第5話 始祖は吸血鬼少女を知りたい
「貴女、想い人はいるの?」
「………………はい?」
アイリスはまるで理解できないと、表情を止め、体を硬直させる。
そんな彼女の戸惑いを肌で感じつつ、リアは攻勢を緩めることなく、そのソファに付いた手を力ませた。
唖然とした表情は彼女の心境をこれ以上にない程語っている。しかし上体を引き、仰け反りながらも後退していくその様は、一種の本能のようにも思えた。
だが、そんな小さな抵抗は数秒もすれば肘置きに行き当たり、終わりを迎えることとなる。
逃げようと思えば容易だろう。
しかし、今はそこまで考えが至らないらしい。私が始祖ということも関係あるのかもしれない。
そんな若干怯えたような表情にリアの背筋はゾクゾクしたものが駆け巡る。
以前の理亜であれば、嫌がれば冗談だと笑い引いただろう。だが、今のリアにとってはそれすらも雰囲気を盛り上げ、気分を昂らせる為のスパイスでしかない。
覆い被さるようにそっと逃げ道を塞ぎ、唇が触れるか触れないかの至近距離まで顔を近づける。
とても甘くて良い香りがした。
「実は……ずっと思ってたのだけど……すんすんっ、あはぁ♪ やっぱり貴方いい匂いね? ……あぁ、だめっ――」
――ねぇ、血をちょうだい?
その言うと、彼女の小さな体はビクリッと小さく飛び跳ねた。
(あはっ、可愛い♡ でも抵抗しなくていいの? されたらちゃんとやめるよ? わたし)
雰囲気と香りに酔ってる自覚はある。
若干、彼女が可愛そうな気がしなくもなくもない。
だから、抵抗の余地は残せるよう、なるべくゆっくりとその首元に顔を埋めていく。
漂ってくるはバラの花のように甘い香り、そしてさらさらと気持ちの良い感触。
(あぁ……ほんとう、なんでだろう? 物凄くこの子が欲しい。いますぐこの首に牙を突き立て……この香りの元となっている濃厚な血を味わい尽くしたい! ……んふっ♪ それじゃあ、いただきまーす!!)
これまで感じたこともない本能。
吸血欲求ともいえるソレに流されるまま口を広げ、その首元へ吐息を吹きかける。
「っえ!? あ、ちょっ!」
噛み付く瞬間、何かが聞こえた気がした。
「はむっ! ちゅぅぅっ!!」
「あッ、んっ! …………ふぅ」
何の抵抗もなくすんなりと牙が入り、リアは気の赴くまま欲求に従っていく。
(ナニコレ……?
「はむっ、……ちゅうっ! ちゅっ……んっ、ちゅう」
「……んんっ、あっ、っ……まっ、だめぇ……んっ……、はぁ……はぁ」
しんと静まった室内でぴちゃぴちゃとした水音と嬌声だけが鳴り響いた。
窓ガラスから差し込んだ月明りは理性が決壊した鬼と獲物を照らす。
ある程度堪能すれば、体の奥底から湧き上がる吸血衝動は徐々にその鳴りを潜めていく。
そうしてリアは口元の血を拭って身を起こした。
目下には黒いドレスを着崩し、ぐったりとしたまま荒い呼吸を繰り返すアイリス。
そのあられもない姿に普段の自分であれば卒倒していたかもしれない。
しかし今のリアは僅かに薄まったとはいえ、本能のままに動く吸血鬼そのもの。
その瞳は獲物を見定めるかのように見下ろし、美しい顔には妖艶な微笑みのみが浮かべられる。
「あぁ……いいわぁ♪ ……んふっ、おいし♡ ……ねぇ? もっと……もっと頂戴……?」
「……はぁ、はぁ……」
遥か昔、自分が吸血鬼になったばかりの頃、アイリスも何度か似た経験をしていたことから、リアのソレに覚えがあった。
だがまさか、始祖である眼前の存在がそんな状態に陥っているなどあり得ないと、感覚が麻痺した体でぼんやりと考えていた。
「……んむっ、ちゅっ、んっ」
「っ……はぁはぁ、……んっ! ……あぁっ、駄目っ……! もう……うっはぁ、はぁ……」
熱があるんじゃないかと思えるほど、恍惚とした表情を浮かべ息を荒げるアイリス。
そんな可愛い姿を見据えつつ、少しばかり考える余裕のできたリアはふと思い出す。
(そういえば吸血鬼の吸血には対象の逃亡と反撃を防ぐ依存促進のような、快楽効果があるってゲーム内のフレーバーテキストで見た気がするわ。……まぁ、どうでもいいけど)
荒い呼吸を繰り返し、背筋をピンと伸ばし反ったアイリスの小ぶりな胸。そんな姿を見るだけで収まりかけていた吸血本能+αが猛烈に刺激される。
おかわりを頂こうと手を伸ばし、彼女との体の隙間をぴったりと無くすよう密着すれば、全くと言っていいほど力の入ってない小さな手が邪魔をしてくる。
「……ふふ、かわいい抵抗♪ 逆にもっともっと欲しくなっちゃう……はむっ」
「あぁぁぁぁ……もう、やぁ……」
押しのける手を無視し、欲望のままに少女を貪る。
気づけば互いの距離は無くり、彼女の小ぶりな胸元と私の胸が押し合い、むにゅむにゅと幾度もなくその形を変えて乳繰り合っていた。
「ちゅうっ……ちゅっ、れろぉっ、……ちゅっ、ちゅぱっ……」
「んんんんんっっっ!!!!! ……あっ、……んっ、はぁ、はぁ」
部屋中……どころか屋敷中に響き渡ったんじゃないかと思えるほど、限界に達した声をあげるアイリス。
その大きな声に触発され、昂る熱は徐々に引いていく。そしてクリアになってきた思考で眼下の光景を見下ろし、流石のリアも己の過ちに気付き始めた。
(乱暴した気は……あるわね。……あれ、もしかして私……やり過ぎちゃった?)
黒ドレスの所々が捲りあがり、見えてはいけない部分がチラチラと露わになってしまっている。
ぐったりとした様子から起き上がる余力もないのか、お嬢様然とした姿は見る影もなく、ただの一人の少女として肘置きへその体を投げ出していた。
―――やり過ぎてしまった。
(やばい……これはやりすぎよ私! いくら初めての吸血行為で我を忘れてたとはいえ、これは……よしっ! 早急にここを立ち去り、彼女には不思議な体験をしたと思って貰えれば私としてはそれで満足よ! 良い想いをありがとう!!)
思い立ったら即行動。
命に別状はない、今は絶え間なく打ち寄せる波と疲労困憊で動けないかもしれないけど、彼女も吸血鬼だ。肉体の頑丈さは人のそれの比ではないだろう。
「助けたお代はこれで十分よ。……貴方、とても良い
扉を開けた状態で振り返り、未だ動けずにいるアイリスに微笑む。
正直とても後悔はしているが、いつかまた会えるかもしれない。
そんな希望を胸に抱き、しょんぼりした背中で廊下を歩き出したリア。
屋敷は思いのほか広く、ここに来るまで案内されるがままに付いて来てしまっていたというのもあって案の定迷うこととなった。
しかし冷静に考えたリアはふと妙案を思いついた。
「別に何処から出ようと、外に出られれば無理して玄関まで行く必要もないんじゃないかしら?」
ちょうど廊下の先に見える、崩壊した屋敷の部分からは月明りが差し込んでいる。
若干、後ろ髪を引かれる思いでリアはそこから無事に外へ出ることが叶った。
「風が気持ちいいわ……あら?」
周囲には相も変わらず暗闇の世界が広がり、屋敷全体を黒い森が覆っているが、1つだけ大層目立つ存在に無意識に視線が吸い寄せられた。
手を伸ばせば届きそうな満月。
それは現実世界にある月の数倍大きな巨月とも言えるもので、リアは思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「月が大きい、というより近いのかしら?」
見惚れてしまうほどの美しい黄金月。
立ち尽くすリアはそんな光景を見据えて、アイリスから貰った情報でこれからの動きを考える。
魔王が討たれ、以降は人類種が覇権を握ることとなったこの世界。
特定の亜人以外は全てが迫害される討伐対象であり、吸血鬼なリアも漏れることなくその対象だ。
(別に誰が来ようと負けるつもりはないけど、常日頃から狙われるのは少し面倒くさいわね。……それに表の舞台に出てないだけで、LV140超えの存在が居るかもしれないわ。まぁ、居たとしても負けないけど)
現実世界からこちらに来て、本来であれば考えもしない、もしくは行き過ぎた行動力はこれまでの理亜にはなかったものだ。
もちろん、ランキング上位者としての己の強さと自信、それ相応のプライドは持ってはいる。
これまでのような思いのまま行動する、いわば"本能"に振り回されるような言動はリア自身、無意識にそれが当たり前だと未だ疑問を抱かずにいた。
だが、一つだけ本来のリアから何も変わっていない部分もあった。
(可愛い子と、イチャイチャしながらのんびり生きたいわぁ……)
リアの中には常にその想いがあり、人間から吸血鬼になったように、種そのものが変わろうとそれだけは変わることがなかった。
そんな欲望まみれの根底にあるのは、彼女がなによりも大事にしているクランメンバーの面々。
僅か4人しかいない身内だけのクラン。
それでもゲーム内ランキングに名を連ねることができたのは間違いなく彼女達がいてくれたおかげだと、リアは胸を張って断言できる。
一癖も二癖もある面々、そんな彼女達との3年間の思い出に耽っていると、ふと一つの可能性が湧き上がった。
自身が自キャラとして転生し別世界に来たのであれば、同じ
IDボスを倒した時、既に彼女たちはリスポーンしており、教会で待機していたことから生存していたリアだけにあの通知が送られてきたとは考えづらい。
だが、もし万に一つでもこちらの世界に来てる可能性、もしくはこれから来る可能性があるなら――
(3人の実力は間違いなく目立つ。来ているなら何年かかっても、例え何十年かかっても必ず探し出すわ。もしあの通知が送られてなくて、来ていないのであれば……――やめよう)
最悪の事態を想像し、ソレを追い出すかのように頭を振るって思考を打ち切る。
しかし、それでも抑えきれない悲壮感が全身から漂っていたことは、本人すら自覚しえないことだった。
「……いや、待った」
だが前向きに考えるのなら、愛しい彼女たちと二度と合えなくなるという最悪の未来に光明が差したことになる。
考えてみなさいリア、仮に会えたとしたらどうだろうか?
(また会えることだけを見据える。会えなかったときのことなんて知らない。次にあった時どうなってるかわからないけど……準備不足でした、なんて笑えないわ?)
自身がやるべき目的を明確にしていくリア。
すると、彼女の顔つきは数分前のものとは別人のように変化していた。
「まずは……情報を集めることから始めましょう」
満月から目を離し、屋敷の屋根から降りると周囲の森を見渡す。
どちらに行くべきかと早速迷っていると、僅かながらに気配を感じて振り返る。
古城の崩れた一角、リアと同様に非正規な出口を利用して飛び出す影。
それなりの高さから無造作に着地し、迷うことなくこちらへ歩いてくる存在。
吸血鬼の瞳は暗闇をも見通す。
故に、影のようなアイリスの姿がはっきりと映り込み、物陰を脱して月明りに照らされた頃には、その表情や視線から感情までもが伝わってくる。
「リアお姉さま」
大声を出さずとも声の届く距離まで至るアイリス。
若干着崩れたドレスを着直しながら、どこか躊躇いがちに可愛らしい声が喉を震わせた。
「アイリス」
「……行かれるのですか?」
どこか答えを確信した様子。
そんな雰囲気で、ジッと見つめてくるアイリス。
微動だにしないその雰囲気は、まるで覚悟を決めたような、これから一世一代の大勝負に打って出るような妙な気迫すらも感じさせた。
(どうしたのかしら? 何か伝え忘れた? もしくは改まってのお礼? それとも……何か言いたいことでもあるんじゃ…………あ)
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