第45話 聖神への祈祷、挙行




 先日の下見の時と変わらず、始祖はげんなりしていた。


 しかし先日の時と違う点といえば、歩きながら繋ぐ手には愛おしい存在のすべすべとした暖かな手が握られていることだろう。



 「昨日も大概だったけど、今日も人の波が鬱陶しいわ」



 宿を出てから歩き始め、既に30分以上が経過しているがリアの考えていることは一つとして変わる事はなかった。


 そんな彼女に引かれるようにして後を付いてくる者。

 背筋をまっすぐに伸ばし、白いローブ越しでもその佇まいが洗練されてると一目でわかるほど、全ての所作が美しいリアのモノ。


 黒髪美人メイドであり、重ねて言うがリアのモノであるレーテはそんな始祖の愚痴に言葉を返してくれる。



 「では、消しますか?」



 いつも通り淡々とした口調ではあるが、その声音には若干の心配が含まれているのを感じ、フード越しでもわかりやすいよう少しだけ大げさに首を振るう。



 「まさか、ただ言ってみただけよ。 今はまだやらないわ……今はまだ、ね」



 大切なレーテの大事な日に、リアのわがままで全てを台無しにしてしまっては謝っても謝りきれない。


 今日のリアは本気であり、目的達成を何よりも重視しているが故に、多少の自分の感情や優先度は後回しなのである。



 溢れるような人混みの中、肩や体の一部がどこかしらぶつかるのが当たり前の状態でリアは僅かな隙間を縫うようにして、レーテの手を引きすいすいと進んで行く。


 それは住人や国外から儀式を見に来た常人には何かが通った程度にしか認識できず、そんな速さで移動するリアもリアだが、それに付いていけるレーテもやはりそれなりの実力者であることが窺える。



 通行人の通常の進行速度と比べ十倍以上の速度で移動しているとやがて見えてくる中央広場。



 そこには既に遠目にも一目でわかる程、聖神教の関係者らしき者達が夥しいほどの数が見えた。


 一般人とは明らかに違う装い。

 それらは聖職者らしい白や黒のキャソックを身に着け、少し見渡せば両の手では数えきれないほどの白銀鎧を纏い剣やランスを携えた騎士達が佇んでいる。



 「ふふっ、随分と居るわ。 でも人が多すぎて……つい殺っちゃいそう。 移動しましょ」


 「……はい」



 広場に背を向け、別の見晴らしの良い場所へと移動しようとするリア。

 その後ろでは、広場に目が釘付けになったレーテが珍しく、生返事のような返事を返すのだった。



 移動するといっても周囲に人が居ないとこ、それでいて視界をしっかり確保できる場所ということで、そんなに動くわけではない。


 リアはどこか思い詰めた様子のレーテと中央の広場全体が見渡せるそれなりに高い建物の屋根に上っており、広場に視線を落としたまま動くことのないレーテに歩み寄った。



 「肩に力が入り過ぎよ」


 言われて気づいたのだろう、レーテはハッとしたように肩を震わせると頭を垂れ項垂れるように口ずさんだ。


 「……申し訳ございません。 ですが、自分ではどうしようも」



 別に謝って欲しいわけじゃないのだけど、でも無理もないのかな。


 リアは当事者ではないから想像しかできないが、何十年もの永い時を忘れずに居た存在。


 それも半ば諦めていた復讐相手を見ることのできる機会に加え、――必ず叶えてみせるけど――もしかしたら復讐が出来るかもしれないこの状況。


 確かに当事者だったら落ち着いてもいられない、今すぐにでも駆けつけて復讐を遂げようと思うのが普通だろう。 私でもそうする。



 「話を聞いたからにはもう貴方だけの話じゃない。 私も貴方ほどではないにしても同じ気持ちよ。 あとは相手の出方次第ね」


 問題は復讐相手である教皇というのが聖神教のトップであり、それが用心深かったり狡猾だった場合に復讐そのものが果たせない可能性が出てくること。


 いくら戦闘や狩ることが得意なリアでも居場所がわからない存在はどうすることもできない。


 通常であれば祈りの儀式に宗教のトップが出てこないわけがないのだが、今日までレーテに聞いてきた限り、随分と用意周到な男のようにも思えた。



 しかしそれはリアの考えであり、隣に立つレーテの考えは違ったようだ。



 「はい、ありがとうございます……リア様。  ――奴は、必ず今日出てきます」



 どこか確信した様子で断言するレーテ。

 フードから覗かせる愛おしい顔の綺麗な赤い瞳、そこには強い想いと意思を感じさせ赤く煌めかせている。


 彼女がそういうのであればそうなのかもしれない。

 リアは微笑を浮かべ頷くが、それでもどこか気持ちの焦っている彼女の為にも言っておかなければいけないと少しだけ真剣な表情をつくる。



 「そうだといいけど、もしもの時の状況も考えなければいけないわ。 仮に出てきたとしてもこれだけの警戒態勢、闇雲に行っても確実性に欠けるもの」


 「……」



 耳を傾けながらも黙り込んでしまうレーテ、リアは無意識に困ったような笑みを浮かべてしまう。


 いつもであれば頷くか返事を返してくれるレーテだが今回は内容が内容なだけに、長年の宿敵とも言える相手を眼前にして、気持ちの整理が追い付かないのかもしれない。



 (でも、それはちゃんと自分でもわかってるみたいね。 ――もう、可愛いいなぁ)



 復讐相手を眼前に焦り逸る気持ち、また今すぐにでも飛び出したいけど自身の力だけでは成し遂げることは困難だと、理解してるこそ沸き起こる歯痒い気持ちと無力感。


 そんなレーテは同じ身長でありながら、まるでどうしたらいいかわからない迷子のような面影がリアの目には映り、どうしようもなく堪らない気持ちが湧き出てくる



 「落ち着いて、レーテ。 貴方には私がついてる、貴方の復讐は必ず叶うわ」



 どこか悲愁な気配を感じさせるレーテにリアは正面から抱きしめ、耳元で慰めるように優しい声音で囁きかけた。



 どれだけそうしてたか、そう長い時間していたようには思えないリアだったが。


 屋根の下に集まる人の数を目にし、内心ギョッとしながらも抱きしめた先から伝わってくる落ち着く体温と甘い匂いに、上書きされるように口元を緩ませた。



 そうしていると胸元で幾分かいつものレーテに戻ったような気配を感じ、抱きしめる力を少しだけ緩め隙間を開ける。



 「申し訳ございません。 もう、大丈夫です」



 呟きながら顔を上げるレーテ。

 至近距離でフードの中から顔を覗かせたレーテは能面な氷が解けたように照れを浮かべ、口元を僅かに緩ませた微笑みはいつもよりはほんの少し、深い微笑みに見えた。



 (え、えっ? なにっその可愛い顔!? えぇぇ、クールな美人さんがそんな甘える様な顔しちゃ駄目よ、本当に我慢できなくなるわ!!  終えるまでは我慢しようと思ったのにー、もうこの可愛い美人メイドめ!)



 超ド至近距離で基本的に無表情なレーテが浮かべる照れたような微笑み。

 それは心の胸に突き刺さり、ギャップ萌えによる胸の痛みによってリアは内心で歓喜の声をあげていた。



 「そう? でも私は全然、大丈夫じゃないわ。 貴方がいけないのよ」


 「リア様……?」



 普段に比べ表情が緩くなったレーテはキョトンとした顔を浮かべ、そんな表情に更にブーストがかけられるリア。


 彼女が理解する前にその口元に吸い寄せられていき、リアは周囲の騒がしい雑音を遮断して合わせられた唇にだけ集中する。


 それは本来であれば難しいかもしれなかったが、興奮と愛おしさが限界を超えた今のリアであれば造作もないことだった。



 「ちゅっ、……んっ、そんな……、可愛い顔しちゃって」


 「んぅっ、……可愛い、……って、はぁ……んっ」



 合わせられた口元から感じられるは驚くほど柔らかな唇の感触。

 舌を少し這わせて僅かな隙間に侵入させれば、無限に感じられる湧き出るような甘くて癖になる味。


 胸から溢れだす想いを余すことなく発散するように、目の前にいる極上の果実を味わう。


 しかし、唐突に現実に引き戻されたリアは名残惜しくも果実から舌を抜くと残念そうに眉を落とした。



 「……んっ、はぁ……残念」


 「はぁ……はぁ、んっ、……リア、様。 っ急すぎます」



 困った顔を浮かべながらも満更でもなさそうなレーテに口元を緩め、そして。

 急激に冷やされた熱のように、中央の広場へと冷たい視線を落とすリア。



 視線の先、眼下に広がる中央広場の最奥には明らかに他の者たちとは一線を画す、煌びやかな一団がその姿を現したのだった。



 先頭を歩くは白銀の鎧に金の装飾を施した一団。


 兜まで被り完全武装を施しているそれらが持つは白と金で彩られた女神像のような模様であり、示し合わせたように進行するそれらは広場に入場すると2列に分断して広がっていく。



 そして後方から姿を見せるは、白を基調とした修道服のような装束を身に纏った赤い髪の女性。


 続いて現れた存在を目にした時、ギリッと歯軋りの音を響かせた隣のレーテ。

 感じられる気配が数段跳ねあがり、その性質を荒々しいものへと豹変させるを感じた。



 「ルクセンスッ、ヴィルヘルム……!!」


 「……どうやら、貴方の待ち人も無事に見つかったみたいね。 ああ、あれが。 それじゃあ、その横の赤い髪が」



 ――聖女ね。



 赤い髪、そしてあれは……金色の目? ……ああ、そういうこと。


 リアの中では既に聖女は人違いであるということは結論付いており、その姿に落胆する気持ちはないわけではないが、それよりも納得の方が大きかった。


 前世ゲームでは聖女というクラスから決まった数値まで性向値を上げ、更に特定の条件を満たすことで《聖母》という聖女の上位クラスへと進化させることができた。


 スタイルに大きな変化はなく、どちらかといえば既存のスキルや固有能力アーツの純粋強化であり、加えて《聖母》特有のパッシブが与えらえる。


 その効果は戦闘に直接関係するものではなく、人類種NPCの好感度が上がりやすいというものだった。


 サブクエストやサブストーリー、それらを楽しみ攻略に精を出すプレイヤーからすれば喉から手が出る程欲しいパッシブではあったが、戦闘系からすれば不要なものであり、人類種にしか効果がない為微妙な評価となったクラスだ。



 そんな聖母ではあるが特徴として、クラス進化すると燃えるような赤い髪に金の瞳へと外見が変化する特殊仕様があった。


 もちろん、その仕様はプレイヤーが適用の有無を決められたわけだが。


 つまり目の前の聖母も元は聖女であり、その頃の情報をグレイが持っており、最近になってクラス進化したということだろう。



 (はぁ……どうしてそこまで考えが至らなかったのかな。 いや、特殊仕様を適用する人がそもそも居なかったから、そんな考えに至らないよ。 全く、そんなのわかるかぁぁ! そもそも私、吸血鬼だし! でも、大聖女を騙ったのだからその罪は償わないとね)



 誰もが忘れるレベルの仕様に内心で文句を言いながらも聖母を睨みつけ、そしてその周辺へと視線を向ける。



 聖母の横に佇む、長い白髭を垂らした老人。

 頭には五角形の形をした司教冠より豪華な造りの帽子を被り、身に纏うは白く金の装飾が施されたカズラ。


 遠目であることから表情までは良く見えないが、登場によって騒めき騒ぐ民衆に大らかに手を振っていることから外面はいいのだろう。


 だが、その動きは何処か胡散臭く、予めレーテから情報を貰っているからそう感じるのかもしれないが嫌いになれそうで安心するリア。



 横目にちらっとレーテに目を向ける。


 彼女は静かに目を向けているだけではあるが、今にも飛び出しそうな雰囲気があり、肌にピリピリと感じられる怒気と憎悪は彼女の心境を表していた。



 「そろそろ始めようかしら。 全ての目は私が引き受けるから、貴方はタイミングを見て教皇を、ついでに余裕があればお願い対象を拾って来て欲しいわ」


 今の状態で待たせるのも忍びないし、リアとしても早く果たさせてあげたい気持ちはある。

 そんなリアの言葉に一瞬硬直して、思い出したように静かに深呼吸を繰り返すレーテ。


 「……はい、お願い致します」


 冷静になりきれてはいないだろうが、瞬時に切り替えれるのは流石といえる。

 リアはそんなレーテにもう一度抱擁を交わし耳元で静かにゆっくりと囁く。


 「無理はしないようにね、貴方が無事なのが一番大事。 私を信じて、ね?」



 宿敵を前に激昂するも飛び出さなかったレーテなら大丈夫だろうと安心し、またも騒めき出す広場へと目を向けるリア。



 そこには先日の下見の時に見た、異端者の磔場所へと連行される囚人のような列。



 数は昨日の倍以上になり、恐らくその中に豚がお願いした人物がいるのだろうが。


 (お願いに関してはついでだから、頑張って耐えて欲しいけど……難しいかな?)



 眼前には磔にされた者から、儀式を見に来た住民から石を投げられ始め、あの量でこれから数時間持つとは思えない。



 そんなことをぼんやり考えて目を向けていると、聖母の女が手を広げながら磔にされていた異端者の前へと躍り出たのだった。



 ピタリと止む投擲と騒々しい罵詈雑言。

 聖母の女は住民に何かを訴える様に胸に手を当て、必死な血相を浮かべて目元に涙を流し始めた。


 リアはその光景に虫唾が走るような感覚で、まるで悍ましい何かを見たような目を向けてしまう。


 (は? え、なにあの茶番……。 胡散臭、ていうか何であの聖母が悲劇のヒロインぶってるの? え、どういうこと……?  もうこの国、早く滅ぼさなきゃ)



 涙し必死に訴える聖母に寒気を感じながら、そろそろ行動にでようかと思った矢先。

 リアが黙って視線を聖母へと向けていると――



 「っ! ……へぇ」



 民衆に訴えるように口を開いていた聖母の動きがピタリと止まり、それなりに距離がある筈のリアへとその目が向けられたのだった。

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