第59話 吸血鬼PTと奇妙な兄妹、大国へ



 亜人に対しての差別。


 これから向かおうとしているのはプーサンを運搬する先。

 クルセイドア王国というリア自身、聞いたことがある程度の認識の大国だ。


 下調べや情報収集すらしていないということからリアがどれだけ興味がないか、ある程度測れてしまうというのものだろう。



 黙り込んでその動きすら制止したプーサン、僅かの間をおいて考えが纏まったのか背を向けたままぽつぽつと語り始めるのだった。



 「聖王国ほどでは、ありません。 ですが……」


 「その言い方だと、あるように聴こえるのだけど?」



 開口の言葉からあまり良い答えが返ってこないことで思わず、言葉を遮り聞き返してしまうリア。


 するとプーサンは恐る恐るといった感じで立ち上がり、神妙な顔つきを浮かべながら振り返りどこか言いづらそうに口を開くのだった。



 「ええ、我が国では亜人への差別はあります。 ですが、以前はそこまで強くありませんでした。 全体の有力者の中でも一定数居る程度で、今のようなすれ違うだけで不穏な蔑む視線を受けるほどではなかったのです。 しかし……魔王が討たれ、陛下が危篤と噂され始めてからというもの派閥争いは激化し、今では人類種至上主義を掲げる者も少なくないのが国の現状です」


 「……そう。 何を持って自分たちが秀でていると思っているのか非常に疑問だけど、英雄でも半神半人でもない、本当にただの人間が言うと笑えるわね」


 (聞く限り、この兄妹にとって良い国とは言えない。 セレネは純粋に私のモノにしたいし、ルゥに関しては気になる事が多い。 奴隷だったってことは両親は居ない? もしくは拉致されたなんてこともあるのかな? うーん、その辺聞くにしても直ぐに終わる話じゃないだろうし、屋内で休める所がいいな)



 プーサンはリアの皮肉たっぷりな刺々しい言葉に顔を顰め、その後ろで着替えるのに苦戦しているルゥの姿が目に映り込む。



 「レーテ。 悪いのだけど、あの子の着替えを手伝ってあげてくれないかしら?」



 シンプルな作り故、苦戦するものではないと思っていたが見た感じ、まだまだ時間がかかりそうだったことから一番頼りになる彼女へとお願いする。


 レーテは素直に「かしこまりました」とだけ口にすると絶賛苦戦中のルゥの元へ、見惚れるほどの綺麗な姿勢で競歩にも似た速度で歩み寄っていく。


 そんなレーテを眺め、先にセレネとアイリスを連れティーの元へと戻ろうかと考えていた矢先――



 「げほっ、こほっ、……っ!!」



 セレネは途端に咳き込み始め、リアが視線を向けた瞬間。

 水を地面に叩きつけた音が鳴り響き、次いで漂ってくる僅かな異臭が鼻腔へと届く。



 「っ! 大丈夫よ、ここに貴方を虐める人は居ないわ。 大丈夫」


 「ごぼっ、っはぁ、……はぁ、っ」



 【戦域の掌握】内で感知はしていたが、あまりの急変さと思考に意識を割いていたことで反応が遅れてしまった。


 突然の変化に加えて見るからに尋常ではない程、その小さな身体を震わせているセレネ。


 彼女の怯えた視線の先にはプーサンが困惑した様子で立ちすくんでおり、そんな様子を横目にリアは原因は後回しにしてセレネの背中を撫でながら水場へと連れていく。


 前世ゲームでの装備だからか、嘔吐物はワンピースにかかってしまったものの川の水で洗い流せばすぐに落ちて消え、まるで初めからなかったかのように元通りになった。


 (嘔吐するほどのストレス。 何かに触発されたって感じだったけど、考えうる原因は1つよね。 でも何に対しての反応なのかしら? ……男、大柄な大人、人類種、どれをとっても彼女の環境なら納得できてしまうわけで。 ――それよりも)



 「プーサン、悪いのだけど今すぐ死んでくれる? いいえ、殺すわ」


 「はっ!? え、ちょ、ままってください!」



 プーサンはセレネの様子を心配そうに見詰めていたが、リアの素晴らしい提案に途端に焦りを見せはじめ、首と両手を物凄い勢いで左右に振りながら生意気にも制止を呼びかけてくる。


 「お姉さま、始末するのであれば私がやりますわ」


 成り行きを黙って観察していたアイリスはリアへと駆け寄り、胸に手を当て得意げな表情を浮かべる。

 口元をにんまりと緩めながら、その赤い瞳をきらきらと煌めかせているアイリスに思わず触れ合いたくなるが、今はセレネの介抱をしていて手が空いていない。



 「そうねぇ、それじゃあお願いしようかな? 貴方なら安心して任せられるわ」


 「お任せください! 私が今すぐあの虫を駆除致しますわ!」



 振り向きながらその可憐な表情のアイリスと見つめ合い、心が通じ合ったような感覚に心地よさを感じていたリア。



 「いや!? ちょっと本当に待ってください! 僕は別にその子を虐めたい訳でも、獣人を差別するつもりもありません!! 本当です! ですから殺すのは本当に、ご容赦願えませんか!?」


 「どうして? 人間の貴方が傍に居てはこの子が怖がっちゃうじゃない」



 可愛いセレネが嘔吐してしまうほどに、怯えてしまっているのにその元凶がのうのうと近くに居座り続けるのは、おかしな話ではないだろうか。


 依頼の件は仕方ない、諦めるとしよう。



 「もっもう少し、平和的な解決をお願いできませんかっ!?」



 リアの言葉に微かに納得はしているような面持ちではあるが、その提案は受け入れられないと声を裏返させながらも狼狽して抵抗の姿勢を見せるプーサン。


 するといつの間にか戻ってきていたレーテがリアの背後へとアイリスと並び立ち、耳打ちする要領で静かに提案をするのだった。



 「リア様、アイリス様、この人間を今殺してしまうとギルドからの依頼が失敗してしまうので、殺すのは終えてからでも遅くないかと思われます」


 「生かす方向には……?」



 どうやらレーテの言葉はしっかりと聴こえていたようで、まだ醜くも抗おうと呟くプーサン。

 そんな彼の様子を見てレーテの提案もあり、リアは妥協案として有無を言わせない口調で2択の選択を迫ることにした。



 「はぁ……アイリス、一旦手を降ろして。 貴方は人間とわからなくなるまで顔を覆い隠すか、今ここで死ぬか選びなさい」



 そんなリアの提案を聴き渋々とアイリスは翳した手を降ろしていき、プーサンは安堵した様子でフードを深く被り口元が辛うじて見えるくらいまでに顔を覆い隠したのだった。


 話しながらもセレネの背中を摩り続け、その様子を落ち着かせようと寄り添っていた効果もあってか、大分落ち着きを取り戻した少女を見て胸を撫でおろすリア。



 「セレネ! どっどうした、大丈夫か!? こいつらがお前のこと虐めたのか? それなら兄ちゃんがッ」



 レーテによって故意的に誘導された意識や視線は彼女が離れたことでその効果を無くし、リアから貸し出された装備を身に纏いながら慌てた様子で寄り添うルゥ。


 妹を心配する言葉の中に聞き捨てならない言葉が聴こえた気がしたが、あながち間違っても居ない為、とりあえずは聞き流すことにした。



 「だ、大丈夫……だよ?」



 か細くも音の響く声で弱々しく呟くセレネ。


 妹の言葉を鵜呑みにした訳ではないだろうが、取りあえずはほっとした様子で頷く。

 そして今度は目を細めて睨むような視線で、それでもどこか驚きを隠しきれない器用な表情を浮かべてリアへと振り向くルゥ。



 「セレネを助けてくれて、ありがとう。 だけど、セレネは俺の妹だ。 お前にはあげない」


 「…………それで?」


 素直にお礼の言える子供かと思ったが、次いで出てきた言葉に眉をピクつかせるリア。


 続きの言葉次第では、もう1回くらい川に投げ入れようかと思考しながら見下ろしていると。


 「あとなんかこの服、着てからすっげえ身体が軽いんだ! 力も湧いてくるし……この服なんだ!?」


 「……っ、はぁぁ」



 出てきた次いでの脈絡のない言葉に、少しでも真面目に取り合っていたことが馬鹿馬鹿しくなり盛大に溜息を吐きだしてしまう。


 相手は何の力もないただの子供。

 何かしようと思えば難しくない相手であるが、それを実行しようとする気が起きないのだから面倒この上ない。


 リア自身この少年の精神の強さには目を見張るものがあり、自分のモノにしたいと思えるセレネをこれまでの期間、文字通り命がけで守ってきたことは素直に称賛に値する。



 「ただの服なわけないじゃない。 それなりの効果は付与されているわ」



 眼前で装備の効果に目を輝かせながら燥ぎ出すルゥを置いて、リアは遠目に淡い黄色が混ざり始める夜空を見上げた。



 「プーサン」


 「はっはい!」


 「クルセイドア王国はこの辺りからだとどのくらいかわかるかしら?」



 突然の呼びかけに僅かに動揺を見せながらも、次の問いを聞くとフード越しで口元に手を置き、スイッチを切り替える様に思考を始めるプーサン。


 「先程上空で見ていた限り、恐らくここはクルセイドア王国南部のユルシアン川の下流に位置する場所かと思います。 ですからあの竜で飛行する場合1時間、いえ3,40分もかからない距離ですね」



 そう言うプーサンの様子から、彼の頭の中では既にここが何処なのか確実なマッピングが済んでいるのだろう。


 リアはある程度の位置はわかるが所望時間までは割り出せない為、夜明けが迫っている現状非常に助かる情報であった。


 

 「そう、ならまずは移動しましょうか。 日が出てはティーでの移動も面倒ごと増えるだろうし、普通に日光は鬱陶しいしね」



 レーテとアイリスへと視線を向けながら、自分も含め彼女たちへ確認するように言葉にすると、レーテは表情を変えずにただ瞼を閉じて同意を示し、対照的にアイリスはわかりやすく瞳を輝かせ何度も強く頷く。



 同意を得たことでリアはティーが擬態している岩へと歩みより、片手で抱きかかえたセレネを怯えさせないよう強くも優しく抱きしめる。



 「ティー、もう少しだけお願いできる?」



 ティーの背中の一部である、突き出た甲殻に手を当てながら慈しむようにそして申し訳なく視線を向ける。


 降りてからそこまで時間の経過はないことから大岩は直ぐに振動を始め、その全容を露わにしたのだった。


 捲れ上がる大地は砂利や石を周囲へと撒き散らし、触れてすらいない川はその水面に振動によって荒波をたたせていた。


 目の前に聳え立つ黒の巨体。

 セレネは気を失っていたことから見るのはこれが始めてであり、その可愛らしい退紅あらぞめ色の尻尾や耳を小さくして、ぷるぷる震えながらリアの胸元に顔を埋めるのだった。



 「大丈夫よ、大丈夫。 この黒い竜は私のペットでね。 ティーというのよ」


 (きゃわわ! あぁ、そんなに怯えちゃって、可愛いぃぃ!! でも大丈夫だよ、怖くないよー怖くないよー? あぁ、抱き心地として肉付きは今後の課題ね。 けど、モフモフしてて気持ちぃぃ、よしよし♪)



 胸元で震えるセレネに静かに語り掛けるリアだったが、一向に顔を上げようとせず、なんなら更に縮こまり埋めてしまった少女。


 そんな少女の様子に沸々と止めどなく母性が溢れだしてくる。


 見れば後方ではルゥが全身の赤毛を逆立たせながら、ティーへ威嚇するように姿勢を低くして唸っていたが、その目にはありありと怯えが含まれて見える。


 それでも、ティーと相対してそのくらい振舞えるのだから、やはりこの少年の潜在能力は計り知れないと思わず感心してしまう。



 次元ポケットを漁り、取り出した物はリアの等身ほどの巨大な肉『黄金豚の特上ロース』であり、それを片手でティーの口元へと放り投げる。



 「少しだけ早めて欲しいわ。 できれば日が昇る前に着きたいの」



 聞いているのか怪しいレベルで宙に投げられた金色の肉を夢中でバリバリと頬張るティー。


 前世ゲームでは『黄金豚の特上ロース』は希少価値の高い最上の料理素材アイテムであり、先程の規模で取引所オークションに出せば優に上位帯5000人程は料理人プレイヤーが食いつくレベルの素材である。


 お金に換算するなら低く見積もっても1000万シルバー、始めて素材が発見された時期なんかは1億シルバーで売買されることもあった程には人気があった。


 そんな超高級肉を僅か数秒で平らげるティー。

 心なしかその物騒な顔を緩めているように見え、次の挙動を察知したリアは慌ててセレネの耳を覆う。



 「全員ッ、耳を塞ぎなさい!!」



 異世界に飛ばされてからアイリスとレーテとの行為以外では始めて、大声を上げたリア。


 次の瞬間には絶叫なんていう生易しい言葉では言い表せない咆哮が空間を埋め尽くし、声量だけで身体が地面から浮き上がる程の規模で放たれる。


 目に映る木々は全てがそり曲がり、水面はまるで見えない物体に弾かれるようにその川から水を完全に取り除く。

 そして周囲の森から常に一定の数が感じられていた生き物の気配は、一斉にその姿を完全に消失させたのだった。



 抱きかかえたセレネはリアが塞いだことで軽傷で済んだが、完全には守れなかった。

 先程よりも酷いレベルで震えだし、可愛いと暢気にも言ってられない程にはダメージが大きい様に思える。



 「うぅ……耳がぁ、この子ったらもうっ」



 愛竜に向けて叱ろうかと思ったが、ティーを退屈させてしまっているのはリアの都合でもあり、現状移動用にしか使えていないのは正直申し訳ない気持ちもある。


 今回は、いや今回も見逃すことにして、時間がある時にでもティーとはガチバトルをしてあげようと心のメモ帳に書き記しながら、音がなくなってしまったキーンと響き続ける耳を労ることにしたリア。



 そんなリア一行に対して、反対に最高の肉を食せたことによりご満悦なティー。

 物理的にも素材効果によって強化効果バフがついていることから、それなりの効果が期待できるだろう。


 リアは片腕にセレネ、もう片方にルゥを抱きかかえながらティーへと乗り込み。

 次いでアイリスとレーテ、そして顔を蒼白とさせ微かに放心状態なプーサンがぎこちない動作で乗り込んでくる。



 「放せっ、放せぇぇぇ! 俺は一人で乗れるっ!! うがぁぁぁ!」



 説明も面倒であったことから、ティーの咆哮によって耳を塞ぎ続け硬直してしまったルゥを無断で抱きかかえたことで何やら騒ぎ立てはじめるが、耳が麻痺してしまっているリアはスルーすることにした。


 それよりもしっかり抑えていないと吹っ飛んでいってしまうことが予想できた為、騒ぎ立てるルゥを抱えながら感覚的にティーへと『出発』の合図を送る。



 「アイリス、プーサンソレが落ちないように固定してくれる?」


 「――、―――!」



 アイリスは可愛らしい顔をこちらに向け、何かを言ってくれていたが耳が麻痺して聞き取れなかった。


 しかし一拍子置くとティーの甲殻には氷系統魔法が張り巡らされ、対象を磔にしたことで先程の言葉は"了承の言葉"だったと思い至り、思わず微笑んでしまうリア。



 ――そして次の瞬間。



 足場は激しく揺れ出し、荒れ狂う暴風の中でも比較的に空気抵抗の少ない場所を見つけると、リアは身体を預けて二つの奇妙な感覚を抱きしめるのだった。


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