第7話 ターゲット

 喫茶・時間旅行で、昴と玲がコーヒーを飲んでいた。

 それは、最近では良く見る光景だった。たいていは昴が彼女の席に押しかけることが多かったが、正直、どうして彼が自分にこんなにかまってくるのか、玲には疑問だった。


 他愛のない会話をしていることが多かったが、今日は怪盗ソルシエが話題にあがっていた。彼の犯行の周期から考えて、そろそろまた動きがあるのではないかと、玲は考えていたのだ。


「この屋敷。それからこっちの屋敷……。雨ノ森に来てからのやつの狙いを辿ると、法則が見える気がするの」

 玲が地図を広げて、独り言のような、誰かに話かけているような調子でぶつぶつと推理を展開している。


「今のところ、盗まれているのは主に宝石。一度目も二度目も盗まれたのはルビーなどの紅い宝石。三度目はダイヤモンドだったみたいだけど……ソルシエは紅い宝石を好むと聞いたことがあるから、また紅いものを狙う可能性は高いわ」

「へぇ、なるほど?」

「不思議なのは必ずしも高価なものを狙っているわけではない、ということ。雨ノ森に現れる以前の犯行を見てもそれがうかがえる。だから逆に、彼が何をターゲットにしているのか読みづらい……」

「ところで、この推理の過程をなんで僕と?」

「対話形式で考えると、情報が整理しやすく、ひらめきやすいので」

「はあ……なるほど……。じゃ、僕もアイデアを出せばいいんですか?」

「いえ、相づちを打ってもらえれば、それで十分です。あくまで、思考のプロセスですから」

「でも、これ、意味あります? ソルシエはどのみち予告状を出すんだから 次のターゲットを割出さなくても……」

「それはそうなんだけど……。なんというかな。彼のことを知りたいのよ。考え方のクセや行動のクセが分かれば、逃亡の先回りもしやすい」

「ゾクゾクするね。きっと君が熱烈な愛情を向けていることを彼が知ったら、大喜びするよ」

「愛情なんかであるわけがないでしょ! 探偵と怪盗っていうのは対決するものなの!」

「僕は探偵と怪盗は、喫茶店やバーで語らうものだと思ってるよ」

「そういう作品もあるけどぉー! それ大抵、探偵や警察のほうが残念に見えるから 私は好きじゃないわ」

「そう? それは失礼」

 昴はクツクツと声を押し殺すように笑う。


「それで、捕まえたらどうするの?」

「どうするって……そりゃあ警察に窃盗せっとうの現行犯で突き出してやるのよ。怪盗を捕まえたとなれば私の実績にもはくがつくし?」

「“箔”が必要だから、怪盗さんの扶持ぶちを奪っちゃうんだ?」

「違う。そもそも窃盗は犯罪でしょ? 箔はオマケよ。ともかく、私が予想するに、次に狙われるのはこの邸宅よ。理由は……」


 テーブルに置いてあった玲のケータイからピロンと通知音が鳴った。ニュース速報が画面に表示される。


『怪盗ソルシエが予告状。つぎのターゲットは雨森くん像⁉︎』


「はぁ⁉︎ あ、雨森くぅぅうんん?」


 彼女はガタと立ち上がり、握りしめたケータイの画面を顔に近づけた。ひょっとして、近くからよくよく見れば 違う文章でも書いてあるんじゃないかとでも考えているようだ。

 大きな声と音をたてたので、かなり視線を集めていたけれど 彼女はまったく気にしていない。


「推理、外れちゃったみたいですね」

「なんでこう、予想の斜め上、しかもはるか上空な行動をするのよ……この人……」

「本当、僕にも信じられない。怪盗ソルシエが盗むものっぽくないよね。雨森くん」

「ええ、ええ、本当に。 何? 実はすごく芸術的価値でもある像なの? コレ?」


 雨森くん像──そもそも雨森くんとは、雨ノ森のゆるキャラだ。かわいい河童かっぱ合羽カッパを着て自信なさげな表情をしているデザインの 街のシンボルキャラクターで、残念ながら、ゆるキャラランキングとは無縁だった。

 その銅像が駅前北口に堂々鎮座し、待ち合わせスポットとして使われている。


「ともかく、私は現地視察に行ってくるわ。コーヒー、ごちそうさまでした!」


 玲は急いで荷物をまとめると、喫茶店から出て行った。

 しかし、残念ながらこの視察は失敗に終わる。ニュースを見た人たちが彼女と同じように、雨森くん像にはなにか秘密があるのかと、雨ノ森駅北口に、詰めかけていたからだ。

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