第70話 理想郷へのピース
『魔王』
そう呟かれた言葉に、リアは何とも言えない顔を浮かべる。
(魔王かぁ……そのくらい脅威に映ってるってことだろうけど、4次進化レベルと一緒にされてもなぁ。あれ、でもドワーフって亜人の括りで人類種とは不仲なんだよね? じゃあ魔王は味方ってことになるのかな?)
向けられた言葉によって彼らをどう説得するか悩んでいると、リアの予想に反して中にはドワーフらしい考えに凝り固まった、ティーの覇気すら跳ね返す頑強な意志を持った者が居たらしい。
「く、口でならッ、……何とでも言えるだろう!」
この状況で反応は期待していなかったリアは思わず、声のしたドワーフへと視線を向ける。
そこには未だ闘志を切らす事なく、他のドワーフより一際大柄なドワーフが強い眼光でリアを睨みつけていた。
これには素直に驚いてしまったが、もう一押しで彼らから同意が得られそうだったこともあり、リアとしても手を緩めるつもりはない。
「口でなら……ね」
その瞬間、リアを中心として凄烈な気配が瞬時にドワーフ達を呑み込み、その世界を暗転させる。
空は変わらず夜空が広がり、雲の隙間から顔を覗かせる月は美しいの一言では言い表せないものがあった。
しかしドワーフ達からすれば、そこは決して穏やかな気分で居られれる場所ではなくなってしまっただろう。
場の空気は一瞬にして極寒の地ですら感じられることのない、心の芯から凍てつくような寒気が漂い。
その根源となるリアへ向けられる視線は逸らしたくても、まるで張り付いたように動かせない様子だ。
「私の名はリア・アルカード。吸血鬼の祖にして始まりの吸血鬼。ああ、こんな呼ばれ方もしたことあるわ。……剣帝、国落とし、鮮血の女王」
言葉にしていくにつれ、抱き締めていたアイリスは振り返り、その紅い瞳をきらきらと輝かせてリアを見つめ出す。
その目は"憧れ"なんて陳腐な言葉では言い表せない程に煌めき、うるうると潤ませ高揚と火照らせた頬はこれ以上にないほどの熱を持っているように思えた。
(あぁ、もうそんな可愛い顔浮かべちゃって! "呼ばれ方"なんて口したけど、これ全部
そんなアイリスと内心のリアを他所に。
その場の全員がリアの声を聞き、与えられる情報にのみ思考を逃す余地が与えられると、やがてその言葉の意味を理解することとなった。
すると一人また一人と武器を地面へ落としていく。
それは、まるでそれが当然の姿勢だと言わんばかりに膝をつき、額を地面に擦り付けるのだった。
「――それで、まだ言い足りない者はいるかしら?」
…………
誰一人として、意見を言うものが居ないことを確認する。
リアは【祖なる覇気】の発動を解除した。
しんと静まりかえる中、手元に感じる暖かい体温に加え、目の前の光景に満足そうに頷くアイリスの可愛い姿が視界に映り込んだ。
リアとしては『魔王』より『吸血鬼の始祖』の方が、より上位な存在として捉えていた。
だから交わした契約を反故にしないという力の余裕と、話をスムーズに進める為に軽い威圧も込めて色々と頑張ったわけだが。
どうやら逆効果だったのかもしれない。
眼前にひれ伏すように頭を垂れ、未だ【祖なる覇気】の余韻が残っているのか一目でわかる程、ガタガタとそのずんぐりした体を震わせている。
どれだけの時間が経過したか。
場には静寂が広がり感じられるのは眼前から漂う恐怖と、胸元からぎゅうぎゅうと甘えるように抱きついてくるアイリスの体温、そしてルゥの寝息だ。
やがて【祖なる覇気】からある程度回復したのか、言葉を選びながら鎧のドワーフがぽつぽつと話し始めたのだった。
「始祖というのは……儂らにはわからん。だが、あんたが……アルカード様が超常の、人間達の英雄のような存在だっていうのは……わかった」
「英雄? もしかして……剣聖のような奴のことを言ってるのかしら?」
英雄と聞いて真っ先に思い浮かんだ存在を口にしたリア。
だがその名前を聞いた瞬間、ドワーフ達の反応が明らかに変化したことを感じ取った。
姿勢は変えず、顔を伏せたままだのドワーフ達。
聴こえてくる歯軋り音や嗚咽、悲壮感漂わせる気配からその感情は容易に想像がつく。
「剣聖っ! ぐっ……」
「……奴ッ、だけは……奴はッ、儂の……」
彼らの態度からして、この中の何割かは魔王が討たれる前は聖王国に住んでいたのかもしれない。
ティーの覇気や解除したとはいえリアの【祖なる覇気】が残滓しているというのに、それすらも上回る程の感情が彼らの中から溢れだしたのだろう。
だがそれなら重要なことは教えてあげるべきだろうと、静かにはっきりとした口調でリアは言葉にするのだった。
「剣聖なら殺したわ」
リアの言葉に、まるで時間が止まったかのようにドワーフ達はその動きをピタリと制止させた。
やがて、一人一人ぎこちなく顔を上げだす。
その真っすぐに向けられた瞳には、まるで信じられないことを聞いたような感情が浮かべられており、揺ら揺らと揺らめく瞳孔はそのドワーフにとってどれだけ、衝撃的な言葉だったかは推し量れなかった。
リアは、そんな反応を視界一杯のドワーフ達から感じ取った。
「剣聖だけじゃないですわ。リアお姉さまは御一人で、聖王国を崩壊させておりますもの。剣聖と大聖女は死に、教皇ですら今頃死にたくなるような目にあってる筈。ううん、もう死んじゃってるかも♪」
リアに抱きしめられながら誇らし気に胸を張り、楽しそうにサディスティックな笑みを浮かべて布告するアイリス。
小ぶりな胸を張り、可愛らしい声音で張り上げるアイリスに愛おしさがこみ上げてくるリアだったが、その布告の内容に少しばかりの疑問を浮かべたのだった。
(剣聖は確かに殺したわ。教皇も殺されてるか拷問、よくて磔でしょう。大聖女はいつ死んだのかしら? あれ、私、腕を斬り飛ばしただけよね? 出血死でもしちゃったの? 聖母が? いやぁ、ないでしょう。そういえばあの時、意識の奔流に当てられてあまり覚えてないけど、確かアイリスが用事を済ませるとかで残ってたような……)
そんな事をリアは内心で考えていると、鎧のドワーフ、確か名前をオニオといったドワーフが居ても立っても居られないといった様子で上体を起こした。
「そ、それは本当なのか? 本当に……あの剣聖をやったとっ、そういうのか?」
唖然とした顔を浮かべながら震えた声音で口にするオニオ。
その様子は今にも泣き出しそうな雰囲気を漂わせ、怖い筈のリアに目を逸らすことなく真っ直ぐにその瞳を向けてきた。
見ればそれはオニオだけじゃなく、眼前に膝をついているドワーフ達の半数以上が同じような顔をしており、リアとしても答えてやりたいが同一人物か段々と怪しく思えてくる。
「光剣クラウソラス……それを持っていた者なら、首を刎ねて殺したわ」
少しだけ自信なさげに、内心で早口になりそうになるのを抑えながらなんでもないように話すリア。
するとドワーフ達の反響はオニオの目玉が飛び出そうなほどの見開きから、皮切りの様に静寂は歓声へと変貌したのだった。
「……ぉぉっ、おぉぉ!! 聖王国の宝剣、クラウソラスを持っているのなら奴で間違いない!」
「剣聖は、……あの悪魔は死んだってことだよなっ!? ……ククッ、アハハハッ!! そうか、……そうか。……奴は、死んだんだな。 ウェリア、マーシー……」
「あの、剣聖が……死んだだと? 儂は夢でも見ておるのか……? のぉ?」
各々に声をあげるドワーフ達。
アイリスは鬱陶しそうに眉を顰めるも、その背中を僅かにリアへ預けるだけに留め、黙って目の前の光景を眺めている。
リアはそんなドワーフ達を見て、やはりレーテに2度も剣を向けた電球騎士が彼らの言う剣聖だったと確信して安心する。
喜んでいるところに水を差すほど無粋ではないリアは手持ち無沙汰になり、視界に広がっている透けるように綺麗な肌が目に入ったのだった。
見てからのリアの行動は早かった。
――いただきます♪
「れろぉ……、んっ……ちゅう」
「ひゃっ、……ん、……ふぅ」
首の裏筋をペロペロと舐め、舌先から伝わってくるアイリスの暖かい体温。
舐める毎にアイリスは体をくねらせ、我慢するように漏れ出す吐息はリアの心を激しく揺さぶる。
「ちゅっ、……れぉ、かぷっ」
「んんっ! ……あっはぁ、お姉さま……? お味はいかがですか?」
「んっ、んっ……ぱっ、れろぉっ、んふっ、美味しいわ、とっても♪」
「それは、んっ、……はぁ、よかったですわっ……、はぁ」
肌のなぞるように舌を這わせ、牙先から溢れだす濃厚で甘美な血液を味わうように舌で転がし、ごくんっという確かな感触と共に、お腹と下腹部に熱を感じるリア。
野外だというのに、まるでリアとアイリスを包み込むように濃厚で酔ってしまいそうな甘い空気は留まり、高揚し昂らせた体は熱となって二人を高め合う。
(もっと欲しい……アイリスを、この子を滅茶苦茶に味わいたいわ! 今度はもっと深く、もっと濃く! それじゃあ、いただきます♪)
湧き出る感情と本能がままにアイリスを求め、体を弄りながらその牙を目の前の首筋へと埋めようとしたリア。
その瞬間、唐突な控えめな声にストップがかかった。
「あー、アルカード様? ……その、取り込み――いや、食事中に申し訳ない。取引のことについてなんじゃが……いいかの?」
「…………っ。 ええ、もちろん。良い返事を期待してもいいのかしら?」
盛り上がってきた所に冷水をぶっかけられ、反射的に殺気を飛ばしそうになるリア。
それを意識の力で必死に抑え込み、佇まいを直しながら話を聞く姿勢をとった。
すると胸元から、アイリスの「……あっ」と名残惜しそうな可愛い声が聴こえてきたのだった。
リアはその呟きに罪悪感で胸を押し潰されるような想いを抱き、せめてもの償いとして抱擁する腕に僅かながらの力を込める。
「ああ、家を建てるという要望は引き受けよう。奴を……剣聖や聖王国の連中を滅ぼしてくれたのなら、儂らはあんたに計り知れない程の恩がある。家とはいわず、屋敷を建てようじゃないか」
「私は私の大事なことの為にやっただけよ。でも、造ってくれるというならお願いするわ。報酬はドワーフ国に送り届ける以外に、他に何が欲しいかしら?」
首を傾げ、白銀の髪を垂らしながら手を差し伸べるリア。
その態度にオニオはきょとんとするも、次の瞬間にはニカッと笑みを浮かべる。
「報酬と別に貰えるというなら、そうだな……酒だ、酒が欲しい」
「ええ、わかったわ。今は持ち合わせてないけど、今度来た時に先払いと景気づけに渡すわ。材料や工具なんかもこっちで用意するから、貴方達は造る事だけに専念してほしいわ」
(って言っても私はよくわからないから、レーテに頼むことになっちゃうけど。それはそれでデートできるからいいわね!)
表情に出さずとも、だらしない笑みを内心で浮かべるリア。
そんな始祖の様子に気づいた様子もなく、オニオはがさつな笑いを響かせながら、周囲の話を聞いていたドワーフ達へ拳を振り上げたのだった。
「お前らぁ! 酒じゃぞ! 久しぶりの大陸の酒じゃぁぁあ!!」
「うおぉぉぉ! 酒っ! 酒が呑めるんじゃな!?」
「オニオ! よくやったぞぉぉ! アルカード様にも感謝だ、俺は頑張るぞぉぉ」
先程までとは別の意味で騒ぎ立てるドワーフ達に、リアは仕方なさそうに眉を顰めると早めに持ってきた方がいいかな、と心のメモ帳の記しておく。
「至れり尽くせりじゃのぉ……おっと、申し遅れた。儂はオニオ・メイル。地下村の村長のようなものをしておる」
「そう、それじゃあ私も改めて名乗るわ。私はリア・アルカード、吸血鬼の始祖よ。最近目が覚めたばかりで世事には疎いの、好きに呼んで頂戴」
「あい、わかった。 本来なら地盤や環境の確認、構想や材料を決めなきゃならんのだが悪いのぉ。儂らは夜目が効かんから今から初めても効率は大分落ちるじゃろう」
すっかり忘れていたが今現在は深夜に差し掛かっており、本来日中が活動時間であるドワーフにとっては就寝の時間でもある。
リアは苦笑を漏らし、「ええ、もちろん」とオニオへ返事を返した。
「その辺は今日やるつもりはないわ。私たちもそろそろ帰るつもりだし、……近いうちにまた来るわ」
「ああ、助かる」
リアは立ち上がり、ここまで騒がしくされ起きる気配のないルゥにもはや感心を通りこし、呆れながらも抱きあげるとティーへと飛び跳ねた。
「アイリス、ごめんなさい。この子がこんなんだから、また今度でもいいかしら?」
「謝らないでくださいまし、お姉さま。私は十二分に満足しておりますもの。なんせティー様とお姉さまの戯れは誰も目にした事のない、まさに神話の戦いでしたわ! そんなのを見せていただいてこれ以上何かをしていただくのは、私が持ちませんわ」
アイリスは満面の笑みを浮かべてリアを見上げてくると、向けてくる瞳には一切の嘘偽りのない感情が容易に読み取れた。
「それはよかったわ。でも私はまだ触れ足りないから今夜は一緒に寝ましょう?」
リアは愛おしそうに次いで乗ってくるアイリスへ視線を向け、血のソファを持続させていた【鮮血魔法】を解除する。
すると地面の方なら、骨組みがなくなったような水の飛び散る音が聴こえてきた。
「まぁ、それは本当ですの!? それなら早く帰りましょう!お姉さま」
ティーの背中にすやすやと目を瞑るルゥを降ろし、瞳を輝かせながら体を寄せてくるアイリスに口元を緩ませるリア。
《思念伝達》にてティーへ出発の意志を伝える。
「それじゃあ、次に到着したら地面を3度揺らすわ。また会いましょう」
そう言って地上から見上げるオニオ達を見下ろし、ティーは歪な掌の形をした黒翼を大空へと羽ばたき出したのだった。
北大陸を飛び立ち、夜の天空を飛翔するティーの背の上にてリアは唖然としていた。
中々目を覚まさないルゥに対し、幾ら眠りが深くても一度も反応しないことに違和感を覚えたリア。
横にしていたルゥへと目を向けていると、襟元から僅かにはみ出した黒模様のようなものに気づく。
気になったリアは寝ているルゥのベストとYシャツを脱がし、この大陸に来るまでは見なかった黒模様をじっくり観察したのだった。
「お姉さま、これは一体……。また、何かの病気ですの?」
アイリスはリアの確認を覗き込むようにして顔を近付けさせ、怪訝そうな顔を浮かべた。
そんな可愛い妹に対しリアは空返事のような反応しか返せず、その紅い瞳は唯々ルゥの首筋から背中、二の腕にかけて伸びた黒模様へと向けられていたのだった。
「いいえ、この模様は違うわ。…………そう、そういうことだったのね。だから私は」
黒模様が見据えた瞬間、リアの中での
可能性を考えなかった訳ではない。
だが、余りにも確率が低く、その状態であるなら幾つか不審な点があったからだ。
ルゥの背中から腕にかけて、禍々しくもジワジワと伸び続けている黒模様。
それは、
特殊な条件と適正を有している者にのみ発現し、そのまま条件を果たすと覚醒する。
恐らく私とティーの戦闘によって生じた膨大な魔力がトリガーで、既に
だがこれで私がルゥに引き寄せられた合点がいった。
魔族の好感度を無条件で引き上げる特性、そしてこのある種の代名詞とも言える特殊な黒模様。
何故、魔族に属するアイリス達が反応しなかったのかは謎ではあるが確定である。
目の前の子供は、ルゥは――――未来の『魔王』だ。
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