第10話 真夜中の都市
アイリスの古城を発ち、体感で1時間ほど経過したと思える現在。
雲に届きそうなほど遥か上空、未だ夜空が世界を覆ってる中、リアは滑らかな竜の背ビレ分部を背もたれにして寛いだ姿勢から上体を起こす。
視界に映るのは広大な土地を有する巨大都市。
所々に光が見えるのは街灯の明かりだろうか。
「漸く着いたのね。まあ、綺麗な景色を見て退屈はしなかったけど」
そこまで長い時間ではなかったが種族柄、見えているとはいえ暗闇の景色を1時間も見ていると流石に退屈を感じてしまうというもの。
そんなリアの言葉に搭乗する前とは打って変わって、瞳をキラキラと輝かせたアイリスは胸元で手を組み歓喜した様子でまくし立てる。
「流石リアお姉さまですわ! 始祖様が使役される竜もまた、並外れた存在なのですね!」
「ふふ、ありがとう。でもティーは確かにそこらの竜とは違うわね。私の中で苦戦した魔物上位3体の内、堂々の1位だもん」
隷属させるのに途方もない苦労をした自慢のティーを素直に称賛するアイリスに、気をよくしたリアは聞かれてないことまで答え始める。
だが、そんな彼女の言葉に反応するかのように唖然とするアイリス。
「リアお姉様でも苦戦されるのですか? それは……」
目を大きく見開き、上品にも口元を手で覆った仕草が可愛く、含んだ笑みで「ええ、とっても苦戦するわ」と。
そんな二人のやりとりから少し離れた場所、アイリスの侍女であるレーテは放心した表情を浮かべぼそりと呟いた。
「本来3日はかかる距離を、1時間と13分で到着してしまうとは」
その後、リアはティーに都市から少し離れた場所に降りるよう指示を出すと、巨岩への擬態を指示して3人は都市へと足を運んだのだった。
既にできた道なりにそって歩いていると上空から見えた正門らしきものが見えてくる。
正門には数人の人影が見え、素直に入るのもどうかと思い、入場方法を考える。
都市の門には見張り役として鉄鎧を着た兵士が数人見えたが真夜中というのもあり、談笑しながら座り込む様子を見てこの都市の兵のレベルを把握できる。
結果、馬鹿正直に検問を通るのも面倒、かといってこれと言って手段も浮かばなかった為、10m程の高さはあるであろう外壁を
外壁を難なく超え、降り立つ先はあまり綺麗ではない区域のようだった。
最低限の整備がされた地面には紙屑が転がり、ゴミもそこら中に散乱している。
立ち並ぶ民家も決して裕福とは言えず、飾り気のない家が無秩序に建てられているように見えた。
「レーテ、ギルドの場所はわかるのかしら」
続いて降り立ったレーテに振り返り、行先がわからないリアは問いかける。
「はい、この都市は何度か足を通わせているので把握しております。私が先導してもよろしいでしょうか?」
「もちろん、私もその方が助かるわ」
レーテは「ここは……ふむ、こちらです」と迷いなく先導を始める。
リア、アイリス、レーテの3人は人が2人横並びになってギリギリ歩ける、ゴミが散乱した裏路地を歩いていた。
「レーテ、今の時間はわかるかしら?」
情報を探すにしても現在の時間ではギルドに人は居ないのではないだろうか、歩きながら思い至り把握してそうなレーテに問いかけるリア。
レーテは侍女服のポケットから懐中時計を取り出し、手間取る素振りも見せず間髪入れずに答える。
「3時31分です。この時間だと受付は閉まっていますが酒場は空いております。恐らく、ギルドに所属している冒険者などはいるかと」
時間を聞いたリアの考えを汲み取り、合わせて解答するレーテ。
なるほど、じゃあどうしようかな。 知ってそうな人を探すにしても――。
路地裏区域が終わり、住人が利用してるであろう大通りへと抜け出す。
「そうよね。この様子じゃ情報屋を見つけるのも一苦労よね」
抜けた先の通りは昼間であれば栄えているのかもしれないが、現在の時間も相まって遠目に見ても人影は両手で数える程も居ない様に思える。
目的はギルドである為、とりあえず足を進めながら考えるリア。
街灯の明かりは3つに1つ程度しか灯されておらず、本来であれば全貌を見ることも困難な筈。
もちろん、夜の種族でも言える吸血鬼の3人は昼間と同様、いやそれ以上に良く見えていることから何も問題にはならないが見えすぎるというのも良いことだけじゃない。
すると先程からリアも感じていたことに我慢の限界を感じたのか、アイリスがさり気なく身を寄せ耳打ちをする。
「視線が鬱陶しいですわ、殺しますか?」
リア自身、視線は煩わしくあり、対処するべきかどうか悩んだ。
そう、
夜の暗闇のなか街灯が少ない状況でありながら、何故か視界に入る人間達の大半にジロジロとした無遠慮な視線が送られていることに疑問が残った。
「それも良いけど、翌日騒ぎになるのはなるべく避けたいわ」
「なら証拠を残さず消してしまうのはどうでしょう?」
名案とばかりに自信に満ちた表情をつくり、むふんっと擬音語がでそうな顔をするアイリス。
「アイリス様、恐らく結果は同じかと。周囲には目撃者がおりますので」
1秒も経たずにアイリスの意見を容赦なく一刀両断するレーテ。
「あら、それなら目撃者ごと消してしまえばいいのよ」
すかさず返答を返すアイリス、可愛らしい外見からは想像もできない残酷な回答に待ったをかけることにする。
「私もアイリスの意見には賛成よ。でもないとは思うけど、間違って関係者を殺すのは避けたいわ。殺したら2度と再利用できないけど、生かしておけばいずれ使える時がくるかもしれないわけだし」
そんなリアの言葉に二人は納得したのか、アイリスは「お姉様は慎重すぎますわ」と言いつつ渋々敵意を収め、レーテに至っては「私も同意見にございます」と頷いてくれる。
(ゲームの時、重要NPCを誤って殺したことがあったなぁ。確か、危うくクエストが詰みかけた気がするんだよね。そうそうあるようなことじゃないけど、可能な限り無意味な殺傷は勿体なくてやりたくないわ)
相応の理由があってアイリスの鬱陶しいから殺すに意見したが、やはり鬱陶しいものは鬱陶しい、その事実は変わらない。
全身白一色なリアが目立つのは当然のことではあったが、それに本人が気づくことはなく歩を進めていく。
ギルドへの道を歩く今尚、視線が突き刺さることからリアは仕方なく道をはずれ、裏路地からのルートをレーテにお願いすることにする。
が、その行動を待っていたと言わんばかりに、路地に入って道を数回曲がると気づけば数人の人間に囲まれることとなってしまった。
やっぱりこうなるのか、と面倒な気持ちが溢れ出し内心でため息をつくリア。
最初に入った路地よりは幅があり、人が3人並んでもギリギリ通れるくらいの道幅。
そんな中、前方に3人、後方に2人。
あとは……――
「こんな真夜中に女だけで歩くなんて随分不用心じゃねえか? えぇ?」
「へへっ、さっきからウロチョロウロチョロ……誘ってんのか」
大柄で袖のない簡素な服を着た男と小柄で見てるだけでムカムカしてくる顔の男が口元を歪め、濁った眼付で醜悪な顔を向けてくる。
気持ち悪い、どうせなら可愛い子に迫られたかったわ。
どうしようか、、無力化して聞けること聞いてみる? 気持ち悪いし虫を潰すように踏みつぶす? それとも
うんうんと男達の使い道を考え、そんなリアを見てアイリスとレーテは取り敢えず待機の姿勢に入る。
逃げることも命乞いすらしない三人に、男達は怯えて動けないと解釈したらしい。
「へぇ、えれぇ別嬪じゃねえか。ほぉ白い髪に赤い目……っ、あぁ? まるで吸血鬼みてぇな奴らだな」
正面からリアの外見を見て、足を止めると怪訝そうに見つめる男。
そんな男の呟きに、後ろの男の一人があざ笑うかのように反応を返す。
「ばっかお前っ、こんなとこに吸血鬼がいるわけねえだろう! クソ魔族は一匹すら中央からは抜けてこれねえよ」
「あーそりゃあそうか。ここはアッシェア大陸だしな、デミース大陸から来れるわけねぇ。 んじゃこれは、珍しい姉ちゃんってことだな」
男達の中で一番近い見てるだけでムカムカしてくる男が厭らしい目つきでリアへ手を伸ばす。
「怖いもの知らずなのか馬鹿なのか、どっちでもいいですわ」
未だ思考に耽って目の前の男の処遇を考えているリアに触れようとした瞬間――
手を伸ばした男はその醜い顔を突如、横から伸びた白い腕によって大きく拉げさせた。
一瞬のことではあったが、元々の異常な視覚処理能力に加え吸血鬼としての生物スペックまで向上したリアにとっては状態を観察する時間があるくらいにはスローモーションに男の顔が歪んでいくのが見えた。
メリメリっと聞こえてきそうな歪み具合は刹那の間に耐えきれず、中から体液を弾け飛ばしながら男の顔面が粉砕される。
周囲には頭蓋から漏れ出たや血液が飛び散り、元々は真っ白な綺麗な腕だったそれを赤い血で染め上げる。
そしてアイリスの赴くままに振り払われると、路地裏の壁一面にべったりと血痕は張り付けるのであった。
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