第40話 始祖、とっても我慢する



 流れる雲が空を覆っているせいか、ここ数日夜を共にしていた満月はその月明りを地面へと伸ばせずにいた。


 大地には暗い闇が森林を包み通常であれば足場すらも見えず、明かりに頼るしかないと思える世界を一灯も付けずに草木や葉っぱに掠ることもなく進んでいくリアと2人の吸血鬼。



 リアは特定の場所まで歩くと周囲を見渡し、森の中で不自然に思えなくもない置き物を見つけ半分地面に埋まったボロボロの木箱付近へと立ち止まる。



 「ここかしら? 分かりづらいわ」


 「はい、依頼書の目印にも一致しておりますし、進んだ距離も大方同じかと」



 思わず出てしまった言葉。

 それに後ろから付き従っていたレーテが聞き取りやすく響く声で正確な解答を返してくれる。



 「ありがとう。 なら、ここでやってみましょう」




 次元ポケットに手を突っ込み、中から一応所属している闇ギルド《アビスゲート》で渡された黒いオカリナを取り出し、口元に加えた。


 奏でる音色は《連絡》の合図。


 指孔を指で押さえ、自然と瞼を閉じながら奏でる音色に集中する。



 「~~~♪♪ ~~~♪♪」


 「お姉さまの演奏する姿も……素敵ですわ」



 少し離れたところで嬉しいことを言ってくれるアイリス。

 彼女に薄めに瞼を開き視線を向けると、うっとりとした様子で頬に手を添え熱の籠った瞳を向けてくれていた。



 (ふふ、可愛いなぁもう。  ……レーテ)



 リアはそんな可愛いアイリスと視線が合い、アイコンタクトで笑みを送ると隣のレーテへと目を向ける。



 先日の落ち込んでしまったアイリスを慰めた後、帰ってきたレーテに早速リアは目指すべき理想郷を話したのだが、返ってきた返事は保留となってしまった。


 リア自身が断られることもないと思っていた為に、その返事には少なからず衝撃を受けた。


 アイリスとイチャイチャしてる所を見ても一切の動揺を見せないレーテ。

 そんな彼女に話し終えると珍しく躊躇うような反応を見せ、思考するように口を紡ぐと返ってきた返事は歯切れの悪い話し方で『申し訳ございません』という言葉だけだった。


 何を思って謝っているのかわからず、彼女の顔色からその意図を汲み取ろうとするも普段から無表情な上、彼女自身が本気で表情を隠そうとするとリアですら読み取ることはできなかった。


 アイリスは初めはそんなレーテに怒気の含んだ声で叱責したが、やがて何を察したのかそれ以上は何も言わなかった。


 リアは無理強いさせようとは微塵も思っていないが、何か理由があるのなら話してほしいという気持ちはある。

 今回の聖王国に行くと話した時も普段の彼女とは思えない様子で同行を願ったことから、恐らく同じ内容なのではないかと思わなくもないが、無暗に立ち行っていいことなのかわからずにいた。




 先日の出来事を思い出しながら手元のオカリナに意識を戻し集中するリア。



 闇ギルドで使用している黒いオカリナは特殊な材質で造られているらしく、これから出される超低音は聴き慣れない者が多く大半の人間が反応すらできない音域らしい。


 奏でる音色は単調であり、同じ暗号を周回するだけのつまらないものでもある為、リアは5周した辺りで自己流に変えたくなってくるムズムズとした欲を抑えながら奏でた。



 すると森の茂みから一人のローブ姿の男が表れる。

 首元には黒いオカリナをかけていることから、拠点への案内人だろう。


 確認されてから奏でるのも面倒であり指示されるのも嫌だった為、姿が見えた段階で《証明》の音色へと変え2周だけ吹くリア。



 「印章持ちか、……着いてこい」


 「……」



 ローブを纏いながらも素顔を晒す盗賊のような男はリア含め3人に目を流し、一通り確認すると振り返ってお構いなしにずんずんと進んでいく。


 リアは視線だけ後ろの二人に向け、先を歩く男へとついていくことにしたのだった。




 移動を開始して10分ほど。

 大森林の中を歩き続け、そしてたどり着いた。



 そこは草木の景色と同化しており、一見何もないように見える場所。

 急な段差を降りると歩いてきた方からはリア達の姿が隠され、木々に密集する場所に巧妙に隠された土色の扉。


 (へぇ、《アビスゲート》って街中だけじゃないんだ。 足を運ぶの面倒そう……)



 中へ入れば人が並んで3人は歩ける通路へとなっており、イストルムの支部より不衛生で盗賊が使っていそうなアジトを連想させた。



 道中には無数の扉があり、それらは意外にも入口付近より清潔に保たれている。

 そして漸くの目的地に微かに溜息が漏れるリア、眼前に聳え立つ大扉は最低限に清潔さが保たれてはいるがよく目を凝らしてみるとやはり汚い。


 (正直・・・辛気臭いっていうより、ジメジメしてるなぁ。 グレイの所はそれなりに綺麗だったからあれが普通なのかと思ったけど、闇ギルドの支部はそこのマスターによって変る感じかぁ)



 案内をする男は扉を殴るように荒々しくノックし、中の人間へと声を張り上げた。



 「頭ぁ、イストルム支部からの印章持ちだぁ」



 「おぉぉ! 空いてるから入ってこいやぁぁ! 誰だぁ?こんな時によぉ!!」



 扉越しに聴こえてくるは1度聞けば分かる呂律の回っていない巻き舌。


 怒鳴り声にも似たそれは聞くに堪えない怒気が含まれており、この先の展開を察したリアはフード内で眉を顰めげんなりしたのだった。


 ここの支部は随分酷いギルドマスターを置いているようだ。

 グレイは口うるさいマスターではあったがまだ話しは通じる部類の人間だった。


 (これは面倒ごとの予感がするわぁ、……さっさとグレイからの荷物を渡して宿に帰りたい)



 案内人は扉を開き、物理的に上から目線でリア達を中へ入るよう顎で促す男。



 扉の先には執務室だというのがわからなくはない部屋の光景が広がっていたが、グレイの部屋とあまりにも違う内装に顔を顰めてしまう。



 広がる室内はそれなりの広さでリア達が聖王国に来てから利用している宿の部屋と同じか少し小さいくらいの大きさだろうか。


 最奥に置かれている執務机の上には整理されていない書類が乱雑に置かれており、その少し手前には木製のテーブルと革製のソファが3つ。


 どちらも劣化が酷く、切り傷や無理やり破いたような後が見て取れるが、そこに座っている輩たちを見て察した。


 (盗賊か何かな、いや闇ギルドも考え方によってはそっち方面か。 やっぱりあのグレイが特殊だったのよ)



 ソファにどっかりと座っている眼帯の男は部屋へと入ってくるリア達へと目を向ける。

 すると目つきの悪い目元の眉をピクッと動かし、真っ赤になった顔で地面に転がる酒瓶を気にする様子もなく気だるげに口を開いたのだった。



 「どんな奴かと思えば……なんだそりゃ?」



 後ろから大扉が乱暴に閉まる音が鳴り響き、案内の男も一緒に入ってくるのを【戦域の掌握】にて感知したリア。


 リアは今すぐ目の前のこいつを殺すべきなのか、真剣に悩んだがさっさと渡すものを渡して出た方が無駄な体力を使わずに済むと思い、務めて冷静な態度をとることにした。


 もちろん、今にでもこの場の人間たちを皆殺しにしそうな気配を纏っているアイリスへ、まだやらないようにというアイコンタクトを送る事は忘れない。



 「グレイから荷物を預かってる、ホルデイン支部のギルドマスターへと」



 次元ポケットから荷物を取り出すと見せるように差し出すリア。



 「あん? あぁ、そういうことか」



 そんなリアと荷物に怪訝な表情を浮かべた眼帯の男は何を思ったのか、途端に閃いたように口元をだらしなく歪めた。


 その男の後ろには同席していた男達が6人ほどおり、皆同じようにニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて視線を向けてくるのを肌で感じる。


 リアは内心で再発した、殺すべきか少し我慢してとっとと終わらせるべきか真剣に悩み、2つの勢力が争いだした所で現実へと目を向けた。


 今はまだ我慢勢力が優勢なようだ。


 

 「これよ」そう言って歩みより手の届く距離で荷物を差し出すと、眼帯の男は素直にそれを受け取る素振りを見せ、そして―――落とした。



 「おっと、手が滑っちまった。 悪い悪い、ソレ拾ってくれねえか?」



 場には静寂が広まり、後方ではアイリスのギリッと鳴らす歯軋りが聴こえてくる。

 そして彼女を諫める様にレーテが動いてくれるのを感知していたが、同様にリアも同じ想いを抱いていた。


 どうする? やるか?やっちまうか?

 リアの内心では殺っちまう勢力に増援が確認され、終わらせ勢力が押されているのをひしひしと感じながら内心で頭を振るう。



 (落ち着こう、ここでこいつを殺すのは簡単だけど、一瞬の怒りに身を任せ全てパーにするのは駄目よ。 もしかしたらこいつはそれなりに重要な役割を持っている……なんてありえないとは思うけど、可能性はあるかもしれない)



 前世ゲームでの重要NPCを間違えて殺めてしまい、積みかけた思い出を必死に思い出すリア。



 落ちてしまった荷物を拾おうと膝を降り、手を伸ばすと頭上から眼帯の男の声が聴こえてきた。



 「そんなローブしてちゃ拾いにくいだろう、俺がとってやるよ」



 男の腕が伸ばされるのを感じ、その薄汚い腕を嫌々ながら掴み最大限の理性を働かせて捻り上げるリア。



 「あっ! た、たっ! ま、待ちやがれクソがぁぁ!!」


 「なんのつもり?」


 こんなんでもギルドマスターなのだから手加減をしているが果たしてする必要はあるのか、と本気で疑問に思いながらも加減を加え、恐らくあと1mmでも動かせば骨が折れる所で止める。



 「ほんの遊び心じゃねえか! こっここで、一戦交える気か!?」



 ソファに座っていた輩たちは席を立ち、扉の所に控えていた案内した男でリア達を囲むような立ち位置を取り始めるが、アイリスもレーテも気にした様子を微塵も見せずジッとしていた。


 (全滅させるのは容易いけど、今回の目的は殺すことじゃない。 何より一応は依頼でもある為失敗するのは避けたいわ。 はぁ……)


 仕方なく手を放すリア、手を開放された男は痛めた腕を抑えながら睨みつける様に怒りを踏んだ視線を向けてくる。



 「いててっ、ったく、この落とし前はどうつけるんだ女?」


 「余計なことはしないで黙って受け取りなさい」



 有無を言わさないリアの言葉に眼帯の男はどう思ったのか、ジッと目の前のリアを見詰めると荷物へと視線を向ける。



 「ほう、そんな大事なもんなのかこれ? あのグレイかたぶつからってことはまぁ、……大したものじゃないだろ」


 リアに差し出された物を摘まみ上げ、天井を見上げながら気怠そうに口ずさむ眼帯の男。


 (酔っ払いの相手面倒だし、これで依頼は終わりよね。 さっさと帰ってグレイを問い詰めなきゃ)


 何か言ってくる前にこの場を立ち去ろうと振り返り扉へと歩いていくリア。


 するとリアに聴こえるようにしてわざとらしく声を張り上げる眼帯の男。



 「あーあ、読む気起きねえなぁ……破いちまおうかな、これ」


 「……」


 足を止め振り向いた先では眼帯の男が厭らしい笑みを浮かべ、勝ち誇ったような態度で眉を上げていた。


 正直この場合、《アビスゲート》ではどうなるのかリアは知らない。

 ただ、自身が務めた依頼を未達成で終わるというのはランカーとしても、未だ依頼達成率100%であったリアのプライドが許さなかった。


 ではどうすればいいか?

 無理やり読ませる? 読んで上で印章を渡すように脅す? それとも眷属化させる?


 リアは悩んだが頭の小さな片隅、全体の1%にも満たないようなどうでもいい筈の分類に含まれたそこにグレイの小言が思い浮かんでしまった。


 「俺が受け取らなきゃ、アンタは依頼を失敗したと見做されて後が大変なんじゃないか?」


 手に持った荷物を煽るように宙へと振り、明らかに目的のある目でニヤニヤと笑みを浮かべる男。

 そんな男にリアが反応する前に、黙って後ろで聞いていたアイリスが反応を示した。



 「虫の分際でお姉さまにッ、私が――」


 「お嬢さま」


 「……わかってるわ」



 すぐさまレーテが止めに入るが、抑えきれない怒気を含んだアイリスの声はそれなりに部屋に響いていたようだ。

  そしてそれは止めに入ったレーテの声も同様であった。



 「おいおいっ! お嬢さまなんかお前ぇ? いつから闇ギルドは貴族様の遊び場になったんだぁ?」



 面白がるような声音で皮肉交じりで喚き散らかす眼帯の男。

 そんな男に周囲の輩たちは呼応して騒ぎ出すとその赤くした顔で目線を向けながら笑い始める。


 ちなみにレーテやアイリスが名前を言わないのは『リアの独占欲からくるお願い』でそうなったのが理由だったりするのだが、今回はそれが相手を助長させる材料になってしまったかもしれない。



 「ギルマスぅ、俺そろそろ我慢できないっすよ」


 「俺も俺も!」


 「まぁ、待てやお前ら!」



 眼帯の男は周囲を面倒くさそうに手を払いながら諫め、リアへと視線を戻す。



 「読んでやってもいい、だが……条件がある」


 「……」


 条件、なんて可愛い言葉では恐らくないだろう。

 リアは目の前の男の言葉に耳を傾けながらも内心では目の前の男をどうするべきか、必死に言い訳を考え荒れ狂っていた。


 (こいつやるか? そうよ、私がやったとしてもこれ私のせいじゃないわ。 グレイが悪い、こんな男がいるギルドに私を送る? うん、私は悪くないわ。 全部あの眼鏡がいけない。 でも酔ってるっぽいしなぁ……醒めるとまとも説あるのかしら)



 「なぁに俺も悪魔じゃねぇ、全裸になれとは言わねぇさ、今はな。 とりあえずよぉ、ローブを取ってみせろってだけな話だ。 簡単だろ?」



 そう言っておどける様に肩をすくめる眼帯の男。

 一拍子ほどの静けさが部屋に広がると、段々と周囲のMOB達は騒ぎ出し、脱衣コールをしだす。



 「「「「脱ーげ、脱ーげ、脱ーげ!!……」」」」



 赤く染めた表情、馬鹿面を晒すMOB、大きな声で無意味に喚く言葉、そして向けてくるは下種めいた思想が透けて見える濁った瞳。



 この瞬間、リアの中の言い訳や遠慮、依頼の未達成などについての心配は何処かへ吹き飛んでいた。



 「はぁ……全部あの眼鏡が悪い」



 それなりの出力で【祖なる覇気】を周囲へと撒き散らすことにしたリア。


 もちろん、アイリスとレーテにはピンポイントで効果適用外として意識の外へ外し、向けるは喚き散らかすゴミどもと目の前の酔っ払いだ。



 覇気プレッシャーがその効果をきちんと齎したのかは、目の前の男と周囲の反応から見て取れる。


 眼帯の男は茹蛸の様な肌をしていた筈が青白く変貌させ、額にはびっしょりとした汗を浮かび上がせながら息を止め、崩れる様にして膝を地面へとつきはじめた。


 数秒して漸く呼吸の仕方を思い出しのか、荒々しくも浅い呼吸を繰り返し、夢中になっていた呼吸の中で徐々に頭を上げていきリアへと震えた視線を向けだす。



 「酔っているみたいだから見過ごしてあげようと思ったけど、聞くに堪えないわ。……誰から死にたい?」



 静かな空間、僅かなうめき声と浅い呼吸音が聴こえてくる部屋でリアは眼帯の男へと歩み出す。


 コツコツッと踵を鳴らす音を響かせ男の眼前まで来ると、リアは次元ポケットから怒りで思わず取り出してしまっていた『レーヴァテイン』の切っ先を向ける。


 切っ先にはドロドロと融解した溶岩が不自然に剣の形を保ち続けながらも、白く染まった尋常じゃない熱量を放ち地面へと水滴のような何かをぽたぽたと垂らしている。


 部屋には物質が超高温にて熱せられる音が鳴り響き、眼帯の男は信じられないものを見るかのように目をこれでもかと見開き呼吸を止めリアを見つめるのだった。



 「貴方から死ぬ? ギルドマスター」

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