第3話 雨ノ森と怪盗

 世界にその名を轟かせる怪盗が今、日本の、雨ノ森という街にいる。

 雨ノ森はどこか特別な街というわけではない。

 いくつかの市町村が合併してできた比較的新しい都市で、雨ノ森駅から北側は競うように都市開発が進んで高層マンションや商業施設が。

 対照的に駅から南側はそんなことは我関せずと市町村合併より以前からまったく変わる様子の見えないレトロな街並み。

 この街に人を呼び込もうと次々といろんなキャンペーンをうつ 名物熱血市長。そんな場所だ。


 つまり、怪盗が似合う街ではないのだ。有名な絵画の展示された美術館や貴重な文化遺産の眠る博物館があるわけでもなく、宝を持っていそうな特別なお金持ちがたくさん住んでいる場所 というわけでもない。


 そんな街に怪盗が現れた。世間は当然注目した。

 怪盗が現れたという最初のニュースは、山の手のとある屋敷に“予告状”が届いたというものだった。


『紅い宝石を頂戴ちょうだいにうかがいます  怪盗ソルシエ』


 金箔きんぱくの押し紋様もんようの入った綺麗なハガキ大のカードに、豪胆ごうたんな筆文字でこの一言と日時が書かれたカードは、正直なところ、ただのイタズラだと思っている人が大半だった。



 あの怪盗ソルシエが、本物が現れるわけがないと誰もが思いながらも、万が一と屋敷の主人は警備を手配し、報道陣もぱらぱらと予告の日にあつまった。


 かくして突如とつじょあがった花火とともに怪盗は現れ、よく知られた決め台詞が まるでマイクを通したかのように響いた。


「さあ、皆々様、お立ちあい。怪盗ソルシエ──今宵こよいうるわしき至宝をお迎えにあがりました。

 タネも仕掛けもございません。夢と魔法に満ちたひとときを」


 満月を背景に屋根の上にたたずむ、トレードマークの燕尾服に三角帽子。その輪郭りんかくを照らしだす花火と、宙に浮いているたくさんの粒星のような奇妙な灯り。どこからか流れる壮大なバックグラウンドミュージック。その姿にあっとしたかと思った時には、彼はもう消えていた。


 あの予告状は本物だったと世間は大騒ぎ。その後また予告状が届いたとなれば、ニュースはその話題で持ちきりになった。

 ぱらぱらとしかいなかった報道陣も野次馬も警備の人間も、二件目からは山のように増えた。



 ところで、今夜 怪盗のターゲットになった邸宅の主人は首をかしげた。

「紅い宝石といえばダイヤとプラチナで縁取られた、家宝のルビーの首飾りのことだと思っていたが、はて……?」

 厳重に警備をしていた首飾りはまったくの手付かずで、怪盗は去ってしまっていたのだ。代わりに、引き出しの中に雑多に入れられていた宝石のイヤリングがいくつか、なくなっているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る