第38話 理亜とリアの大切なもの
宿を出るとリアはまず振り返り、自分がやらかして二人が見つけてくれた宿を視界に収めた。
目の前の宿は白と淡黄色が混ざったような立派な堀で囲まれており、その壁面には一種の芸術にも見える波のような彫刻が細部まで掘られている。
加えて壁に手を当て触ってみた感触サラサラとした材料で建てられているのか、その感触から拘って建築されたであろう痕跡が感じられ、見た目にも気を使っていることに感嘆の息が僅かに漏れる。
外観からは各部屋のベランダに1色で統一された花瓶が複数掛けられており、1階には様々な色の花が植えられた立派な花壇が置かれていた。
(やっぱり、いい宿っぽいなぁ。 二人には苦労かけちゃったかな)
リアはレーテへと振り返り、きょとんとした彼女の手を引く。
「リア様? どうされましたか?」
何故自分が手を引かれているのかわからないといった、感情がその顔からありありと見える。
そんなレーテにリアは歩きながら振り向き、目を細めて笑みを浮かべた。
「んー……お礼、かしら? さっきも言ったでしょう? 貴方には本当に助けられているって」
ありのままに感謝を伝えた筈のリアだったが、レーテは明らかに困った表情を浮かべ何処か焦りにも見える顔で呟いたのだった。
「っですから、私はお二人の忠実なる僕です。 ですので……それは当たり前のことであって」
「それなら、私が気に入ってる貴方と手を繋ぐのは当たり前だから、いいよね?」
リアは動揺が溢れているレーテにニヤニヤした笑みを浮かべ、大して力を入れてない手を振りほどこうともしない彼女に満面の笑みを見せながら問いかける。
するとレーテは困ったように眉を微かに顰め、少しの時間黙り込むと「……はい」と下を向きながら答えた。
(可愛い~!!! え、えぇ、レーテが可愛すぎて辛いよぉ。 どうしたらいいかな? とりあえず森林に行って確認したら、アイリスも連れてベッドにインだよね? あの子の事だから大丈夫だとは思うけど、うーん。 とりあえず少しだけ急ごうかしら)
先頭を歩きながら黒いフードの中から視線を周囲へと彷徨わせる。
深夜10時頃でありながら聖都の街並みは物理的に明るく、パッと見ではあるが酒場や教会、女子供は少ないながらに明らかにイストルムよりかは多くの住民が外に出ていた。
「商業都市とは全然違うわね」
すぐ後方で手を繋ぎながらもリアに引かれないよう、気を付けながら余裕をもってついて来るレーテ。
「ここは聖都ホーリー、聖王国内の最大人口を誇る都市です。 あちらが見えますか?」
そう言いながら少し歩くスピードを速め、リアに並んだレーテは遠目に巨大な建造物に指を差した。
リアは見えては居るがただ見るのもつまらない為、レーテに近寄り頬と頬が振れそうなレベルで詰め寄り指を差す方向を同じ視点から見つめる。
もちろん、フードのせいでくっ付くことは叶わなかったが代わりに近づいた時、ふわりと流れた風の便りに彼女の爽やかな香りが漂ったのをしっかりと感知したリア。
横目に見ればレーテは微妙に凝視すればわかるレベルで距離を作ろうとしており、リアはすかさず更に距離をずいずいと詰めていく。
「へぇ、随分と大きな建物ね」
「……はい、あれは大聖堂アシュタルシアと呼ばれる建物で聖神教の総本山とも呼ばれてる場所でございます」
視線の先、聳え立つは陽の光がない中でもハッキリとその白い壁面を表した巨大な神殿の様な建築物。
その規模で言えば更に遠目に見える王城とそう変わらないように思える。
入口らしき場所には三角の形をした破風が載せられ、その門前の左右には複数の巨大な白柱が綺麗に並び建っている。
しかし、それよりも気になる事としては宿の屋内では何故かあまり感じられなかったこの空気。
「煩わしいくらい神聖力に満ちてるわね。 そういえば、貴方は大丈夫なの?」
空気中に漂うと言えばいいのか、都市全体何処を見ても感じられる神聖。
肌に触れるとビリッと電気が走るような感覚に加え、まるで水の中にいるような身動きのしづらさと倦怠感を感じる。
リアはLVの高さからそこまで
「宿の室内でリア様の御側に居た時はあまりなかったですが、今は身体が普段より重いくらいで特に支障はありません」
本当になんでもないように表情を変えず答えるレーテだったがリアとしてはそんな彼女の言葉に眉を顰めてしまう。
(私の側? 私にそんな神聖区域を緩和する
「入るの大変だったんじゃないかしら?」
そんな状態になりながらも自分の世話をさせたことにより、開き直った心に僅かにダメージを負い労いながら問いかけるリア。
すると今度は本当に何でもないかのように「いえ」と前置きをして口を開くレーテ。
「平常時であれば多少苦労したかもしれませんがリア様の放った魔法が類を見ない規模であり、更に言えば早朝という混み合う時間帯もあった為、半混乱に陥った聖都に入るのは容易でした」
淡々と話すレーテに苦労の色は見えず、話していることが事実でありリアも納得し歩きながら頷く。
「なるほど、それなら結果オーライ?」
そこまで考えてやったわけじゃなくただの自分のやらかしではあるが、結果的に入りやすかったというのであればヨシと考えながら呟くリア。
「ただ――」
「……?」
レーテは中途半端に言葉を切ると周囲を見渡し初め、とある一点になるとその視線ピタリっと止め眉を顰め警戒するように表情を歪めた。
「騎士が多すぎるような気がします」
レーテが目を向けた先には数人の兵士が固まって行動しており、歩きながら視線の先を追従すると確かに所々にそれらの姿が映りこんできた。
宿を出てから数分、既に10組以上は見た気がするリア。
正直、雑兵レベルで気にも留めていなかったリア――レーテと手を繋いで深夜の小デートで浮かれてたわけでは断じてない――は言われて、ああ確かにというレベルではあったのだが。
「それに、――あちらをご覧ください」
手を優しく引かれ足を止めると、促された先には雑兵の兵士とは明らかに系統の違った兵士、いや騎士達が物々しい雰囲気で何処かへと向かっている。
(明らかに何かを警戒してる姿勢。 まぁ十中八九、私だよねー。 はぁ、急ごうか。……残念)
「行きましょう」
自分が警戒されていると雰囲気から察したリアは、この様子だと魔法発動現場もどうなってるかわからないと急ぐようにレーテの手を引き促す。
「はい」
というレーテの美しい声が耳に届くスピードを上げ、名残惜しくも手を放しながら魔法発動現場へと駆け出し目的の場所へと向かうのだった。
森林へはレーテの全力速度に合わせて移動したこともあり、それなりに早く到着した。
草木を避けながら駆けだし、やがて不自然にぽっかりとした巨大な空間が見えると足を止め、その光景を見渡すリア。
「ここが……」
(ええ、ないわぁー。 寝ぼけた状態でこれを発動するってはた迷惑すぎると私は思うよ、ねぇ私?
焼け爛れた大地は自身が踏んでいる大地より数メートル抉れるように陥没しており、視界に収まりきらないレベルのクレーターと化した光景。
木々どころか葉っぱ一枚残すことなく、その大地を破壊しつくし焦げ色一色に森林の一部を変貌させていた。
開き直った筈のリアですら一瞬でも唖然とさせてしまう光景。
内心で呆れかえりながらも自身に待ったをかけ、自分に言い聞かせるリア。
(まっまぁ、この世界基準で見たら間違いなく面倒ごとを引き寄せるレベルの魔法だけどさ。 もしクラメンとか他のプレイヤーが居た場合、直ぐに別のプレイヤーが居るとわかることなんだし、かえって良かったと思うべきよね)
心の動揺が表面に表れたのか、無意識にうんうんとフード内で頷くリア。
焼け爛れた大地を眺めていると遠目に黒い影、もっと言えば聖騎士達の姿が映りこむ。
深夜でありながら、こんな所にいるとは暇な連中だと思わなくもないが、そんな彼らを見つめているとレーテが側に歩み寄ってくる。
「始末しますか?」
淡々と話すレーテにリアはやらなくていいという意味で頭を振るう。
「邪魔ならそうするけど、いまは確認に来ただけだしいいわ。 それより」
レーテに話してる最中にリアは【戦域の掌握】内に探し人の気配を感知し、言葉をきって空を見上げた。
そこにはきらきらと煌めく夜空の満月を背景に、背中に黒い蝙蝠のような翼を生やしたアイリスが裾を摘まんでカーテシーをしながらゆっくりと降りてくる。
「無事でよかったわ、アイリス」
「お姉さま、ただいま戻りました。 お加減はもうよろしいようで心から安心致しましたわ」
足音を立てずに地面へと着地したアイリスは頬を緩め、ほっと胸を撫でおろしながら歩み寄ってくる。
見ればその黒いドレスの切れ端には微かに赤黒い液体が付着しており、微かに彼女から別の人間の血臭が漂ってくる。
(誰かと戦闘したのかな? 聖騎士だと思うんだけど、怪我がなくてよかった。 後で一緒に洗いっこしたいなぁ)
そんな妄想をしながら可愛い妹を見つめていると唐突にアイリスが口を開いた。
「……お姉さま、随分と前からお聞きしたかったのですが。 お姉さまが探されてる方々は、どういった方々なんですの?」
眉を顰め、どこか言いづらそうな雰囲気で微かに苦悶な表情を見せたアイリス。
そのいつもとはどこか違う様子からただならぬ気配を感じたリアは僅かにも満たない時間思案する。
異世界に転生して二人と出会ってからの1か月。
ある程度グレイから渡される暗殺依頼をこなしながら、
話す機会、聞かれる機会、どちらも存在しながらも彼女達には尋ね人の特徴や名前だけを話して、それ以外は教えていなかった。
彼女達が私に聞くのを遠慮してたというのは薄々と感じてはいたし、リア自身彼女たちに深い話をするのはどこか躊躇っていたように思える。
それが何故なのか、言葉にするのは難しい。
ただ、話してしまうとどうしようもなく会いたくなるからなのか、もしくは彼女たちの代わりとして二人を利用し無くなってしまった損失感と虚無感を埋めているのか。
それがリア自身、わからなかったからかもしれない。
ただ一つ言えることとして、始めは吸血欲求に突き動かされ本能のまま頂いてしまったとはいえ、リア自身は2人を心から大切にしており、心から一人の女性としても、家族としても愛しているという自信はある。
わけのわからない世界にほっぽり出され、側に居てくれる二人へ日に日に増していく愛情。
しかし、別世界もしくはまだ見ぬこの世界に居るクラメンがそのことを知らないというのもまた事実。
だからこれはきっと『不安』なのかもしれない。
恋人2人+αが知らない所で別の相手とイチャイチャしてしまっている罪悪感のようなものかもしれない。
確信はないが、この世界に転生してから依然の自分と"何か"が変っているという自覚は薄々ある。
けれどもそれを自覚できない以上、この不安はもしかしたら自分の勘違いなのかもしれない。
だが、何かが変わってしまってるとしても断言できる、リアが重要視してるのが1つだけある。
常識や他人の価値観なんてものはどうでもいい。
大切なのは、『クラメンと目の前の二人が、悲しみ苦しむようなことはしたくない』というただ1点のみ。
リアは何故突然興味を持ったのかはわからないが、アイリスが
「話すにしても邪魔が入られると面倒だわ。 確認すべきものも見れたし、宿に戻りましょ」
リアの提案に頷く二人を見て、焼け爛れた大地を背にしたリア達は聖都市の城壁を上り、何事もなく宿へと戻ってくる。
ちなみに高級宿の店主にはリアが《カラーコンタクト・水》を装備した状態で通常の2倍金額を支払ったことで特に怪しまれることなく、念には念を入れフォローを入れておいた。
眷属化ではすぐに魔族に敏感な聖王国の人間に気づかれる可能性を考慮し、なるべく穏便に事を終わらせる手段を選んだ。
そうして借りた部屋へと戻ってきたリア達はローブを各々に脱ぎ、暗闇の部屋でも存在感の主張が強い純白のソファへと腰掛けた。
リアは何から話すべきか、たった1か月でありながら途方もない時間の経過のようなものを感じながら、
まずは名前と容姿。
聖王国に来た理由となった大聖女というクラスに加え、特異進化によってゲーム内初の半神半人へと至ったヒイロ。
2人目は天使族の順当進化を遂げた智天使であり、偶然にも《怠惰》の大罪を与えられたカエデ。
最後に癖が強すぎる3人目。
古代種の狼モンスターであり、間違いなくゲーム内でリアと1VS1をした回数ぶっちぎりの変態獣人、エイス。
3人の話しから入り、次は彼ら彼女らの戦闘スタイルや
何が得意で何が不得意か、他愛もない話も交えて語り聞かせるリアは内心で懐かしい想いを胸に抱き、同時に思い出を慈しむような気持ちで大事に語っていく。
そんな話を黙って聞いていた二人は今のこの世界ではありえないような存在の話に目を見開き、内容によっては唖然とした表情を浮かべ驚いてくれるので、それだけの反応をしてくれるのならもう少し早く話すべきだったかもしれないとリアは内心で苦笑した。
戦闘で参考になりそうなものや知らない
話は一旦落ち着き、次は何を話そうかと考えていたリアにアイリスは控えめに声を上げた。
「お、お姉さまは……その、御三方とはどういった……ご関係だったのでしょう?」
アイリスは膝に置いた手をもじもじとさせながら、真っすぐに見れないのかチラチラと視線を忙しなく動かしながらもはっきりとした口調でリアへ問いかける。
見れば横で大人しく話に耳を傾けていたレーテもどこか関心がありそうな目で真っすぐと赤い瞳を向けてきているように思える。
(ふふっ気になるんだ、可愛いなぁもう! 正直ここまで話したなら隠すようなことでもないんだけど、エイスはどう説明しようかな……あれは特殊すぎて、うーん)
結局悩んだリアは特殊な+αは除き、ヒイロとカエデのみについて話すことに決めたのだった。
「大聖女のヒイロ、それと智天使であるカエデとは恋人関係よ。 つまり、私の
リアは誇らしげな気持ちでにんまりと言い放ち、そんな彼女に対して一目でわかるレベルでアイリスとレーテの顔に驚愕が走った。
これ以上にないほどに瞼が開き、能面で感情を表に出すことが極端に少ないレーテですら、僅かに口をポカンと開け唖然とした様子で呟くのだった。
「人間と天使が吸血鬼と恋人関係……? そんなことが、ありえるの……ですか?」
まるでありえない様な話を聞いた反応をするレーテをよそに。
アイリスは顔を落とし目の前のテーブルをジッと見つめていると、やがて覚悟を決めるような表情を浮かべ真剣な面持ちで顔を上げたのだった。
「リアお姉さま」
そのただならぬ様子にもしかしたら、そんな関係のある吸血鬼とはこれ以上一緒に居られないと、言われるのかと一瞬、最悪の幻想がリアの脳裏を過りすぐに思考の端へと追い立てる。
「……何かしら?」
僅かな動揺と緊張により返事がワンテンポ遅れ、震えそうになる声を精神で何とか抑え込むリア。
暗闇の中でありながら煌めく赤い瞳、その目からは尋常ならざる覚悟のようなものが見え隠れし、リアは思わず固唾を飲みこんでしまう。
「実は……お姉さまがお休みになってる間、森にて―――大聖女と交戦しました」
思いもよらない言葉にリアは反応が遅れた。
そして3人のみの暗い室内には静寂が広がるとアイリスのハッキリとした口調で話す内容はリアの耳を通り過ぎ、やがて部屋の中へと浸透していくのであった。
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