第9話 始祖、楽がしたい
愛竜に向けて突然の魔法攻撃。
その大きさから比較しても少なからず傷を負ってしまっているであろうと思えた攻撃、リアは怒るでも悲しむでもなく、只々内心不思議に思っていた。
(アイリス……突然どうしたのかしら? 顔を見るに……統制しようとした、とか? ペットの説明とかしてなかったけど、もしかして驚かせちゃったかしら。
蒼白とした表情で浅い息を繰り返し、立っていられず座り込みながら荒々し息を繰り返すアイリス。
その様子から彼女がこの子に危害を加えようとして攻撃したのではなく、彼女自身わかっていないようにも見えるが一種の防衛本能のようなものが働いたんじゃないかと解釈する。
その証拠に、魔法の効果が早くも解かれており、黒竜に向かっていった氷柱は跡形も無く空気に溶けてなくなっていた。
激しく上下に揺れながら肩で息するアイリスは努めて息を整えようとするも、突然思い出したかのように勢いよく顔をあげた。
「あ、あっ、リアお姉さま……もっ申し訳ございません。わ、私――」
呼び出した竜に唐突な攻撃、たぶん私が怒ってるとでも思ってたのだろう。
血の気が急速に失せ、蒼白を通りこして真っ白へと変貌させたその顔色はとてもじゃないが見ていられなかった。
「気にすることないわ、アイリス。この子にしてみれば体を冷やしてくれたくらいにしか思わない筈よ? 私が本気で攻撃しても多少痛がるくらいなんだから、気にしないでいいわ、ね」
座り込む彼女に歩み寄り、怯えた様子で震えるアイリスを抱き寄せる。
(アイリスはこの世界の強者。であればこの子を見てその危険性を感じ取ったのかしら? ていうかあの子、何をされたのかもあまりわかっていなそうね)
両翼両手足を行儀よく揃え、その厳つい姿からは想像もできない様子で尻尾をフリフリと振る
賢者戦では、その小回りの利かなさから中位の【氷結魔法】を使用していたアイリスだったが、今回は当たることが前提の最もダメージが入る【凍結魔法】を行使していた。
選択としては間違ってない。
上位魔法と中位魔法とでは、範囲・威力・
1回限りで決着をつけるなら私でも、迷わずそうするだろう。
何故、瞬時に発動できたのかは不明だけど、もしかしたら――
(私が思ってる以上にアイリスは氷系統の習熟度が高いのかもしれない)
リアと目が合い、首を微かに傾げる様子から、先程の攻撃を歯牙にもかけてないことが窺える相変わらずの鉄壁の防御力だ。
「レーテは、……貴方もキツそうね」
「……申し訳ございません。目にした途端、体に震えが」
二人の反応からゲーム的に何が起きてるのか思い起こし、似たような状態や盤面、状況を考えすぐに答えに行きつく。
レベル差+ステータス差じゃないだろうか。
レベル差だけなら自分にも当てはまるが彼女らが今のようになった様子はない。
精々、リアがただの吸血鬼じゃないと同族補正の直感で理解するくらいだったはず。
ではなにか……。
私とあの子の圧倒的な差。
それはかつてダンジョンの裏ボスとして君臨していた、馬鹿げた程の膨大なHPと堅牢すぎる鉄壁化け物ステータスじゃないだろうか?
そう考えると彼女たちの反応が窺える。
もしかしたら他になにか理由があるのかもしれないが、今はこれ以上に思い至るものがない。
ゲームの頃の情報を頼りに思考しているがゲームとは違う異世界なのだ。 自分の知らないことがあっても不思議ではないと納得するリア。
「事前に教えずに呼んだのは悪かったわ、でも安心して? あの子はああ見えて私の言うことはちゃんと聞くと思――」
二人の
ギュゥゥゥゥゥ
見た目に反してどこか甘えた声を出す黒竜。
振り返れば眼前には白と黒のドアップが映り込み、直ぐにそれが自身の愛竜の頭部だと気づく。
鼻の部分だけでも自身の上半身より大きい顔を押し付けられ、高ステータスでありながらも
「ティー! 会えて嬉しいわ。また私に力を貸してくれる?」
「ゴォォォォォォォ!!」
言葉を理解したのか、意味は分からずとも返事だけはしてくれたのか。
ティー。 ボス名〈不理竜ティターヴニル〉
その猛々しい咆哮は森全体に響き渡り大気を震わせると、周囲の木々をなぎ倒し、リアの気のせいでなければ半径数km範囲で生体反応が一斉に遠のいたようにも思える。
深夜だから大丈夫だとは思うけど、面倒な相手を引き寄せないだろうか?
森から竜の咆哮なんか耳にしたら、周辺で大騒ぎになっていてもおかしくはない。
「まあいいか」
移動してしまえば、仮に調査のようなものがあっても行き違いになるだろう。
そう思いながら、まるでダンプカーにド突かれるような衝撃でティーにの相手をいなしつつ、アイリスとレーテへと振り返った。
二人の表情は平常とは言えず、その固まった様子や鼻に届く冷えた汗の匂いから、彼女たちがティーに最大限の警報と恐怖を覚えてることは間違いない。
でも、こればかりは仕方ないのかもしれない。
リアがいくら大丈夫、安全と言ったところで、身に染みて感じる本能とも言えるソレはすぐに消えることはないだろう。
それなら追々に慣れていけばいいのではないだろうか。ティーへの耐性ができるのであれば、並大抵の相手には恐怖を抱かないようになる訳だし。
「ティー。私達を乗せて、少し離れた都市へ送って欲しいの」
額を
言葉を理解しているのか、ティーの金色の瞳がリアから逸れた。
数秒リアの後方、アイリスとレーテを眺め、微かに鼻を鳴らすと興味を無くした様にそっぽを向いた。
その態度はまるで、自分よりも弱い存在を乗せたくない、と嘲るような見下す態度が節々と感じられる。
その傲慢にも思える態度に、ふっとティーのゲーム内設定を思い出す。
完全ソロ用ダンジョン『夢幻の狭間』の最下層ボス。
ゲームとしてのダンジョンクリア者はもちろんのこと、フレーバーテキストの設定としてもティターヴニルが警戒した存在は世界に1匹としていないという。
生まれながらの絶対強者だからこそ、これまで一度として命を脅かされたことがないのだろう。
同種であり同じ生物界の頂点とも言える古竜種ですら、自分と形の似たただの爬虫類としか認識してないという内容がどこかに記載されていた気がする。
思えば初戦の時ですらそんな感じだった気がする。
始めはあらゆる攻撃に反応すら見せなかった。
淡々とした様子でまるで虫を潰すかのような反応、それが初めてダメージを抜けさせた時のこの竜の驚きようは、とてもじゃないがAIとは思えない様だったのを今でも鮮明に覚えている。
世界初の最新型AIが搭載されてるゲームとしてNPCやモンスター、動物の動きにも数年と付き合えば徐々に慣れて来てた筈だったが。
流石に強大で悍ましいボスモンスターが人間味のある反応――ギョッとした態度――をすればこちらも驚くというものだ。
(あの時は本当に驚いたわ、懐かしいなぁ……、っとと)
つまり、それ程までに自分とそれ以外で世界が完結しており、自身が認めたもの以外は背中に乗せたくはないということではないだろうか。
そう考えるとティーの二人への反応は『らしい』と言える。
だがそれとこれとでは話が別である。
二人はリアの大切な可愛い同族、軽んじていい相手では断じてない。
その価値観を抱いたまま一緒に行動するというのは必ずどこかで亀裂が生まれる。
呼び出して早々、悪いがわからせる必要がある。
「ティー、私のいうこと聞きたくない?」
目の前に聳え立つ山の如き巨竜はリアの言葉に反応し、そっぽを向いていた顔は徐々に主人へと向けると、巨眼な金色の瞳とリアの紅い瞳が交差する。
(ティーは産まれながらの強者、生半可に言っても恐らく聞く耳を傾けはするが頷きはしないだろう。 それなら仕方ない、少し強めに)
「同族、……わかる? 私の
『自分のモノ』であることを強調し、軽んじていい相手ではないということを本能に刻み込む。
ティーが自身の言葉を聞いて話を理解しているということはわかっている、であればあとは当たり前のことを伝えるだけ。
ティーのことは本当に大事な存在。
けど、ティーの"小さな"こだわりは、今は求めていない。
相手に有無を言わせない、既に決定事項として頷く以外の選択肢を与えない言葉。
それは生まれながらに絶対強者として生きてきたティターヴニルにとって、自分よりも上をいく絶対の言葉。
そんなリアの覇気ともいえる気配にあてられたのか、彼女が言葉を紡ぐ毎に縦長の瞳孔が震え、高いとこに位置していた頭は跪くように下げていく。
白く光る双角の熱気が感じられるまで距離が近くになり、差し出す様に頭を下げたティーにお願いを聞いてもらえたことでほっとする。
最悪、体にわからせる必要があった。
「ありがとうティー、お願いするわ」
そう言って黒竜を見つめるリアの視線には、先ほどまでの絶対的強者然とした、場の空気を支配した存在とは思えない程に慈しみに満ちた表情が浮かべられていた。
話は纏まったと後ろで固まってるであろう二人に振り返る。
そこには先程とは正反対に顔を赤らめ何やらモジモジした様子のアイリス、そして光の加減からか更に顔色を白くしたように見えるレーテ。
先にティーの背中――というよりは両翼の生え際より少し首に近い位置――へと飛び乗り、後から続くは未だに緊張が解けてない様子で足を踏み込む二人。
仕方ないと理解しながらも苦笑が漏れ、レーテに方角を聞いて自身の愛竜へと指示を出す。
「それじゃあ行きましょうか」
黒竜は返事の代わりに静かな唸り声を上げ、両の黒翼を力強く仰ぎだした。
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