第2話 怪盗の失敗
雨ノ森駅の北口に
そのまま線路やショピングモールになっている駅ビルを越えて、南側へふわりと降り立つ。さっと物陰に隠れると、彼は肩で息をした。
ここまで来ればもう大丈夫。線路を越えた先までは追ってこないはずだ。少なくとも警察は見失ったふりをしてくれるはず。テレビカメラや野次馬といった雑多な
ソルシエが「はあ」と息をついて気を抜こうとする寸前、彼は自分を射抜く視線を感じた。
「見つけたわよ! 怪盗ソルシエ!」
見ると若い女性が自分を指差している。ファッション雑誌の表紙にあるような流行のパンツスタイルにスニーカー。警察官……ではないようだ。
「私の推理は当たっていたようね。ここで待っていれば現れると思っていたのよ!」
一体 何者なのか、と思いながらも、何となくどこかで見たことがあるような気もした。
こんなところに追っ手がいるというのは、ソルシエにとっては想定外だった。
彼は軽く舌打ちをすると、また高くひと跳び、空を舞った。
「待ちなさーい!」という声が後ろから聞こえてくるが、そう言われて待ってやる怪盗など、この世のどこを探したって いるわけがない。
けれど、
「しつこいなぁ。もう、時間切れなのに……」
食らい付いてくる女性を後ろに見ながら、ともかく身を隠さねばと、最後の力を
ここでまたもう一つ、想定外が起こった。深夜の商店街、誰もいないと思って転がり込んだ扉の向こうには、人がいたのだ。
「いらっしゃい……ませ? とはいえ、とっくに閉店しておりますが」
喫茶店のマスターが言った。
「……いや、誰もいないつもりで入ったんだけど?」
「それと申し訳ありませんが、こちらは裏口です」
「ちょっと、ストップ! お邪魔した身で悪いけど、すこし黙っててくれる?」
「あなたはひょっとして……ついさっきまでテレビで……怪盗、なんちゃらさん?」
「ああ。だからご存知のとおり、追われてるんだよ。静かにしてろって!」
ソルシエは扉に耳を当てて、外の音に耳を澄ませる。しばらくすると、自分を追う足音は遠ざかっていったようだった。
「あの……あなたが怪盗さんならば、小市民といたしましては通報しないといけないんですがね。えーと、確か……常連の
「は? 緑林?」
自分をよくよくみると、“怪盗ソルシエ”の
「うわ……最悪! こんな失態、初めてだ!」
「いつも“喫茶・時間旅行”のご利用、ありがとうございます」
マスターは、客を迎えるときと同じように頭を下げた。
「ええ、あなたのコーヒーはとても気に入ってるので、また通わせていただきますよ……
じゃ、なくてだな! なんで俺様より冷静なんだよ……」
さっきまで怪盗ソルシエだった男 昴は、頭をガシガシとかきながら はあ、とため息をつく。
「冗談ですよ。お客様の秘密は守ります」
「……それはそれで、“小市民”としてはどうかと思うけど……。
ともかく、今見たことは、全部忘れること。いいね?」
「はあ……」
「一応言っとくと、万一 通報なんてしても、僕の面倒が増えるだけで 無意味だからね」
捨て台詞のようにそう言って、入ってきた裏口から“緑林 昴”はさっさと外に出た。
マスターは信じられないという気持ちとともに、それをポカンと見送るしかない。
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