第10話 目論見

 ギャラリーの二階、事務所兼アジト兼住居なこの場所で、留守を守っていた弟子は、帰ってきた師匠をしかりつけていた。


「だから、なんでギリッギリまで無茶するんですか! 魔法使いって頭が良くないとなれないものだと思ってましたけど? 僕にはいつも失敗から学べと言っているくせに!」

「だって、失敗したとは思ってないからね。予告通りの時間に登場してプラン通りの演出。目的のものはちゃあんと手に入って、今回なんか、探偵さんとおしゃべりまでできた」

「また喫茶店のマスターにお世話になったでしょう?」

「それだって、すでに支払うもの支払ってるし」

「もう! 子供みたいに言い訳しないでください!」


 ポールはぶつぶつと文句を言いながらも、ソファで伸びている昴に、グラスを手渡す。

 宝石から抽出した“魔力”を含んだ飲み物だ。昴はこのような形で魔力を摂取せっしゅし続けなければ生きていられない。それは“魔法使いだから”というわけではなくて、彼の特殊な事情だった。


「呪いのようなものだとおっしゃってましたけど、そうと分かっているなら本当に無理をしてはダメですよ。毎回毎回、一応心配してるんですからね?」

「ポールがいてくれると思えばこそ、無理ができてるんだよ。いつもありがとう」

「そうやって……もうっ!」

 ポールは嬉しいようなこそばゆいような、恥ずかしそうに顔を背けた。


 体調の少し戻った昴はうーんと伸びをした。


「さあて。依頼された仕事は無事に終わったし、もうこの街は離れて問題ないんだけど。喫茶店が気に入ったからもうしばらく居ようかな。来月以降の家賃だって余裕で払えることだしね」

今更いまさらながら よくもまあ、こんな依頼を受けましたよねぇ」

「条件がすごくよかったからね。現金とこの街での治外法権!」

「市長も市長ですよね。ソルシエに盗みの依頼か」

「今までだって、依頼を受けることは ないこともないよ」

「そういえば、どうやって受けてるんです?」

「ん? インターネットで? SNSのアカウントとか、匿名掲示板とか」

「はぁあああ、現代ですねぇ。それ、足つかないんですか?」

「僕を誰だと思ってるのさ。地に足つけないよ」

「ちょっと意味が違うと思います」

「ともかく、僕のもとには宝石や美術品はあっても、現金がなかったんだ。これは切実だよ」

「それで? その雨森くん像、どうするんですか? ここにずっと置いとくつもりですか?」


 事務所の一角に堂々鎮座している雨森くん像を、ポールはあらためて観察してみた。なんの変哲もない、ゆるキャラの銅像だ。


「そうだねぇ。所有欲はそそられないし。元の場所にでも戻しておこう。 ──目的を果たしてからね」

「市長の依頼は話題づくりのための“消失マジックショー”でしょ? 怪盗ソルシエがやってきて像を盗むとなれば、ニュースが勝手に雨ノ森を宣伝してくれるって寸法で。もう目的は果たしてるじゃないですか」

「ふふん。私が本当に、現金獲得のためだけにあんなチンケな依頼を受けると思うかね?」


 口調が変わるほど得意気にもったいぶって、昴は雨森くん像をころりと横たえた。重い銅像だというのに、まるでプラスチック製の置物でも扱っているようだ。

 雨森くん像の足の付け根あたり、普通に建っていれば見ることもなければ、構造上、手でまさぐることもできないであろう場所に、ひとつ、きらりと光るものが見えた。

「オスカー・ワイルドの『幸福な王子』の王子像のようにね、この像にはお宝が隠れている。この像の場合は人目につかないところだけれど。

 悔しいかな。市長の思うツボだよ。ただただ『金をやるから銅像を盗む狂言をしろ』と言ったところで僕が動かないとわかった上で、像を作る段階で仕込んでいたんだ。まったく、恐れ入るね」


 昴は、光るものを像から取り外し、手のひらの上に転がした。


「あ、コレは!」

「そう、レッドダイヤモンド……と思しき赤い石のブローチ。匿名の所有者が日本にもいるらしくてね。市長は我こそがそのコレクターだと、暗に伝えてきたんだよ。それとその隠し場所を」


 昴は雨森くん像の足元を指差した。


「なるほど、そういうことだったとは……」

「けど、これはガーネットだね。市長がニセモノを掴まされていたのか、はたまたそれと知りながら僕に話をもってきたのか」

 昴はよくよく見もせずに言った。

「師匠だって、もとより期待なんかしちゃいないでしょ。レッドダイヤがこんなに簡単に見つかるなんて」

「まあね。けど、僕が紅い宝石で動くと気づいたのはさといよね。目論見もくろみはアホだけど」

「そのガーネットも元の場所に戻すんですか?」

「いやいや。盗難届けも出されない、足のつかない宝石だよ? 打ち上げの焼肉代のになるに決まってるじゃない」

「焼肉‼︎」

 ポールはきらきらと目を輝かせる。彼は魔法使いの弟子なのであって、怪盗の弟子ではないのだ。宝石よりも美術品よりも、美味しいごはんにこそ価値があると考えている。

 だって、美しいものなんて見ても腹はふくれないのだから。

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