第37話 聖と魔の思惑 (〇〇〇ver)
「あら、それは遠慮願いますわ」
「っ!?」
男性の騎士達と自分だけの空間。
そこに突如として聴こえてきたのはトーンの高い女性のような、それでいてどこか愉しげな声。
声のした方へと振り返れば、そこには大災害から免れた木の枝に腰掛ける一人の少女。
森林を背景にはどう考えても場違いなフリルの付いた黒いドレスを身に纏い、手にはおしゃれな黒い日傘を差している。
艶のいい白い肌に灰色の糸を陽光に反射させ、銀色のような輝きを放つ美しい髪。
なにより、その特徴的な赤い瞳は道端の虫を見るかのような冷めた目でネイナ達を見下ろしていた。
血のように赤い瞳に絹の様な白系統の髪。
あまりにも一目瞭然な見たことのある特徴。
「……吸血鬼」
「正解♪」
正体を見破られたことに目の前の少女は大して気にした様子もなく楽しそうに笑みを浮かべる。
「な、仲間は……どうしたのですか?」
敵が3人いるとわかっているネイナは返事が返ってくる筈がないのに、動揺で一人でに口が開いてしまった。
しかし吸血鬼の少女はそれすらも大した意味はないと平然と返す。
「いまこの場にはいっしゃらないわ」
「……貴方一人だと」
(日の出てる時間帯、ということは上位吸血鬼以上の個体。 余裕のある態度は吸血鬼らしいけど何故この場所でそんな態度でいられるの? ……ここは聖王国の麓よ!?)
「これは貴様の仕業か! 汚らわしい吸血鬼が!」
吸血鬼の少女は余裕の態度を崩さずに激昂する騎士を見つめる。
それはまるで子供がおもちゃを見つめるような目でありながらも、口調はあっけからんと答えた。
「残念だけど、今朝のものは私ではないの。 それより――」
そして、ゆっくりと赤い瞳をネイナへと向ける。
「貴方が大聖女?」
向けられた視線、それは騎士を見る目とは明らかに違う目。
まるで見定めるような、ネイナの何かを確かめるような感情が渦巻いており、その奥底には隠しきれない大きな疑問が見え隠れしている。
「何を言って……」
("私では"? まるで自分は一切関与していないような口ぶり、私が痕跡を読み間違えたというの? いや、ありえない)
ネイナは質問の意味がわからず、反射的にありのままを答えようとした。
誰もが彼女を大聖女と讃え、本当のクラスは違えどネイナ自身が自分は大聖女という存在だと思ってきた。
しかし、目の前の吸血鬼はまるで本物の大聖女というクラスを知っているかのような態度に見える。
そしてそれがネイナを大聖女と答えさせることに躊躇わせるものとなった。
はっきりと答えないネイナをどう思ったのか。
吸血鬼の少女は首をコテンッと倒すと、知ってるのが当然かのように再び口を開く。
「貴方なら……あの魔法に見覚えがあるんじゃないかしら?」
それはどこか確信めいたような、まだ大聖女だと名乗っていないネイナに対して、大聖女だと呼ばれている存在だと確信している様子。
だが、そんな少女の中にもやはり疑問のようなものを感じられるのは、私の気のせいではないのだろう。
「吸血鬼風情がッ!」
「薄汚い魔族が軽々しく、この御方を呼ぶな!」
「大聖女様っ、こちらに」
ネイナは聞かれている内容が理解できず、唖然としていると周りに散開している騎士達はネイナを護るようにして、周囲へと展開し剣や槍を吸血鬼に向けながら激昂する。
そんな騎士達の言葉に煩わしそうに眉を顰め、手を翳す吸血鬼。
「っ!!!」【守護魔法】――聖母の護り
吸血鬼は翳した瞬間に氷の散弾を撃ち放ち、その徴候が見られたネイナは瞬時に騎士達の眼前に防護魔法を展開させる。
空中にて展開される薄い光の膜。
それは氷の散弾がほぼ同時に衝突し均衡するかのように思えたが、途端にパキパキッと音を響かせガラスが割れたように粉々に砕け散った。
「くっ」
(ただの氷系統魔法に私の障壁がっ!? ……普通の上位吸血鬼じゃないわね)
吸血鬼の攻撃を防いだ瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。
騎士達は少女の討伐に向け、各々に動き始める。
しかし、彼女は何もしていないというのに突如として表れた氷柱によって呆気なく騎士の一人が串刺しにされてしまい、二人の騎士は以降4回に続いてひとりでに現れた氷柱を避けながらも少女に飛び掛かった。
だが、いつのまにか吸血鬼の手には赤黒い大鎌が持たれており、口元を僅かに歪ませながら薙ぎ払うと抵抗も許されずに騎士たちは地面へと叩きつけられる。
ネイナは【加護魔法】にて周囲を固める騎士達に基礎能力向上に加え、
その上、更に【補助魔法】で薙ぎ払われた二人の騎士に
(加護をかけても5人の騎士だけじゃあの吸血鬼は倒せない、私も少しでも攻勢に出るべきね)
余裕の表情で木の枝に立ち、ネイナの様子を観察しながらふわっとした着地で降りてくる吸血鬼。
そんな彼女に思考を巡らせながら、ネイナは次の手をうち始める。
【浄火魔法】―― 白炎
ネイナが翳した掌からは人の胴体程の白い火球が撃ち出され、騎士達が攻勢をしかけている吸血鬼へと放たれる。
しかしそれを吸血鬼は手に持った血の大鎌で難なく打ち払われ、空気に霧散するように火球は消えると1対5でありながら苦戦する様子もなく淡々と作業するかのように事を進めていく吸血鬼。
ネイナは数少ない攻撃系統の魔法を扱いながら、護りや補助、回復系統の魔法を扱い接近戦をする騎士達の援護に回りながら絶えることなく魔法を詠唱し続ける。
今も眼前に1対5でありながらその隙を付き、騎士一人の首元に向け大鎌を振るおうとしてる瞬間がネイナの視界には映りこむ。
「間に合って!」【守護魔法】――聖晶の守楯
ネイナの魔法発動により身の丈ほどの大鎌を軽々と振るった少女の一撃は聖なる楯によって、けたたましい金属音のような音を周囲へと響かせながらも阻まれる。
【守護魔法】"聖晶の守楯"は自身の中でも上位に入る防御魔法。
それは護れる範囲は限定されるが、その一部分に関してで言えば防げないことの方が少ない。
少なくても魔王のような存在でも無ければその護りを抜けることは不可能であり、あの少女が今朝の大火災を起こしてないと発言したのだから、その攻撃は防げると踏んでいたネイナ。
そして衝突音と同時に大鎌は宙にてその動きを停止させ、読み通り攻撃を防げたことに安堵する。
だが、少女はなんてことのないように身体に更に力を加えた素振りを見せると聖なる楯はひび割れはじめ、亀裂を走らせる暇もなくいとも容易く砕け散った。
「なっ!?」
ネイナは自身の想像とは明らかに違った結果に驚きを隠せず、唖然とした表情を浮かべながらもすぐさま意識を戻し回避する時間を稼げた騎士と他の騎士達の攻防へと加わることにする。
(上位じゃなく真祖だとでも言うの!? ありえないわ! ただの【鮮血魔法】で私の【守護魔法】を破る? 聖女だった時ならわからなくもない。 けど、聖母となった今の私の魔法は全てがその効力を大幅に上げている筈よ)
目の前の騎士がまたしても突如として発生させた氷柱によって突き上げられ、その半身を抉られながら胴体に氷で埋められた穴を開けられる。
「陣形を立て直してください! この吸血鬼は普通じゃありません!」
「大聖女様の元へ集え! 下がれ、メルト!」
戦闘開始から数分で2人の護衛騎士が倒され、ネイナは混乱する頭で思考を張り巡らせながら守護魔法と回復魔法、そして攻撃魔法の3つを使い分ける。
(くっ、この吸血鬼、戦い慣れてる! ……魔王討伐戦にも姿を現さなかった魔族。 今知られている現存の真祖は3体のみの筈、まさかッ! 休眠してた、新たな個体とでもいうの?)
様々な思考を巡らせながら手元を絶えず動かし続け、今この瞬間にも吸血鬼の大鎌の隙をついた攻撃に【守護魔法】"聖晶の守楯"を挟ませる。
結果はまたしても数秒にも満たない時間稼ぎではあったが、今の一撃で騎士を一人失わずに済んだのは間違いなくネイナの援護能力の高さ故であった。
こいつっ! いや、考えるのは後ね。
この吸血鬼を滅するには他の考えは邪魔、今は戦いに集中しないと。
護衛騎士が3人と自分を合わせて4人、それでも目の前の吸血鬼に圧倒されており、無意識に大聖女の皮から素の自分が出てしまい歯ぎしりするネイナ。
これはネイナや護衛騎士達が弱いのではなく、目の前の吸血鬼が稀に見る強力な魔族なのだ。
大聖女であるネイナの護衛は、誰それとなれるものではない。
厳しい能力審査と人間性の観察、そして何より聖王国ひいては"創造神アウロディーネ"にどれほどの忠誠心を持っているかが問われる。
護衛、別名"聖騎士"は聖王国の全ての騎士に与えられるチャンスがあり、能力審査と忠誠心によって優秀なものから選ばれるのが、騎士の中でも上位33名から構成される存在。
それが"聖騎士"と呼ばれる者達だ。
聖騎士は数字の序列が上がれば上がる程その能力に差ができる為、若い数字を持つ存在は国と教会から絶大なる信頼と信用を置かれ、国民からも称賛と羨望の眼差しで見られる国の護りそのものとなる。
そんな聖騎士だけで構成されたのが大聖女であるネイナの護衛であった。
そして戦闘開始から十分に満たない時間。
「はぁ……はぁ、んっ……はぁ」
護衛の騎士は既に半分を失っており、残るはNo8を与えられた聖騎士と重傷を負った聖騎士の一人、そして自分だけだった。
ネイナは基本的に周囲を補助し回復する立ち回りが基本の戦闘スタイルであり、攻撃手段が乏しいことから普段は後衛のサポートに徹している。
だが、それでは足りないと思い、多少の無理をして全ての役割をこなしていた。
それでも目の前の吸血鬼には届かない。
重傷の騎士はその脇腹に氷の杭が深々と鎧ごと貫通させており、純白の鎧には赤い線が滴っている。
実力差が明白でもここまで持ちこたえれているのは前衛に一桁台のNo8が居るからに他ならず、二桁台しかいなかった場合は前衛は蹂躙されなすすべなく自分も殺されていたことだろう。
しかし、それは逆も然りで一桁、特に最上位3人が居た場合は目の前の吸血鬼は今この場に居なかった筈である。
そう考えるネイナではあったが、それを考えたところでこの状況が変わるわけでもない。
事実として状況がどちらに有利に傾いているか、視界に映し出される光景から明らかである。
森の中で冷気が立ち籠り、周囲の木々や地面を凍てつかせる大地へと変貌させ、目の前の吸血鬼は大鎌を降ろして首を傾げた。
「うーん、貴方、本当に大聖女ですの?」
突然の聞き捨てならない愚弄するかのような言葉。
本人にそのつもりはないのだろう。
顔を見れば一目瞭然ではあるが、本気で聞いてるのだとすれば尚更質が悪い。
「はぁ……はぁ、なにを……」
(何を言っているんだ、このクソ魔族は? 言うに事を欠いてこの私を大聖女じゃないと? くっそッ)
内心で腸が煮えくり返っているネイナは普段では見せない怒り狂った憤怒の瞳で目の前の吸血鬼を睨みつけるが、しかしその本人はその瞳を歯牙にもかけず、目を細めて何かを思案するようにぼそぼそと呟き始めたのだった。
「赤い髪? 瞳も、……それにこの程度の小娘が、お姉さまの……?」
(なんですってッ!!?)
全ては聞き取れなかった。
だが偶然聴こえてきた吸血鬼の言葉にこれ以上にないほど、馬鹿にされてるのは理解できる。
頭の血が上りすぎて視界がチカチカと点灯するような錯覚を受けたネイナは、目の前で余裕を露わにしている吸血鬼に憎悪の目を向けた。
そしてそれは自分だけではなかったようだ。
重傷を負いながらも腹に手を当て、吐血しながらも吐き出すように怒鳴りつけるは重傷の騎士。
「大聖女様を、愚弄するかっ! ぐふっ……この、穢らわしい魔族がッ!!!」
どこからそんな声が出るのかと思えるほどに怒号を吐き出し、凄まじい血相で吸血鬼へと向かっていく重傷の騎士。
「待ちなっ――「カカシはお黙りなさいな。 【鮮血魔法】――紅血棘」」
「よせっ! メルト、下がれ!」
No8の制止の言葉を無視し、激昂して突貫する聖騎士。
「うぉぉぉぉぉッ!!」
それでも並みの騎士の数倍は早いが吸血鬼の少女は冷めた目を向け、煩わしそうにいつのまにか血を滴らせた手を振るったのだった。
すると滴らせた血の滴は空中で形を変え、目にも捉えきれない程の夥しい数の赤によって重傷の騎士は回避する間もなく蜂の巣にされ絶命して倒れたのだった。
(魔力がっ、……くそ、もう魔法が……)
絶命する騎士を見てることしか出来なかったネイナ。
既に数えきれない程の攻撃魔法、補助魔法、回復魔法を使用しており、持って数回というのが自分自身でもわかっていることから、焦燥感と無力感によって自身の視界が徐々に狭まっていくのを感じる。
すると突然、この場の絶対的支配者である吸血鬼の少女は襲い掛かってくるわけでもなく、何かを考える様に空を見上げだす。
そして数秒してから視線を戻し、静かに口を開いた。
「貴方、アルカードって、ご存知かしら?」
何のことを聞かれているのかわからず、眉を顰めるネイナ。
しかし、その視線が間違いなく自分を見ていることがわかり、どう答えるべきなのか思案をはじめるが、その必要はなかったようだ。
吸血鬼の少女はそんなネイナを見つめると目を細め、憂いな表情を浮かべながら「……そう」とだけ呟く。
その表情は何処か悲しそうな、迷うような表情で視線を逡巡させるとネイナから視線を外す吸血鬼。
(アルカード? さっきから何を言って……。 地名?人の名前?物?国? 突然何を)
訳の分からないこととその反応に思考をぐるぐると回すネイナ。
気づけば吸血鬼の少女は自分の反応を観察するかのようにジッと赤い瞳を向けてきており、それは徐々に、いや急激に変化していった。
「っ……!」
吸血鬼の少女が向けてきた瞳。
それは最初は蔑む態度が含まれていたが、時間が経つにつれ歪んでいき、その目には怒りと憎悪が混じりだしていた。
戦闘中ですら常に何かを考えているような、とても本気とは思えない手の抜かれた戦いに感じていたネイナ。
だがこの時、初めて少女が本気の殺気を込めた瞳を向けてきたことを理解した。
そんな視線に本能的に身体がビクッと肩を震わせ、嵐が過ぎ去るのを待つ様な心境で赤い瞳と目を逸らせずにいた。
離れた位置でありながら、今にも殺されると錯覚してしまうほどの殺気。
視線が固定され手足の震えが止まらず、凍てつく寒気と流れる汗は不愉快でも拭えない、自身の命がいま相手の掌の上だということを理解させられる。
永遠にも感じられるそんな中、終わりの瞬間は意外にも早く訪れるのだった。
突如としてふっと少女から視線が外され、まるで興味を失ったような態度で手に持った大鎌を液状へと融解させ地面へと垂らしていく。
そして背を向け、数歩歩くと振り向きながら少女は口を開いたのだった。
「存じ上げないのであれば結構。 ただ、忘却している、もしくは大聖女の名を騙る雑種であるのなら……最も惨たらしい残酷な最後を迎えてもらうだけ。 ――あの方を悲しませることだけは許さない」
そう言って吸血鬼の少女は背中を見せ森の中へと消えていき、自分とNo8の聖騎士はその姿を黙って見ていることしかできなかった。
それは最後に見せた彼女の様子から私たちが魔族へ抱いている感情と同等か、それ以上の途轍もない怒りが何かに関して感じられたからだ。
結局彼女が何者だったのか、何に関して怒りを露わにし、何故自分にああも大聖女についての確認をしてきたのか。
何一つとしてわからなかったネイナはNo8の進言により安全な場所へと移動し、テント付近まで戻ってくると別の聖騎士達に無事を安堵されながらも思考に耽るのだった。
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