第44話 始祖、決めちゃいました



 私の存在が吸血鬼だということを今日が一番、実感できたかもしれない。



 そう思ったリアは騒然たる大通りを歩き、周囲から絶え間なく聴こえてくる音に僅かに顔を顰めた。



 視界に入るは馬車が横並びに数台は通れると思えるほどの、大通りに溢れかえる人の群れ。


 何処を見ても人間の姿がありその容姿や恰好、持ちうる特徴からある程度はその人物の人となりや遍歴が見えてくる。



 歩きながらフード越しに入ってくるは体格よりも大きなバッグを背負う者や、腰に剣を携え動きやすさ重視の軽装を纏う者。


 先程から何回かすれ違うはこの国の聖騎士と言われる存在であり、国が国だけにやはり黒のキャソックを身に纏う聖職者もよく目にした気がした。



 それらはほんの一部にすぎないが、つまり何が言いたいかというと――



 人口密度がやばいです。



 リアは約1か月と少し振りに昼間の街を歩いた気がするが、これ程までに都市には人が居たのかと思ってしまうほど内心で驚愕を露わにしていた。



 だがしかし、それは当然のことなのかもしれない。


 何といっても明日は待ちに待った"聖神への祈祷"が行われる日なのだから。


 レーテの過去を知り、彼女の復讐を遂げる代わりに前払いとして今日に至るまでの全ての夜を存分に満たし満たされイチャイチャしたのだから、リアとしても今回は本気で入念にとりかかるつもりではあった。


 故に、ここ3日間は睡眠時間を何とかずらし、活動時間を捻じ曲げたのである。



 (正直、二人が居なかったら難しかったかもしれないよね。 私には悪癖……というか、うん。 記憶が飛んで色々やらかす時があるし)


 苦虫を噛み潰したような表情を無意識に浮かべ、ネガティブっぽい考えになってきそうなので慌てて追い出すように頭を振り払う。



 今にもこの場を離れて、宿の一室で愛しい二人とイチャイチャしたいがそれはできない。


 何故なら今日は"聖神の祈祷"の前日ということもあって、当日の動きを決める上で必要な下見に来ているのだから。



 今日のリアの装いはいつもと若干違った。

 それは昼間である都市では黒いローブだと目立ってしまうことから、今回は染み一つ無い純白のローブを身に纏っていたのだ。


 もちろん、瞳には《カラーコンタクト・水》を装備している為、今のリアは誰がどう見ても人類種の女性であり、治安も良いことからかナンパや変な絡みがないことにだけは満足していた。



 「でも正直、この聖域は鬱陶しいわぁ」



 先程から、――何故か宿に居る時はあまり感じられない――聖域の弱体効果デバフによってリアのステータスは体感で全体の1割ほどの弱体化を受けていた。



 (それと……)



 リアは手元へと視線を落とし指先を爪で傷つけると傷の再生は始まるものの、完治まで何時もより微妙に時間がかかる。


 全ステータスと自然治癒リジェネの弱体化、それに加え先程から妙な倦怠感と怠さも感じている。


 これもきっと聖域のせいなのだろう。

 決してリアが寝起きだからとか、イチャイチャが足りないとか、生活サイクルが変ったからではない筈、間違いなくこの聖域のせいに違いない。



 そう思いながら大通りを歩いていると、一人の女性が店番をしている出店が目に入った。



 遠目に見えたそこはアクセサリーショップであり、特に急ぐ用事でもないリアは二人のお土産を買っていくのも良いかと立ち寄りことにする。



 店番の女性はリアに気づきくとにこやかな笑みを向け、揚々と話しかけてきた。



 「やぁ、いらっしゃい。 何かお探しかい?」


 「恋人に渡したいのだけど、可愛いのと綺麗なのどこにあるかしら」



 出店は左右に扉が開ける様に商品棚を拡張しており、パッと見ただけでも百に近い数。

 少し重ねられて見づらいのも合わせればきっともっとあることだろう。


 時間があるにしても無駄に浪費したい訳ではないリアは素直に店主に聞くことにしたのだった。



 「恋人っ! そうねぇ、綺麗っていうならやっぱこれね! 教皇様の加護が編み込まれた十字架のネックレス。 可愛いなら……これなんかどう? 大聖女様の祈りが込められた指輪よ」


 「…………」



 店主に悪意はない、いや若干狂気じみた目に見えなくもないが、恐らく善意で言っているのだろう。

 確かにここは聖王国であり、今日は明日の"聖神への祈祷"の前日だ。 こういうことも予想はできる。



 (レーテにそのネックレス渡すとか私を殺したいわけ? アイリスに偽聖女の指輪とか、私絶対に嫌われるわ。 この出店、潰した方がいいのかしら)



 リアは真剣に悩んだ。

 そしてそんなリアの無反応な態度に店主の女は不思議そうな顔を浮かべ、「好みじゃなかったかぁ」と呟き、別のアクセサリーを見せてくる。



 正直ここで買うの辞めようと、立ち去ろうと考えてた矢先に目の前に出された。

 そしてそれは意外にもリアの眼鏡に叶うものだった。



 「これは?」


 「お?興味でたかい? 何だったかな、種族の名前は忘れちゃったんだけど。 ほらあれ、鍛冶や工芸技能しか取り柄のない種族。 えぇっと、なんとかーフみたいな。 まあそんな感じの劣等種族の造った物なんだけどさ、見た目は割と良いし格安で仕入れられたから半額でいいよ」



 店主の女性は悪意のない顔でにこにこと笑い、サービスをしたからか少しだけ自慢げな顔を浮かべている。


 鍛冶や工芸技能、ドワーフのことかしら?

 劣等種族?? 何を見ればあの種族が劣等種だと思うのかさっぱりだわ。


 この世界のドワーフは知らないけど、前世ゲームの方だと必須種族だけど。


 あの種族にしか造れない装備はあったし、加工や強化、使用素材の消費補正、完成品の効果補正なんかにも多大な恩恵を齎してくれるプレイヤー我らが神に対して、劣等種族? この虫は一体何を思ってそういってるのかしら。



 余りにも頓珍漢なことを話す女にリアは思わずフード越しにマジマジとその顔を見てしまい、ついでにもう1つだけ聞いてみることにした。



 「そう。 ねぇ、私この国初めてなんだけど、亜人とか魔族ってこの国にいるのかしら?」



 そんなリアの何気ない質問に亜人という単語が出た瞬間、女は豹変しその顔を醜く歪めるとまるで毒を吐くかのように口を開いた。



 「亜人?魔族? あぁ、あの劣等種族達のこと。 ええ、居るわよ。 奴隷商会とか異端者の広場に毎日出されてるわ。 よくあの見た目で生きようと思えるわ、私なら死を選ぶね。 毎日毎日、その醜い姿を晒して恥ずかしくないのかしら。 あぁ、悍ましい」



 両腕を摩りながら全身で拒否反応を示す虫。


 これがこの国の人間の考え方なのかしら、一人だと信頼性に欠けるわね。

 でも、思った以上に雑種の集まりなのかも、聖王国。



 リアは無言で立ち去り、「あっねぇ、ちょっとっ」と思い出したように呼び止めてくる雑種を無視して店を後にした。



 (気分が悪い……人間って、あそこまで歪めるものだったっけ?)



 今は遠い過去にも、もはや別人のように思えなくもない自身の過去を思い出し、記憶違いや補正でなければあの雑種が超少数派だった筈だと記憶していたリアは胸を撫でおろす。


 そうして暫く歩いていると大通りを抜け、円型の広場へと差し掛かった所で後方から馬車の車輪の騒々しい音が鳴り響き道を避ける。



 すると馬車はリアから少し離れたところで停車し、御者をしていたであろう普通の青年が降りると荷台へと回り込む。


 何気なく目にしていたリアの視線の先では普通の青年に見えた者が汚物を見るような目をして、荷台にいるであろう者達に威嚇するかの如く怒鳴り散らしはじめた。



 (今度は何事かしら。 周囲は気にしてなさそう、いや……住民は気にしてない?)



 周囲の道行く人、家族連れの親はチラリと大声に反応はするも、一瞬目を向けるとすぐに日常へと戻っていく。


 リアの様に見続けるのは恐らく、その装いや表情から聖王国の外から来た者達なのだろう。



 すると唐突に【戦域の掌握】の領域内にて、無数に感じられる存在から急接近してくる個体を感知した。



 (誰か向かってくる? でもこの遅さは)



 対処する分には問題ないレベルと判断して普段通り、平然と振り向いた先には赤毛の獣人が必死の形相を浮かべ、何もかもが不自然な走り方でリアへ向かってくる。


 見た目の幼さや身長からそれは少年だとわかり、前に突き出した両手には子供に似つかわしくない粗悪な手枷、口には年齢に合わない大きな猿轡が嵌められていた。


 その視点の定まらない瞳はリアというよりはその後ろを目指しているように見え、偶々少年の走行途中にリアが居たのだろう。



 (はぁ、今日は厄日ね。 もう、宿に帰ろうかな? 二人の癒しが欲しい!)



 内心で溜息を吐いたリアは仕方なく少年に道を譲ろうと考えたが、少年の歩幅や力の入っていない足では数秒と経たずに荷下ろししていた男に押さえつけられリアの目の前で組み伏せられることとなった。



 「大人しくしやがれ! 獣がっ!」


 「こいつ、何処からこんな力出してやがんだ!? 亜人種が大人しくしろ、おらっ!」


 「んがっ、がぁぁっ!! うっ、うがぁぁぁっ!!」



 大の大人二人がかりに抑え込まれながらも収まる気配を見せない獣人の子供は獣の様に威嚇する声を張り上げ続けた。


 必死に抵抗を見せてはいるがその手はやせ細って皮と骨だけのようにも見えるし、頭や尻尾、身に着けている服はその意味を成していない程、酷く汚れ黒ずんだそれは解れ所々破けている。



 「があぁぁぁっ! あぁっ……がぁっ!……」



 獣人の子供は次第に抑え込まれていき、それでも足掻こうと闇雲に手を伸ばし続け、やがてそれは一番近くに立っていたリアへと向けられた。



 (私に助けを求められても困るわ。 面倒ごとはごめんだし、騒ぎを起こして明日の祈祷が中止なんてなったら目も当てられない。 まぁ、それも一つの運命よね)



 死に物狂いに小さな体で足掻き続け、やせ細った腕を露わにしながらも必死に伸ばされた手。


 獣人が自身で伸ばした手の先に黒味を帯びた金色の瞳を向け、それはフードを深く被った先にあるリアの碧い瞳とぶつかる。


 そして伸ばしたその手を忘れたかのように途端に空中で停止させたのだった。



 (へぇ、透き通るような琥珀色の瞳、なんだか目が吸い寄せられるわ。 ……っていうか大人二人で抑えるのに時間かかりすぎじゃない?)



 大人二人がかりで子供の獣人を抑えるのがやっとという状況に呆れて物も言えないが、確実に自分の目と合っていた子供の瞳に、言い知れぬ何かを感じたような気がしたリア。



 (前世ゲームでも設定上奴隷は居たけど、実際に見てみると酷いものね。 ああいう子が何百何千とこの国で物以下の扱いを受けていると思うと、いくら治安が良くても掃き溜め以下にしか見えなくなってくるわ)



 途端に抵抗を辞めた獣人の子供に訝し気な表情を浮かべるも乱雑に引き摺っていく二人の男。


 そんな状態ですら獣人の子供は視線を逸らさず、放心するかのように目を向け続けるがリアは何事もなく振り返り踵を返すのだった。




 大通りを抜けて通りの何倍ものある広場へと辿り着いたリア。


 ここが明日の"聖神の祈祷"と異端者の刑罰が行われる広場であり、今現在は異端者の見せしめ場所でリアが下見に来たかった本日の目的場所だ。



 広場の脇には数メートル程の石柱が立てられそこには亜人らしき存在から人類種まで、凡そ両手で数える程の異端者が磔にされており、群がるように囲む住人達からは罵声や雑言と同時に投げものを投擲され見るに堪えない光景と化している。



 この光景には流石のリアも眉を顰め、理解できない行為に唖然とする。



 異端者の磔の横ではプリーストカラーのキャソックを身に纏った聖職者らしき男が周囲の民衆を煽るように演説をしており、人類種が如何に尊いかを説いている。



 リアが言うのもなんではあるが『歪』の一言しか浮かばなかった。



 (この国の人間は皆こうなの? 偏りすぎる思想ってすごいわね、この世界に来て漸く人類種以外が生きづらい世界だと実感できたわ。 はぁ……レーテの言っていた"人類種至上主義"の国というのが本当の意味で分かった気がするかも)



 長居して面白いと思える場所でもなかった広場をリアは後にし、明日の"聖神の祈祷"ではどう立ち回るかを考えるながら帰路につく。



 そうして時間にして半日にも満たない外出ではあったが、理解も共感もできない歪な国の在り方に辟易としたリア。



 助けたいとか可愛そうとか、そういった崇高な気持ちなどリアの中にはない。



 絶対の優先度としてレーテの復讐があり、ついでに興味が僅かながらにある聖女を一目見たいという想い。


 そして残るは豚のお願いと、見るに堪えないこのゴミの掃き溜めにも劣る歪んだ思想の国をできれば壊したいという欲望。



 それらを全部ひっくるめてリアの中で渦巻き、燻ぶる思想。

 これを言葉にするなら、『不愉快』というものではないだろうか。



 得るものというよりは知れたことが多かったが、おかげでリアの中で当日の動きが決まった。


 早く帰って癒されたいという気持ちが大きいが故に、スキルを惜しみなく使い、全使用で瞬間移動の如く屋根を駆けるリア。


 そして思い出したように唐突に立ち止まり、その視線を見える景色全てへと向けた。




 「この国、完膚なきまでに滅茶苦茶にしちゃおうかしら」



 そう呟き、都市を見渡す始祖は残虐な笑みを零しながらも、全く笑っていない絶対零度のような冷たい瞳を浮かべたのだった。

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