第6話 怪盗と探偵

 カランコロンと入口のベルが鳴ったので、昴とマスターはそちらに目を向けた。

 いましがた店に入った客は すっと“いつもの席”に座る。昴は、きらきらと獲物をとらえた目をした。

 今日、この喫茶店を訪れた二つ目の目的。探偵ちゃんだ。

 昴は孫娘にコソコソとなにやら耳打ちをした。


 歳のころは二十歳前後か、かなり若い。イメージで語れば探偵という仕事で 若輩じゃくはいの女性が信頼を勝ち得るのは難しそうに思えるが、依頼があるということはそれなりに実績も重ねているのかもしれない。

 彼女はスマホを取り出すとイヤホンをつけて動画を見始めた。


 孫娘がおしぼりとお冷、それからコーヒーとガトーショコラをもって行く。


「まだなにも頼んでないですけど……」

「あ……あちらのお客様からです」


 まさかこのセリフを言うことになるとは と思いながら、孫娘は昴を指した。

 まさかこのセリフとともにテーブルに何かが並ぶことになるとは と思いながら、探偵は昴を見た。


 昴は探偵に向かって笑顔をつくってひらひらと手を振り、探偵はじろじろと彼をめまわした。


「どういうつもりですか?」

「席、ご一緒してもいいですか?」

「ああ、それを断れなくするためですね?」

「さすが、ご名答です。名探偵さん」


 昴は彼女の返事を聞かずに向かいの席に座った。


「それで、ご用件は。何か、ご依頼ですか? ケーキセット一つでは動きませんけど」

「いいえ。お友達になりたくて」

「は……?」

「申し遅れました。私、こういうものです」


 昴は名刺を差し出す。探偵も慌てて名刺入れを取り出し、名刺交換の運びとなった。

 彼女の名刺には名前──新見にいみ あきら と、探偵事務所の情報が書いてあった。


「緑林昴さん。ギャラリーの……オーナーさん、ですか。どうしてまた、友達だなんて」


 昴は、あきらが名刺を持つ手を包み込むようにそっと握った。


「玲さん。一人の男が、女性にかれる理由など、そう多くはないでしょう。実はあなたを見かけたのは今日が初めてではないんです」


「は……はあ⁉︎」


 玲は顔を赤くして、さっと手を引っ込めた。腕がグラスに当たって水がこぼれる。


「ああ。了承もなく触れるのは失礼でしたね。濡れませんでしたか?」


「いえ、それは、まあ 大丈夫です」


 昴はどこからか取り出したタオルでさっとテーブルを拭く。その時間を使って、玲は一つ深呼吸。冷静さを取り戻した。

 玲はあらためて目の前の男を観察する。

 まず目に入るのは、その目立つ服装。チェック柄のスーツにカラフルなネクタイとワイシャツ。すごく派手だけどセンスよく調和している。

 そしてこのファッションを着こなしてしまう長身と整った顔の造形。

 少し長めの黒髪は綺麗にセットされて、キツすぎないさわやかなオールバックに。

 黒縁メガネの奥にのぞく切長の目は子どものようにいたずらっぽく光っているかと思うと、微笑ほほえみをたたえる口元の左下のホクロは妖艶ようえんな印象を与える。

 つまり、かなりの男前だ。年齢は……たぶん歳上なんだろうと思うけれど、見当がつかない。


「そんなに見つめられると照れるなぁ」


 玲はハッとして目をらした。

「ごめんなさい! なんというか、職業病といいますか」


「そういえば、名探偵シャーロックホームズも人間を観察しただけで様々なことを言い当てたとか。──何か、わかりましたか?」

「そのメガネが伊達だってこと、私に興味をもっているのは確かだろうけど、本当のところは手を握るような理由ではなさそうなこと、健康上の悩みがありそうなこと……」

「うんうん、なるほど? すごい、だいたい当たってるよ」

「あと、この名刺のお名前、偽名ですよね?」

「うん、正解。ペンネームみたいなものです。自分でも描くので」

「それで……本当のところ、何のご用なんですか?」

「友達になりたいだけだってば。勘繰かんぐりすぎですよ。それも、職業病ですか?」

「そうかもしれませんね」


「僕もあなたのこと、当てましょうか」

 昴は口元に指をあてて、考える素振そぶりをした。


「──うーん……。考え事の邪魔をされて、胡散臭うさんくさい 目の前の男がうざったい」

「ははっ。それ……正解って言って大丈夫なやつですか」

 厳しく寄っていた眉がようやく下がって、彼女は笑い声をあげた。


「ケータイの画面を見ながら難しい顔してたけど、それが考え事?」

「そう。私、今、ちまたを騒がせている怪盗ソルシエを追っているの」


 玲はさっきまで見ていた画面を昴にも見せた。そして自分は、少し冷めてしまったコーヒーをすする。昴のコーヒーもタイミングを見計らったように運ばれて来た。


 玲が見ていたのはニュースの映像やだれかが撮影して動画サイトに投稿された怪盗ソルシエの映像。予告の時間に登場する様子や獲物を手に入れてからその場から去っているものだ。

 なるほど、よく撮れている。最近のカメラは高性能だ。夜の闇の中だというのに、いくつか かなり鮮明な映像もあった。

 観客から見た“ショー”のなかなかの出来栄えに、昴はニンマリと口角を上げそうになるのをこらえた。

「けっこう綺麗に映ってるでしょう? なのになぜか ぼかしでもいれてるみたいに、顔がはっきりしない。私自身も顔をはっきり見たはずなのに、どんな顔だったか思い出せない」


「不思議ですね」

「そう。この派手な登場と退却シーンもよ。これ、一体どうやってるの? 協力者が何人もいるとしか考えられないのに、付近を捜索してもそれらしい人たちはいないし!」

「まるで魔法のようだ」

「魔法……ね。そんなものが現実に存在するなら、彼の演出や盗みのトリックは全てそれで解決よ。何かタネや仕掛けがあるはずだわ」


 その後も玲は昴に持論を展開する。彼が聞き上手だったからなのだろうか。守秘義務があるような仕事ではないからだろうか。後から思えば自分でも不思議に思うほど、玲は饒舌じょうぜつにおしゃべりをしていた。




「聞いてよ、ポール! 探偵ちゃんとおしゃべりしたよ!」

 昴はギャラリーに戻ると、一階で店番をしていたポールに興奮気味に言った。


 もちろん、ギャラリーは今日も閑古鳥かんこどりが鳴いていて、内緒話をする必要もない。

 最近は使ってくれる画家もいないので、昴やポールが描いた、彼らが抽象画と主張する絵が飾られている。


「……え? 本当に探偵と接触したんですか……?」

「いやぁ、やっぱりいいね。馴染なじみの喫茶店での 人との交流というのは」

「なんでそう、自らリスクを負うようなことをするんですか」

「楽しんだっていいだろぉ? なにせ、今回の仕事はオイシイけどやりたいもんではないんだからさぁ」

「じゃあ“盗みの依頼”など断れば良かったじゃないですか」

「いやぁ、だって貴重な現金収入だよ? これで当面の家賃と生活が補償される!」

「ほぼ、現金収入にしかならないですけどね」

「まあ、ね。本来の目的とは離れるけども、それもたまにはいいんじゃない? お金がないと それはそれで生きていけないしさ」

「それは、その通りです。ギャラリー経営が上手くいってればお金の心配はなかったはずなんですけど。師匠、仕事サボってばっかりだし……」


「まあまあ、怪盗の仕事は頑張るから。しっかりテレビで映してくれるらしいからね、演出も張り切っちゃおう」

「だから、演出ばっかりに力を使わないでくださいってば!」


 ポールが師匠の体を心配して小言を言ったところで、おそらく昴の頭の中は今、登場演出のことでいっぱいだろう。


「さて、ひとまずジャブは何度か打ったし、そろそろの予告状を出そうかな。 ポール、用意してくれる?」


「はい、わかりました」

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