚も一切感じられなかった。
どうやら、
(う~ん……どうしよう、気付けば知らない空間。 そしてそこは
周囲を見渡し、この空間はいつまで続くのだろう、とぼんやりとした頭で考えるリア。
すると視線の先。暗闇の中から唐突に人影が浮かび上がってきたのだった。
その様子はまるで、暗闇の中から生まれたかのように虚無空間という名の沼から浮き上がってきた光景に見える。
だがその人影は真っ暗闇な空間であるにもかかわらず、はっきりとリアの視界に映り込み、身に着けている装いから顔立ちまできちんと認識することができた。
そうして現れたのは、アイリスと同い年くらいに見える全身を黒で包んだ一人の少女。
まず目についたのは頭部に生やした赤黒い隻角と腰から伸ばした黒羽、そしてゆらゆらと揺らめかせる悪魔のような尻尾。
加えて、その足元まで届きそうな長い黒髪は文字通り、暗闇の空間でもはっきりと視認することができ、まるで夜空のような美しさを誇っていた。
身に纏った服装は
少女は浮遊したように空間に躍り出てくると、ゆったりとした動きで足場と呼んでいいのかわからない地面へと降り立ち、静かに瞼を開く。
「思った以上に早かったね。 僕の予想だともう少しかかると思ったんだけどなぁ」
そう言って少女は見惚れてしまいそうほどの微笑みを浮かべ、まるで無重力化のように黒髪を揺らめかせながら楽しそうに赤紫色の瞳を向けてくる。
そんな彼女を目にした瞬間、リアの視点は固定され呼吸をするのを忘れてしまったかのように立ち尽くすと、胸の内に蠢く感情は徐々に鎮静化されていくのを感じた。
覚えた感情は疑問や不安、警戒なんてものじゃなく。
どこか、嫌いじゃない感情。
この感情を一言で表すなら『安堵』という言葉が最もしっくりくる言葉であり、それに近い心地よさを覚える。
「……貴女は、っ」
歩み寄ってくる少女を只々見詰めていたリア。
夜空のように美しい黒髪は所々が編み込まれ、そこにはどこか見た覚えのある『青い宝石の花』や『水が形を成した美しい花』が装飾品のように散りばめられている。
それらを目にした途端、リアの中で何かが繋がったような気がした。
そんなリアの様子に少女はにんまりと口元を緩める。
「思い出したかい?」
「……いいえ。 でも、初めて会った気がしないわ」
何も感じない筈の空間で、微かに鼻腔に漂うは爽やかな匂いと安心を齎してくれるフローラルな香り。
少女はリアの反応により一層笑みを深めると嬉しそうに頬を緩めた。
「初めまして、じゃないからね」
「どういうこと?」
厭らしい声音ではないもののどこか勿体ぶった言葉に、眉を顰めて聞き返すリア。
すると少女はその場でターンを決めるかのようにご機嫌な様子でくるりと回り、黒いドレスをはためかせながら満面の笑みを浮かべる。
「言葉通りの意味さ。 君と僕は既に、一度出会っている。 でもまずは
リアはその言葉、
「僕はヘスティナ。 君をこの世界に招き入れた張本人さ」
「そう」
(やっぱり……。 この状況や地球の私の名前、その雰囲気からして彼女の正体は差し詰め、『神』といったところかな。 ーーやっと、出会えた)
驚きよりも喜び、ずっと疑問に思いながらも誰にも話せないもどかしさが今、目の前に答えを持って現れてくれたのだ。
この感情をどう表現したらいいかわからないが、例えていうなら見知らぬ場所で母親と迷子になった、年端もいかない少女の心境に似た感情だろうか。
そんなリアの反応の薄い様子に対し、ヘスティナと名乗った少女は眉を顰めて首を傾げる。
「あれ、あんまり驚いてない? もっと驚いたり、わからないって反応を期待してたんだけど……残念」
「いいえ、驚いてはいるわ。 でもそれ以上に」
放心に近い状態で見つめていたリアは、首を左右に振って歩み寄ると、胸元に届かないくらいのヘスティナの頬に手を添える。
「貴女を見ていると、どこか心地良いのよね」
深紅の瞳と赤紫の瞳が交差する。
ヘスティナはきょとんとした表情を浮かべると一拍子して、遅れて驚きだし慌てふためくのだった。
「き、君って人はっ、また僕をおもちゃにするつもりだな!?」
そう言ってヘスティナはリアの手を払うと、僅かに警戒した様子で数歩距離と取った。
そんな少女の態度にリアは困ったように眉を顰める。
「そんなつもりは……なくはないけど。 え、また? いえ、そんなことよりその言葉には語弊があるわ。 おもちゃじゃなくて、これは『愛でる』と言うのよ」
「それをっ!――こほん、まぁいいや」
ヘスティナは反論しようと大袈裟に口を開き、そして思い出したかのように小さな咳払いをするとすぐさま神様然とした真面目な表情へと、その面持ちを変えるのだった。
「君が、僕を見て心地良く感じるのは君の今の体は僕が作ったからさ。 僕は"煌星の女神"ヘスティナ。 この世界の魔族の神であり、今は亡き三柱の一柱。 そして君の創造主でもある」
「……魔族の神。 私の体を、ということは貴女はLFOを知ってるの?」
でなければ説明がつかないが、仮に知ってるのだとすれば尚更疑問が深まるばかりだ。
彼女が『神』だというのならLFOは何だったのか?
神が作り出したゲーム?
全く関係のないゲームから偶々リアを連れてきた?
そもそもな話、何故リアだった?
何の為にこの世界にリアは呼ばれたのか?
考え出せばきりがなく、その全ての答えを知ってるのが目の前の少女なのだろう。
そうして返ってくる返答に僅かな期待に胸を膨らませ、ジッとヘスティナを見詰めるリア。
「ある程度は、かな。 正直、僕が把握しているのは君のことを含めてそんなに多くない。 でも君の場合は例外中の例外だからね。 その体についてなら多分、君以上に知ってると思うよ」
ヘスティナは何とも言えない表情で応えると、リアを見詰めて妖艶な笑みを浮かべながら人差し指を口元に当てる。
「隅々までってこと? そう言われると少し……恥ずかしいわ」
「いや違うからね!? そういう意味じゃなっ、くはないけれどッ! その……君の吸血鬼の身体を創造する為にも、あっちとのズレを生じさせないよう僕、頑張ったんだよ? 今は封印されちゃってて本来の力は出せないし、バレないようにやらないとだから。 もう……へとへとだよ」
そう言ってコロコロと表情を変えるヘスティナ。
そんな彼女を見ながら、リアは幾つかの単語に思考を巡らせていた。
(封印? バレないよう? そういえば、この子は何でこんな所にいるのかな。 いや、そもそも私はアイリスとレーテとベッドに居た筈。 ここはどこなのかしら)
黙り込むリアを見て、ヘスティナは何を考えてるのかお見通しのように頷く。
「色々聞きたいことはあると思うけど、残念……実はあんまり時間がないんだ。 まだ僕と君の関係を気づかれる訳にはいかないから、簡潔に話すよ」
ヘスティナは小さな胸を張り、指をビシッと一本立てる。
「まずは此処。 君を呼び出したこの場所は僕が許可しない限り、絶対に立ち入ることのできない幻想の空間、"夢幻世界"とでもいうのかな。 これを何処かで見つけて、触ったり匂いを嗅いだ記憶はない?」
そう言ってヘスティナは自身の黒髪を一束掬いあげると、リアに見えるようにして掲げる。
彼女が『これ』と差した物。
それは社交界パーティーの時、リアが抜け出して庭園で見つけた碧い花と水のような花だった。
(そう言えば、あの花の匂いを嗅いだ途端、何かを思い出したような……)
「その様子だと、思い当たるものかわあるみたいだね。 この花の香りが、僕と君を再び繋ぐ為の
「もし、それを偶然に見つけることができなかったら――」
「その場合、僕と君が再び出会うのはもっとずっと先だったかな。 今回は偶々、僕が動ける時に君との
「それなら今後、貴女に出会うにはどうしたらいいの。 また眠りに入れば会えるのかしら? ううん、そもそも私はどうしてこの世界へ転生したの?」
説明されればされるだけ、時間がないと言っていたのはハッキリと覚えているが、次から次へと疑問が湧き出てくるリア。
捲し立てる様に聞いてしまうのはそれだけ、リアとしても待ち望んでいた状況だということに他ならなかった。
「そう……だよね、気になるに決まってる。 ……僕は駄目だなぁ、こういう所で爪が甘い。 だから、あの女にも足元を掬われるんだよ。 ――まずは、ごめんなさい」
リアの眼前では少女、魔族の神と名乗ったヘスティナぶつぶつと独り言のように呟くと乾いた笑いを漏らす。
そして真剣身を帯びた声音で謝罪を口にし、深々と頭を下げだすのだった。
突然の謝罪にリア僅かに困惑しながらも反応できずにいると、ヘスティナは再び顔を上げる。
「君の為とはいえ勝手に記憶を弄り、人格まで改変してしまったこと。 そして何より千載一遇のチャンスだったとはいえ気持ちを焦らせ、君の断りもなく半強制的にこちらの世界へ招き入れてしまった。 ……君を転生させたのは条件を満たしていて、この世界に変革を齎せるだけの魂が出来上がっていたからだよ」
(記憶を弄り、人格を改変。 なるほど、以前に私が立てた仮説はあながち間違ってはいないということね。 焦っていたというのは、先程からちょくちょく出てくるけど。 ヘスティナは何者かと争っているのかしら? いや封印されてるとも言っていたし、彼女が魔族の神ならその相手は……人類種の神、よね)
頭の中で出てきたワードと記憶の破片を照合し、リアなりの仮説を立てながら思考に耽り、その片手間にヘスティナの話に耳を傾ける。
条件と言うのは十中八九、LFOに出てきたあの意味深な通知だろう。
『次なる世界へと続く道が開かれました、進む覚悟はありますか』
今でもはっきりと覚えている文言。
であれば時間がないのだ、今聞くべきことを厳選した方が中途半端な回答に終わらずに済むだろう。
どうせこれが最後の機会という訳でもないのだし、……ないよね?
『再び繋ぐことができた』って彼女が言ってた訳で、本当に大丈夫よね?
少しだけ不安になったリアだったが、相手が神だと言うことを思い出し、心地良い感覚に背中を押され信じてみる事にした。
「この際、転生のことはいいわ。 今の自分にも十分満足してるしね。 それで私に何をさせたいの? 貴女の目的はなに?」
「え、そんな軽い返事でいいの……? いや、ここは"ありがとう"かな。 時間が出来た時には必ず、その経緯も含めて話すよ」
予想だにしなかった返答にヘスティナは呆気に取られた様子で目を見開き、一呼吸おくと、まるで慣れない仕草をするかのようにはにかんだ顔で感謝の言葉を口にする。
そうして気持ちを切り替えたのか、真面目な顔に表情と雰囲気を切り替えた。
「君にお願いしたいのは、世界の『調停者』としての役割さ。 もっと簡単に、簡潔に本音でいうなら
言葉の内容さえ気にしなければ、見惚れてしまう程に満面の笑みを浮かべたどかか暗闇を背負ったヘスティナを見て、リアは若干引いていた。
アバズレ……この神様、可愛い容姿して凄い言葉口にしたよ。
確認すべきかな? ……すべきだよねぇ。
リアはこの異世界の神については詳しいことは知らない、いや全く知らないといっても過言ではない。
故に仮定の話として想像はできるが、そんなことに意味はないだろう。
「そのアバズレというのは、貴女を封印した存在のことよね? 私の中で勝手に人類種の神と予想してるのだけど、どうかしら?」
「話が早くて助かるよ。 そう、慈愛の女神アウロディーネ、人類種の神だよ。 下界の者達には創造神と名乗ってるみたいだけど、あれは三柱の内の一柱であって、唯一神でも創造神でもない。 君にやって欲しいのはそんなアバズレが生み出した、加護持ちの処理さ」
「……加護持ち」
「君たちの言葉で表すなら『英雄』というのかな。 全員が全員、あのアバズレの暴走の結果で生まれた訳ではないけれど、今の世界の在り方を見れば本来の数倍は数が膨れ上がってしまっている。 神である彼女が直接下界に干渉することはないけど、なるべく自然に出会ったら処理するようにして欲しい。 ……くれぐれも、やりすぎないようにね」
ヘスティナは話していくたびに顔を俯かせ、暗闇の空間の中でその美貌に影を落とした。
しかしその赤紫色の瞳には、どこか秘めたる想いを宿らせながら思考を巡らせている様子だった。
未だ不明点や気になる点は多すぎるが、大方彼女の目的は理解した。
「既に何人か殺してるし、それは構わないのだけど。 具体的にどれくらい減らせばいいの? 出会ったら一人残らず処理すればいいのかしら」
「もう? まだ転生してそんなに月日は経ってないと思うのに、流石だね。 正直に言うと自然に生まれた者達以外かな。 でも、そんな悠長なことを言ってると魔族は全滅しかねないから仕方なく言うけど、『人類種至上主義を掲げた全員』と言わせてもらうよ」
「なるほど、わかったわ。 それと――っ」
リアは頷きながら、どうしても聞きたかったことを聞こうとした瞬間。
真っ暗闇な空間だった場所は突如として亀裂が入り始め、その狭い隙間からは鬱陶しい程に眩い光が漏れ出したのだった。
ヘスティナは亀裂を横目に「そろそろ……時間みたいだ」と呆れた様に呟きリアを真っすぐに見据えた。
「既に、君とのパスは構築済みだから次に僕が目を覚ました時、機会を見てまたここへ招待するよ。 だからそれまでなるべく、魔族と亜人を見つけたら君が助けてあげて欲しい」
そうヘスティナは口にすると、いよいよ残された時間はあまりないようだ。
平衡感覚のなかった暗闇は歪み始め、空間ごとぐらぐらと揺れ動きだすと、その小さかった亀裂は徐々に広げていき漏れ出す光の光力をより一層強めだした。
まるでガラスが割れていくような光景の中、リアは自身の存在が薄れていき本来の場所へと戻るのを感覚的に感じながら、慌てたようにヘスティナへと声を張り上げる。
「待って! 最後に聞かせて、皆は……私の大切な
転生して始めて張り上げた、理亜の心からの叫び。
たった数カ月にも満たない時間ではあるが、リアにとっては途方もない時間だった。
今でこそ心から愛してはいるものの、アイリスやレーテといった彼女たちの代わりになる存在が居なければ、今のリアの心はどうなっていたかわからない。
だからこそ、リアは未だ残り続けるぽっかりと空いてしまった胸の穴に安心が欲しかった。
空間は剥がれ、黒が白へと反転し意識が薄れゆくのを感じながら、リアの目にはヘスティナが微笑んだのをしっかりと写したのだった。
「……大丈夫。 彼女達とはもうすぐ会えるよ。 だからそれまで……お願いね、リア」
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