第7話 結成、異世界吸血鬼PT



 一切の揺らぎなくリアを見つめるレーテ、その瞳と表情から本心で言ったことは窺える。


 真っすぐな瞳に真っすぐな信頼、自分自身ではまだ自覚できてないが仮にも種の祖である始祖を前に、角が立たない言葉とはいえ別のこととその存在を同列に扱ったのだ。



 ゲームでは本能に忠実で血と闘争が混ざりあい、具現化したようなパワー型脳筋種族、それが吸血鬼。


 この世界でも吸血鬼がそうあるものであるなら、その根源とも言える始祖はどれほど残忍で息をするように殺戮をするだろうか。


 想像にすぎないものではあるが、リアの認識は恐らく間違いではない。


 なぜなら、レーテの隣でやり取りを見ていたアイリスは彼女の言葉を聞くとギョッとした表情を作り、風の便りから汗の匂いを微かに感じ取れる。



 気のせいでなければ場の空気が凍ったようにも思える。



 瞬時に顔を青ざめさせたアイリスはレーテには物言いたげな表情を作り、リアの顔色を窺うようチラチラと視線を彷徨わせ落ち着きが迷子状態となっていた。


 だが、リアの想像もアイリスの心配もそれは生まれも育ちも身も心も、リアが始祖だった場合の話に過ぎない。

 つまり、いらぬ心配だ。



 むしろ、リアは正直な態度で仮にも始祖に対して臆さないレーテに非常に高い好感を抱いていた。



「とても気持ち良い眷属ね、アイリス」


「そ、そうですの? っ生意気なだけですわ!」



 明らかに安堵した表情をつくり、思い出したように口を尖らせるアイリスに生暖かい目を送るリア。



「ふふっ。それでレーテ、階位はどの辺りなのかしら?」


「はい、中位吸血鬼でございます」



 彼女の申告を元にレベルの脳内で数値化していく。


 ゲームでの中位吸血鬼はLV帯35~60の間であり、賢者との戦いで姿を見なかったということは滅される危険性があったということ。


(スタイルや装備を考慮しないとして、相性とLVだけで言うなら40~50くらいかな)



 この世界に来て、4人の実力レベルと世界情勢を知れたことでより自分の立ち位置が明確になってくる。


 リアはレーテの手先を何気なく見ると思いついたようにインベントリを開き、創り出された次元の狭間に手を突っ込むともそもそと漁り始める。


 取り出したのは一つの黒いアクセサリー。

 複雑に絡み合う黒いアームに紫色の宝石がはめ込まれた指輪アイテム。



(最後に取り出したのはいつだったかしら、懐かしいなぁ)



 始祖になってからは使わなくなってしまったが、それまでは入手してからは一時も肌身離さず装備していた吸血鬼の必須アイテム。


 突然差し出されたレーテは微かに首を傾げ疑問の表情をありありと浮かべた。



「これは?」


「《日除の指輪Ⅴ》という物よ。陽光への耐性を高めてくれるわ、といっても光魔法や聖属性魔法に耐性がつくわけじゃなく、あくまで太陽にのみ。効果は9割カットってとこかしら」


「……は?」


「なっ!?」



 言葉の意味を理解したのか、挨拶してからアイリス以外のことでは基本的に能面だったレーテの表情が破顔する。

 ポカンとした表情で驚愕を隠しきれないレーテ、その隣では目を見開き口をパクパクと動かし指輪へと視線を釘付けにするアイリス。



(ふふっ、ゲームでは比較的に簡単に入手できるアイテムなんだけど、そこまで驚かれるとちょっと……いえ、かなり和むわぁ)


 5周年を迎えたゲームでは夜型種族の必需アイテムとなっており、プレイヤー間でも見慣れた常識レベルのアイテムとなっていた。

 それ故に今は見られない、アイテムが発見され、その効果に驚愕した当時のプレイヤーの反応と彼女たちの反応が重なる。



「う、受け取れませんっ。私には過ぎた代物です!」


「どうして? 私は使ってないし、これから行動を供にするなら昼間への対策は必要だと思うけど?」


「で、ですが……これ程に強力なアーティファクト、見たことも聞いたことも――」


「おっお姉さま! レーテの言う通り、そのような貴重なもの持たすべきではありませんわ!」



 断固拒否の姿勢を示す二人に、益々口元が緩んでしまう。

 彼女からしてみれば使ってなかったお古の装備を、お気に入りの初心者プレイヤーにあげるだけの行為だったが、二人の反応は最上の装備もしくは家宝などを貰う勢いのソレだ。


(そんなに拒否しなくてもいいと思うのだけど、持ってた方が絶対楽だし。……ていうか未所持で昼間に行動するのは正直ハードモードすぎるわ。中位吸血鬼だと『日光ダメージ』と再生リジェネではダメージが上回り、正直回復縛りをするようなもの。うん、やっぱ持つべきだわ)


 過去に持ってなかった初心者時代を思い出し、その苦労になんとしてもレーテに持たせようと考える。



「ならこうしましょう? それはあげるのではなく貸しておくわ。今後頼み事をお願いするかもしれないし、貴方が昼間に動けないのは私としても困るの。それでもダメかしら?」


「うっ……で、ですが、私のようなものにこんな」


「じゃあ時折、貴方の血を飲ませて頂戴。それなら?」


「それでしたら……承知致しました。謹んで拝借致します」



 譲歩してるように見せて自分の要求をさり気なく違和感のないよう交渉に織り交ぜるリア。


 しかし彼女目線、始祖であるリアが譲歩しているのに中級吸血鬼のレーテがそれを断れるわけもなく、渋々な形ではあるが、了承したのだった。


 指輪の装備に必要なレベルは45。

 さて、付けられるだろうか。



 ただ指輪を嵌める仕草ですら恭しさを醸し出すレーテは《日除の指輪Ⅴ》を装備する姿を見せたことによって、彼女のレベルがゲーム換算でLV45を超えてることがわかる。



「むぅ……」



 微かに唸り声を超人的な耳で拾い、そちらへと振り返る。

 そこには明らかに拗ねた様子のアイリスがレーテを睨んでおり、気持ちがわからないでもないリアは苦笑を漏らす。



(でも、確かに自分だけ貰えないと良い気はしないわよね……あっ)


 インベントリを開き、またしてもアイテムを一つ掘り起こす。



 《血舞の指輪》


 吸血鬼の代名詞とも言える【血統魔法】

 自傷によって出血した血を武器にする魔法で、自傷ダメージは大きいがその分効果も通常の魔法より強力。

 そんなピーキーな性能をしてる魔法をピンポイントで微強化してくれるのがこの指輪。


(効果対象は【鮮血魔法】だけ。……だけど魔法効果の微強化に加え、消費魔力と自傷ダメージの40%カットを付与してくれる。今のアイリスにはかなり恩恵が大きい筈)



「アイリス、貴方にはこれをあげるわ」


「っ! っい、いいんですの!?」


「ええ、大切な貴方にも贈り物をさせて貰えないかしら?」


「わぁっ……! ほ、本当にいいんですの?」



 その目から"欲しい"という感情をありありと窺えるが、上位吸血鬼としてのプライドか、はたまた欲深いと思われたくないのか。


 両手を胸元でぶんぶんと小振りし、隠そうにも歓喜の感情を隠せずに遠慮の姿勢を全身で表現するアイリスに和む。


 手元の指輪にチラリと視線を向けては顔色を窺うようにリアの表情を覗き見るアイリス。

 もはや何をやっても可愛い、段々と危ない感覚がリアの中で湧き上がるのを感じ何とか押さえつける。



 だがそれとこれとは別、貰える時には貰う。


 これは……イケるっ!



「ええ、もちろん。……でも、タダで貰うことに気が引けるのなら、そうね……その仰々しい態度をやめて欲しいわ。あ、あと定期的に貴方の美味な血も頂けないかしら?」



 悩む素振りを見せつつ、予め決めていたことをさも今思いついたように提案し、最後にはちゃっかり自身の欲求をねじ込むことを忘れないリア。


 そんな思惑を知らぬか気にしないのか、その提案に目を輝かせながら何度も頷き、言った傍から仰々しい姿勢で差し出された指輪を受け取る。


 血のように赤黒い幅のあるアーム、そこに小さな銀翼が覆うようにして装飾された指輪をアイリスは右手の薬指に嵌め、装備した途端指輪をジッと見つめ始める。


 数秒、指輪を見つめると喉を鳴らして、自然な動きで自身の指を犬歯で傷つける。



「【鮮血魔法】――紅血棘」



 指先を伝って垂れる血液を城の壁に向かって叩きつけるように振り払うアイリス。


 払われた血はまるで意思を持ったように形を変え、明らかに放たれた量とは比較にならない量の体積で、目標へと投擲されることとなった。


 それはまるで雨霰あめあられのように放たれ、およそ血の投擲で出していい音ではないものを瞬間的に撃ち鳴らす。

 堅牢な造りに見えた城の壁は被弾と同時に凄まじい騒音を鳴らしながら崩れ落ちていく。


 数秒が経ち、魔法の効果が切れた時には城の一部にぽっかりとした大穴を作りあげ、崩壊した場所は多くの瓦礫とパラパラと崩れる無残な形を残した壁だけが残っていた。



(試したくなるわよね~、でもお城はいいのかしら? まぁ、出ていく訳だし……もう要らないか。それにしても)


 アイリスの魔法が引き起こした惨状を見て、彼女に対しての認識を上方修正する。


 賢者との戦闘では止む無くも氷系統魔法を使用していたと思っていた、加えて氷系統魔法の練度からしても【血統魔法】より【氷系統魔法】の方が得意だと思っていたが、装備込みに考えてもその熟練度はMAXのLV10に達してるように見える。


 その結果とそれを踏まえた上での彼女の潜在能力、なんだが無性に褒めたくなったリアはアイリスの小さな頭に優しく手を置く。


 髪が乱れないよう注意しながら撫でて始めると、勢いよく振り返るアイリス。



「お、お姉さま! な、なっなんですの、この指輪! こんなの……全くの別物じゃないですの!!」



 その目はまるで信じられないものを見たかのようにこれでもかと見開かれ、抑えられない狂喜は小さな身体全身から漏れ出させていた。



「いいえ、それは貴方の能力よ。ふふっ、気に入ってくれたみたいね。よくできました、いい子いい子♪」


「あっ、あうぅ」



 お嬢様然とした態度を崩してまで喜びを表現するアイリス。

 可愛いアイリスが可愛い反応をしたんだもの、可愛がるのは当然でしょう?


 その姿はゲームでレクチャーした初心者が桁違いの火力を出し、喜びに満ち溢れるそれであり、思わず感情のゆくままに撫でまわしてしまう。



「はぅぅぅ」


「お見事でございました、アイリス様」


 そういうレーテの視線は僅かに上昇していき、頭を撫でるリアの手のとこでピタリと止まる。



「アイリス様の頭上に手を置ける存在など、果たしてこの世に何人おられるでしょうか」


「……っ、一人よ! リアお姉さま以外ありえないわ! 例え真祖の方々でも、それは許さないわ」



 蕩け切った表情をしていたアイリスだったがレーテの言葉を聞いた途端、顔つきを変え毅然とした態度で言い放つ。



「それは光栄ね。可愛いアイリスを愛でる権利をありがたく行使させてもらうわ」



 本人の許可も得たことで遠慮なく撫で続け、癖っ気ない真っすぐな綺麗な髪に、うっとりしながら何度も優しく撫でる。



 「はふっ、……リアおねぇさまぁ♪」



 数秒前、自分より格上の真祖の吸血鬼に啖呵を切った少女とは思えない程、緩みきった恍惚とした表情で猫なで声をあげるアイリス。


(あぁ、いいわぁ。可愛い子を愛でるのはやっぱり最高よ! 無理やりやってもいいんだけど、やっぱり合意の上でお互いに楽しみたいわよね!!)



「ふふっ」



 可愛い可愛い可愛い可愛い。

 撫でる度に表情を溶かし理性を無くさせた様に甘えてくるアイリスに、リアの頭の中は『可愛い』で占拠されていた。


 どれだけの時間撫でていたかわからない、だがあと何時間でも撫でていられると思った瞬間。

 アイリスの姿に、リアが恋い焦がれるクランメンバー二人の幻想を重ね見た。



(あ……。うん、大丈夫よ。私の心は以前変わらず、貴方達の物だもの。……大丈夫、大丈夫)



 唐突に冷や水をぶっかけられたようにクランメンバーの恋人達のことを思い出す。

 少しでも彼女たち以外の人に目を向け、手を出してしまったことに対し今更ながら後ろめたい気持ちになる―――が、しかし。



(だから少しくらい、いいよね・・・・?)



 以前のリアであれば絶対に思わないこと。

 それを肯定し、自身の中で何が引っかかっているのかわからないままよくわからないソレを忘却する。


 取るに足らないくだらないこと、そう判断して忘却しようとするも突然我に返ったように、気にも留めないことが自身にとって何よりも『大事な物』へと一転した。


(違うっ! いま私は何を考えていたの? いいわけないじゃない!! なにがっ…………。 あれ? 私、何を考えてたんだっけ……)



 自分が何に対して焦っていたのか、何が駄目だと思ったのか。

 自身でもわからなくなり、思考の渦に飲まれて唖然としてしまう。


 アイリスの頭に置かれた手はいつのまにか動きを止めており、唐突に撫でる手が動かなくなったことで覗き込むようにして心配を含んだ視線が向けられる。



「リアお姉さま?」

「リア様?」



 二人の心配の混じった声が重なり、ふと我に返るリア。



「……なんでもないわ。これからある情報を集めたいのだけど、どんな手段がいいかしら?」



 感情の見えない表情を浮かべていたリアだったが、次の瞬間には二人の目には堂々とした始祖然とした態度に戻っていた。


 しかし、そんな彼女の様子にどこか釈然としない、疑問と心配を微かに含んだ視線がリアを見つめることに、始祖は気が付かないのであった。


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