第5話 喫茶・時間旅行

 怪盗騒ぎのあった翌朝。“喫茶・時間旅行”に、平べったくて抱えるほどの包みをもった昴が来店した。

 喫茶・時間旅行は雨ノ森駅の南側、商店街に店を構える喫茶店だ。昔ながらの、レトロな、そんな言葉が似合う、古いけれど小綺麗にしている、こじんまりとした落ち着いた店。

 昴はおよそモーニングの時間に この喫茶店を訪れていた。この街に来て出会った、お気に入りの店の一つだ。


「やあ、おはようございます」


「いらっしゃいませ」

 若い女性の従業員が愛想良く昴を迎え、カウンター席へと案内した。


 彼女はマスターの孫なのだと他の常連客から聞いた。大学生なので、平日のこの時間にいるのはめずらしい。

 マスターはカウンター向こうで素知そしらぬ顔でコーヒーをれている。


「ねえ、マスター。今日はあなたのコーヒーに敬意を込めて、贈り物を持ってきました」

 昴は、案内されたカウンター席に座る前に マスターに声をかけた。


 いそいそと手に持った包みを開けると、中から額縁に入った絵画が現れる。


「口止め料ですよ」

 昴はマスターにだけ聞こえるよう、ひそひそと言った。


「なんのことでしょう?」

「とぼけんなよ、オッサン」


 不敵な笑みを浮かべながら黒縁眼鏡の奥で細めた目は紅く光り、彼の黒いはずの髪は窓からさす日を反射して金色に輝いた──ように、マスターには見えた。実際は、幻覚だったのかもしれない。


「とはいえ、現金化できるもんでもないけどね。この店に来る連中だってレプリカとしか思わないさ。けど、コイツを所有してるっていう優越感や愉悦感ゆえつかんは格別だよ?」

「そんなたいそうなもの頂かなくても、誰にも言いませんよ」

 マスターもつられて、コソコソと小さな声を出す。


「そうだろうとは思いますよ? けど、俺様は確かな約束が欲しいの」

「とはいえ、これはさすがに……受け取れません」


「わ、“ゴッホのひまわり”? でもよく見るやつとはちょっと違うような……? 贋作がんさくってやつですか?」

 マスターの孫娘が興味深げに絵をのぞむ。


「これが“よく見るやつ”の贋作なら、もっと本物のように似ているはずですよ。ゴッホのひまわりって、その“よくみるやつ” つまり、日本の美術館にあるものとは別に、何枚も描かれてるんです」

「言われてみれば……聞いたことがあるような?」

「と、いうわけで、その中の一枚となります」

「へぇ……そうなんですね」

「でも画商としては代物しろものだし、それならお店に飾ってもらおうと思ったんですが……。君のおじいさまは遠慮して受け取ってくれないんですよ」

「売り物にならない……? えーと、レプリカなのかな? でも……なんで突然絵のプレゼントなんですか?」

「ああ、そうですね。申し遅れました。私、こういうものです」


 昴は彼女に名刺を渡した。その様子をマスターは苦い顔で見る。

 マスターの表情の変化を確認して、昴は交渉のターゲットを変えた。一瞬にやりと口角をあげると、人好きのする営業スマイルを作る。


「ギャラリーと画商をやっておりますのでね。このような品に縁があるんです。

 絵画にご興味がおありでしたら、ウチのギャラリーにご案内いたしましょう。ああ、一緒に美術館巡りもいいですね。その後どこかでお食事にでもお連れします。今週末などいかがです? 日曜日なら学校も休みで……」

「わかりました! 受け取りましょう!」


 マスターがさえぎり気味に言った。


「大変助かります」

 昴は満面の笑みで手揉てもみをする。

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