『なんでも屋』にて、不思議な明るい青年との出会い

 切り札がなくなってから数日後、ユキマサは『なんでも屋』を訪れた。だが、そこにムゲンはいなかった。もしかしたら、奥の部屋にいるかもしれないと思って声をかけてみたが、返事はなかった。待ってみようかどうしようか考えて、日を改めることに決めた。


 『なんでも屋』を出ようと扉に手を掛けようとしたが、出来なかった。ドアノブが勝手に下がったのだ。ガチャリと扉が開いた。ムゲンが帰ってきたのかと思ったが、違った。見覚えのない青年が『なんでも屋』に入ってきた。


「ただいま~」


 片手に袋を持ったオレンジ色の髪の青年は、ユキマサを視界に入れると、不思議そうに首を傾げた。


「……だれ?」


 警戒している様子ではなく、純粋にユキマサが誰なのかと疑問に思っているようだ。


「えっと、ムゲンに会いに来ました」

「あっ、ムゲンに頼みたいことが会って来たの?」

「はい、相談したいことが会ってきました。あの、今日はムゲンはいないんですか?」

「うん。えっと、今日は帰ってこないかもね。明後日には帰って来てると思うよ」

「そうなんですね」


 ユキマサは母親のことを相談するために『なんでも屋』を訪れた。切り札に代わる母親を落ち着かせる方法を相談したかった。またいつ母親が取り乱してしまうかもわからないから、出来るだけ早く相談したかった。相談できる相手はムゲンしか思いつかない。でも、いないのならば仕方がない。ユキマサは目の前の青年に伝言を頼んでから、『なんでも屋』を出ることにした。


「あの、ムゲンに明後日きますって伝えておいてください。俺はこれで失礼します」


 ユキマサはぺこりと頭を下げると、青年の横を通り過ぎようとした。


「待って! ボクでよかったら話聞くよ。話すだけでもきっと楽になるから」


 ユキマサは立ち止まり、青年の方を見た。


「でも、迷惑じゃないですか?」

「全然。ボクもいちおう、この店に住んでるからね。話くらいボクにだって話くらい聞けるよ。だからさ、そんな暗い顔しないで」


 青年は明るくユキマサに笑いかけた。まるで太陽のようで、少しまぶしくて、ユキマサは目を細めた。目の前の男には自分にはない底抜けの明るさがあるのだろう。


「俺、そんなに暗い顔してますか?」

「ものすごくってわけじゃなくてね、少しね。ボク、なんとなくそういうのわかっちゃうんだ。ほら、そこのテーブルのとこ座って」


 青年はユキマサの腕を引いて、椅子に座らせた。ユキマサはされるがままになっていた。悪意を感じなかったから、拒絶する必要を感じなかったからだ。


 青年は手に持っていたものをカウンターの上に置くと、ユキマサの正面に座った。青年のひまわりのような笑顔には裏を全く感じない。


「そういえば、名前、言ってなかったね。ボクの名前はトワだよ」

「俺は、ユキマサです」

「ユキマサくんか。じゃあ、ユキくんだ。よろしくね、ユキくん」

「……よろしくお願いします」


 距離を詰める速度が信じられないくらいに早い。陽のオーラで溢れている青年の距離の詰め方にユキマサは少し戸惑った。こんなにフレンドリーに明るく話しかけてくる人間は初めてだったから、どう反応すればいいのか迷ったのだ。


「えっと、トワさんはここで働いてるんですか?」


 トワは少し悩むそぶりを見せた。


「どうだろ、まあ、手伝ってはいるかな。でも、働いてるかって言われたらわかんないや。あと、“さん”はいらないよ。敬語もいらないからね。もっと楽にはなそ!」


 トワのしゃべり方や笑顔からどことなく子供っぽさをユキマサは感じた。あと、セリフがムゲンと似ていると思った。


「はい、わかりました。でも、ムゲンにも言ったんですけど、この喋り方が一番楽なので。喋り方は変えられないです」

「そっか。ねえ、ユキくんさ、ムゲンにタダで話聞いてもらってるの?」

「そうですね。相談するだけなら無料だって言われました」

「一回だけじゃなくて?」

「はい。特に回数は言われてませんね」

「へー、君、気に入られたんだね」トワは確信をもっているようだ。

「どうしてそう思うんですか?}

「だって、ムゲンは相談に乗るだけなんてことほとんどないよ。しかも、何回もなんて、ボクが知る限りだけど、初めてだね」

「え? でも、相談だけでも大丈夫って、書いてあったじゃないですか」


 ユキマサが見た張り紙には、『相談だけでも可』と書いてあった。


「あれはね、ムゲンが言うには、店にはいるハードルを下げるためだって。でも、本当に相談だけの人なんていないよ。ムゲンは必ず、店に入ってきた人には、何かしらの依頼をさせるからね」

「そうなんですね。でも、どうして、俺はムゲンに気に入られたんでしょうか」


 心当たりがあるとすればユキマサの家庭環境だが、それだけで特別待遇になるとは考えにくい。ムゲンは特殊な状況に置かれている人間なんて数多く見ているような気がする。なにかしらユキマサ自身に、ムゲンの気を引くものがあったのだろう。


「気まぐれじゃないかな」

「気まぐれ。ですか?」

「そう。なんとなく気に行ったんじゃない? ボクを拾った時もそうだったよ。なんか、気まぐれで拾ったって言ってた」

「トワは、ムゲンに拾われたんですか?」

「うん。そうだよ。ムゲンがね、ボクを拾ってくれたの」トワは嬉しそうに言った。


 『拾ってくれた』ということは、親にでも捨てられたのだろうか。それとも、ゴミ捨て場にでも落ちていたのか、道端に落ちていたのか。少し考えて、深く聞くのはやめた。人はだれしも突っ込まれたくないことの一つや二つはある。


「ユキくん、見て見て」


 そう言ってトワは軽く顎を上げ、自分の首に着いたモノを自慢げに指差した。そこには、紫色の首輪がついていた。おしゃれのために着けるショーカーと言うよりは、イヌやネコに着ける首輪のように見える。ユキマサが知らないだけで、首輪みたいなチョーカーもあるのかもしれない。


「それ、どうしたんですか?」

「あのね、ムゲンに買ってもらったの。拾われてすぐのころにね。この首輪、ムゲンの目の色と同じ色なんだ」

「そうなんですね」


 やっぱり『首輪』だった。トワも『首輪』だと認識していた。先ほどから、『拾ってくれた』とか『首輪』とか、まるでトワがイヌやネコのような口ぶりだ。気にならないといえばうそになるが、ユキマサはこれ以上深入りしないことに決めた。


「あ、ごめん、話それちゃった。ユキマサの話聞こうとしてたのに」トワはしょぼん、という言葉が適切な雰囲気で落ち込んでいる。

「気にしないでください。じゃあ、今から、俺の相談、聞いてくれますか?」ユキマサは出来るだけ丁寧に優しく声を掛けた。

「うん! 聞くよ。えんりょなく話して」


 トワの表情が明るくなったことにほっとしたユキマサは、自分の家庭について簡潔にトワに説明した。そして、数日前に母親がおかしくなった時のことを話した。ユキマサはなんとなく難しい言葉を避けてしゃべるようにしていた。なぜかトワのことが小さな子供に見えたからだ。


 トワは相槌を打ちながら、静かにしっかりと話し終わるまで聞いてくれた。


「そっか。そういうお母さんもいるんだね」

「いや、ほとんどないですよ」

「そうなんだ。じゃあ、ユキくんの家は珍しいんだね」

「相当特殊、ものすごく珍しいと思いますよ。それで、俺が相談したいことは、母親を落ち着かせる方法です」

「お母さんを落ち着かせたいの?}

「はい。さっき話した通り、切り札は使ってしまいました。だから、次に母親が取り乱してしまった時、俺の言葉が拒絶されたとき、どうすればいいのかわからないんです。母がずっとじゃべり続けて、俺が口をはさむ隙が無いんです」自分の世界に入り込んでしまった母親のことを思い出して、一瞬、ユキマサは顔を歪めた。

「つまり、お母さんを黙らせたいってこと?」

「……まあ、そうですね。いったん、黙らせてから、俺の話を聞いてもらう、っていうのができればいいんですけど」

「えっと、話を聞いてもらうのは難しいかもしれないけど、人間を黙らせる方法なら知ってるよ! ムゲンに聞いたんだ」トワは自信満々と言った様子だ。

「教えてくれますか?」

「いいよ。えっと、ムゲンが言うには、人間を黙らせる方法は三つあるんだって」

「三つですか?」

「そう。三つ。まず、一つ目は、威圧すること。相手をおびえさせると、言うこと聞いてくれるらしいよ。なんか、怖くて声でないみたい。で、二つ目が、殺すこと。これが一番手っ取り早いらしい。死んだ人には口がないんだって。でも、汚れちゃうし、後片付けが大変だから、おススメはしないって言ってた。で、三つ目は、眠らせること。これは、大体の場合は、一番大変だって言ってた。ボクには、簡単にできる方法教えてくれたよ」


 トワは、おそらくムゲンのコメントも添えて、『人を黙らせる方法』を三つ教えてくれた。一つ目の『威圧』というのは使えない。切り札と同じようなものだからだ。二つ目の『殺す』と言うのは却下だ。一番手っ取り早い方法だとしても、母親を殺すことだけは避けたい。おススメできない理由が、『汚れちゃう』とか『後片付けが大変』とかで、倫理観と言うものがこの店に存在しないことがよくわかった。それはさておき、ユキマサが一番魅力的だと思ったのは、三つ目の方法、『眠らせる』だ。でも、自分にできるのかがわからない。眠らせる方法と聞いてパッと思いつくのは、睡眠薬を飲ませることと、一撃で気絶させることだ。前者は普段なら簡単だが、周りが見えていない状態の母親には無理だ。後者は絶対に無理。


「あの、できれば、三つ目の眠らせるっていうのがいいんですけど、俺にもできますか?」

「出来ると思うよ。ユキくんのお母さんなら、ユキくんに出されたものなら、疑わずに口に入れるでしょ」

「普段の母親ならそうです。でも、興奮状態で、俺の話に聞く耳を持たない母さんに飲み物を出しても、きっと飲んでくれないと思います。俺の存在が認識されてるかも怪しいので」

「そっか。じゃあ、顔にシュッてやるかんじの睡眠薬ならどう?」

「それなら大丈夫そうです。でも、そんなものあるんですか?」

「うん。あるよ。ちょっと待ってて、いまもってくるから」


 そう言うと、トワは立ち上がり、カウンターをピョンッと軽々飛び越えて、カウンターの中においてある椅子の上を経由して、奥の部屋に入っていった。そして、あまり時間はかからずに、トワは部屋から出てきた。物が散乱している床を踏まないよう、椅子を経由して、カウンターを飛び越えると、ユキマサの前に戻ってきた。トワは片手絵に、片手で持てる程度の大きさの円筒形の物を持ってきた。中には透明な液体がいっぱいに入っている。


「これだよ」と言って、トワは水にしか見えない液体が入った容器をユキマサの目の前に差し出した。「さっき言ったやつ。とりあえず、あげる」

 ユキマサは手渡されたものをまじまじと見つめる。

「これが、睡眠薬なんですか?」

「うん、そうだよ」

 そう言いながら、トワはユキマサの正面に座った。

「水にしか見えないです」

「見た目はたしかに水みたいだね。でも、ものすっごくよくきくよ。何回か使ったことあるけど、人間の顔面にシュッてやると、ばたんってすぐにたおれるんだ。おもしろいよ。一瞬で寝ちゃうんだもん」


 子供のような無邪気な笑顔を浮かべているトワを見ると、嘘を言っているようには見えない。にわかには信じがたいが、一瞬で相手を眠らせることができる睡眠薬が本当に存在しているのだろう。


「ユキくんもやってみなよ。ほら、少しはなれた場所にさ、うす暗い道あるでしょ。そこにたっくさん、なにしてもいい人間がいるってムゲンが言ってたから、ためしてきたら?」


 駅から少し離れた路地裏には、関わり合いになりたくはない人間が集まっている。確かにそこにいる人間に何があっても「またケンカか」くらいにしか思われないだろう。ユキマサは絶対に一人ではそこに近づきたくはなかった。命の危険を感じる。


「えっと、お断りっします。あの、これ、貰ってもいいんですか?」

「うん。でも、使い終わったら返してね。一個しかないから」

「もしかして、これ、トワの身を守るためのものだったりしませんか」

「そうだよ。でも、なくても大丈夫なんだ。一人で危ないとこ行かなきゃいいだけだし、それに、すぐ逃げればいいだけだもん」

「でも、いつ使い終わるかなんてわかりませんよ」

「いつでもいいよ。何十年、何百年たってもいいよ。返してくれればね」

「さすがに百年は生きてませんよ」

「あ、そっか。人間って、そんなに生きないよね」

 常識中の常識である人間の寿命というものをたった今思い出したかのようにトワは言った。

「とにかく、持ってていいよ」

「ありがとうございます」

「相談事解決した?」

「はい。ありがとうございました」

 ユキマサは軽く頭を下げた。

「いいよ。ムゲンがいないときは、ボクをたよってね。あ、でも、ボクはムゲンほど何でもできるわけじゃなくて、ボクが出来るのは、話を聞くだけだからね。ムゲンよりはたよりにならないけど、それでもよければね」

「トワも、ちゃんと、俺の力になってくれましたよ」


 声色や雰囲気がコロコロと変わらないからトワの方が話しやすい、という言葉は飲み込んだ。トワは素直で顔や声に感情がすぐに出てくれて、気を張らずにリラックスして話せる。


「話を聞いてもらえるだけでも、気持ちは軽くなるものです」

「そういうものなの?」トワは首を傾げた。

「はい。そういうものです」

「そうなんだ! 覚えておくね」

「あの、俺、そろそろ帰ります」

「そっか。また来る?」

「はい。また来ますよ」

「わかった。またね」


 手を振るトワに見送られながら、心強い武器を手に入れたユキマサは『なんでも屋』を後にした。


 






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