第72話 始祖、貴族令嬢(仮)はじめました




 至れり尽くせりとはこの事を言うのだろう。



 っと、そんなことを思ってた時期が私にもありました。



 リアはメイド達に囲まれながら化粧台の前に座り、自身の体をおもちゃにされるのをジッと見ていた。



「アルカード様の肌は本当にお綺麗ですね。まさか素の状態であれ程の美貌だとは……」


「ええ、ここまでお綺麗だと人ではなく、女神だと思ってしまいますわ。 というより、最初にお目にした時点で私は女神だと思っていましたが」


「暫くぶりのご令嬢への身支度で、まさかこんな方のお手伝いができるなんて……光栄です!」



 そう口々にしながら前と後で化粧を行い、香油でつるつるになった髪を梳かし整えていくメイド達。


 正直、可愛いメイドさんに褒められることはリアとしても素直に嬉しく、思わず口元を緩めそうになってしまうのはある。



 しかし、その誉め言葉が数時間に渡って事あるごとに口にされれば話は別だった。



 大浴場ともいえる巨大な浴槽に浸かり、可愛いメイドさん達に隅々までお世話される至福の時間。

 次に通されたエステでは寝っ転がっているだけで全身を解きほぐされ、自然とうっとりしてる間に気付けば既に終わっていた。


 終わった時のメイドさん達のやりきった満足そうな顔や、僅かに高揚した火照った頬や耳は気になるところではあったが、気持ちよかったことは事実であり特段気にしなかった。



 ここまでは良かったのだ。


 リアは何もせず、ただされるがままに悦楽と快楽を享受するだけで心が潤い、尚且つ自分の創る理想郷の形がハッキリしたのだから。


 しかしあれだけはダメだ。


 あれとは何か、そう……それは――ドレス選びである。



 体の手入れが終わり、最初の部屋に戻れば視界一杯に埋め尽くすドレスの山。

 リアとしては一番手前にある黄緑色のシンプルなものでよかったのだが、テンションが最高潮に達していたメイドさん達はそれを許してくれなかった。


 最初に見せていた緊張や不安、僅かな警戒心などもはや欠片も残っていない。

 あるのは、目をキラキラと光らせ目の前の作品リアをどこまで綺麗な出来栄えにするか、ただそれだけだった。



 そうしてあれでもないこれでもない、一着着る毎に惜しみない称賛と賛辞を口にされ、気付けば時計の長針はドレス選びだけで3周回っていた。


 それから30分程で漸く理想のドレスが見つかったのか。

 数えることを途中でやめ、されるがままになっていたリアはその時初めて、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。



 そんなこんなで今に至るわけで、未だ飽きずにその口に油でも塗ってるんじゃないか?と思える程よく回る口でリアを褒めちぎるメイド達を見据える。




 鏡に映る自分。



 真っすぐにこちらを見詰める瞳は衣装の色と相まってか、いつも以上に透き通って見えまるでそれは宝石のアクアマリンのような綺麗な輝きを放っていた。



 髪はシンプルに降ろすだけに留め、いつもの頭装備『白薔薇の髪飾り』をつけるだけでいいと思っていたリアだったが、それだけではつまらないとぼやいたメイドさん達。


 どこから持ってきたのか『白薔薇の髪飾り』と同じ色、同じ形の白薔薇のカチューシャを持ってくると自然な形でセットし直し、淡く色づいた白薔薇は白銀の髪色も相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。



 そして肝心のドレス。 リアは、もはや何でもよかった。



 身に纏ったドレスはAラインの形をしており、瞳の色に寄せたのか同系統な淡い水色を基調とした美しい作りのドレス。


 口を開くのも億劫ではあったが、最低限の要望として"派手すぎないもの"を提示した甲斐あってか、比較的フリルが少なくシンプルな形のデザインになった。



 個人的には既に十分すぎるものがあり、ただ王子を観察しに行くだけでどうしてここまでやる必要があったのかと、段々疑問になってくる。



 虚無に鏡を見つめ、メイドさんはまだ足りないのか更に何かの準備をしだす。

 それを目にしたリアはもう十分だと、少し冷ややかな声を静かに上げた。



「もういいわ」



 思った以上に感情が乗っていたのか、怒気を含んだような声になってしまったが仕方ない。



「え、ですが……まだ!」


「十分よ、ありがとう。それよりディズニィはどこに居るの?」



 メイドさんは困惑した様子で、手に持った装飾品らしき物を宙で彷徨わせる。

 そして感謝の言葉と同時に向けたリアの微笑みによって、ボンッと沸騰音が聴こえきそうなくらい頬を赤らめた。



「ディズニィ……!?」


「当主様を呼び捨てにっ、ちょっと……やっぱり、この方」


「と、当主様は現在、っ――」



 周囲のメイドは顔を引き攣らせ、リアの言葉に緊張を走らせる。

 そんな中、一人のメイドが辛うじて口を開き出すとリアは思わずその可愛さに詰め寄ってしまった。



「あら? やっぱり、さっきから思ってたけど……貴方可愛いわね? 食べちゃおうかしら」


「へ……っ!?」



 流れる様な動きで椅子を立ち、メイドの頬に手を添わせ壁に追い込むリア。

 完全に硬直してしまった栗色の髪をした初々しいメイドに、尚一層のこと笑みを深めてしまうと徐々にその唇を近付けていく。



 ――部屋に扉を軽く叩くノック音が響いた。



 リアは姿勢はそのままにして、視線だけを扉に這わせる。

 すると扉の脇に控えていたメイドが取次を行い、入室して姿を表したのはこちらを見てフリーズしたプーサンだった。


 今のリアはメイクをばっちりと決め、数人のメイドが厳選に厳選を重ねたドレスを身に纏っている。

 そんな姿の絶世の美女がドレス姿で、一人のメイドに対し壁ドンして迫っているのだからその反応もわからなくもない。



(タイミング悪いわ、もう少しだったのに……。 いや、このまま食べちゃえばいいか)



 仕切り直して別の場所で食べようか悩んだリアだったが、身支度で無意識に溜め込んでしまったフラストレーションはどうやら収まりになかった。


 未だピクリとも動かず何なら若干その体を押し付けてきている気がしなくもないメイドさんに、リアは構わず強行する意志に身を任せその潤んだ瞳を見詰めながら顔を近付けていく。



「ちょ、ちょっと! アルカード嬢、何をやってるのですか!? まままっ、待って待ってください!!」



 そう言って赤面したプーサンはリアと待ちの姿勢を取っていたメイドさんの間に割って入り、食べることは阻止されてしまったのだった。




 その後、一度落ち着いた状況――リアは元々落ち着いていたが――で再度ディズニィの居場所をプーサンに聞いてみた。


 するとプーサンは周囲を見渡し、姿見の前に置かれた使用途中の化粧品を見てその表情にクエスチョンマークを浮かべる。



「あれ……まだ準備は終わってないんですよね?」



 純粋に口から漏れ出た言葉。

 プーサンからすれば言葉通りの意味であってもリアにとっては、ジッとしてメイドさん達のおもちゃにされて来い、という意味にしか聞こえなかった。


 リアはさり気なくこの場から抜け出したい一心に、胸に手を当て自信満々な表情を浮かべる。



「私に必要あると思う?」



 そう言って妖艶な笑みを浮かべてドヤるリアに対してプーサンは茹蛸のように頬を染め上げ、慌てた様子でディズニィの場所を口にするのだった。





 そうして広すぎる屋敷内をドレス姿で歩き続けたリアは漸く、探し人の部屋へと辿り着く。

 相手の反応など気にせず無遠慮に入ってもよかったが、一応はその扉をノックして入室することにした。



 部屋へ入るとまるで2つの部屋が合わさったような室内が視界に映り込み、その2つの境界には3段の階段が設置され、手前と奥で全く別の異なる空間へとなっていた。


 手前にはソファやテーブル、屋敷の3階から見渡せる庭景色が広がっていて、ぱっと見た感じ寛ぐための空間といった様子だ。

 反対に奥の部屋では現在進行形でディズニィが手元の書類を整理しており、執務や仕事をする為の場所なのだろう。


 ディズニィは入室してきたリアを見ると、驚きのあまり言葉も出てこないといった様子で目をぱちくりさせた。



「……ほう。実に幻想的で、貴方だとわかっていても精霊が現れたのかと思ってしまったよ。しかしこれでは侍女や令嬢というより、一国の姫君と言われた方が納得してしまうな」


「そう? 一応はありがとう、といっておくわ」



 嫌味や含みなく真っすぐに称賛する眼差しと言葉に、リアも悪い気はせずにディズニィと対面するようソファへと腰掛ける。


 そんなリアの言葉を否定するかのように首を微かに振るい、感心の余韻を残した表情でおどけたディズニィ。



「私は事実をありのままに述べたに過ぎない。さぁ、身支度が想定よりなかなか早く終わったことだ。本題の打ち合わせといこうじゃないか」



 ディズニィは楽しそうに口元をニヤリと歪め、机に両肘をつくと手を組み話す姿勢をつくるのだった。





 パーティーまでの時間、およそ2時間。

 ディズニィとの話し合いを終えて、時間まで一室を貸し与えられ寛いでいたリア。



 座り心地の良いふかふかなソファに座り、メイドさんに用意して貰った温かい紅茶とお菓子を味わっていた。


 ちなみに紅茶はダージリン、お菓子は林檎のコンポートである。


 口にした時の爽やかなフルーティーな味わいに続き後味の深いコク、雑味が一切感じられず自然と美味しいと思えてしまう辺りが流石、プロのメイドさんといった感じだ。



(この林檎のコンポート、美味しい! どこで売ってるのかな? あ、ここの抱えの料理人の可能性もあるのか……残念。――それにしても……子爵令嬢ねぇ)



 リアは口に含んだコンポートをもぐもぐしながら、先程までの話を思い出していた。



 その内容は幾つかあったが、一番リアの記憶に残ったもの。



 ディズニィは一体どんな手を使ったのか、リアは本日付けで『リア・アルカード』改め『リア・ホワイト』という貴族名を得てしまった。


 つまり、ホワイト家という貴族の婚外子にリアはなったみたいなのだ。



 ホワイト家はヴァーミリオン侯爵家と同じ派閥に属するようで、家同士の関係を含めて家族間は非常に良好だという。

 ただ残念ながら子供には恵まれなかったようで、長年の悩みの末そろそろ養子を取るべきか考えていたそうだ。



(まだ受けるかどうかすら決めてないのに、大丈夫かしら? 赤の他人、いや既に家族になってしまったけど、私が拒否する可能性とかディズニィは考えてるのよね?)



 話を聞いた時は思わず、ストップをかけてしまうくらいには意味が分からなかったリア。


 外堀を埋めている、人間の貴族としての価値観でディズニィは物事を進めているのかもしれないが、リアは王子が気に入らなければ気にせず断るつもりでいた。


 その後のことなど知らないし、法律や武での圧力など簡単に払いのけれるリアにとって、人間のルールなど意味を成さないことをディズニィは理解しているのだろうか。



 そんなこんなで知らぬ内に貴族令嬢になってしまったリアのあらすじはこうだ。



『これまで消息がなく、密かに子爵が探していた娘。そんな子爵が先日、訪れた町にて過去に愛人だった女性に非常に似たリアを見つける。生い立ちや出身地、母親の名前が愛人と一致したことにより子爵家に迎え入れた』


 という設定らしい。



 コンポートを食べ終わり、ソファでドレスのまま寝っ転がりながら考える。



(顔も知らない両親……前世リアルの両親は確か――……あれ?)



 リアは本当の両親を思い出そうと記憶を辿り、そして思い出せないことに今更になって気づく。

 それはまるで靄がかかったかのように両親の顔や性格、好きなものから嫌いなものまで、その断片すらも思い出せないことに、思わず言葉を失ってしまった。


 しかしリアの気のせいでなければその靄は少しずつ、本当に僅かな動きではあるが両親との思い出の記憶から、退いていっているような気がしたのだった。



 そんな時――扉が静かにコンコンとノックされた。



 気怠気に「どうぞ」と返すリア。

 扉から姿を表したのは今見るまで完全に記憶から抜けていたプーサンの兄、名前は確か……忘れた。


 長身の男は部屋に入室し、ソファにドレス姿で寛ぐだらけきった様子のリアを目にすると、わなわなと肩を震わせる。



「あ、貴方には、恥というものがないのか!? 魔族とはいえ、仮にもレディがそんな淫らな恰好を……っ! ……ふぅ、時間だ」



 信じられない、と心底呆れた様子で怒りの声を上げる男。

 リアの状態に言葉が見つからないのか、やがて金魚のように口をパクパクと動かすと思い出したように努めて落ち着きを取り戻した。



 大丈夫かな、この人……また寝とく?



 そんな事を思いながらゆったりと上体を起こすリアに対し、表面上では冷静を装う男は睨みつける様な視線を送ると無言で部屋を退出する。


 リアはソファから立ち上がると軽くドレスの皺を直し、部屋を出ると名前を忘れた男の気配を辿る。


 そして道行く使用人達の視線を釘付けにしながら、まるで自身の屋敷のように悠々と歩いて行った。



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