第39話 姉妹百合の契約



 「大聖女と交戦しました」



 そう話してくるアイリスにリアの中で、時が止まるのを感じた。

 心臓が飛び跳ね、世界に自分とアイリスだけがいるような感覚。



 リアは気づけば、無意識に硬直させていた肩の力を抜き、胸の内に溜まった空気を吐き出す。



 だがこれはリア自身の感覚であり、時は今なお流れ続けていた。


 そんな目の前の始祖の心境に気づいた様子は見せないアイリス。


 彼女は真っすぐに見つめていた赤い瞳を下げ、身体を委縮させるように縮めるとまるで処断を待つ罪人のような雰囲気を纏って、頭を下げるのだった。



 「……」


 「お姉さまの仰った半神半人という様な気配はなく、容姿も聞き及んでいたものとは違いましたが……。 お姉さまの大事な方であったかもしれないのに申し訳ございません、この身は如何様にもしていただいて構いません。 生かすも殺すもお姉さまの――」



 「そう……、貴方が無事でよかったわ」



 捲し立てるように話すアイリス。

 その様子から既にリアへと判断を委ねており、彼女自身はその覚悟が決まっているように思える。


 アイリスの話を聞き始めた段階でリアの中にあった感情。


 それは"ああ、やっぱり"という感想だけが浮かび上がり、損失感のようなものは感じていたが、それ以外に何かをしようとは思わなかった。


 どこか自分でもわかっていたような、そうだったとしても不思議ではないという考えが心の片隅にはあった。



 しかし同時に、クラメンの話しをする前に本人ヒイロと出会わず、今回はハズレたおかげでアイリスが無事だったことにも安堵するリアは複雑な心境でありながらもほっとするのだった。


 (容姿が違う……か。 それにアイリスが無事ってことは、……そういうことだよね)




 リアはソファから立ち上がり、テーブルを挟んで座るアイリスの横へと移動する。


 アイリスはそんなリアの言葉にきょとんとした顔を浮かべ、わけがわからないといった表情でリアを見上げるとたどたどしくも口を開いた。



 「あ、え……お怒りにならないんですの?」


 震えた声で可愛い顔を見せてくれるアイリスにリアは素で心も体もクエスチョンマークを浮かべる。



 「え、怒る理由がないわ? 寧ろ……うん、貴方には感謝してるくらい」


 「……?」



 その顔にはありありと何を言ってるのかわからないと浮かべており、リアはクスっと思わず出てしまった笑みを向けながら、アイリスの綺麗な頬へと優しく手を添えた。


 もちもちとしたすべすべな感触が手から伝わり、愛おしくも力加減には気を付けながら摩るリア。


 そんなリアの触り方にどこかくすぐったかったのか、アイリスは赤い瞳を震わせながら「んっ」とくぐもった声を洩らす。



 「言い方は悪いけど本物の大聖女であれば、いかに上位吸血鬼であろうと生還することは間違いなく不可能。 相性もレベルも技術も、全てに大きな開きがあるの。 つまり貴方が無事な時点で大聖女は私の尋ね人ではなかったということなのよ」



 リアは噛みしめる様にアイリスにもわかりやすく話しながら、どこか自分自身に今一度語り聞かせているような感覚で言葉を紡ぐ。



 思うことがないわけではない。

 もしここに一人で来ており二人に会うこともなかったら、私はどういった感情を抱いていたのだろうと考えなくもない。


 そんな言葉に撫でられながらアイリスは当たり前の疑問を口にした。



 「かっ加減をされていた……可能性は?」


 最もな疑問に微笑を浮かべ、リアは否定するように頭を振るった。


 「ないわ。 アイリス、貴方この国の騎士ではなく一兵士と戦ったらどうなる?」


 突然のリアの質問に、その意味がわからないかのように眉を顰めるアイリス。


 「虫と、ですの? 戦いにならない、蹂躙して終わりですわ」



 当然のことの様に話すアイリスに全く同じ意見のリアは頷いた。



 「ヒイロとアイリスではそのくらいの開き、もしくはそこまでじゃないにしてもそれに近い実力差があるのよ」


 「なっ……!?」



 最もな驚きかもしれないがそれは事実なのだ。


 後ろ目に見える話を聞いていたレーテですら、自身の主人であるアイリスと大聖女の圧倒的な差に驚きを露わにして、その表情を驚愕とさせていたが無理もない。



 (聖女や聖母、神官と違って強力な攻撃手段を多数持っているのが大聖女。 レベル差が2倍近い上にヒイロはガチガチに得意分野を特化させた装備構成をしていることからどんな攻撃も1回当たれば、自然回復が機能しないレベルで大半のHPを削られるはず。 加えて、彼女は私自身と繰り返したPVP練習でPSプレイヤースキルもかなり高いレベルになってる)


 正直、戦いという形にすらなるとは思えないリア。

 ありえないし彼女から頼んでこない限りするつもりは毛頭ないが、まだリアとアイリスで1VS1をした方が勝負という形にはなる。



 そんなリアの言葉に反省と不安の色を見せていたアイリスは視線を僅かに落とし、乾いた笑いを浮かべながら気落ちしたように少女のような身体を更に小さくさせる。



 「それ程の存在であれば、やはりアレは違ったのですね。 よかった、ですわ」



 明らかに落ち込んでしまった様子のアイリスにリアは内心、悶え苦しんでいた。



 (あぁぁぁ、アイリスが落ち込んじゃったわ。 ちっ違、わないけどっ! そうじゃなく、その……あぁぁぁ、もう可愛すぎる! 私はどうしたら……と、取り合えずフォローよね。 LV70のアイリスと140の中でも強い位置に居たヒイロを比べるのがそもそもナンセンスだわ!)



 リアは荒々しい心境を表に出ないよう必死に抑え込み、可愛すぎて笑みが零れてしまいそうな表情を務めて微笑みレベルで留める。


 そして頬を撫でる手をゆっくりと首元へと回していき、割れやすいガラスを触る以上に優しい手つきで胸元へと引き寄せた。


 ポフッと乾いた音が空気に響かせながら溶けていき、身体どころか心すら暖まる感触とその見悶えるような愛おしさにどうにかなりそうになりながらも、彼女の尖った耳元で呟くように慰めるリア。



 「それなりに存在していた大聖女の中でも、私が探しているのは選りすぐりの子よ? 気を落とす必要なんてないわ。 貴方は私が見てきた中でも飛びぬけてセンスがある、本当よ?」



 胸の中に顔を埋めながら黙り込んでしまったアイリス。

 するとその後方で黙って話を聞いていたレーテは関心した様子で、頷きながらも口を開いた。



 「リア様のいらっしゃった時代はそれ程までに戦闘のレベルが違う世界だったのですね……」


 「え、ええ、そうなの……かな」

 (前世ゲームの頃だから遥か昔とかじゃないんだけど……まぁ、いっか)



 リアは反応に困る、というよりどう伝えるべきか、また伝える日は来るのかを考えながらもレーテに答えると思い出したように問いかけた。



 「そういえば、《聖神への祈祷》は変わらず行うのかしら? 中止なんてことないわよね?」


 「可能性はないかと思われます。 聞けば現在の《聖神への祈祷》は国の一大儀式であり、人類種の創造神から豊穣と安寧を賜るものであるらしいのでやらないという選択肢はないかと」



 なるほど、それなら安心ね。

 せっかくここまで来たのに観れないなんてことになれば、私としてはとってもモヤモヤしちゃうわ。


 リアとしてはやらかした魔法に関しての警戒で一旦中止にするんじゃないか、という不安があったがレーテの意見として可能性は低いと見られ微かに安堵する。


 しかし、レーテは疑問の表情を僅かに見せるとコテンっと首を傾け黒い髪を揺らす。



 「ですが、他人とわかったのなら、見に行く必要はないのではないでしょうか」


 「そうね、でも一目見ておきたいの、仮にも大聖女を騙った女がどれほどのものなのか」



 例え自らが騙ったものでなく、周囲が勝手にそう呼びだしたのだとしてもそれを否定せず今の地位に居座っているのなら、それは騙っているのと同じこと。


 (アイリスの口ぶりからして大した存在ではなかったようだけど、なんだか無性にムカつくわ。 ヒイロが出来てたこと全部できるかテストしてみようかな? グレイから小言言われそうだけど、殺さなきゃ大丈夫よね)



 リアは思考に耽りながらも胸の中で意気消沈しているアイリスの頭を何度も何度も優しく撫で続け、視線を胸元へと向けた。



 レーテはソファを突然立ちだし「外の様子を見て参ります」とだけ口ずさみ、綺麗な所作で腰を折ると部屋を退出していくのだった。



 アイリスの状態を見て気を使ってくれたのだろうか、彼女の視野の広さであればそれくらい造作もないだろうとつくづく二人の関係には気持ちの良いものがあると思わず口元に笑みを浮かべてしまうリア。




 二人っきりになった密室空間。

 明かりを付けず、窓から差し込む僅かな月明りのみが付近を照らし、感じられるのは身体を密着させて布越しに伝わってくる可愛い妹の体温のみ。



 リアは髪に顔を埋め、耳元に囁くように口を開いた。



 「アイリス。 何を考えているの、私に話してみない?」



 喋り出すと耳をピクッと反応させたことから聴こえてはいるのだろう。


 【戦域の掌握】でもバッチリとアイリスの些細な動きがまるで熱源反応のように事細かく、髪の擦れから服の皺の動きまで感知出来ているのだから、寝てしまったなんてことはないのはわかっている。



 数回呼吸を繰り返す時間静寂が流れ、やがてぽつぽつと顔を埋めたまま話しだすアイリス。



 「……私は、魔王や特定の存在を除いて、それなりに力があると自負しておりましたわ。 ですが……お姉さまや大聖女と呼ばれる存在を知って、私程度の実力ではお姉さまのお役に立てないことを痛感致しました」


 「……」



 肩を落とし、気落ちした様子でしゅんとするアイリスにリアは黙って聞いていた、表面上では。


 (傍に居てくれるだけで大助かりです!! アイリスが居ない生活とか私耐えれる気しないよ? あぁ、本気で落ち込んじゃってるんだろうけど……可愛いい! 私の妹が可愛すぎて辛いよー!! 胸が、胸がぁぁーー)



 表情筋がピクピクッと暴れ狂うのを務めて制御していたリアに俯いているアイリスは気づかなかったが、その内心では可愛いの嵐に巻き込まれ胸を抑えるのを必死に我慢していたのだった。


 しかし唐突にアイリスは埋めていた顔を上げ、至近距離で潤った赤い瞳をリアへと向けてきた。



 「お姉さまはもし……大聖女、様と、他の方々と再会されたらどうされるんですの?」



 聴こえるはアイリスの華やかな可愛らしい声ではあったが、そこに含まれているのは不安と心配の色。


 震えるような声でリアを見つめるアイリス。



 (潤んだ瞳に上目遣いのアイリス可愛いー! え、私を殺しに来てる? ちょ、ちょっと本当にどうしたのアイリス? そんな可愛いことばかりされたら私食べちゃうよ? 美味しい血も小さな口も小ぶりな胸も全部貰っちゃうけどいいの? 待って、落ち着いて私……stay cool)


 リアは荒ぶる心境とは別に、見上げてくる瞳から視線を外すと何もない真っ新な白い天井を見つめ、想像しながら口ずさんだ。



 「もし、会えたなら……何処か人気のない場所でのんびりとイチャイチャ楽しく暮すわね」



 世界戦争とか興味ないし、人類種とか魔族とかも正直どうでもいい……。

 私は私の好きな子達と楽しくイチャイチャできればそれでよくて、もし邪魔する者がいるのなら容赦なく取り除くだけ。


 『百合に挟まる男は馬に蹴られて死んでしまえ』って、私が前世リアルの頃に愛読していたブログ《猿とは相容れない春の百合》の管理者HEROさんが言ってたわ。



 懐かしくもそんな事を思い出しているとアイリスはいつの間にかリアの腰に腕を回して抱き着いており、上目遣いに思わず食べたくなる小さな口を震わせていた。



 「……っ! そ、そこに私は――」


 「もちろん、貴方とレーテも一緒よ。 ていうか私、気に入った子は手放さない主義なのよ。 貴方は私の妹で私の大事なものモノなんだから当然でしょ?」



 この子が何を言おうとしていたのかいち早く気づくと先に言葉を被せるリア。


 嬉しすぎる言葉を聞きたいという感情はもちろんあったが、ここまで勇気を出してくれている妹にそこまで頑張らせるのは野暮だと思ってしまった。



 するとアイリスは目をきらきらと輝かせ、少し前とは一変した満面の笑みを浮かべぎゅうぎゅうと腰を締め付けてくる。



 「っ!! 私もです! 私、お姉さまの傍に居たいですわ! 私の永い退屈な生の中で、やっと見つけた大事なものなんですの」


 「ふふっ、それは光栄ね、私には貴方が必要なの。 この世界の現状、人類種と魔族、それに何より私の創りたい理想郷せかいに貴方は必要不可欠。 だから傍に居て、ね?」



 密着状態で息がかかるほどにアイリスの顔は近く、いつの間にかアイリスはリアの膝に跨っており、腰に回していた手は一度離されると首へと回される。


 真正面にはアイリスの小柄できめ細やかな顔立ちが迫り、見詰められる赤い瞳には月光が反射しながらも自身の紅い目が映し出された。



 「はい、はいっ!」



 弾けるような幸せの笑みを浮かべるアイリス。


 その表情に嬉しくなったリアは微笑みを浮かべ、やがてどちらからともなく寄っていくと。



 「んむっ……ふぁっ、んっ……」


 「ちゅっ、んんっ、……はぁ、ふぅ」



 合わせられた唇からは濃厚な甘味が広がりだし、一瞬にしてリアの心をドロドロとした熱の帯びたものへと変貌させる。


 軽くするつもりが気づけば舌を絡ませ合い、ぴちゃぴちゃとした弾けるような水音が密室な暗い部屋へと木霊する。



 「……ちゅ、……はぁ、んっ……れろぉっ♪」


 「ひゃっ、もう……んっ、はふっ、……ふぁっ、……お姉さまぁ♪」



 時間にして僅かな筈が思えばお互いに息を荒げ、恍惚とした表情のアイリスは倒れこむようにリアへとその身体を預けていた。



 押し付けられる柔らかい感触と潰れて形を変える自身のもの、どちらも感じながら互いの口を貪り合う。


 やがて僅かに漏れた嬌声と荒い息遣いが聴こえはじめ、どちらからともなく絡めた舌を放していく。



 しかしお互いの口元からはぴんっと伸びた透明な橋が月明りに照らされ、二人を繋ぎ煌めかせていると程なくしてそれはリアの口元へと垂れる。


 リアは舌をちろりと口周りに伸ばし、どちらのものかわからない唾液を妖艶な笑みを浮かべ舐めとる。



 「……はぁ、んっ、……おいし♪ レーテにも後であの子を貰うこと話すべきかしら」



 息を乱しながら、腕を回した状態で荒げた息を胸元へと吹きかけるアイリスへと問いかける。



 「んっ、はぁ……はぁ、必要……ないですわ。  私の眷属というのもありますが、あの子がお姉さまの要求を断るとは思えないですし。 それに、この聖王国に拘りを見せたのも……」



 不自然に言葉をきるアイリスにリアは目を向け思案する。


 レーテがこの聖王国に強い拘りを見せたことを。


 聞けば恐らく答えてくれるかもしれないが、リアとしては本人が話したいと思ったタイミングで話してくれればいいと思っている。



 「本人の意志は尊重するわ。 だからそれまでは……貴方を頂くわ、アイリス」


 「やはり、お姉さまは変わってます。 でも……喜んで、この身と心を差し出しますわ♪」



 そうして再び二人はまぐわい始め、ソファからベッドに移ると甘い匂いを部屋中に漂わせ、嬌声と水音を鳴り響かせながらレーテが戻るまで交わり続けるのだった。

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