第71話 始祖なお姉さま、貴族令嬢になる?




 北大陸でのドワーフ達との交渉を済ませ、中央リヴァディア大陸に戻ってきたリア。


 その後、数時間もすればルゥは目を覚ました。

 ルゥは自身の体に巡る魔王の因子【禍根の胎動】の表れに心底驚いており、リアと話すどころではなかった。


 いやあれは驚いていたというより目を輝かせていた、というべきか?


 魔王への覚醒が現在どれだけ進行しているのか不明だが恐らく初期も初期段階、まだ固有能力アーツが発現したばかりだろう。



 あの黒い模様には害や特殊な効果、身体能力ステータスへの強化効果バフはない。

 言ってしまえばただの適合者への資格あかしが表れただけで、前世ゲームでもオシャレ要素にすぎなかった。


 リアは知ってる限りのこと――『魔王』という情報を抜いて――ルゥへは説明したが、その後の様子を見る限り、理解するのはまだまだ遠そうである。



 ちなみに魔族へ無条件に好感度バフをかけるルゥの能力にアイリスやレーテ、二人の言動や心境に変化は全く見られなかった。

 多少、驚いてはいたが初期段階だからか"魔族への好感度バフ"が機能しているように思えなかったのだ。


 しかしそれなら尚更、何故リアだけそのバフの影響下に置かれているのかは非常に謎である。




 そんなこんなでディズニィが話していた社交界パーティーまで残り3日間。



 リアはレーテと買い出しという名のデートを行い、オニオ達に渡すそれなりのお酒と摘を大量に購入した。


 その後、移動はリアだけの方が速いことから1,2日目は【万能変化】にて大陸を渡り、先払いと景気付けを済ませると。

 その後は理想郷の家を造る為の話し合いをして、ある程度の方向性は決まったのだった。



 (完成が楽しみね。 今日から造り始めているのかしら? ティーあの子とうまくやれてるといいけど……)



 リアは暫く野外で活動する彼らに必要だと思い、守り手としておいてきたティーを思い耽る。


 そうして夕暮れの通りを歩いていき、目的の場所へと辿り着いた。


 目の前に見える屋敷は先日の別邸とは明らかに違う規模のもの。

 ディズニィの住む本邸であり、リアがこんな早い時間でありながらわざわざ足を運んだ目的地である。



 柵越しに見えるは見渡す限りの敷地を思われる空間が広がっており、大理石のような白とグレーで造られた噴水や入口を埋め尽くすほどの花壇の群れ。


 これまで、闇ギルドの貴族暗殺依頼でそれなりの屋敷には侵入してきた。

 そんなリアですら中々見たことのない純白な豪華な造りとそのスケールに、思わず感嘆の声が漏れでてしまう。



 (絵にかいたような豪邸だね。 此間のアレが別邸というのも、頷けるなぁ)



 リアの足が進むにつれ、正門との距離は近付いていく。


 目を向けた先、そこには巨大な銀の正門が建てられていて遠目からでもわかる程、きめ細やかなデザインと派手すぎない控え目な装飾で見事な調和がとられていた。


 両開きの正門の前には、衛兵らしき男が二人と以前にも見た覚えのある老人執事。


 

 名前は確か……ミスーヤ?



 ミスーヤは正門へ歩いてくるリアに気づくと直ぐさま隣の衛兵に話しかけ、そして数秒も経たないうちに衛兵はどこか慌てた様子で速足に正門を潜り抜けていった。



 「お待ちしておりました、アルカード様」


 「ミスーヤ、だったかしら?」


 「っ、私のような者の名を、ご記憶にお留めくださりありがたく存じます」



 リアが名前を出すと一瞬目を見張るミスーヤだったが、次の瞬間には落ち着いた様子を取り戻し、丁寧な所作で深々と頭を下げるのだった。



 「それでは、ご案内いたします。 こちらへ」


 「ええ」



 短く返すリアにミスーヤは顔を上げ朗らかな表情を浮かべると刹那の間に、隣の衛兵を鋭い視線で一瞥し何事もなく歩き出した。



 (へぇ、ディズニィが優秀というだけあるわね。 ただ見られるだけですら不快なのに。 下から上まで見た後に胸元にその視線を集中させた時は思わず、殺しそうになっちゃったわ)



 そんなミスーヤの自然な動きを目にしたリアは内心で拍手を送り、到着する少し前から鬱陶しい視線を向け続けてきた衛兵には、目の前の執事の顔に免じて1回限りではあるが見逃すことにしたのだった。


 正門を潜り、視界一杯に広がる屋敷とその庭の景色を眺めながら歩くリア。


 夕方ですらそれなりに穏やかな気持ちになる庭を見渡し、悔しいが素直にディズニィの人を見る目は認めるしかないようだ。



 (こういう所はいつも柵を乗り越えて入ってたから気にしなかったけど、いつかセレネの言っていた日向ぼっこをするのもいいかもね)



 そんなことを考えながら沈みゆく夕日を眺め歩いていると、いつの間にか玄関に到着していたようだ。

 玄関には神殿の様な白柱が2本立ち並び、僅か数段の為に造られた大理石の階段を登るとミスーヤはノックなしに扉を開ける。



 中に入ると視界には3人の男が立ち並び、奥に見える階段や廊下には数人の若いメイドの姿があった。


 リアが奥のメイド達に目が引き寄せられる中、出迎えた男たちの中で最も体格の良いディズニィが顔を綻ばせながら一歩前に歩み出てきた。



 「アルカード嬢、ようこそヴァーミリオン家へ。 まだ日光がある中、すまないね」


 「お久しぶりです。 ア、アルカード嬢」



 貴族の当主らしいリアが認めた男でもあるディズニィは堂々とした立ち姿だったが、後に続いたプーサンを見比べてしまうとどこか頼りない、いや素のリアを見ているからこそ委縮している可能性も否めないわけだが。



 (そういえば、セレネが怖がるから一度死んでくれって言ったっけ?)



 リアとしては当たり前のことを要求しただけの出来事だったが、彼にとっては違ったのかもしれない。

 そんな事をふと考えるも、次の瞬間にはリアは忘却の彼方へと捨て去っていた。



 「元気そうね、ディズニィ、プーサン。 堅苦しい挨拶はいいわ」



 一応は顔見知りである二人に、最低限の挨拶は返しながら若干不機嫌な顔を浮かべるリア

 その理由は、日光耐性があるとはいえ吸血鬼である自分をこんな時間に呼び出したからだ。



 「それで、こんな時間に呼び出したのはどういうこと? パーティーは遅い時間だったと記憶してるのだけど」



 そう言って眉を顰めるリアに、見知らぬ3人目の長身男はコツコツと歩み寄り、あと数歩のところで足を止めた。



 「お初にお目にかかる。 私はレット・ヴァーミリオン、そこにいる愚弟の兄でもある。 以後お見知りおきを」



 プーサンの兄と名乗った男は、貴族のイメージ通りの綺麗な所作で頭を僅かに下げるだけに留め、生真面目すぎる表情を魅せたのだった。


 短く切り揃えられた金髪に整った切れ長な顔立ち、背丈はディズニィの息子ということもあってリアの頭2つ分は恐らく高いように見える。


 一般的には世の女性は目の前のこれをイケメンというのだろうが、リアとしては欠片も興味が湧かず、むしろ『面倒くさそう』の一言が心の中で浮かんだくらいだろう。



 「リア・アルカードよ」



 別に名乗らなくてよかったがディズニィの顔を立てる意味で、最低限に名乗ることにしたリア。


 しかし、そんなリアの態度にお堅そうなレットはあからさまに気に入らなそうな表情を浮かべ、眉をピクリと跳ねさせる。



 (う~ん、どうしたらいいかしらコレ。 邪魔になったら退けてもいいのかしら? 取りあえずディズニィに聞いてみようか)



 リアは確認するようにディズニィへと視線を向けるも、まるでそれを遮るかのようにしてやや強引に長身を割り込ませたレットは、リアを見下ろした。



 「貴方のことは存じ上げている。 野蛮で低俗な魔族などを使うなど正直理解に苦しむが、能力があるのなら精々……殿下の為に尽くしてくれ」



 冷たい視線で睨むようにして、刺々しさ全開の言葉を吐き捨てられたリア。

 ――その後の行動は速かった。


 掌を爪で斬り付けると【鮮血魔法】で利き手に血剣を造る、ここまで0,2秒。

 逆手に持ち替えながらレットの懐に入り込むと、柄の部分を容赦なくその鳩尾へとめり込ませた。

 ここまでが0,75秒。



 「……がはっ!?」



 レットはその長身をくの字に曲げると体重を感じさせない動きで瞬間移動の如く、後方へと吹き飛んだ。

 ディズニィが隣に自分の息子が居ないことに気づいた時には既に、屋敷の壁へと衝突しておりクッションとなった高級そうな造りの棚は粉々に砕け、壁に飾られていた調度品は無残にも飛び散り廊下に転がるのだった。



 (ディズニィの息子っていうなら少しは期待できそうだったけど……これならプーサンの方が全然マシね。 思わず手が出ちゃったわ)



 ぱらぱらと壁の残骸が廊下の絨毯へと零れ落ち、ぐったりとしたままピクリともしないレット。

 リアは目を向けながら血剣の形状を飴玉にしてぱくりと口に含む。


 まるで時間が跳んだかのようにディズニィとプーサンは遅れて衝撃音が鳴った後方へと振り返り、唖然とした雰囲気を漂わせながらゆっくりとリアへと向き直るのだった。


 その表情は親子ながらに似ており、両の目を見開き驚愕した様子で口をぽかんと開けている。



 「ぼ、坊ちゃま!? どうされたのですかっ!? 何故こんな……ミスーヤさん、坊ちゃまが!」


 「きゃぁぁぁ!! レット様!? 侍医を、侍医を呼んでまいります!」



 離れたところでは付近にいたメイド達が突然の轟音に周囲を見渡し、壁に寄りかかるレットに駆け寄っているのが見えた。



 「加減は加えてるわ。 ――それで話を戻すけど、こんな時間に呼び出した理由は何かしら?」


 「…………、っ」



 リアとしては既に終わったことであり、思わず振り抜いてしまう前の咄嗟の判断で、血剣の持ち手を変えたのはファインプレーだとですら思っている。


 そんな平常運転なリアを見てディズニィはある程度持ち直したのか、すぐさま以前の様な状態へ戻ると目配せでミスーヤに処理を頼み視線を移した。



 「あ、ああ、時間はアルカード嬢が把握している通りで間違いないさ。 ただ社交界パーティーともなると、前準備にそれなりに時間を要するのでね。 もちろん、そのままのアルカード嬢も美しいが最低限の装いというものがある」


 「ふぅん……それじゃあ、さっさと済ませてしまいましょう?」


 「……ああ。 プーサン、いつまで呆けている? ご案内しなさい」



 その様子からどうやらディズニィですら、まだ完全には持ち直していないらしい。

 プーサンは唖然とした様子で突然に肩を叩かれ我に返ると、ぎこちなさが残るなか作り切れていない笑みを浮かべた。



 「アルカード嬢。 こちらへ……来て、貰えますか?」


 「ええ」



 背を向けて先導するプーサンに返事を返しながら歩き出すリアは、ディズニィとのすれ違いざまに足をピタリと止める。


 (私は私の在り方をやめるつもりはないし、これからも気に障れば容赦なく排除するわ。 依頼の諾否は決めてないのだから、取り消してもいいのよディズニィ?)



 「――後悔してる?」



 リアは自身より体格が二回りは大きいディズニィを見上げ、愉快そうに口元を歪ませた。



 そんなリアの言葉と態度に一瞬、きょとんとした表情を見せたディズニィは「まさか」とおどけたような態度をとった。

 首を左右に振り、再び顔を戻したディズニィは侍医が駆け寄るレットを真剣な眼差しで見つめる。



 「アレは少々硬すぎるのだ。 侯爵子息としての身分があり、能力があるが、自身が認めたもの以外への配慮がない。 枠に収まっている相手ならそれでいいだろうが、そうじゃない相手にはいずれ痛い目にあう。……今回のは良い薬になっただろう、といっても何をされたのかすら私含めて理解していないのだがな」



 そう言って笑うディズニィにリアは「そう? 残念」とだけ返し、踵を返してプーサンの後をついていくのだった。



 長すぎる絨毯を歩き、目の前のプーサンは道行く使用人にてきぱきと指示を出していく。

 そして、やがて一つの部屋へと通された。


 まず最初に目に入ったのはドレスだった、恋愛小説や乙女ゲームなどで見る社交界用のドレス。


 長いハンガーにかけられた色とりどりな物からマネキンのようなものに着させた物まで、その種類は一目で完全に把握するのは難しいほどの夥しい量のドレスの数々。


 それ以外には過剰なまでの化粧品らしき容器が置かれた、これまた大きな化粧台と姿見が部屋の中央に堂々と設置されており、その周囲には数人のメイドが待機しているのだった。



 (え、この中から選ぶの……? いや、適当なやつでいいよ。 ていうかまさか今日の為だけにこのドレス群を揃えたとか、言わないでしょうね?)



 数人の綺麗なメイドさんには僅かに食指が動くリアだったが、これからしなければいけないことに、げんなりする気持ちが勝った。



 「それじゃあ彼女に似合うドレスを頼む。 それとくれぐれも、この方に失礼のないように。 ……ほんと、お願いね」


 「? はい、それはもちろんでございます。 プーサン様」



 プーサンの思わずといった感じに漏れ出た呟きはメイドさんには聴き取れなかったのか、その綺麗な顔にクエスチョンマークを浮かべながら了承の意を示す。


 そんな呟きをリアはばっちり聴き取れているわけで、どうしてそこまで怯えられているのか些か疑問ではあるが、まぁいいだろう。



 「アルカード嬢……彼女達は大丈夫だと思いますが、一応は父上の使用人です。 その、――お願いしますね」



 『お願いします』の部分は果たして、どちらをを指しているのかしら?


 可愛いメイドを味見しないように? それともレットのような言動をされて思わず手を出さないようにだろうか。


 そそくさと部屋を出ていくプーサンを見据えながら、取りあえずいつまでも怯えられるのも鬱陶しい為、返事はせず手をひらひらとさせるリア。


 そんなリアを見て、プーサンは少しだけほっとした表情を浮かべ、部屋を退出していくのだった。



 室内には5人のメイドとリアだけが残り、プーサンの言動も相まって緊張と静寂が広がる。




 気持ちはわかる。

 彼女達からしてみれば、この状況はわけがわからないことだろう。


 仮にも侯爵子息であり、自分たちの仕える相手であるプーサンが突然連れて来た謎の令嬢らしき女。


 装いからしても、いつもの【銀焔の誓衣】白のドレスコートの上に黒のローブを纏っている為、令嬢というよりは放浪者の方がしっくりくる筈だ。


 しかし、フードを開けさせその絶世の美貌に露わにしたリアはとてもそのようには見えず、美しい白銀の髪と透き通るような碧眼も相まって、メイド達の頭はバグる寸前だった。


 加えて、プーサンのあの畏まりようにあからさまな怯えた態度である。


 メイド達の現在の心境は目の前にいる謎の令嬢は侯爵家より爵位の高い家の者、もしくは他国の王族ではないかと捉え、より一層気を引き締めた。



 「アルカード様、どうぞこちらへ。 湯浴みの用意は整っております」



 凛とした畏まった声が屋内に響き渡る。


 部屋に入った時は面倒な気持ちが強かったリア。

 しかし、『湯浴み』と聞いた瞬間に考えを変え、貴族の至れり尽くせりを味わってみることにするのだった。


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