第57話 始祖なお姉さま、汚物は消毒!



 身体を横たわらせて、ただ淡い金色の瞳を周囲へと彷徨わせる獣人の少女。


 檻の中に居た状態に比べれば幾分にもマシになった現状。

 それでも今尚、正体不明の病は少女の身体を蝕み続け、まるで継続ダメージのように徐々にその体力HPを減らしていることだろう。


 そんな少女の様子を確認しようと数歩の距離を開けて歩み寄るリアの前に、突如として少年は足をもつれさせながらも割り込み妹を護るようにして両手を広げた。



 竜の背中という踏み慣れない不安定な足場に加え、連れてくる前から疲弊しきってした少年は向けられた強烈な殺気で、肉体的にも精神的にもその疲労は計り知れないものになっている。


 そんな足元すら覚束ない様子で、荒い呼吸を繰り返しながらリアの前に立つ少年。


 睨むようにして見上げてくる目には疲労こそ感じるものの、それ以上に不屈の抵抗の意志がありありと見えていた。



 見下ろすリアと見上げる少年、出会ってから何度目になるかわからない視線の衝突。



 LV、身体能力ステータス、コンディション、疲労度、全てにおいてリアは勝っており、目の前の少年を退かそうと思えば何の苦労もなく実行することは可能だろう。


 しかしどういう訳かそういう気にも成れない以上、その一歩も引く様子を見せない強い意志にリアはどこか負けたような気持ちで、先に視線を逸らしたのだった。



 「その子の容態を見るだけよ。 外傷や体力は治しても、中身はどうなっているかわからないでしょう?」


 「っ、!」



 物理的に難しい以上、リアは言葉にて少年の意志を緩め理解を得るのが先だと結論付ける。

 本来であれば強行していても可笑しくない筈なのに少年に対して何度目かわからない妥協。


 何故ここまで自分が気遣ってあげているのか、多少は少年の精神的強さや妹を護るという強い意志を尊重し称賛してるという理由はなくもない。

 だけどやはり、本来の自分ではないどこかこの少年には好感的ともいえる接し方をしようと、無意識にベクトルが向かっているような気がしたリア。



 ペースを乱され、本来のやり方に抵抗を感じるリアは歯がゆい気持ちを押し込みながら、少年にもわかるような言葉を並べていく。



 「無理にとは言わないけど貴方の妹は一時的に体力HPが回復しただけ、このままだと繰り返すことになるわよ。 その子を助けたいなら退きなさい」


 「……っ」



 リアの言葉に対して肩をビクッと震わせた少年は広げていた両腕を徐々に力無く降ろしていく。

 その表情は放心した様子を浮かべ、悔しさに耐えるように唇を噛みしめた。



 (この子、何かしらの固有能力アーツ持ってそうだけど、それは後にして。 まずはこっちの子を優先ね ――【血脈眼】)



 リアの目には少女の全体を覆うようにして薄い緑色と水色のオーラが見え、胸と首そして左足首を強調するかのように赤いオーラが集合していた。


 感覚的に看破できた状態異常の枠としては『栄養失調』『魔力失調』『魔毒症』の3つ。



 (魔毒症……? 聞いたことがない状態異常。 この世界の病かな。 栄養失調の理由はまぁ想像できるけど、魔力失調ってなんで?。 考えられるのは魔力を常時使用する何かしらの固有能力アーツ技能スキルを使っているか、もしくはこの魔毒症が関連している可能性よね)



 考えを巡らせながら、ぼんやりした様子だった少女が再び瞼を閉じてしまったのを確認して、意識が途切れただけだと感知するとそのまま全体を見渡していくリア。



 確認できたのはやはりその3つの状態異常だけだった。


 栄養失調と魔力失調は直すのは容易いが、魔毒症という状態異常は何かしらの特効薬や状態異常回復を使わないと取り除くのは難しいように思える。


 リアは純粋な戦闘ビルドであり、種族上、行動阻害や弱体効果のある状態異常以外は無効化してしまう為、そういったアイテムは倉庫にはあれどインベントリには入れていなかった。



 「持続的な毒に侵されてるようだけど。 プーサン、魔毒症って聞いたことあるかしら?」



 アイリスとレーテはリアと同様に毒への耐性は持ってることから除外し、この場に居るもので知っている可能性が一番に高いプーサンへと問いかける。


 プーサンは咄嗟の問いかけに一瞬あたふたするも、腕を組み顎に手を置きながら思考して数十秒の後、眉を顰め申し訳なさそうに首を左右へと振るった。



 「申し訳ありません。 これでも各地を渡り歩いてきたので知識はあるつもりでしたが、正直一度として聞いた事がない病名です」


 「……そう」


 (うーん、詳しそうな彼でもわからないか。 倉庫が使えればいくらでも出せるんだけど……、あとはそこそこのヒーラーとかいればなぁ)



 思案しながら視線を彷徨わせ、急ぎの用事ではないにしろ可能であれば憂いはさっさと解消したいと考えるリアは無意識にアイリスとレーテを視界に収める。


 『……あ』 唐突に閃いた数多く習得しているスキルの1つ。


 アイリスとレーテはそんなリアの些細な変化と視線に首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべていたが、それどころではなかった。



 (あぁ、そういえばあったわそんなスキル。 モーションは嫌いじゃないんだけど、使う機会がねぇ……)



 思い出したスキルは《解毒吸収》。


 読んで字の如く、吸血した対象の状態異常の毒効果のみを完治できる、下位吸血鬼から習得している最初期スキルだ。


 毒効果であれば例外なく解毒できる一見優秀なスキルではあるが、デメリットとして使用中は両者共に動けず、効果が出るまで数秒以上かかってしまうという致命的な弱点があった。


 (数秒間動けなくなるくらいなら、手っ取り早くアイテムか魔法で解毒した方が早いよね。 初期に2回使って以降、ここ数年存在すら忘れてたわ)



 戦闘中では話しにならないスキルも今のような状況であれば、使い勝手の良いスキルへと変貌する。

 効果面だけで言うのであれば最上級クラスの回復効果であり、躊躇う理由はそんなに多くはない。


 早速実行しようとリアは不安げな表情を浮かべ見つめてくる少年の視線を流し、横たわる少女へと歩み寄る。



 「セレネ、セレネ! ……あんた、セレネを助けてくれるのか? 他の奴らみたいにっ、虐めようとするならッ!」


 「虐めるなら最初から連れてきてないでしょ。 はぁ……取りあえず、虐めないから黙って見てなさい。 助けたいなら邪魔はしないこと、いいわね?」



 セレネと呼ばれた少女を出来る限り優しく抱き上げ、思わず顔を顰めそうな臭いを感じながら、詰め寄ってくる少年を宥め更に釘を刺しておく。


 リアはさっさと終わらせたいのだ。

 二度手間や説明しても無駄なことは出来る限り省きたい。


 少年の理解は不安そうな顔から完全には得られなかったようだが、ひとまずは大丈夫だろうと胸を撫でおろす。


 だが、リアの行動を良く思わない人物は、どうやらこの場には1人だけではなかったようだ。



 「お姉さま!? そんな汚いものッ! まさか……考え直してくださいませ!!」


 「リア様、せめて行うにしても清めてからでも遅くないかと思われます」



 二人は吸血鬼であり同じスキルを有していることから、これから行うことを理解したようで慌てた様子で止めに入ってくる。



 (んー、そう言われたらそうなんだけど。 綺麗にするにしても手元にあるのは宿から持ってきた石鹸のみ、水がないわね。 あとは……おっ)



 周囲を見渡し、ティーの背中から見下ろす景色の中に一本のそれなりに規模の大きな川が視界に入る。


 隣では恐らく『汚いもの』という言葉に対して、少年は威嚇するように牙を露わにし唸り声を上げるが、アイリスは全く気にする素振りも見せず唯々リアに向けて心配そうに眉を顰めていた。



 彼女たちの意見も最もであり、確かに綺麗に出来る環境が眼下にあるのにここで強行するのは、そういった性癖がある者だけだろうと考え直す。



 「そうね、それならあの川で水浴びでもしましょうか。 日の出までまだ時間はあるだろうし、何時までもその状態なのは貴方たちも嫌でしょう?」



 自分の身を案じてくれる二人の意見を汲み、隣で未だアイリスを威嚇し続ける少年に問いかける。


 少年は一瞬、何を言われたのか分からない様子だったが取りあえずは頷いたことで、ティーに川付近に降りるよう指示を出すのだった。




 暫くして川辺に降り立ったティー。


 少女を抱えながら軽快な動きで地面へと足を付け、続いて降りてくる少年がまたしても同じことを言いだした為、リアは飽き飽きした様子で『セレネは自分が洗う』と煩い少年の意見を却下した。



 「貴方も相当汚いわ、妹の前に自分を洗いなさい」


 「っぐぅ! 貴方じゃない、俺はルゥだ!」



 リアは自身が口にする以上、セレネという少女は自分が洗う気でいた。

 しかし、ルゥと名乗った少年は自分で出来るか怪しい上に二人はやりたがらない為、結果的に残ったプーサンに任せることになる。



 「それじゃあ、後は任せたわプーサン」


 「えっ、僕ですか?」


 プーサンは自分が指名されると思っていなかったのか、面食らってぽかんとしていたが知ったことではない。


 振り返った後、後ろから「どうして僕がこんな……」と呟いた声が聞こえたが、同行している以上使えるものは使わせてもらう。



 「貴方たちもどうせなら、水浴びしてみたらどうかしら?」



 ティーから一応降り立ったアイリスとレーテ。


 二人はリアがセレネを洗うと口にした時、自分たちがやると申し出てくれたがそもそも兄妹を連れてきたのはリアであり、助けようと決めたのも自分の独断である。


 その為、二人には感謝を伝えながらも断り、どうせ手持ち無沙汰なら一緒にどうかと二人の裸見たさに提案したリア。



 「そうですわね、お姉さまが仰るのであれば。 昨日も今日も、まだ洗えていませんし」


 「では、私はアイリス様の御身体を」


 アイリスは闇ギルドの環境を思い出したのか、不満そうに口にしながらも流れるように自然に衣類を脱がせ始めるレーテに、既に身体を預けていた。


 二人の息のあった動きに思わず笑みを零してしまうリアは内心でガッツポーズを取りながら、自身の衣類を外していく。



 「ふふ、それじゃあこっちが終わったらレーテの身体は私が隅々まで洗ってあげるわ」


 「えっ!? そそそ、それはお姉さまが直接、隅々まで……?」



 何気なく口にした言葉に酷く狼狽した様子のアイリスはその顔を羨望の色で色濃く染め、こちらに背を向けたレーテの耳は気のせいでなければ淡い赤に染め上がって見えたのをリアは見逃さなかった。


 「もちろん、私が直接、余すことなく隅々まで洗うわ」


 (ええ、もちろん! 正直、二人とも私自身で綺麗にしたいけど私の身は一個しかないから、時間的にも1人が限界だし。  将来的には大きいお風呂に皆でイチャイチャするのもありよね!)


 既存の目標に加え、新たな目標として巨大なお風呂を住処に設置することを念願にいれることを検討するリア。


 全装備を外したリアは生まれたままの姿でその身を大気に晒しており、次いで少女の服とはいえない布を無造作に千切り取った。



 抱き上げたまま川へと振り返り、今更になってプーサンとルゥが未だに近くに居ることに気づく。

 プーサンは全力でリア達に背中を向けており、腰を降ろしてルゥの世話を真摯に行っていることに好感が持てた為、【戦域の掌握】にて感知した赤面や微かに荒い吐息には今回は目を瞑ることにする。



 リアは川へと足を踏み入れ、それなりの冷たさは感じるもひんやり気持ちの良いレベルに思わず頬を緩めた。


 足を進めるごとに身体を包む水位は増していき、胸元より少し低い所まで来ると、早速次元ポケットから使い捨てのタオルと石鹸を取り出す。


 肌が弱い事を考慮し、ポーションの効果で肉付きは幾分かマシになったものの細心の注意を払って、その黒ずみだらけの小さな体を丁寧にしっかりと洗い流していく。


 意識のないセレネに一掬いの水をかければ、水は泥水のように黒ずみその肌本来の色を僅かに晒した。



 (この子、どれだけ放置されてたのよ……。 地球あっちだと、私の記憶が間違ってなければ一人っ子だった気がするけど、歳の離れた妹とか居たらこんな感じだったのかしら)



 子供を嫌悪する理由もなければ人類種ではないという理由も小さくはないだろうが、ここまで気遣いながら何かをするというのはアイリスとレーテを除いてなかった為、ついらしくないことを洗いながら想像してしまうリア。



 そして一拭きする毎に見えてくる彼女本来の色はまだ完全ではないにしろ、まるで宝石になる前の原石を磨いてる気分になり、少しだけ楽しい気分になっていた。



 今見えてる部分だけでも彼女はリアが予想した通り、とてもリア好みの可愛らしい容姿をしていた。



 桜より薄い桃色の長髪に同色の2つの尖った獣耳。


 黒ずみがすっかり落ちた顔立ちは幼くも将来が楽しみになる可愛らしい顔をしており、小さな閉じた唇は思わず食べちゃいたくなるも、それは流石にアウトだと自重することにした。


 どれだけ洗っても取れない胸元の不気味な模様の染みは、恐らく彼女が抱えている病だと推測し、思わず眉を顰めてしまう。



 ある程度、黒ずみや目立つ汚れは洗い落として模様の染み以外は生まれたままの綺麗な姿にできたと思え、満足したリアは改めてセレネに目を向けた。



 (これは中々……ううん、思った以上に可愛い顔しているわ! 私の可愛いセンサーも捨てたものじゃないわね。 ふふ、ちょっと欲しくなってきたかも)



 口元を緩め、まるで得物を狙うかのような視線で目を瞑る少女をガン見していたリア。


 すると、意識のなかったセレネが薄っすらとその白金の瞳を開き、装備を外したリアの深紅の瞳と視線を交差させたのだった。


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