第35話 悔恨の先の百合
目が覚めると見知らぬベッドにいた。
布団をもぞもぞと動き、横になってた上体を起こすと周囲を見渡す。
「んっ、ここは……あれ?」
見渡せば知らない場所に居て、ベッドの上から見た屋内の部屋造りはイストルムで借りていた高級宿と遜色のないレベルの豪勢な部屋。
置かれている調度品や家具などは系統は違うが、ここがどこかしらの宿だというのはわかる。
白いカーテン付きのベッドに金色の刺繍が施された絨毯、暗闇の中でもピカピカと光るのは同じく純白なテーブルとソファ。
部屋の隅には木製のクローゼットとタンスが置かれており、真正面に見える壁には横長のキャンバスに見たことのない風景が飾られている。
見事に部屋全体が白と金模様で染められており、神々しさというよりはどこか神聖な雰囲気を連想させるそれらに、薄々と此処がどこなのか想像できてくる。
「どうして私は……ここに?」
見れば少し離れた場所にあるカーテンから白い光が漏れ出ていること、そしてそれが見慣れた月明りであることから外は既に夜であることがわかる。
リアは額に手を置き、必死に頭を働かせながら大森林でのことを思い返す。
(あれ、待って、私本当に何してたの? あれー、まずいあの時は眠すぎて正直あんまり覚えてないわ。 ……確か、猛烈に眠くて、それを見かねたアイリスがレーテにおぶって貰うよう提案したんだよ。 それで、うーん何かと出会った気がするんだよねぇ)
必死に記憶の回廊を辿り、漸く森の中で騎士の様な風貌の集団を見た気がしたと思えるくらいまで思い出してくるリア。
しかし、既にその一件は終わっているのだろう。
それは今自分がここにいることによって証明されている。
だが、この訳のわからない状態でも確かなことが1つだけある。
「私……またやっちゃった?」
リア自身が何かをやらかしたということだけは確かな現実。
あの状況から意識があやふやな自分が何もしないわけがない。
(わーばかばかばかばかっ!! 私のばかー! なんでイケルって思っちゃったの? 学びなよ、今までそれで行けた試しがあった? いや行けてたけどさ! でもそれは
自分のやらかし具合を誰かに聞かなくてもある程度理解できてしまうリア。
彼女の中ではやらかしてない、なんてことはありえないと既に完結している。
リアの中にかつてクラメンに言われた言葉が唐突にフラッシュバックさせた。
金の髪を靡かせた黒の修道服を身に纏う陽気な母性溢れる女性。
碧眼の瞳を太陽に輝かせながら、ヒイロは指をピンと経てて説教というよりは語り聞かせるように幾度も注意を促す光景。
『良い、リアちゃん? 眠気がある時は素直に眠てね、リアちゃんは眠くなると絶対に変なことしだすから。 眠い時のリアちゃんを私たちが何て呼んでると思う? "暴走"リアちゃんだよ? 私としてはそんなリアちゃんも可愛いんだけど、この意味わかるかな? いい?もう1回言うよ。 絶対に眠くなったら寝るんだよ』
これはリアにとってまるで昨日のように覚えていることで、それ以降、
だが、こちらでは止めてくれる
自分の愚かさ加減に呆れ、手元で目を覆うようにして思わずせりあがってきた溜息を吐き出してしまう。
そこで同じベッド内のすぐ隣から、まるで布が擦れるような音が聴こえてくるのを耳が拾い、思わず視線だけをチラリと横に移す。
そこには布団を被りながらも白い肩を露わにしているレーテの眠る姿が映り込んだ。
目が釘付けになり、思考を停止させるリア。
どうやらあまりのやらかしによる動揺で、真隣の彼女の気配すら気づいてなかったようだ。
見れば【戦域の掌握】にも、感知されたレーテの反応が頭の片隅に表れていた。
またしても自分の失態に今日何度目かの溜息を静かに漏らす。
するとそんな溜息が聴こえたのか、もぞもぞと布団の中で動くレーテはゆったりとその瞼を開け、暗闇の中でも美しく光る赤い瞳を向けてきた。
「……んっ、おはようございます。 リア様」
いつも通りの言葉に思わずキョトンと見つめてしまい、取り繕うように微笑みを浮かべるリア。
「えっええ、……おはよう、レーテ」
(隣に居たの!? え、ていうか何で裸? ……わぁ、形が良いしおっきい、レーテは本当に良い形をしているわ美乳というやつね――じゃなかった)
思わず視線が顔の少し下に向かってしまったが、やらかした人間として反省の意は見せないと、と思ったリアは慌てて視線を上げる。
そんなリアに上体を起こしながら服を纏わないレーテは不思議そうな顔を浮かべ眉を顰めた。
「お加減はいかがですか?」
(ひぃ、ごめんなさい!! 十分に元気になりました! どうしよう、怒っては……なさそう? 呆れても、ないかな?」
「うん、大丈夫よ。 それより、私が寝てしまう前、それと後の事を教えてくれないかしら。 正直全然覚えてないの」
平謝りしたいリアだったが、何をしたか知っていなければ謝るにも謝れないと思い逸る気持ちを必死に抑え、落ち着かせた心境と表情でレーテに問いかける。
そんなリアの心境を知ってから知らずか、レーテは了承したように頷くとすぐにその話しを始めてくれたのだった。
そうして淡々と話し始めた内容、それは――――
リアの様子がおかしい状態だったこと。
そんなリアにアイリスがおぶってもらうような提案をした時、偶然にも現れた聖王国の騎士団のこと。
アイリスが不審な人物として囚われそうになった時、蹂躙せずに聞いたことのない"名前"を名乗ったリアが何故か侍従のような対応を始めたこと。
そして―――
レーテが1つの報告をする毎にリアの心には鋭利な刃物が突き刺ささる。
前半戦を終えた頃には自分自身に言いたい事がありすぎて、呆れを通り越し疲弊しきってしまったリア。
起こした上体を再びベッドへと投げ出す。
ポスッと乾いた音を響かせながら質の良いマットはリアの体を受け止め、その妙な肌触りの良いまるで人を選ぶかのような材質から、余計にリアの心にダメージを与える。
(……私、何やってんの? いや、本当に何やってんの!? ただの騎士団にレーヴァテイン出すとか正気か!!? それにスロットに登録してた24時間に5回限りの【獄焔魔法】使うってアホだよ? 私アホすぎるよ……。 あんな規模の魔法ブッパするとか絶対国内で大事になってるよ、間違いない。 それにこの宿、私の為に二人がわざわざ危険な聖王国内で探してくれたんだよね、きっと)
目元を覆う様に腕を置き、ため息を漏らすリア。
そんなリアの様子に心配するように覗き込み、その美しい胸元を惜しみなく晒しながらレーテが問いかけてくる。
「……お休みになられた後のご報告は、また日を改めますか?」
レーテの真っすぐとした赤い目からは心配の色が色濃く見え、その気遣いに乾いた笑みが漏れながらも否定する様に首を左右に振るう。
「ううん、いまお願いするわ。 ちょっと自己嫌悪に陥ってただけ……―――え、なんで私も何も着てないの?」
先程から妙に寒気を感じるとは思っていたリアだったが正直それどころではなく。
動揺と混乱、加えて状況の把握に意識を割きすぎていた事もあり、今更になって自身が一糸纏わぬ姿でいることに気づいたリア。
そんなリアの疑問にレーテは不思議そうに目を開き、そして淡々と答えた。
「私の目には、リア様が魔法を放たれた後、既にお持ちになっていた剣と一緒にその衣類は姿を消していたと記憶しております」
……なんですって?
え、つまり私は武器をインベントリに戻すのと一緒に、身に付けていた装備も纏めて全てしまってしまったということ?
(もう何も驚かないわ、うん。 眠気を感じたら寝よう)
やらかし具合の許容量を超え、無の極致へと辿り着いたような気がしなくもないリア。
そんな彼女の内心を知らないレーテは、その能面のような表情を僅かに赤らめながら躊躇いがちに口を開き始めた。
「私如きがお召し物を勝手に決めるのも如何かと思い、僭越ながらこの身で衣類の代わりになれば……と」
ぐふっ
リアの無の極致は容易に砕け散った。
つまり、レーテは肌で温める為に、自分自身も裸になって添い寝をしてくれていたということだろうか。
(今はこんな気持ち抱いちゃいけないとわかってるけどそれでも言いたい。 可愛すぎない? あのレーテが言葉にするのも躊躇うほど、恥ずかしがりながらも私の為にしてくれたってことでしょう? あぁ、今すぐ押し倒して深く交わりたい。 ……でも我慢よ私。 ――あっ、でもでもお礼くらいは言うべきよ)
今すぐ目の前の彼女を愛でたいという気持ち、そして今は大人しく報告を聞き自分自身の失態を認識しなければいけないという気持ち。
どちらもせめぎ合うそんな中。
リアはレーテの頬に手を伸ばし、慈しむように優しくなでると顔を近づけ、その首元にキスをした。
「ちゅ……ありがとう、レーテ。 貴方にはいつも助けられてるわ」
本当はこのまま、吸血やその可愛い唇を塞いで胸の奥底から昂るこの気持ちを全てレーテにぶつけたいのだが、それはまた今度と身を切るような思いで我慢するリア。
レーテはそんなリアの行動にキョトンとすると、次の瞬間にはボンッとその美しい顔を一目でわかる程に頬を染め出し、珍しくも慌てた様子で狼狽えだしたのだ。
「いっいえ、私はアイリス様とリア様の従順な僕ですから……。 当然のことをしてるだけで、ございます」
これ程狼狽える彼女の姿を見たことのないリアとしては思わず笑みを零してしまいそうになり、これからは自分のターンだと改め、気を引き締める。
「ふふっ、可愛い。 でも、そうね……続きが聞きたいわ。 私の失態のあとの、続き」
自身を叱咤するという意味でも笑みを引っ込め、少しだけ真面目な顔でレーテへと視線を向けるリア。
そんなリアの表情を見たレーテは即座に表情を切り替え、「失態というほどでは」っと小さく呟きながらも話を再開しだした。
「……リア様がお休みになられてからですが。 結論から申し上げますと、聖王国内では未だ類を見ない規模の大魔法に混乱が続いております。 既に騎士団の大騎士隊規模が大森林へと派遣されており、噂ではそこに大聖女までもが同行し原因の究明に努めているとか」
「……そう」
レーテに聞いた通り、自身がレーヴァテインを用いて【獄焔魔法】を行使したのなら当然の事態であり、ある程度開き直り事実をありのままに受け入れたリアとしては予想の範囲内の答えではあった。
しかし、"大聖女"という単語に反応を示したリアは同時に一つの希望的観測を抱いてしまう。
すなわち、大聖女が仮にリアの知るヒイロであるのなら、本来の【獄焔魔法】では成しえないレーヴァテインの
なくはないかもしれない。
例え大聖女がヒイロと確定したわけではないとしても、可能性の1%としてはあるのかもしれない。
だが、リアは閃いた希望的観測を忘れる様に頭を振るい、くだらない可能性を思考から追い出しベッドから降りる。
(目の前に答えがある所まで来ているのに……下らない希望を見るのは愚かね)
そんなリアの様子をベッドて薄い布一枚を手に持ち見つめていたレーテ。
「リア様……どちらへ?」
リアは魔法にて血のカーテンを造り、インベントリにしまってしまったガチ装備を身に纏いながら振り返った。
「魔法を使った場所を見に行くわ。 それと居るかわからないけど、可能ならもう大聖女を一足先に観てしまいたいわ。 アイリスもそっちにいるんでしょう?」
ここに居ない可愛い妹のことを考え、あの子がこの場に居ないのであれば自分の為に一足先に行動してくれているのだろうと考えるリア。
「はい、アイリス様はリア様が眠られた後、この宿に入って直ぐに『確認しておきたい事がある』と出ていかれました」
自身が眠った後ということは移動時間を考えても昼前後。
アイリスの強さを考えればよっぽどのことがない限り大丈夫だとは思うが、未だ戻っていないことを考えると少しだけ不安ではある。
今回のうっかりに関しては、アイリスとレーテ二人が居る時に話すのが良いだろう。
必要であれば1日くらい、この体を好きにしてもいいとすら言える覚悟がリアにはあった。
決してリアがそうしたいという訳ではないのだが、そうする為にも今すべきこととしてまずは、この胸の内にあり続けているモヤモヤを解消する為にやらかした場所へと向かうことに決める。
そうしてアイリスと大聖女がいるかもしれない大森林へ向け、リアとレーテは宿の部屋を後にするのだった。
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