第6話 3人目の吸血鬼
「行かれるのですか?」
着崩れたドレスを肩に掛けなおしながら、優雅な姿勢で歩いてくるアイリス。
その様は普通に歩いてるだけな筈なのに、本人の美貌と気品の漂った雰囲気、幻想的な月明りも相まって絵画に描いた一種の芸術のような美しさを醸しだしていた。
思わずその姿に見惚れてしまっていたリアだったが、その覚悟を決めたような気迫を雰囲気から感じ、"私"に言いたいことがあるのは間違いないだろう。
(やっぱり……ダメ? で、でもぉ……うっかり飲みすぎちゃったのは私の責任だけど、美味しすぎる血を持ってるアイリスも悪いと私は思うの。命が助かったのよ? 例え抑えきれない快感で頂きに達し、痙攣して動けなって乱れた身だしなみすら整えれないにしても! あのくらいは、許してくれると……はい)
誰に対しての言い訳か、怒涛の勢いで言い訳という名の愚痴を内心で垂れ流し、徐々に自分の言い訳が苦しいことに気づき意気消沈するリア。
「え、ええ……もう行くわ」(行かせてー)
内心では逃げたい気持ちでいっぱいだった。
可愛い妹に罵声を浴びさせられるなんてことがあればショックで血すら喉を通らないかもしれない。
だがそういうわけにもいかず、素直に浴びせられる叱咤と罵倒を覚悟しながら若干億劫な気持ちでアイリスの反応を待った。
「…………」
(……あれ?)
叱咤や罵倒は飛んでこない、どころか未だ口を開かずに微かにもじもじとした動きを見せているアイリス。
ゴスロリちっくな黒いドレスの裾を握りしめ、何かを耐えるようにして口もとをもごもごしている。
その様子にリアの中で一つの期待が生まれた。
もしかしたらこれは言い忘れた罵倒を言いにきたのではなく、離れ離れになってしまう『お姉さま』への別れの言葉じゃないかと。
「どこへ……」口を開いたと思えば中途半端にきれる。
やっぱり。
そう確信したリアの中に、もはや恐怖は存在しなかった。
あるのは可愛いらしい妹の行動への愛しさと、僅かな期待のみ。
「どこ……そうね。探しものを探しに、ね」
なるべく声に期待が含まれないよう平然とした態度を貫く。
それを聞いたアイリスはリアの心境に気づいた様子はなかったが、返事の言葉から何かを察したのか、バッと勢いよく顔を上げた。
(せっかく出会えた同族の子、それもとても綺麗な子。正直、すっごく一緒にきて欲しいわ! でも彼女にもこれまでの生活があるわけで、私が奪うわけにはいかないわ。やってみたかった『お姉ちゃん、いかないでー!』をしてくれれば、それで十分)
リアは元々、自分と自分の大切な人以外は優先度が数段は下がるほどに他者に興味がない。
それは一般的に全ての人がそうかもしれないが、リアは極端にいってしまえば目の前で事故が起きたとして、最低限の行動はするが内心では『離れたい』と思うような人間だということ。
だが、この世界に来てから何かが劇的に変化していた。
彼女の中の"優先度"には、これまであった優先度に拍車をかけたような天と地の差とも言える、優先度が出来上がっていた。
それは身内と他者では、比べることすら烏滸がましいと思えるほどに。
そんなリアが彼女には強制できない、したくないと思えてしまうのはアイリスの事情や感情に配慮しているということ。
つまり、身内の枠に入り込んでることに他ならなかった。
ただの見送りにありもしない期待を抱いてしまうくらいには、身内として好きになっていた彼女のことを思い、少しだけセンチメンタルになるリア。
目の前の始祖が内心落ち込んでいるなど露ほども思わないアイリス。
だがそうと知ってか、彼女はその場で一呼吸すると片手を胸にあて優雅な立ち振る舞いで頭を下げる。
それはまるで、物語の従者が主人に畏まるような、芝居がかった所作だった。
「私も、私もお供してもよろしいでしょうか?」
「………………っ、!? あ、貴方も?」
真剣な眼差しでリアに問いかけるアイリス。
灰銀の髪にルビーの瞳で可憐な容姿をした少女、まだ10代中盤に見えてもおかしくない外見でありながら、凛とした表情で姿勢を正す様子にリアはこれ以上言葉を発することができなかった――表向きには。
(大っっっっ歓迎よぉ!! 可愛い子と二人旅、それも同族の子! やった、やったわっ! これからはいつでもあの血が堪能できてイチャイチャすることができるということでしょ? ふふ、……ふふふ)
外部に感情が出ることを強靱な精神と表情筋で完璧に防ぎきり、その分内心で大騒ぎしていたリアだったが傍から見れば無表情でジッと見つめ反応がない状態となっていることに気づかない本人。
そんなリアの無表情に慌てた様子で捲し立てるアイリス。
「は、はい! どのみち賢者が来たことにより遅かれ早かれ次の討伐隊……次は確実に私を滅ぼせるPTが来ます。なればこそ、どのみち滅ぼされるこの命……始祖様、いいえ、リアお姉さまの力に役立てればこれ以上の喜びはありませんわ」
瞳の端には僅かな涙を溜め、紡ぐ言葉は本心だということを全面に出して同行を願う彼女。
その仕草や容姿、言動全てが合わさって心から『美しい』と感じ何度目かわからないほどに見惚れ直してしまうリア。
加えてそんな彼女が自分の傍で力になりたいと言ってくれたのだ、愉悦感というのか満足感というのか自身の中の許容値を軽く超え思わず昇天しかけてしまいそうになる。
ジッと見つ合う感じになってしまった二人だが、やがてアイリスの瞳に不安と怯えが見え隠れしだし、またもや自分が返事を返してなかったことに気が付いて慌てだす。
「いいよ。行きましょうか、一緒に」
「っ! 微力ながらリアお姉様のお役に立てれるよう、最善を尽くしますわ! あ、その私の眷属もお連れしても?」
「ええ、構わないわ」
崩壊した部分から屋敷を出て、何となく癖で発動させていた【探知系スキル】
発動してからというもの、逃げ出すように部屋を出てから常に、アイリスとは別の反応が1つあったことを思い出す。
恐らく、それがアイリスの眷属だったのだろう。
眷属に何かしらの合図を送ったのか、一切無駄のない動きで物音一つ立てずアイリスの背後へと控える長身の女性。
リアのレベルと動体視力から姿を捉えることは容易ではあったが、この世界基準で考えれば気づける存在の方が少ないほどに素早く無駄のない身のこなしに内心拍手を送る。
「アイリスの眷属はとても優秀ね。リアと呼んで欲しいわ、よろしく」
リアの視線に気づき、遮らまいとさりげなく体を避けてくれるアイリスに笑みを浮かべ、後に控えた眷属へと目を向ける。
見慣れた黒色。
リアルでも見慣れた黒髪の筈がそれらと比較することすら彼女に失礼だと思えるほどに彼女の髪は綺麗だった。
それは夜の景色に溶け込んでしまいそうな自然さでいて、まるで夜空のように綺麗なツヤツヤとした黒髪。
ショートボブに切り揃えられた前髪とは対照的に、後ろ髪は根本で止められ背まで伸ばした綺麗な尻尾をつくっている。
服装はリアルでのメイド喫茶のようなショートスカートではなく脛まで覆い隠すロングスカート。
小間使いと呼ぶにはあまりにも気品と美しさが滲み出ており、彼女を一言で表すなら本職の『侍女』だろう。
「私などに丁寧なご挨拶、感謝申し上げます。始まりの吸血鬼、始祖様にお会いできたのは我が生涯の中でも2番目の幸運でございます。アイリス様の眷属、名をレーテと申します。何なりとお申し付けください」
凛とした落ち着きのある口調、静かでいながら思わず耳を傾けてしまう心地の良い美しい声。
礼儀作法は一般家庭の出であるリアにはさっぱりわからないものの、そんな素人目でもレーテのそれが非常に洗練されてることはわかる。
喋り方や仕草、手足の配置や間合いの取り方、視線の動きまで何かあれば即座に対処できるよう自然な形で行っていることに気づいた時、思わず「へぇ」と感嘆の声が漏れてしまった。
侍女についてはこれまで触れる人生を歩んでこなかったからわからない。
しかし、戦いや身のこなしにおいてでいえば、その道を昇りつめたリアだからこそ下手なレベルカンスト者よりも上手に見えた。
それでも、彼女が賢者との戦闘に参加していなかったのはそういうことなのだろう。
アイリスの意図がわかり、思わず生暖かい視線を送ってしまう。
(…………ん?)
思わず聞き逃してしまったが、それらの事などほんの些細なことにすぎないことだとこの後、リアは理解することなった。
(え…………待った、今なんなりって言った? 今なんでもするって言った? っということは頼めばなんでもして貰えるってことだよね? いいのっ!? え、ほんとにっ!!? お、落ち着きなさい理亜。まずはその深層心理を理解してから解釈しても遅くない筈よ。stay、cool~)
「2番目……ね。1番目はなにかしら?」
あまりにも魅力的な言葉に一瞬思考がかき乱れたリアだったが、上限値を超え一周回って冷静になった頭で未だ顔を上げない彼女に問うことにした。
彼女はその問いを聞くと優雅に頭を起こし、能面のような無表情で口角を僅か自然にあげた。
「アイリス様の眷属にしていただけたことでございます」
「なっ!?」
その一言によって静けさが広がる夜に更なる沈黙が広がったのだった。
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