第67話 始祖と黒竜、災害の戯れ



 転移して最初にアイリス達と出会ったのが世界地図に記された南東のアッシェア大陸。

 そしてクルセイドア王国や聖王国のあった中央のリヴァディア大陸。



 リアはリヴァディア大陸の北東に位置するクルセイドア王国からティーへと乗り、未開な北大陸へとその足を踏み入れていた。



 視界一杯に埋め尽くす森林や山々。

 見渡す限り自然が続いており、上空から見た限りでは情報通り街や都市、村の存在は確認できなかった。


 大陸と名前にはついているが大陸というよりは孤島に近いように思えた。



 そんな広大な島。


 周囲にはぐるりと囲むようにして断崖絶壁な崖に覆われており、空から侵入する以外にこの自然の要塞ともいえる島へ足を踏み入れるのは並大抵の実力では困難だろう。



 (ディズニィの言ってた通りね。 これなら好きにやっても良さそう)



 ティーから飛び降りたリアは抱えたルゥを地面へと降ろし、それに続いてアイリスがヒール音を響かせながら着地する。


 数歩も歩けば島の全体を見渡せる崖に行き止まり、そこに広がる夜の大自然を見下ろしながらアイリスは灰色の髪を靡かせる。



 「……良い場所ですわね。 静かで人間むし達の気配もしない」


 「ええ。 ここなら本気・・で動いても、面倒なことにはならなそうね」


 「お姉さま?」



 リアの言葉にどこか違和感を持ったように首を微かに傾げ、可愛らしい顔を向けてくるアイリス


 そんな妹にリアはニヤリと口元を歪める。

 それはまるでいたずらっ子のような笑み。



 「アイリス、ルゥ、これから私はティーと本気で遊ぶわ。 だからここから動かないで、少しだけ待ってていてくれるかしら?」



 二人にとってはリアに戦い方、すなわち対人戦PVPを教わるつもりでこの場へ来ていた筈。


 しかし、リアは二人に秘密でティーのストレス発散も丁度いいこのタイミングで、同時にやってしまおうと考えていた。



 「……はっ!? ティー……様、ですか?」


 アイリスは呆けた顔で口をぽかんと開ける。


 「ティーって、……あの黒い竜だよな? 遊ぶってどういうことだよ、リア姉」


 「そのままの意味よ。 久しぶりに、その子と本気で戯れようと思って」



 擬態せず、月明りに照らされた漆黒の鱗を惜しみなく晒す愛竜ティーを見上げながら応えるリア。


 しかし、ルゥはいまいち理解と納得がいかなったようで、その顔には変らず疑問を浮かべていた。


 似た反応を示す二人の様子が微笑ましく、思わず口元を緩めてしまうリア。



 (こっちに来てから同じレベル帯と戦ってないし、鈍った身体には丁度いいと思うのよね。 私はリハビリ、ティーは久しぶりの運動。 アイリスとルゥには少し上の世界を見せてあげられるから、まさに一石三鳥ね♪)



 こちらを見下ろすティーと視線が交わり、互いの感覚を共有してるからこそ、これからの事を提案する。


 するとティーは見るからに興奮した様子を見せ、畳んだ両翼を広げ尻尾をぶんぶんと振り回し始めた



 「ギュルルルッ!」


 「ふふ、喜んでくれて嬉しいわ。 でも、この二人を少しでも傷つけたら、お仕置きだからね?」



 本気の【祖なる覇気】をティーへと叩きつけ、自身より弱い存在への認識が少しだけ軽い愛竜への釘を刺すことも、もちろん忘れない。


 それによって落ち着きのなかったティーはピタリッと動きを止め、高々と上げていた頭を徐々に地面へと降ろしていく。



 「わかってくれて嬉しいわ。 貴方と同じくらい、私の大事なモノなのよ」


 「……ギュゥゥゥ」



 眼前で降ろされた巨大な頭部に手を落とし、硬い甲殻を優しく撫でるリア。


 するとティーは生物界の頂点ともいえる竜らしからぬ声を上げ、その様子に少しやりすぎてしまったと思わず微笑を浮かべる。




 そうして十分な距離を取る為、二人にはくれぐれもあの崖を動かないよう言い聞かせ、リアはティーと島の反対側へと移動していたのだった。



 森林地帯から抜け、鉱山地帯が広がる大地。

 周囲には草木などの緑は見えず、岩や崖など灰色の世界のみが広がっている。



 「ティー、私を殺す気でやりなさい」



 次元ポケットから『レーヴァテイン』を抜き放ちながらリアは、距離を開けて臨戦態勢へと入っているティーに言葉を投げかける。



 異形の翼を鋭利な刃物へと変え、白熱を宿らせた両角の熱気を急速に高めていくティー。


 その姿は裏ボスとしての絶対強者然とした立ち姿をしており、離れて見ていても周囲には驚異的な存在感をこれでもかと波打たたせている。


 それから伝わってくるのは本気の殺意と微かな喜び。



 愛竜のそんな様子を見て、リアは思わず微笑を漏らす。



 「それじゃあ、ーーいくよ」



 身体能力ステータスにものをいわせ、全力で大地を蹴り上げる。


 音を、景色を置き去りにして、リアはレーヴァテインの能力を開放する。



 「久しぶりに色々とやってみようかな! レーヴァテイン!!」



 リアの呼びかけによってまるで呼応するかのように、十字架の炎剣はその深紅の刀身を煌めかせ、柄に嵌め込まれた紅い水晶を輝かせ始める。



 (だけじゃ、……ッ弱いから! 《二重詠唱》《炎神ノ加護》――【獄焔魔法】"災禍の炎"!!)



 手を翳し感覚的に座標の固定。

 両翼を盾にして構えるティーへ向けて、左右から潰滅させる勢いで虚無空間から噴出されるのは二柱の地獄の業火。


 荒ぶる焔はいくつもの炎柱を形どり、何重にも重なった炎柱は螺旋を描きながら、轟々と音を鳴り響かせ両翼へと衝突する。



 「ギュゥゥゥ」



 ティーは唸り声を高々と上げるものの、その声音に苦痛の色は薄く、大地を焼き尽くさんとする炎柱の衝撃を両翼で防ぎ続けていた。


 しかし幾ら焼き貫こうと出力を上げても、ティーの防御力を抜くことはできないとリアは理解していた。



 極致魔法の二重化に加え、火系統の火力&持続力を強化する加護。 そしてレーヴァテインの装備効果。


 それらを組み合わせた火力は極致魔法の中でも遥かに、平均値を凌駕した絶大な威力を誇っている。

 それでも、愛竜には火傷程度の威力だと思うと、不思議と口元がニヤけてしまう。



 徐々に縮まる距離。

 ティーは熱線を迸らせるねじれ角に熱気を溜め込み、息を大きく吸い込むようにして天を仰ぐ。



 (この距離ならまぁ、そうするよね! 間に合うか)



 わかりやすい予備動作。

 故に避けづらく、絶対破壊の一撃。


 リアは《瞬間加速》を使用し、大地を陥没させながら更に速度を上昇させる。 それは地面を走るという次元を超え、残像すら置き去りにする音速にも負けない超高速移動。



 燃え盛る炎柱に焼き焦がされながら、ティーは構う様子を一切見せずに破壊の一撃を強行した。



 「溜め短すぎっ!? 間に合わなッ、もう!」



 視界が覆い尽くされる前に見たのは、はち切れんばかりに膨張した頬から放たれた、眩い閃光。


 次の瞬間、眼前は真っ白な空間に埋め尽くされ、リアは咄嗟の判断で四つん這いよりも姿勢を低くし、大地を駆け抜けた。


 瞬きよりも速く到達した咆哮ブレス

 それが半径8m【戦域の掌握】内に侵入した瞬間、リアは常人を遥かに超えた反射神経をもって、身を捩らせながら距離を詰める。



 視覚が機能しなくても、手を少し伸ばせば触れてしまえるそんな超至近距離。


 すぐ真横には触れたもの全て消滅させる膨大なエネルギーが通り過ぎ、後から遅れて発生した爆風によってリアの背中は抗い様のない力で押し出される。



 (閃光によって生まれるコンマ数秒の硬直、加えて精密な即着弾ヒットスキャンの広域高火力ブレス。 ……相変わらず理不尽だわ)



 半円型に切り抜かれるはドロドロと大地を融解させ、何百メートルも一直線状に残すブレスの爪痕。


 そんな悲惨な大地を横目に、リアは数百メートルはあったティーとの距離を僅か数ステップで踏み込めるまでに迫っていたのだった。


 ティーは籠った熱気を放出するように口元から白煙を漏らし、接近するリアに気づくと瞬時に両翼の形を手刀へと変える。



 一閃。



 常人であれば胴体が真っ二つになり、死んだことすら気づかない一撃。

 リアは咄嗟に愛剣を差し込み、刀身に火花を散らせながら滑らせるようにして攻撃を掻い潜った。



 「今度はこっちの番ね! レーヴァテイン!!」


 【獄焔魔法】《過剰な血気》《血鬼ノ斬撃》――"炎神ノ剣"エクスキューション



 懐に潜り込んだリアは纏わせる業火を何倍にも膨れ上がらせ、今や炎の権化と化した愛剣を容赦なく叩き込んだ。



 「ギュルルルゥッ!!」



 一振りする毎に炎は揺らめき、空間を溶かす勢いで放たれる連撃。


 それは瞬きの間に数十という斬撃を放ち、迸らせた炎は触れた対象を焼き尽くさんが如く、強靭な鱗へと纏わり走らせる。


 しかし、ティーの圧倒的ともいえる防御力によって一定以下の炎は全て弾かれ、直撃させた部分は鱗が剥がれ落ちるだけに止まっていた。


 それは内部の浅い部分までしか、ダメージが行き届いていないことを意味する。



 (やっぱりレーヴァテインじゃ、この耐性と防御力は抜けないか)



 痛ましい咆哮を轟かせるティーだったが、全体のHPからすれば5%にも満たない微々たるダメージだろう。


 するとティーは俊敏な動きで巨体を宙返りさせ、両翼の手刀で地面ごと根こそぎ抉りきるサマーソルトを繰り広げた。



 「わぉっと!?」



 スキル硬直によって僅かに回避行動が遅れたリア。


 片翼にレーヴァテインを絡め取られ、無防備な体を空中に晒してしまう。

 瞬きの間もなく、次の瞬間にはこの肉体は切り刻まれる。

 そう判断したリアは咄嗟に愛剣を手放す選択をして、ティーの巨体を蹴り上げ追撃を避けようとした。



 「っ! ぎりっ」



 考える暇もなく、ほとんど直感で手首を噛み切るリア。


 ティーはそんなリアの小さな挙動を見て、縦軸に回転させていた勢いを無理やりに転換した。

 凄まじい勢いで薙ぎ払われる横一線、それは絶対必中の破壊の手刀。


 リアは振り払われた手刀に添わせるように自身の血で創造した大剣を差し込ませる。

 空中では夥しい火花が散らされ、殺しきれない勢いに体を数回転させた。


 ピキッと音が鳴れば大剣はひび割れ、勢いに体を任せたままその刀身を蹴って距離をとった。

 

 懐かしい大地に帰還すると勢いが殺しきれず、砂煙を周囲へ撒き散らしながら地面を滑るリア。



 すると気づく、腕の違和感。

 


 直撃を免れた筈だったが、どうやら衝撃だけでHPの1割を持っていかれてしまったらしい。


 リアはそのまま【鮮血魔法】を行使し、滴る血を血剣へと変えた。


 ティーはその巨体からは考えられない程に、俊敏で多様な動きをしてくる。 攻撃範囲は両翼によってある程度伸縮自在で、一度把握した間合いすら軽々と壊してくるバランスブレイカーだ。 



 「久しぶりで少し、カンが鈍っちゃったかな」



 それは対面するティーに向けての言葉ではない。

 以前の自分であれば、もう少し上手く対処出来たという自嘲の呟き。



 全体を通してみれば些細なダメージだろう。

 しかし、これまで大きなダメージを受けたことが少ないティーは、それを為せるリアに対して必要以上に警戒した様子を見せていた。



 「ギュルルゥゥ」


 「ふふっ♪ まだまだ、……遊べるわよ!」



 駆け出したリアは次元ポケットからレーヴァテインと対を成す、もう1つの愛用武器を取り出すことに決めた。


 レーヴァテインが遠近中の全てに優れ、魔法行使にも補助がかかる万能武器だとすれば。 これは超近接型の防御力が高い相手にのみその効果を発揮する、破壊に特化した脳筋武器。



 リアは取り出した身の丈以上の得物を肩に担ぎ、もう片方の手に血剣を持って地面を滑らせた。


 ソレは等身の2倍はあるであろう、黒曜石の様な物質に紅い亀裂が走らせた禍々しいバトルアックス。



 『破砕・滅』



 耐久に優れたものを壊す為だけに、リアがクラメンの彼女に造って貰った愛斧。


 レーヴァテインは火力は凄まじいが、装備してる間は3秒/1%の持続的な魔力消費があり、武器本体の耐久性も同等級に比べて脆弱な面がある。


 つまり、長期戦には恐ろしく向いていない武器なのだ。


 しかしこの『破砕・滅』は高性能な大盾の2倍の耐久値を有しており、持久力耐久性共に◎である。


 加えて、"破壊属性"以外に何一つとして能力を持たない、ただ頑丈が取り柄なだけの取り回しの悪い武器ではあったが、それはリアの技量を持ってすれば明確な短所にはなりえなかった。



 (筋力ステータスの高い吸血鬼や巨人族。 あとは一部の獣人種しか装備できないレベルで筋力STR要求値えぐいのよねー、これ)



 既に始祖の固有スキル【超常ノ再生】によってHPは全快しており、帰属した武器が手元を1分以上離れていたことで自動的にレーヴァテインが次元ポケットへと収納される。



 ティーは急速に接近してくるリアに対して、僅かに怯むような挙動を取りながら巨角の白熱を更に発光させた。


 すると周囲一帯の地盤がボコボコと膨れあがり、やがて火山地帯でもない筈の大地が次々と溶岩を噴き出し始めた。



 「っ! ……よっぽど破砕・・が怖いみたいね、ティー」



 世界が変ってしまったかのように、僅か数秒で景色が変わる中。 そんなティーの様子に思わず苦笑が漏れ出してしまう。


 リアは駆ける足をジグザグ走行に切り替え、足場の悪い大地を駆け抜けようとする。

 しかし、あちこちで噴き出し続ける溶岩によって道は限られており、何よりティーがそれを許す筈もなかった。



 「……出たわね、貴方の十八番」



 溶岩地帯となった地面に両翼を突き刺すティー。

 それによって、辺り一帯は急激な速度で炎熱の大地へと変貌させ、世界そのものが作り変えられてしまった。



 ズボッと抜き放った両翼。


 それが再び手刀を形どると刀身部分の黒鱗は高熱で発光し、白熱を纏わせた手刀は見ているだけで、リアの肌が焼かれているような錯覚を覚えた。


 ちなみにあの手刀で斬撃をもろに受けると、【超常ノ再生】を持つリアですら一撃で瀕死だったりする。



 リアは破砕を肩に担ぎ直し、もう片方の血剣に血統魔法の効力を上げる《凝血化》を発動した。



 すると次の瞬間。

 いつの間にか領域内の次元を切り裂くような斬撃に、身を屈めて咄嗟に躱し、次いで遅れて飛び散る溶岩を血剣で残さず弾き落とす。


 次々に放たれる止むことのない斬撃。

 リアは極限の集中状態の中、にんまりと笑みを浮かべながらそれらを躱し、弾いていなしていく。


 次元を切り裂く斬撃は、鈍い音と共に溶岩に打ち捨てられ、物理法則を無視してその空間を抉り取る。


 灼熱の大地に残った僅かな足場を飛び跳ねながら、リアは着々とティートの距離を詰めていくのだった。



 触れてすらいない溶岩に肌を焼かれ、じりじりと自身のHPを削られる感覚。


 既に始祖の固有能力アーツ【超常ノ再生】は微量に再生が勝る程度で、ほとんど機能していない。 だが。



 「……来ちゃった♪」


 「ッ!!」



 いよいよ射程圏内に入り込むとティーと目が合い、瞬間的に僅かに攻撃の手が止んだ。

 すると我に返ったティーはけたたましい咆哮をあげ出す。



 「ギュルルゥゥウ!!」



 驚異的なまで俊敏な動きで鋭利な尻尾を振り回し、それを躱すリアに折り込み済みだったのだろう。

 続けざまに放たれる手刀による斬撃で、リアは宙に舞いながら不敵に笑う。



 「ふふっ……初見のものもあったけど、ある程度は前世ゲームと同じね」



 強化済みの血剣を滑らせ、今度はわざと武器を引っかけると持ち上げられた身体が高度の最高地点に達した時、リアは血剣を手放した。


 ふわりと浮き上がった身体は急速に地面へと向かい、目標リアを見失ったティーの頭上へと急降下する。



 「これでッ! ……ごめんね、ティー」


 【血脈眼】《瞬間加速》《過剰な血気》《血鬼ノ斬撃》――"星堕ほしおとし"



 聴こえる筈もない小さな呟き。


 流星の如き速度で落下するリアは空中で体を捻り、『破砕』に体を持って行かれそうになりながら最大限に遠心力を乗せた状態で、その頭部に渾身の一撃を叩きつける。



 音にならない轟音が空間き鳴り響き、衝突した余波は振動となって大陸中へと暴風を撒き散らし波打たせた。


 ティーを持ってしても抗えない衝撃。

 それは巨大な頭部を灼熱の大地へとめり込ませ、強靭な鱗は数えきれない程にグチャグチャに周囲へと飛び散らせた様子から、破壊の規模が窺えるだろう。


 燃える大地はまるでティーを避けるように空間をつくり、その下には元の鉱山地帯の大地が顔を覗かせていた。



 ティーの頭部へ足を付、破砕を肩から降ろすリア。



 ピクリとも動かないティーに、リアは伸びをしながら微笑みを向けた。



 「満足できた? ティー」



 現在のティーは恐らく硬直CC状態であり、いわば一時的な行動不能制限がかかっているだけで、生命力HPとしては今ので2割削れたかどうかだろう。


 これがガチ戦闘であればこのままスキルを叩き込み続け、HPの4割を切った所で、激昂状態となったティーと大陸が半壊するレベルまでやり合うのだが、今回はただの戯れである。



 次元ポケットに破砕をしまい、久しぶりの高揚感を落ち着かせるように腰を落として、その頭部を優しく撫で始めるリア。



 やがて硬直CC状態から回復したティーは、頭部を僅かに浮かせ「シュルルゥ……」と哀しみの声を鳴らし、またしてもその顔を地面へと沈ませていく。



 「あ、ごめんね、やりすぎちゃったよね? 私が悪かったわ。 ……ちょっと興が乗ってきちゃって」



 感覚的にもシュンとしたティーが感じられ、慌てて慰めに入るリア。

 すると未だ敏感になっている感覚に、誰かが近付いてくる足音を聴き取った。



 「……お、お姉さま?」


 「……アイリス? ここは危ないわ、動いちゃダメって言ったじゃない」



 姿を見せたのは僅かに怯えをその目に含ませ、躊躇いがちに歩いてきたアイリスと、彼女に手を引かれ連れてこられた放心状態のルゥ。


 ここら一帯を覆うようにして広がっていた灼熱の大地は、ティーが能力を解除したことですっかりとその姿を消ししていた。

 後に残ったのは焼け焦げた大地と、破壊の限りを尽くされた荒れ果てた世界のみ。



 「も、申し訳ございませんですわ! で、でも……お姉さまが心配になってしまって」


 本気で怯えた様子のアイリスに、リアはティーの頭部から飛び跳ねると、遠慮なく小さな体を抱き締める。



 「そう、ありがとう。 でもそんなに怯えられると……食べたくなっちゃうわ」


 「ひゃっ、……お、お姉さま?」



 その様子はリアに怯えている、というよりは理解の及ばないものを目の辺りにして、頭が混乱してしまっていると言った方が正しい気がする。


 しかし、そんな状態でありながらリアの心配をして駆けつけてくれたのだから、嬉しい以外のなにものでもないだろう。



 ただ今後は気を付けて欲しい、ティーの攻撃をどれか一つでも掠ればアイリスは無事では済まないのだから。



 「ふふっ、冗談よ。 それより……ルゥ、大丈夫?」


 「……」



 アイリスを抱き締めながら、隣の放心した様子の少年を見る。

 そこにはいつもの生意気な様子も騒がしい様子も見せないルゥ。



 返事がない。 ただのしかばねのようだ。



 そんなポップアップが流れてきそうだが、子供のお世話など経験のないリアはどうしたものかと考える。

 宙を彷徨わせ、何となく被害の少ない森の方へと視線を向けた。


 小さくて丸い小太りした存在と目が合った。



 「…………」


 「っ、………」



 それは咄嗟に木陰に隠れるも時すでに遅しだろう。


 領域外だということや、抱擁するアイリスから伝わってくる心地の良い体温に夢中になっていたことは否めない。



 「…………」


 「…………」



 しかし、何気なく向けた視線の先にはリアの見慣れた、そしてこの世界で始めて見る狼狽した様子の種族と再び目が合ったのだった。



 ……え、ドワーフじゃん。


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