第8話 異世界とペットはセット




 注がれた感情の含んだ視線に気づかぬまま、目的に至る為の手段を思考する。


 そんな問いかけにアイリスの侍女であるレーテが控えめに手を上げた。



「街……いえ、その中にある冒険者ギルドや商人ギルドではないでしょうか」



 レーテがそう提案する中、主人であるアイリスは最初から答えるつもりがなかったのだろうか。

 隣で腕を組みながら黙って従者の言葉に耳を傾けていた。


 その姿勢に、二人の信頼関係のようなものを垣間見えた気がした。


 単にアイリスが知らない、という可能性もあったが吸血鬼は基本階位至上主義である。


 発言の自由すら許さない、なんてことも僅かに想像していたがどうやら杞憂みたいだ。



(これがリアル主従関係! ……いいわぁ。というより、この世界にもギルドクランは存在するんだ。もしかしたらゲームの世界観設定とそう変わらないのかもしれないわね)



 ゲームではそれなりの村や街に行けば、必ずと言っていいほど冒険者ギルドが点在していた。


 ギルドの使用用途は様々である。

 受付嬢含む、様々なNPCからのクエストや謎解き、そしてサブストーリーなどを体験できる依頼クエストなど。

 それらは受注し達成することによって報酬、攻略の鍵になるような重要アイテムが得られたりすることもあった。


 まぁ、得られる情報やクエストもその冒険者ランクに適したもののみなんだけどね。



 果たして私の欲しい情報は異世界こっちでも手に入るのかしら?



「いいわね、それ。此処から一番近い街でギルドがある場所はわかる?」



 ギルドに行くにしても近くにないと話にならない。

 というより、今更にはなってしまうが私はここが何処だかもわかっていないのだ。



(それよりも重要なこと——アイリスの想い人の有無——があったから仕方ない)



「はい、馬で移動するとした場合、休憩などを考慮して北へ4――いえ3日ほど移動した先に大陸の主要都市商業都市イストルムがございます」


「3日……形態変化で行くにしても骨が折れそうな距離ね。どうしようかな」



 一番近くの街ですら馬に乗って半日、思った以上に近辺にはなにもないようだった。


 どうしたものかと、何もないとわかっていながら辺りの木々を見渡し、そして空を見上げる。



 視界いっぱいに広がる常世の夜。

 その光景は見る者の思考をクリアにしてくれるようでいて、余計な考えを省いてくれる。


 そして残ったもの、それはこの不思議な現象の起因となるものへの不満だった。


 "そんな場所世界に知識すら与えることなく放り出したのか"、と。


 原因はわからないが、何かしら起こってこうなってるわけで、せめてその補填くらいはしてほしいと思うリア。



 そんな不満を内心で零しながら現実に目を向けるように視線を下ろす。

 無意識に口元を隠すように緩く当てていた手、その指に嵌めている物が視界に入る。


 中指に嵌められた何の変哲もない黒銀の指輪。



「ああ、あの子……呼べるかしら?」



 思い立ったが吉日。

 意識を指輪に集中させ、ゲームで何度も使用していたやり慣れた感覚を思い起こす。


 派手なエフェクトや演出は起きず、シーンとした空間だけが広がる。

 不発か、と思えたその瞬間、指輪はどこからともなく赤い光を漏らし始めた。


 その光はまるで太陽のように周囲を照らし、永遠にも思われた光は一際強い輝きを放つと徐々にその光を弱め指輪へと収束していく。

 それはまるで、見えないドーム状の固定空間があるかのように指輪の周囲だけを赤黒く煌めかせていた。


 ゲームより遥かに鮮明に正確に、そして実感を持って行使できたことを指輪の反応を見て確信する。



「お姉さま、それは?」



 初めは黙って様子を見ていたアイリスだったが、こうも目の前で目の引く事象が起きれば聞きたくもなるというものだろう。


 リアはアイリスがそれと指し示す物、未だ赤黒の淡い輝きを放つ指輪に目を向けながら話す。



「これ? これは私の可愛いペットを呼ぶ為のものよ」


 そんなリアの回答、要領を得なかったのか微に首を傾げるアイリス。


 指輪が発動した感覚から空を見つめ始め、10秒ほどが経過する。


 確証はない、けれどゲーム時代でも感じられた感覚。

 いや、それよりも強い感覚を覚えたことで高確率で呼び出すことに成功したと考える。


 それの答えはほどなくして、自分の目で理解することとなった。



 突如、遠方にどこからともなく夜の空間へと飛び出してくる巨影。


 その影は満月を背景にとてつもない速さでぐんぐんと上昇していく。

 あっという間に月の中央に差し掛かると、シルエットを縦長な蛇のようなものから丸い球体へと変化させた。


 そのまま宙を落ちていくのかと思われた球体は次の刹那、月の一部を埋め尽くすようにその面積を大きく広げたのだ。


 遠目であった為、景色の一部でしかなかったそれは徐々にスケールを広げていき、思わず口元を緩めてしまう。



 影に動きは無いように見えるがそれは確実にこちらへと向かってきている、僅かにではあるが影が大きくなってることがなによりの証拠だろう。


 アイリスやレーテもある程度の距離になってそれに気づいたようだ。

 だが、微かに警戒の色を示しており、呼び出したと思える自分リアが動かないことで思いとどまってくれているように見える。



 見るのはそこまで久しいわけではない、だが何故か言い表せない幸福感が胸に込み上げてきた。

 その姿はゲームの時と何一つ変わらない筈だったが、気のせいでなければより一層凄みが増したように見える。



 常闇の中、全体像を露わにしたのは全身黒い鱗に覆われた4本角の黒竜。

 その左右の一際目立つ2本の捻じ曲き角には幾本の白線の亀裂が走っており、先端は高温発光したように白熱の光を纏い火花を散らして続けている。


 それは見るものの目を引くが、特徴的なのは角だけではない。


 背中に生えたある種、竜の象徴とも言える巨翼は通常の翼ではなく、異形の腕そのもの形をしている。


 それは翼の機能を持ち合わせていながらも、腕としても扱える第三第四の巨腕。


 初めて見たものはその異形な形に翼としての機能や、武器として成り立つのかと疑うものもいるが、決して見かけ倒しなどではなく。

 文字通り第三・四の腕のように器用な動きで、苦戦を強いられるプレイヤーは後を絶たないほど、多種多様な動きを見せるのだ。



 黒竜は古城の外に立つリアの姿を捉えると迷う素振りも見せず眼前に急降下しだす。


 数秒後、加減という配慮を知らない黒竜は暴風と轟音をまき散らしながら地面へと衝突し、その巨体を地中深くにと埋めることとなった。


 レベル140に達しているリアにとって、体制を崩す程の風力ではない。

 しかし、それは彼女基準での話であり、彼女の後ろに立つ二人の吸血鬼は迫りくる衝撃と暴風に耐え忍んでいた。



 幸い暴風は長くは続かず嵐が過ぎ去った後に眼前に立つは、古城の半分ほどの巨大な黒竜。

 3人を見下ろす金色の視線はリアに対して向けられており、黒竜も自身を認識してるとわかって胸に高揚が湧き上がるの感じる。


 そんな可愛い黒竜ペットに歩み寄ろうとした瞬間。

 すぐ後方、自身の真後ろからそれなりに強大な魔力反応を感知して咄嗟に振り返る。



(――っ!)



「くっ! 【凍結魔法】 凍裂ノ衝角!!!」




 その場にはアイリスの甘く澄み通った声音が、どこか切羽詰まったような荒々しい声量で響き渡る。



 魔法の発動は遅延なく詠唱と同時に発動された。

 

 突如として辺り一面に強大な氷塊が幾本も生まれると、それらは凄まじい速度で天へと向かってうねりだす。


 それらは複雑に絡み合い、数えきれないほどの交差と集束を繰り返し出来上がったのは巨大な氷柱。


 数えるのすら馬鹿らしく感じるほどの質量を持った氷柱は、空中で形を変え、やがて巨大な破城槌となったソレは黒竜へと放たれた。


 古城と同等かそれ以上の規模の氷で創造された、賢者戦で見せたアイリスの実力とは一線を画すほどの高火力魔法。



 それは間違いなく標的にあたると思われ、黒竜はそれに対し構えどころか目すらくれずに変わらずリアを見つめている。


 瞬間、衝突と同時にけたましい破裂音に続き、ガラスの割れるような音がしきりに夜の森の中で鳴り響くのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る