第46話 始祖VS聖なる英雄



 遠目に見える聖母は赤髪を靡かせ、微かに煌めいている金色の瞳を間違いなくリアへと向けている。



 アレと私の距離はそこそこあり、中央広場丸々一個分はある筈なのだがあの挙動と顔の向きは間違いなく、私を感知している動きだ。


 まさかあまり期待してなかった聖母に感知され、思わず漏れてしまった称賛の声。



 「リア様?」


 「どうやら、一足先に気づかれてしまったみたい」



 怪訝な声音を出すレーテはリアの言葉を聞くと、瞬時に広場の先へと目を向けた。



 (何の固有能力アーツスキルかな? 【過敏な感覚】?【悪意なる視線】?《視線広域探知》? この距離から何かしら感知するならそのくらいだけど、どれもあの聖母が持っているようには見えないわ。 まぁ、隠密系統の能力は一切使ってないからしょうがないかな)



 リアは思わず笑みを浮かべてしまい、聖母に目を向けていると彼女は周囲へあからさまに強化効果バフの魔法を詠唱し始める。


 そしてそんな聖母を置いて傍らに佇んでいた一人だけ漆黒の鎧を身に纏った騎士が、途轍もない速度でリアに目掛けて疾走し出した。



 駆け出しからの加速そして向かってくるまでの疾走は、この世界で一度としてリアが見たことがなかったマシなそれ。



 「あれは……剣聖ッ。 リア様、あれは英雄です」


 「そんな顔しないで。 偶然、攻撃が教皇あの男に当たるかもしれないけど、どうせ全員やることになるのだから」



 雰囲気から緊張を漂わせるレーテの態度、そして事前にアイリスから聞いていた聖王国の強者。


 その態度からアレが居たから今まで彼女達は聖王国に手が出せなかったのではないか、という可能性を考えるリア。


 今になって考えても意味はないことだが、ふとそんなことを思い至った。



 しかし、幾ら英雄だろうが強者だろうが今回は本気であるリアからすれば脅威ではない上、一人で突貫してくるのは自信の表れなのかもしれないが、リアからすれば無謀の一言に尽きる。


 だがそれとこれとは別に、漸く最低限のまともなレベルが見えたことで湧き上がる高揚感は止まらなかった。



 (やっぱりあの黒鎧が英雄だったのね!! 始めて見たけど……なるほど、剣聖かぁ。 ちょっと遊びたいけど我慢よリア、今回の目的は教皇であって英雄じゃない。 さて、どうしようかな)



 目に見える先では白と金を基調としたこの国で、一人だけ黒い鎧を身に纏った騎士が桁違いな速度で迫って来ており、兜を被らず白髪の素顔を晒していることから余程な自信があるのだろう。


 10秒もしない内に、何か起きたのかと動揺する民衆の中を疾走し、遂には目と鼻の先にまで距離を詰めてくる剣聖。



 刹那の時間目を向けていたつもりだったが、【戦域の掌握】内に雷光の如く侵入してきた魔力を咄嗟に感知し反射的に避けるリア。



 次の瞬間、リアが立っていた場所には高熱の雷撃が轟音を鳴り響かせながら炸裂し、屋根の一部を焼け焦がしながら周囲へ破片を撒き散らした。


 軽いステップで避けたリアだったが攻撃はそこでは終わらず、領域内に連続して侵入してくる高魔力反応を次々と感知する。



 (どうやら、聖母はバフをかけ終わったみたいね)



 【鮮血魔法】《凝血化》《漆喰ノ剣》―― 黒獅ノ血剣



 瞬時に口元に指を入れ、振り払った血で長剣を造るとその刀身に黒く禍々しいオーラを纏わせる。


 そして瞬きする間のなく瞬時に領域内の複数存在する魔力を感知し、同じ出力同じ向きにて剣を払い、罰印のような黒い軌跡を宙へと描いた。


 聖属性の魔法は禍々しいオーラを纏った血剣と衝突し、本来であれば魔法効果がその場で発動され迎撃したリアに被害が及ぶはずだったが。


 現実として起きたことは禍々しいオーラはまるで生き物の如く、瞬時に光り輝く魔力を覆い尽くしその効果を無効化させたのだった。


 だが、攻撃はそこでは終わらず、剣を振り払った姿勢のまま次の魔法が放たれる。



 「次は聖母、あのクラスの攻撃手段は少ないし。 まぁ、そうするわよね」



 遠目からこちらに目掛けて撃ってくるは光の火球に聖属性を纏わせ、身の丈以上の規模で放たれた【浄火魔法】。


 だがリアはそれすらまるで道端を平然と歩くような顔を浮かべ、歯牙にもかけずに放たれた魔法とまたしても、同じ出力同じ角度で斬り払う。



 時間にして僅か数秒で行われた、中級以上の連続魔法の相殺。


 避ける姿勢でそれを目にしていたレーテはフードの中で目を驚愕し、眼前の光景を信じられないものを見るかのような反応を見せていた。


 そして振り返るリアの後方を見て、また別の意味で焦りを露わにする。



 「リアさ――」



 レーテが反応するよりも速く、リアは振り払って相殺した剣を宙で放すと逆手に持ち替え、銀の軌跡の軌道に割り込ませた。


 鳴り響くは耳を覆いたくなるほどの甲高い金属音。




 最も近くに居た存在は平然とした顔で受け止め、殺した後の幻視を見ていた白髪の男は驚きを隠せず目を見張らせる。



 風圧により僅かにリアのフードが揺らめき、その瞬間スロー再生される映像の様な感覚で。

 陽光の反射によって射された深紅の瞳と男の碧い瞳が交差した。



 まるで肉食獣の様な鋭い瞳を向けていた男はすぐさま持ち直すと、白銀の両手剣を引き次の一手を繰り出す。


 宙に実体のない軌跡のみを残し、あらゆる角度から数多のスキルや固有能力アーツを織り交ぜ神速の斬撃を幾つも振り出すも、その全てをそれ以上の力で弾き返すリア。


 白と黒の軌跡が何重にも宙に描かれ、火花を散らしたと同時にけたたましい音を周囲へと鳴り響かせるが、それは絶え間ない連続衝突によって音程の落ちない音と化していた。



 瞬きする間もなく衝突する白と黒は、1秒の間に数えきれない程の剣戟を繰り出し、発生させた衝撃波は鋭利な斬撃となり、広場や周囲の建造物へと撒き散らされる。



 リアの純白のローブには傷どころか汚れ一つ見当たらないが、相対している剣聖の漆黒の鎧には白い切り傷が無数に見られ、露わにした左頬にはたった今、一本の鮮血が生まれた。



 男が並みの実力か今以下の反応を見せていれば、その首を確実に宙へと飛んでいた筈だったがそうはならなかったことにリアは口元で笑みを浮かべる。


 (あれ? 首を刎ねたつもりだったのに……うん、合格)



 剣聖は頬に傷をつくった時点で剣を引き、何よりもリアと一定の距離を取ることを優先させた。



 (レーテは、隙を見て動き出したみたいね。 無理をしないで欲しいけど、大丈夫かな?)



 後方から離れた気配を剣戟中に感じては居たが、事前に示し合わせていたとはいえやはり心配なものは心配だ。



 足場にしている屋根の瓦は直接踏んでいる場所以外全て、風圧によって剥がれており。

 中央広場へ目を向けると、視界一杯に敷き詰められていた人の波がリアの立つ家を大きく避けるように扇状に空白をつくっていた。



 「はぁ、はぁ……貴様、何者だ」


 「……」


 息を微かに荒げ、白い眉を潜めながら睨むように問いかけてくる剣聖。


 ウルフカットした短髪の白い髪に碧い瞳、見た感じ皺がそこまでない事や直感として歳は40代程だろうか、と考えるリア。


 返事を返さず無言を貫くリアに憎々し気な表情を見せると、獣の様な鋭い目を真っすぐに向け更に口を開く。



 「それ程に禍々しい力を持つ吸血鬼。 加えて、女人の真祖。 奴以外には居ない筈だが……狙いは大聖女様か?」



 問いかけるような口調で話す剣聖にリアは答えずそのまま攻勢に出てもよかったが、気になる単語に加え、思った以上に楽しめたリアとしては半分正解でも合ったことから少しだけ答えることにした。



 「当たらずとも遠からず」


 (聖母に関しては見に来ただけだけど、半分正解ね。 それより、女性の真祖って居るの!? え、すっごい会いたい、というか欲しい! 聞いたら教えてくれないかな? でも、見るからに堅物そうだし難しいかなぁ)



 内心では興味津々だったリアだが、目の前の聖騎士を見て期待できそうにないと肩を落とす。


 一方、リアの最低限の返答に返ってくるとは思わなかったのか、一瞬ではあったが眉をピクッと跳ねさせ表情と声を強張らせながら口を重々しく開いた。



 「先刻の森の大災害……、アレも貴様の仕業か?」


 「……悪気はなかったわ、寝ぼけていたのよ」



 本人は至って真面目な質問なのだろうが、リアからすれば掘り返して欲しくはない黒歴史。


 しかしあまりにも深刻そうな表情で聞いてくるものだから、つい答えてしまったがこれ以上は聞かないで欲しいと剣を持つ手に力を入れる。



 「っ、寝ぼけていた、だと?」


 「……ぇ、ええ」



 気まずい状態になったリアは視線をなんとなく剣聖から逸らし、何気なく男を観察してると漆黒の鎧の胸元に『Ⅰ』という数字があり、目が吸われる。


 (あれ、聖騎士の番号よね。 ということはこの男が聖騎士の第一席であり、この国の要。 なら殺さない方がいいかな? 直ぐに殺してしまったら教皇が逃げる可能性があるし、必ず手が届く距離になるまでは殺さず逃がさずを維持しょう)



 リアの返答に眉を顰め、整ってきた息で何かに思い至ったのか、「寝ぼけていた。 ……休眠から目覚めた真祖か」と納得したように一人で呟く。


 そして白銀の両手剣を片手に、切っ先をリアへと向けながら殺気の濃度を更に高めて睨みつける目を向けてくる剣聖。



 「貴様は危険すぎる、ここで滅されよ」



 両手剣の刀身が白く淡い黄色を含んだ光を放ち始め、その魔力が高まるのを感じると剣聖自身の存在感ステータスが増したように感じる。


 向けられる殺気と感じられる気迫。


 どちらもこの世界に来てから感じたことのない程のレベルを当てられ、沸々と浅い所で満足していた高揚感が徐々に収まりを超えてくるの感じた。



 「それは嫌♪」



 久しぶりの必要最低限以上の戦闘に気持ちが高まり、思わず上機嫌に返しながら血剣を構えるリア。


 しかし、楽しくなってきたとしてもリアの目的は変らない。


 目の前の剣聖の目は引けているのだから、後に残ったその他全ての注目を集める為にも、もっと大胆に激しく被害を撒き散らそうと認識を改める。



 決意を新たにしたリアだったが、耳に僅かに空気を弾くような音が聴こえ、考えるより先に咄嗟にその場から飛びのく。


 すると、リアが立っていた場所には突如として光の柱が立ち昇り、空中で周囲を見渡すと数えるのが億劫になるほどの騎士や神官がリア達を取り囲こんでいたのだった。



 「クレイブ卿!」



 地面へと降り立った時には、囲んでいた聖騎士の内の一人が声を上げる。

 胸元に『Ⅱ』という数字があることからあの茶髪の男が第二席なのだろう。


 それ以外にも。



 「クレイブ様が押しきれないだとっ!?」


 「包囲網陣形展開しろ! 十光以外の騎士は距離をとれ!」



 無数の白銀の騎士、その中でもちらほらと見えるは胸元に『Ⅲ』『Ⅴ』『Ⅵ』『Ⅶ』という数字を付けた聖騎士たち。


 それ以外にも白の修道服やキャソックを身に纏った神官が周りの騎士達に強化効果バフを施しており、その横少し後方には赤毛の女、聖母が立っていた。



 (【戦域の掌握】の外だからわからないけど、粗方国の実力者は勢揃いって思っていいのかな? じゃあ教皇は――)



 リアが周囲へと目を向けているのを感じ取ったのか、瞬時に距離を詰めて懐で両手剣を振るう剣聖の一撃を血剣にて受け止める。



 けたたましい音が周囲へと鳴り響き、顔を顰め鬱陶しそうな表情を浮かべる剣聖。


 防がれたのを認識すると同時に両手剣を瞬時に引き寄せ、その場から飛びのくと手元の剣に魔力を込め出す。


 そして瞬く間に白銀の剣が眩い光を放ち始めると、剣聖は獣のような瞳を光らせ決死の表情でそれを振り下ろした。



 放たれるは神聖さを帯びた神々しいほどの光の斬撃。


 風を斬り地面を抉り、魔法と同等かそれ以上の速度で迫りくる無数の斬撃。


 リアは《漆喰ノ剣》に込める魔力を高め、それと同時に黒獅ノ血剣に纏わせた禍々しいオーラを肥大化させると、何事もないように斬撃に向かい合わせ相殺させる。



 剣聖は相殺される可能性を考慮していたのか、僅かに息を荒げながらも驚きをあまり表情には出していなかったが、その周りはどうだろうか?


 リアは一番近くに居る聖騎士の下に疾走するとその呆けた表情に、何も思うこともなく無慈悲に首を跳ね飛ばす。


 胴体を失った首は宙に舞い、放心状態で視線を動かすことしかできない者達の目は一点に集中される。



 だが、認識できたから行動に移せるとは限らない。



 一人、二人、三人と、数を増すごとに鮮血が戦場を染め、徐々に放心状態から動き出す者達も居たが、一瞬で戻れないならそこまで。



 あまりにも遅すぎる対応にリアは一切の慈悲も手加減もなく戦場を駆け巡り、虐殺という名の蹂躙を続け、被害を拡大化させていく。


 経験の差だろう、放心状態からいち早く戻った聖母は完全に冷静でないにしろ【加護魔法】による急所攻撃保護クリティカル防止、出血保護、防御力上昇を周囲の騎士や神官に付与し始める。


 そして、リアを目で追えないながらに【浄火魔法】を広域化させ、僅かに見えている軌跡を頼りに攻勢にもで始めた。



 それらの行動は他に比べれば幾分かマシではあったが、聖母というクラスで考えればあまりにもお粗末な行動。


 【加護魔法】をかけることは正解だが、掠るどころか見当違いな方向への魔法はただの魔力の無駄遣いでしかない。


 そうするくらいなら戦力にならないものは見捨て、少しでも勝ち筋がある存在で固まり体勢を立て直したほうがよっぽど賢明だろう。



 (まぁ、聖母とはレベルが違いすぎて無理難題ではあるけど。 この場で私をどうにかするなら、剣聖をバフ盛にして抑えきれることを願って神官でダメージを取るしかないわけだけど。 無理よね)



 そんな事を頭の片隅で考えながら、半作業的な思考で瞬間移動の如く速さを持って戦場を駆け巡り、神官の一人に対して認識しづらい角度から攻撃を加えようと剣を振るった。



 (これで、半分くらいは減らせたかな? そろそろ教皇を――)



 本人からすれば通常攻撃、しかし傍から見れば視認はおろか認識すらできない別次元な神速の斬撃。


 それは標的を確実に死に至らしめるものではあったが、突如として割り込んだ聖光を纏う影に阻まれることとなった。

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