第68話 始祖は嫌いじゃない



 木影から野生動物のように顔を覗かせる髭面おじさん。

 リアの見間違いでなければ、種族名はドワーフだろう。


 (なんでこんな所に……いや、そんなことより)



 「そこのドワーフ、出てきなさい」


 「……」



 2度も目があってるのに何故、未だに気づかれていないと思えるのか。

 口で言っても、聞かないのだから仕方ない。


 リアは名残惜しくも腕の中にいるアイリスを離し、ドワーフが隠れている木影へと歩いていく。



 「っ、ひぃっ!」と野太くも金切り声を上げるという少し矛盾した、器用な芸当をやってのけたドワーフはリアが迫ってきてることに気づくと、一目散に背中を見せて森の中へと駆けだした。



 「……はぁ」


 「お姉さまっ、私にお任せを!」



 話すことすら出来ず、酷く怯えきった様子で背を向けるドワーフに思わず、ため息が漏れだすリア。

 すると、そんなリアの横を走り抜けながら、アイリスは逃げたドワーフを軽快な動きで追跡し始めたのだった。


 ドワーフの逃げるスピードと彼女の駆ける速さであれば、すぐに追いつくだろう。

 リアは逃げたドワーフはアイリスに任せ、未だ放心してるルゥへと歩み寄ることにする。



 「ルゥ?」


 「……」


 「いつまでも呆けてるのよ」



 リアは唖然とした様子で荒れ果てた大地を見続けるルゥの目の前に手を置き、何度か振ってみせたり軽く触れるレベルでぺちぺちと頬を叩いた。



 「………………はっ!」


 「目は覚めたかしら?」



 我に返った様子に完全に意識を戻した筈が、今度は見上げるようにしてリアを見つめ始めるルゥ。


 この子、大丈夫かな? 反応がなさ過ぎて、どういう心境なのかもさっぱりわからないわ。



 ルゥの様子に困り果てていたリアは、後方から聴こえてきた草木をかき分ける音に思わず振り返る。

 すると、そこには疎ましい表情を浮かべ手元を見下ろすアイリスがドワーフの襟元を掴みながら、ずるずると引きずった様子で姿を表したのだった。



 「お姉さま、お待たせしてしまい申し訳ございません」


 「そんなことないわ、寧ろ早すぎるくらいよ。 ありがとう、アイリス」



 アイリスはドワーフを掴む手を離し、何故か申し訳なさそうに頭を下げだす。


 その様子にリアは首を傾げ、自分の体感では一分にも満たない時間だった訳で、仮にそれ以上の早さを求めていると思われているのなら、非常に訂正したい部分ではあった。


 そして彼女の後ろではそれ以上に、悲壮感を漂わせたドワーフがうわ言のように何やらブツブツと呟いている。



 「……おわった。 なんで……吸血鬼が、儂の人生……なんだったんだ」



 この世の終わりと言わんばかりに、抵抗の気力すら無くした様子で腕をだらんと脱力させ、地面を見つめ続けるドワーフ。



 「そこのドワーフ。 貴方、どこから来たの? 見た感じ、この大陸には人は居なかった筈だけど」


 「っ、……」



 リアの質問に対し、肩をビクつかせるだけで反応を返さないドワーフ。

 その漂わせる恐怖感と悲壮感から大体はその心境を察せられるが、リアとしてもどうしようもないこの状況。


 すると――



 「……すげぇ。 リア姉、……すげぇ、かっけぇよっ!」


 「は……?」



 突然のルゥの感嘆の声に思わず、素で反応を返してしまったリア。

 しかし、ルゥはそんなリアの様子なんかお構いなしに称賛と感動の声を上げ始めたのだった。



 「リア姉、なんだよさっきの! 本当に、本当にさっきのリア姉なのか!? すげぇ!すげぇ!!」


 「ちょ、え、……どうしたの急に?」



 琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、まるで子供がヒーローを見る様な表情で見上げてくるルゥに困惑を隠せないリア。


 (え、……え? こ、この子、本当にどうしたの? 遅れて反動が来ちゃった、みたいな?)



 ルゥは呆けていたかと想えば今度はブレーキが壊れてしまった車のように、ただ真っすぐに「すげぇ」と「かっけぇ」を連呼し続ける。


 そんなルゥの様子に恐らく聞き耳を立てていたドワーフは「何事だ?」と言わんばかりに顔を上げ、きょとんとした様子で目を見開き固まっていた。



 「リア姉、さっきのどうやったんだ? あの炎がぼぁってなるやつ! あ、すっげぇでかい斧もどこから出したんだ? というかなんで持てるんだ!? あ、それとそれとッ――」



 パンッ



 突然、空気が破裂した音が空間に響き渡り、ルゥの怒涛の勢いがピタリと止まる。

 出所は眉を顰め、若干怒りを露わにして冷ややかな視線を向けるアイリスの手拍子。



 「落ち着きなさいルゥ、お姉さまが困っていらっしゃるわ。 それに…………お姉さまが凄いのは今更ですわ! わたくしですら、全く反応できないティー様の斬撃を軽々と避けては懐に入り込み、放った技能スキルの数々は素晴らしいの一言では言い表せませんもの! それに最後の破壊の一撃、ティー様だからこそご無事でしたが、もし仮に大陸に直接当たるようなことがあれば島が割れることは間違いなし! もう、お姉さまの存在そのものが奇跡なんですわ! わたくし、生まれてこのかた神など信じておりませんでしたが、お姉さまを創造した神にだけは感謝したいですわぁぁ!! ――……あら? お姉さま?」


 「……ア、アイリス。 もう……大丈夫よ? その、落ち着いて」



 ルゥの勢いを止めてくれたのかと思えば、まるで何かのスイッチが入ってしまったかのように今度はアイリスが、眩すぎる程の輝きを放ってリアを絶賛し始めた。


 その言葉の数々と二人からの惜しみない称賛の眼差しに何故だかリアはジッとしていられず、僅かに顔が火照っているのを感じながら視線を泳がせるよりほかなかった。



 「……かわいい。 っ、まぁまぁ……! お姉さま、もしかして照れていらっしゃいますの?」


 「っ! て、照れてないわ。 ……別に、このくらいのこと、褒められたって」



 アイリスは我慢できないといった様子でリアへと駆け寄り、その両手を包み込むと胸元で大事そうに包み込みながら満面の笑みを向けてくる。



 リアは前世ゲームではその驚異的な反射神経もあり、異次元な動きスーパープレイや誰も成しえなかった事を達成し多くのプレイヤーから称賛を受けることは多々あった。


 しかし、ここまで裏表のない純粋な顔で打算なしに真正面から称賛された記憶はあまりなく。

 男性嫌いという噂も有名だったことから、ヒーローを見る少年のような視線や、一部の狂人プレイヤーを除いて神のように見られることはまずなかったのだ。



 自分でも何故ここまでむず痒い気持ちになるのか不明だったが、どうやら私は表情に出てしまうレベルで今、照れてしまっているらしい。


 (なに、なんなの!? そ、そんなに褒めたって何もでないわよ!? え、何で私こんなに照れてるのかしら? あぁ、アイリス可愛い……手も暖かい。 そうね、まずはこの可愛い存在で落ち着きましょう)



 リアはお気に入りの子供と愛する可愛い存在から向けられる称賛の嵐に僅かにリズムを崩されるも、握られた手から感じられるぽかぽかした熱に落ち着きを取り戻していく。


 そんなリア達を見て、今まで黙りこくっていた――正直存在を忘れかけていた――ドワーフがぽつぽつと喋り出すのだった。



 「主らは……吸血鬼、だよな? そっちの小さいのは獣人だが。 その白い髪と赤い目、……間違いない。 だが……」



 口を開き始めたドワーフの目にもはや恐怖や悲壮感はなく、唯々目の前の光景が信じられないと言った様子で目を点にしている。


 その言葉から推測できることとして、目の前のドワーフが知る吸血鬼とはリアとアイリスは大きくかけ離れていたのだろう。


 先程までの怯えた様子では会話ができないことから、却って自分の醜態が結果オーライになったと思うことにしたリア。



 「こほんっ。 ええ、私とこの子は吸血鬼よ。 貴方の想像してる吸血鬼がどうか知らないけど、私は貴方を害するつもりは今のところないわ」


 「……」


 「私が聞きたいのは一つのみ、貴方が何処から現れたのかってことよ。 話に聞いた限りじゃここは人の居ない大陸、そう聞いていたし、私から見ても気配は感じられなかった」



 リアは人類種やエルフ、獣人などは基本的に好かないが、ドワーフという種族はそれなりに好いている。

 それは前世ゲームで言うプレイヤーとNPCどちらも好いており、理由としてその在り方にあった。


 プレイヤーであれば職人気質な者が大多数を占めており、人や魔物、戦闘に興味がなく。

 あるのは現実では存在しない鉱物や未知なる素材への興味、そして唯々自分の作り上げた作品に向ける熱意と探求心だけである。


 そしてそれはNPCも同様だった。

 種族設定フレーバーテキストにも他種族への外見的特徴は辛うじて分かる程度で、酒と創造することが何よりも好きな職人種族だということが書かれていたし、実際のゲーム世界でもそういった者ばかりだった。



 つまり、邪な感情や余計なことはせず、職人の領分にさえ口を挟まなければ気持ちの良い関係が持てる存在がほとんどなのであった。


 もちろん、全員が全員そんな存在じゃなく、意地汚さや下品な人柄が透けて見える不快な者も中には居たがそういった者達は総じて、作り上げる製作品は三流品ばかりだった。


 そんなわけでリアとしてはこのドワーフに、何かを強行するつもりも被害を加えようとも今のところ考えておらず、敵対や不快な態度さえなければ普通に接する腹積もりではあったのである。



 目の前のドワーフはルゥと同等か、少しばかし高い身長で筋肉質な体格やヘソ辺りまで伸ばされた髭は、ドワーフの特徴そのものだった。


 見下ろすリアと見上げるドワーフ。

 二人の視線が交わり、月明りに照らされた森の中で何かを決心したのか、地面へとどっかりと座り込むドワーフ。



 「ふぅ…………地下だ」


 「地下?」


 「儂らは地下に村を造って生活している。 お主の言う通り、確かに今はこの大陸に住んでる人間はおらんが……いつ来るかわからんからな」



 なるほど、確かに地下であれば地上から見ても気づかないのは当然である。

 しかし、幾ら人が居ないからと言って獣が居ない訳ではない、であれば何故こんな夜遅くに一人で地上に出て来たのか。


 少しの時間考えを巡らせ、やがてリアは一つの結論に至る。



 「なるほどね。 それで貴方が地上に来た理由は私とティーその子のこと、でいいのかしら?」


 「……ああ、そうだ。 あのままだと村が壊される可能性があったからな。 だから、何事かと思って出てみれば――」


 「――私たちが遊んでいた、と」


 「あれが遊びだと? 大陸の4分の1を燃える海に変え、嵐の様な暴風を引き起こしたあの神話の戦いがお主には遊びだと言うのか?」



 驚愕した表情を浮かべたドワーフは徐々に興奮を露わにすると、その顔にまじまじと「ありえない」と描いて声を荒げ始めた。


 しかし、リアとティーからすれば本気で戦いはしたがお互いが殺す気はなく、ティーからしても死に至らしめる攻撃はリアであれば対処するという信用の表れだと思っている。 つまりは遊びである。



 「ええ、元々ここには人が居ないと聞いていたから、私は遊び場所として選んだんだもの」


 「っ……」



 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 ドワーフはポカンと口を開けると、頭痛を抑えるかのようにこめかみに手を当てだす。



 「まぁ、そんな訳だからこれからはもう少し抑えるけど、ちょくちょく使わせてもらう予定よ」


 「使われてたまるかっ!! 主は儂らを殺す気か!? あんな災害をちょくちょく・・・・・・などという頻度で深夜の頭上で行われた日には、いつ崩落するのか気が気じゃなくて眠れんわ!!」



 ドワーフは思わずといった様子で声を荒げ、自身が誰に言葉を発したのか気づいたのか慌てて口に手を当てる。


 リアとしては納得できる部分もあったが、それを我慢できない存在が居るのもまた事実。



 「お姉さまが害さないと言ってッ、調子に乗ったんですの? ドワーフの分際でよくも吠えましたわね!」


 「ひぃっ」



 怒り肩を震わせ、一言一言に怒気が入った言葉を口にするアイリスは一歩前にでると、座り込むドワーフを凍てつく視線で見下ろす。


 座りながら腰を抜かしたドワーフはそんなアイリスを見上げて無様にも後ずさり始めた。



 「いいわ、アイリス。 そのドワーフの言うことも一理あるもの」


 「で、でも、お姉さま? 幾らなんでも、お姉さまが譲歩し過ぎではありませんの?」


 「ふふ、まぁね。 私人類種は嫌いだけど、ドワーフは嫌いじゃないのよ。 ……でも全くしないというのは無理ね。 あの子もストレスが堪っちゃうし、私もいい運動になるから」



 その言葉にドワーフは一瞬きょとんとするも、続けられる言葉に顔を青褪め、徐々に絶望に染めていくのだった。


 そんなドワーフの表情を横目に「でも」とリアは言葉を続けた。



 「それなら村の上、付近じゃなければいいんでしょう? だったら貴方の村の範囲とやらを、私に教えなさい」



 最大限に譲歩した言葉であり、これでも拒否されるなら仕方ないが彼らには転居して貰おう。

 リアはドワーフという種族は嫌いではない、寧ろ好感を得てはいるが特別優しいわけでもない。

 何故なら、その根っこは……傲慢な吸血鬼のままなのだから。


 一度は安堵な表情を浮かべたドワーフだったが、次いでの言葉に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。



 「………………わかった。 ただし、村の入口やその中を案内するつもりはないぞ。 それでもいいな?」


 「構わないわ。 ……ルゥ?」



 ドワーフの言葉に頷き、先程から静かな様子のルゥへ何気なく振り返ったリア。

 視線の先では辛うじて立ってはいるが、絶賛、強い睡魔に襲われている真っ最中なのだろう。


 ルゥはコクコクと頭を上げ下げし、ふらふらとする体は今にも倒れそうである。



 「まだまだ子供ね。 アイリス、先導をお願いしてもいい?」


 「もちろんですわ! ほら、さっさと立ちなさいなドワーフ」


 「まっ待て、ッ! どこからこんな力が……! やはり、吸血鬼なんだな」



 襟首を掴み上げ、自力で立たせるより無理やり立たせた方が早いと強行するアイリス。


 そんな光景を横目に、リアはひょいっとルゥを抱き上げる。

 ルゥは一瞬、眠気から覚めたようにもぞもぞするもリアは「じっとしてなさい」と耳元で囁き、先を歩き始めたドワーフとアイリスの後について行くことにした。


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