第53話 吸血鬼PT、出立前の下拵え



 「貴方が真祖の吸血鬼になればいいの」



 妖艶な微笑みを浮かべて口にするリアに、アイリスは何を言われたのか理解できないといった顔で目を見開き、途切れ途切れにその小さな口を開いた。



 「何を仰って、上位階位は後天的な吸血鬼の上限ですわ。 それはお姉さまもよくご存じの筈、でも――……まさか、あるのですか?」



 一度は否定するかのいうに首を左右に振るったアイリス。

 しかし何かに思い至ったのか、再び上げられた表情にははっきりと"ありえない"と書かれていながらも、同時にその瞳には僅かな期待の色が含ませていた。



 リアはその言葉に頷き、前世ゲームで得た知識をこの世界に当て嵌めて、仮説を交えながらの説明を始めたのだった。



 真祖への進化条件。


 前世ゲームでは階位を中位の上限値の状態で【鮮血魔法】の熟練度を最大の10、【壊血魔法】の熟練度を最低3に至らせ、自身で手に入れた《真祖の心臓》を使用した状態で対人戦に300人に勝利する必要があった。


 これらをこの世界に法則に当てはめて、尚且つ希望的観測視点で見るなら。


 中位の上限以上であれば条件達成の可能性があり、魔法は習得していないのならリアが教え、しているのであれば熟練度を上げる為しばらく縛りプレイをさせる。


 《真祖の心臓》はこの世界に現存する真祖の吸血鬼を倒して手に入れればいいわけで、問題は対人戦の300人がプレイヤーを差すなら条件達成は不可能であり、それが人類種を差すなら条件クリアは容易だということ。



 説明を一通り、聞き終えたアイリス。

 その顔にはありえないと言いたげな表情を浮かべるも、それを話したのが吸血鬼の始祖であるリアということで僅かながらに真実なのではないかと思案顔を見せはじめる。



 「わたくしが、真祖の吸血鬼に……っ、そんな前例……見たことも聞いたこともないですわ。 ですが、始祖であられるお姉さまがそう仰るのなら」


 そう言って至近距離で見上てくるアイリス。

 その瞳には絶対の信頼を宿し、確実なことは言えないリアとしては思わず苦笑を浮かべてしまう。



 「私も――この世界では――やった事はないから確実ではないけど、恐らく可能な筈よ」


 「なるほど……。 真祖の方々の……心臓」



 真剣な表情を浮かべ、その顔に僅かに陰りを見せながらも呟くアイリス。



 「剣聖の男が口にしてたけど、今は何人くらい真祖の吸血鬼が存命してるのかしら?」


 「私が知る限り、世界戦争後から変わっていないのであれば。 3人、いらっしゃいますわ」



 アイリスの言葉に内心で驚くリア。

 進化方法が確率していないこの世界では進化ルートは存在せず、全ての真祖が天然物。

 つまり、生まれながらにして真祖なわけだがまさかそこまで少ないとは思わなかったのだ。


 ただでさえ少ない真祖を減らしてしまう事になるが首が置き換わるだけと考え、その心配を数秒後には頭の隅っこからほっぽり出す。



 「それじゃあ、どれにする?」



 問いかけるリアにアイリスは視線を落としたまま、弱気な雰囲気を醸し出しながら口を開いた。



 「本当に……可能なのでしょうか」



 まるで覇気を無くしてしまったかのように呟くアイリス。

 自分の実力をしっかりと把握し、いつも自身に満ち溢れた彼女とは思えない程に小さな背中。


 (進化できるかどうかは正直わからない。 でも、この子がやりたいというのなら私は持てる全てを使って協力するだけ。 貴方はどうしたい?)


 リアは俯く彼女の前髪を掬い、くすぐったそうに目を細めるアイリスの頬へ流すようにして手を添える。


 「確実とは言えない。 でも、貴方に至る気があるなら私は協力するわ」


 「お姉さま……はい」



 再び上げた顔は僅かに不安の色が消え、見つめてくる視線には喜びの様な潤いを見せる瞳。


 その表情から大丈夫だと確信したリアは現存する3人の真祖について聞くことにする。


 アイリスが話す3人の真祖の吸血鬼。


 1人目は剣聖が口にした真祖の女性吸血鬼で私が気になっている子。

 現存する真祖で最も強力であり吸血鬼としても枠にとらわれない変った存在で有名だとか、元魔王軍の第一軍団長で魔王亡き今の残党魔王軍の総司令らしい。


 2人目は神出鬼没である為、討伐されたという話を聞いてない事から存命だとは思うがどこにいるのかアイリスはわからないらしい。


 そして3人目。

 リアからすれば話を聞いた今、心臓を取りに行くならこの真祖一択であるのだが。

 非常に腹立たしいことに最もアイリスと関係のある相手な上、一応は本人の意見も聞いてみるべきなのだろう。



 だが、リア個人の意見として世界戦争に興味はないものの現在進行形で奮闘している一人目の気になる子より、保身に走って何もしない3人目のニート吸血鬼をやった方がいいのではないかと提案する。


 その提案にアイリス自身、最も現実的と思っていたのか黙り込みながらその表情を曇らせた。



 (あれ、待てよ? 前世ゲームでは《真祖の心臓》を手に入れる為、1人専用フィールドに存在する2つ名ネームドボスを倒す必要があった。 でもこっちではそんなフィールドは恐らく存在しない。 その場合、果たして私が手伝って条件達成になるのかな? んん、怪しい)



 「アイリス、その……ね。 至る可能性を少しでも上げるなら、私は直接力になることはできないかもしれない。 力の証明、つまり貴方が一人で真祖に勝利しないといけないわけだけど、恐怖はない?」


 「もちろん、ありますわ。 でも、本当の意味で敬愛するお姉さまを味わってみたいのです。 その為なら」



 ――覚悟はある、と。

 アイリスは真面目な表情をつくり、その赤い瞳でじっとリアの目を見つめる。



 (ひゃー! 味わうってちょっと、そういうことよね!? 私を食べたいんだよね! 他者に吸血されるってどんな気分だろう、二人の様子を見る限り気持ちよさそうよね。 なら、愛しい存在からされたらどうなっちゃうのかしら。 想像するだけで、もうっもう!)



 表面上では平然を装い「ええ、楽しみにしてるわ」と言いながらも内心では荒れ狂う精神を抑えきれず、妄想にまで至る始末。


 そんな始祖の様子に気づく素振りも見せずにアイリスはリアの胸元に頬を乗せながら「それに、」と口にしてどこか憎々し気な雰囲気を零しながら呟いた。



 「アイツは私のご主人様です。 ですからある程度はわかっているつもりですわ」



 胸に頬を乗せ、位置的に表情は見えないが声音から心情を判断するリア。


 甘える妹のようにコアラと化したアイリスの頭を撫でながら、リアは一つの提案をすることにした。



 「それは大きなアドバンテージよ。 今すぐに向かうわけではないのだし、時間がある時にでも私がPVP対人戦を教えてあげるわ♪」


 そんなリアの提案に勢い良く顔を上げたアイリスはその瞳をキラキラと輝かせ興奮した様子を見せた。



 「お姉さま自ら手解きをっ、よろしいのですか!?」


 「もちろん、協力するといったでしょう? お姉さまに任せなさい」



 そう言って意気揚々と宣言したリアに対しアイリスは困惑しながらも素直にお願いを口にして、更に強い抱擁でその小ぶりな山と柔らかい身体をぐいぐいとこれでもかと押し付けてきた。


 可愛い妹の為にも早速今後のことを考えようとしたリアだったが、唐突な欠神とそれなりの眠気に誘われ、加えて暖かく柔らかい良い匂いのする布団アイリスの効果もあったことからゆっくりと瞼を閉じていく。


 そして「おやすみなさいませ、お姉さま」という可憐な呟きが耳に届くと、徐々に眠りへと落ちていったのだった。






 快調な気分で再び目を覚ましたリアはアイリスを起こし、《カラーコンタクト・水》を黒ローブを身に着けながら、目を擦り眠たげなアイリスへと荷物プーサンを呼ぶようにお願いする。


 窓のない狭い密室空間では現在の時間がわからなかったが、レーテが戻っていないということは未だに楽しんでる最中なのだろう。


 そうであれば流石のレーテも丸1日中やってるというのは考えづらかったリアは彼女を迎えに行くことにした。



 薄暗い通路を歩きながら感じられる人の気配とすれ違う人の量に、今現在が深夜、もしくはそれに近い時間帯なんだと推察する。


 ギャリックから貸し出された部屋からレーテの借りた部屋はそこまで遠くはない為、数分も歩けばその扉が見えてきた。


 しかし、どうやらその扉の付近に何やら挙動不審でうろうろする人影が立っており、フードを被っていながらもリアの存在に気づくとソレは怒涛の勢いでこちらへ向けて走りだしてきた。


 熊の様な体格に青白い肌、向けてくる表情は怒っているのか泣いているのかわからず、口元を噛みしめながらその眼帯顔を露わにしたギャリック。



 (また面倒ごと? あんな悪相浮かべてどうしたのかしら)



 両腕を必死に前後しながら通路を駆け抜け、そしてリアの直前で急停止すると流れる様な動作でそのまま膝をつき、頭を垂れるギャリック。


 何事?と疑問を浮かべるリアにギャリックは頭を下げながら懇願するかのように叫び出した。



 「アルカード様ぁぁ! お願いしますっ、後生の頼みでぇ! あの侍女をっ、あの悪魔を早く連れて行ってくだせぇ!!」



 怒ってると思えた顔は単にこれが強面だっただけのようだ。

 ギャリックは無様にも膝をつき、まるで祈りを捧げて縋るように両手を合わせると若干目元に涙を浮かべているような気がしなくもない様子で、その野太い声を廊下に響き渡らせる程の絶叫に似た懇願をしだした。



 「どういうこと?」


 「い、いかれてやがるっ。 あっあいつ、昨日の夕方から休みなく。 た、絶え間なく聞こえるんだよぉ、教皇ヴィルヘルムの野郎の叫びと唸り声が! それだけじゃねぇ……絶叫と懇願、懺悔と祈り、んであの狂った女の嘲笑と罵倒が! このままじゃっ、頭がどうにかなっちまう!!」



 祈るような両手はいつの間にか頭を強く抱え、震える声音は涙声を含ませながら思い出すように語るギャリック。


 その様子に全貌を察したリア。


 ちょうどいい機会でもあった為、突然に依頼を増やした報酬の追加と依頼の受注を同時に行うことにした。


 揺さぶるなら精神が弱ってる今であり、お願いしてくる程に切羽詰まっているのなら、些細な要求などいくらでも吞んでくれるだろうという考えからである。



 「ふぅん、ちょうど出る予定だったし……いいわよ。 ああ、それとあの貴族送り届けてあげるわ」



 脈絡のない突然の依頼の話により、ギャリックは僅かに上げた顔に怪訝な表情を浮かべる。



 「でもタダというわけには、いかないわよね? 追加の報酬、前払いよ」


 「え、は? 前払いっ? それは、ちょっと……」


 出し渋る様子のギャリックにリアは眉を顰め、一番布面積の多い所を掴み上げる。


 「それじゃあ、一緒にあの子迎えにいきましょうか」



 高ステータスにものを言わせ、リアの頭2個分は開きのある体格のギャリックを強引に引きずりだす。


 そんなリアに対してギャリックは呆けた様子から慌てて皺を増やし、力いっぱいに踏ん張り始めるが抵抗などまるでないようにズルズルと引きずられていく。



 「――っ、ぐぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 ギャリックの抵抗空しく、レーテのいる筈の扉とは徐々に距離が縮まっていき、やがてその部屋の内部の音が聴こえてくる程に迫ってきていた。


 「ひぃっ」と掠れた声を漏らし、ガタガタと震えだすギャリックは本格的に恐慌状態に陥ったのだろう。


 引かれる服を脱げばいいだけの話なのに両手で力一杯に抵抗の姿勢を見せ、仕方なくリアは足を止め振り返ると、無様な豚に最期の慈悲を与えてあげることにした。



 「最期のチャンスよ。 あ、でも口答えしたんだし、増額ね。 報酬は5割マシ、お返事は?」


 「ぁ、わかった、わかったっ! だから、本当……勘弁してくれぇ」



 みっともなく強面の顔を皺くちゃにしたギャリックに、リアはあっさりと手を放す。


 するとギャリックはすぐさまリアから、そして部屋から逃げる様にして一目散に通路を走り出したのだった。


 (あら、逃げられちゃった。 でもまぁ初対面の時に私が受けた屈辱に比べれば、こんなのまだまだお釣りが来るほどに優しい対応よね。 ――さて)



 リアは振り返り、通路を歩き出すと絶えることのない扉越しから聴こえてくる絶叫を気にした様子もなく、平然とその扉をノックした。


 すると叩いた瞬間にピタリと叫び声は止まり、後から微かに聴こえてくるのは弱々しい呻き声。


 【戦域の掌握】から2つの反応を感知して、その内の一人が扉の先まで速足で歩み寄って来るのを感じ、思わず口元を緩めてしまう。



 ノックから3秒もしない内に扉は開かれると、そこには何事もなかったようにいつものクールな表情を浮かべるレーテが顔を見せたのだった。


 しかし、いつもと変わらないのはレーテのその美しい顔だけであり、身に纏う衣類や手足の先、彼女の背景として映り込む部屋の内装はその全てを真っ赤に染め上げていた。



 (これだけ出血して絶命してないということは……あぁ、そういうこと。 教皇を眷族化させたのね。 確かに自然治癒リジェネで回復はするけど、あれにレーテの血を与えたと思うと何だかもやもやするわ)



 部屋の規模はリアとアイリスが居た部屋より小さく、ベッドを3つ置けるかどうかという規模ではあった。


 しかし、その至る所に夥しい血痕がこびり付き水気のある生々しいものまで見えることから、この部屋を赤く染め上げたのは間違いなく教皇のそれだろう。


 正直、リアとしてはこの状況に思うことはなく前世ゲームでも《描写設定》は完全再現というリアルに忠実な設定にしており、これ以上に中々な光景も見たことはある。


 だが、強いて言うのであれば教皇の嗚咽とうめき声、漏れ出した尿の匂いや老人の血の匂いなどは、中々に受け付けづらいものがあった。


 それでも目の前の愛する彼女の満足そうな様子を見れば、それすらリアにとっては些細なことに早変わりするのだが。



 「楽しめたようね。 でも……しっかり休まないと貴方の身体が心配だわ」


 向かい合って全身を見渡し、その様子から一睡もせずに教皇を甚振っていたのは想像に難くない。


 「はい……ご心配をおかけして、申し訳ございません」



 愛おしくも世話のかかるメイド、そんな彼女に眉を顰めながら微笑みを浮かべるリア。


 レーテは申し訳なさそうに首を垂れると数秒の沈黙を見せ、やがて心身共に落ち着いた様子で突然その場で跪き出すのだった。



 「リア様。 長年の宿願でもあった教皇への復讐の機会をつくってくださり心より感謝致します。 今より私の全ては余す事なく、貴方様のものです。 どうか、この忠誠をお受け取りください」



 首を垂れるレーテにリアは思わず数秒黙って見つめると、その頬に手を添え顎を上げさせた。



 「ちゅっ」


 「んっ」



 途端に顔を上げられたことで瞼を開こうとするレーテだったが、そんな彼女が瞼を開くより早くその美しい唇をいただくことにするリア。


 舌は侵入させ味わうことはせず、ただ唇を合わせるだけのソフトなキス。


 数秒立つと唇を離り、少しでも付着した唾液を舐めとろうとリアはチロリと口元に舌を這わせる。



 「これで貴方は私のモノ。 誓いのキスというやつね」



 妖艶な笑みを浮かべて見下ろすリアに、レーテは唖然とした様子で瞬きすら止めて数秒固まってしまう。


 そんな彼女の可愛い様子に、とても後ろの背景を作り出した存在と同一人物には見えず、笑みを浮かべてしまうリアたったが、ふと本来の目的を思い出し口を開いた。



 「依頼は受けることにしたわ。 出発を伝えに来たんだけど、終わりそう?」


 「あっ、はい、早急に終わらせます。 その、1つだけお願いがございます」



 言いにくそうに眉を顰め、口籠った様子で話すレーテ。

 今回の件を除いて普段は従順すぎる程に言うことを聞く、彼女からの滅多にないお願い。


 リアは嬉しくなり浮かべた笑みを深めながら「何かしら?」と問い返し、端的に願いを口にするレーテに快く頷いたのだった。



 「そのくらいお安い御用ね」

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