第11話 平和でなにより

 雨森くん像消失騒動のあと、怪盗ソルシエによる盗みはピタリとなくなった。

 雨森くん像も程なくするとなぜかもとの場所に戻ってきた。その一瞬だけまた怪盗の話題に沸いたが、世間の怪盗ブームはかげりをみせはじめる。

 昴は、喫茶・時間旅行でコーヒーをすすっていた。今、頭を占めているのは宝石や美術品ではなく、ギャラリーのことだ。

 依頼の成功報酬として当面の現金を手に入れたとはいえ、あるとあるだけ使ってしまい、ポールに怒られた。次の展示も決まっていない。このままではまた、自分が描いた抽象画風なそれっぽい絵を場所埋めに飾っておくしかない。


 ふと、テーブル席を見ると、コーヒーと軽食はテーブルの端に寄せて 熱心に絵を描いている人物がいた。昴は獲物を見つけた目をしながら、許可も得ずにその彼の向かいの席に座る。


「ねえ、うちで個展開いてみませんか?」

「……は?」

「ああ、失礼しました。私、こういうものです」

 昴は、男性に名刺を差し出す。


「ああ……ギャラリーを経営されていると……。編集と相談しなきゃですけど……、俺エロい絵しか描けないっすよ」


 男性は怪訝けげんそうな、自信のなさそうな、なんとも難しい顔をし、昴は対照的な満面の営業スマイル。


「裸婦画は芸術の基本でしょう⁉︎ 大歓迎ですよ!」

「それに、絵画じゃなくて漫画ですし……」

「漫画の個展、いいじゃないですか! 編集さんとの相談よろしくお願いしますね! いつからなら展示可能ですか?」

「ああ……ええっと?」


「やっぱりここだった! 昴さん!」

 ポールが突然割り込んだ。つい今しがた、昴を探して時間旅行に乗り込んできたのだ。


「今日こそは ちゃんとギャラリーの仕事してください! 僕じゃあ、お客が来ても格好つかないんですよ」

「いやいや、今仕事してんの。こちらの画家さん、勧誘してるんだから」

「心底困ったって顔されてますよ! この方! さ、とにかく帰りますからね!」


 昴はポールにずるずると引きずられて店を後にした。マスターや店内の客はその様子をポカンと見送る。

 入れ違いで店に入ってきた玲も例外なく、なんだか珍しいものが見れたなぁと去っていく二人を眺めた。




「──ともあれ、平和でなにより」

 マスターは豆をひきながら、自分の城の中を見回す。


 孫娘が水を注いでまわっている。常連客が笑い合っている。漫画家さんが仕事をしている。あれ、あの席の人にはおしぼりとお冷出したっけな?

 怪盗騒ぎがあったことなど嘘のような、のどかな昼下がり。これは取り戻した日常か、嵐の前の静けさか。



 ピロンと、誰かのケータイの通知音が鳴った。


「怪盗ソルシエ! 最近おとなしいと思ってたのに、また予告状ですって⁉︎」


 玲はガタと派手な音を立てて立ち上がると、雨森くんキーホルダーのついたカバンを引っ掴む。そして、千円札をカウンターにバンと置いて 喫茶・時間旅行を走り出て行った。




END

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