第2話「高名な依頼人」第7部

 キム銀河ウナが腕組みしながら、つぶやくように言う。

「宝って、森の中にあるんじゃない? だとしたら地図からわからないよね。たとえば、貴重な植物とは考えられない?」

「貴重な植物? あ、天然記念物とか?」

 本郷ほんごうあずさが丸い眼を見開いて、金銀河を見上げた。

 すると、まるるんさんが指をパチンと鳴らした。

「なるほど!」

 まるるんさんの指先がキーボードの上を舞うように走った。

「山小屋のもっと北西の山の中腹に、カタクリの群生地があるみたい! わたしも以前にべつの群生地に行ったことがあるけど、カタクリって、ほんとに可愛くてきれいなのよね。でも、カタクリって春の花だし、今の季節にはもう枯れちゃってるかぁ……」

 するとすかさず不老が口を開いた。

「いいえ、枯れてはいませんよ。カタクリは地上部が枯れても、地下では球根として休眠しています。しかし秋になろうとする今の時期に、カタクリの球根をわざわざ盗もうとするとは考えにくいですね」

 不老ふろうの言葉に、まるるんさんはうなずいた。

「確かにそうね。稀少植物の乱獲や盗掘も問題になってるのは知ってるけど、それって高山地帯の植物の話よね。この地域ではカタクリ以外に、稀少な植物はなさそうだな」

 すると、金銀河が口を開いた。

「じゃ、キノコはどうですか? ほら、これからキノコ狩りのシーズンです! たとえば、マツタケを盗もうとしていたら」

「まだマツタケ刈りには時期が早いんじゃない? それに……マツタケ自生地がこの近辺にあるっていう情報は、ネットを見る限り見当たらないなぁ」

 パソコンを操作しながら、まるるんさんが大きく息を吐く。

「ハラさんたちが話してたっていう『果物』は? たとえば……アケビとか?」

 金銀河が食い下がるように、まるるんさんを真剣な表情で見つめる。

「ううん、アケビじゃなかったなぁ……」

 まるるんさんは空中をにらんで、眉間に皺を寄せた。

「じゃあ、イチジクとか……ザクロとか……」

「そう、それ!」

 まるるんさんが大きく声を上げた。

「ザクロよ! ハラさんたちが話してたのは、ザクロ。間違いない。わたし、以前にザクロのジャムを手作りしたことがあったの。だから記憶に引っかかっていたのね」

「じゃ、ハラさんたちはザクロ泥棒だったんだね!」

 ぼくは身を乗り出した。けれど、まるるんさんは怪訝そうな表情になった。

「ザクロの自生してる場所はあるかもしれないよ。でも、わざわざ盗む必要があるかしら? 珍しい果物じゃないわよね」

「じゃあ……やっぱりハラさんたちがトレジャー・ハンターだったっていう前提がそもそも間違ってたのかな……?」

 金銀河が悲しげにつぶやいた。

 ぼくたちはみな同時に「うーん」とため息をついた――ただ一人を除いて。

「もう一度、動画を見せてください。まず、川原が映っている部分を」

 不老翔太郎が鋭く声を放った。

 まるるんさんは、戸惑った様子で動画編集ソフトを操作した。ちょうど空き地に張ったテントから川原に向かって歩いている映像で一度停止させ、不老を見やった。

「再生してください。早送りでなく、通常の再生速度で」

 不老の指示通り、まるるんさんは動画を再生させた。

 カメラが移動し、叢を超えて川原へと向かった。さかんに野鳥の鳴く声が聞こえる。まるるんさんが構えたカメラは、白い岩を踏みしめるトレッキング・シューズの爪先を映しながら、川へと向かう。立ち止まると、カメラはゆっくりとパンし、薄緑色に輝く水面を映し出した。ちょうどそこに録音されたまるるんさんの感嘆したような「わぁ……」という声も入っていた。

「これでいい?」

 まるるんさんが言うと、不老は早口に「もう一度見せてください。川じゃなく、川原を」と告げた。

「ねえ不老、何を……?」

 ぼくが言いかけると、不老は人差し指を立てて、ぼくを制した。

「まるるんさん、静止画を拡大できますか?」

「できるけど……」

 怪訝そうな顔で、まるるんさんが白い川原の岩肌を拡大した。そこには、ただ白く滑らかな岩肌が大写しになっているだけのように見えた。

 けれど、不老は満足げにうなずいた。

「次はどうするの?」

 まるるんさんの問いかけに、不老はすぐさま答えた。

「この地域でかつて作られていたという陶器について、検索してください」

「ええっ?」

 ぼくたちはいっせいに声を上げた。不老翔太郎の突飛な発言には慣れているつもりだったが、やっぱり毎回驚かされる。

「ええっと……町の公式サイトにちょっとだけ載ってる――」

「見せてください」

 不老翔太郎はまるるんさんからノートパソコンを受け取ると、画面を食い入るように眺めた。脇からぼくと金銀河、本郷梓も覗き込む。ただ、ヒビの入った陶器の写真が二枚と、短い解説文が掲載されているだけだった。

 が、不老は満足そうに言った。

「なるほど……ガエロメか」

「ガ、ガ……何?」

 ぼくが訊くと、これまでぼくたちをずっと静かに見守っていた真琴まことさんが、うれしそうに声を漏らした。

「お見事、ショウちゃん。やっとそこに気づいたのね」

 不老の右の眉が高々と上がった。

「ほう、どういう意味だい? まるでとっくに真相にたどり着いていたかのような言い草だ」

「ショウちゃんもよくがんばったわ。けれど、ちょっと時間がかかったかしらね」

 不老翔太郎の面持ちが険しくなる。真琴さんは、面白がっているかのような表情になり、

「一つだけ確認させてくれるかしら?」

 そう言って真琴さんは、優雅な動作で立ち上がった。不老からノートパソコンを受け取り、素早く慣れた手つきで操作した。

「ルナ、いえ、まるるん。あなた言ったわよね。『記憶のカケラが引っかかってる』って」

 ディスプレイは、またもや動画編集ソフトの画面になっていた。

「まこっちゃん、わたし、何か大事なこと話したっけ?」

 まるるんさんが尋ねる。真琴さんはにっこりと笑みを浮かべながら、トラックパッドを操作した。

「人の記憶力をみくびっては駄目よ、ショウちゃん。ちゃんとルナ……えーとまるるんの脳は記憶していた。『記憶のカケラ』を拾い上げることさえできれば、すぐに真相にたどり着けたはず」

「持ってまわった表現で人を煙に巻こうとする行為は、実にくだらないからやめてもらいたいね」

 不老は真琴さんに冷ややかな目線を向けた。

 けれど真琴さんは、さらに面白そうに笑みを大きくした。

「ショウちゃん、ちゃんと観て」

 真琴さんは、数十分前に不老がやったのと同様に、一コマずつ動画を再生した。

 毛羽立った古くて色褪せた畳。その上の三つのバックパック。緑色の表紙の手帳。折りたたまれた地図。長方形のコンパス――

「気づかなかったの、ショウちゃん?」

 そこで動画を一時停止して、真琴さんは問いかける。

 不老翔太郎は画面をにらむと、急に立ち上がった。真琴さんの手からノートパソコンをひったくるように奪うと、素早く操作する。

 不老のようなアナログ人間がノートパソコンをちゃんと使えることに、ぼくはちょっと驚いた。いつも不老には驚かされてばかりだ。

「なるほど……」

 不老がため息混じりに言う。

 ぼくたちはいっせいにディスプレイを覗き込んだ。

 大写しにされているのは、畳の上に置かれた長方形の方位磁針だった。拡大されて、ピントがぼやけている。

「ルナ、これがひっかかっていたのよね」

 真琴さんの言葉に、まるるんさんが首を傾げた。真琴さんは続けた。

「じゃあ、この画面のコントラストを上げるわよ。何が見えるかしら?」

 真琴さんがトラックパッドを指先で操作した。ディスプレイ上では方位磁針の画像が徐々にクリアになっていった。大きさは縦がおよそ十五センチ、横が七、八センチくらいだろうか。上半分に円形の方位磁針があり、細かく目盛りが刻まれている。その下側には細長くて小さな小窓のようなものがあるのが見て取れた。

「変わったコンパスですね」

 本郷梓が声を漏らす。

「ただのコンパスじゃないのよ。どう? 何か引っかかることはない?」

 真琴さんが微笑みながら、ぼくたちみんなを見回す。

 ぼくたちはいっせいに、さらにディスプレイを覗き込んだ。

「あっ!」

 全員ほぼ同時に声を上げた。


第8話(最終回・解決編)につづく

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