第2話 その少女、依頼主③

 猛スピードで車が立ち去り、取り残されたオートマトンは糸が切れたかのように倒れる。

緊急事態エマージェンシー!!」

 タマキは左手首に腕時計代わりに付けていた通信端末に叫び、北署職員へ緊急事態を通達する。それに呼応し署内にサイレンが鳴り響く。

 タマキはスカートのポケットからARディスプレイを取り出し、手早く身につける。

回路接続シェイク・ハンド飛翔捜査型ドローンファルコン5号から7号、陸走追跡型ドローンハウンド10号から14号を緊急発進!」

『回路接続。各ドローン発進します。』

 AIの反応と同時に半地下の車庫から小型の4輪バイクの様な姿のドローンが回転灯を灯し飛び出してくる。

 それを見届けるとタマキは署内へ駆け戻った。

 フロア内は突然のサイレンが鳴り響いた事で一般人が軽いパニックを起こしていたが、窓口担当の職員が冷静に対応し場の収拾に努めている。

 そんな中で高野は自らの端末を使い課員に指示を飛ばしていた。

「課長!」

 高野のもとへタマキは駆け寄る。

 一瞬、片手を上げタマキの発言を制すると、端末に向かい「お願い。」とだけ伝え通話を終える。

「すでに車で出てる滝さんが逃走車両の追跡に出たわ。 りゅーちゃんもネットワーク経由で犯人情報を確認中。」

 手短に課員の状況を伝える。タマキは自分に下される命令をすでに理解しているが、その言葉が発せられるのを待つ。

「タマキはすぐに追跡用装備一式を受領したのち犯人追跡に参加。 警ら用ホバーバイクが空いているからそれを使用しなさい。」

「はい!」

 返事も早々に弾け飛ぶように駆け出すタマキ。

 地下への階段を飛び降り整備部へ向かう。

 整備部受付に着くとセンサーに右手をのせる。

 センサーが指紋や静脈をスキャンし、タマキ本人であることを確認。

 入口が開き、彼女のロッカーを示すランプが点灯する。

 ロッカーの前へ来ると自動でロッカーは開放。

 中には各種装備をまとめたリュックと防弾防刃性能が高められた追跡任務用ジャケットが入っている。

 制服用ジャケットを乱暴に脱ぎロッカーの脇に設置された回収用ボックスへ投げ入れると、装備を取り出し素早く身につけながらロッカーを後にする。

 車庫へと向かう通路へ出ると佐藤が待機しており、両手でかかえていたガンベルトを差し出す。

「タマキちゃん、君の銃Hデンジャーだ。」

「ありがとサトさん! じゃあ、急ぐから!」

 佐藤の前から走り去りながら受け取ったガンベルトを腰に巻く。ガンベルトの情報を受け取ったAIがARディスプレイにHデンジャーと専用マガジンの情報を表示する。

 緊急出動のため、特殊弾頭ケースは用意していないが予備を含めマガジンが3つ、それぞれに弾丸は20発。犯行グループが10人以上でもいない限りは対処可能だ。

 カバンから取り出したグローブをはめながら車庫へと入ると、ホバーバイクがさらに下にある整備エリアからリフトアップしてくる。

 ホバーバイクは立ち乗り式でハンドルは付いているものの基本は体重移動で進路変更や速度調節を行う。

 形状的に速度も通常の車輪式バイクほどは出ないが、タマキのように体を動かすことが得意な者が操縦した場合、非常に小回りがきく。

 また搭乗者次第では3次元的なアクロバット走法が可能であるため、追跡用としては4輪車と併用されることが多い。

 今回はドローンで目標を追跡。

 犯人逮捕と被害者確保は、滝とタマキが行う作戦である。

 タマキはバイクに飛び乗りハンドルを握る。

 ハンドルとグローブの接触型回線が接続リンクしAIの認証がおりる。

 車載バッテリーからの電源供給が開始され、ローターが回転を始める。

 ローターが十分な回転数に達するとAIの制御により機体がゆっくりと浮き上がる。

 規定の高さまで浮遊するとARディスプレイに発進サインが灯る。

 タマキはハンドルを強く握ると体を前傾させる。

 通常であれば微速前進から始めるが、緊急事態かつ彼女がホバーバイクに乗りなれていることから転倒しないギリギリに車体を傾斜させ、ファンが発生させる風を浮力より推力にまわす。

 急発進するバイクは高速で地上への坂を駆け上がる。

 勢いにのり坂を登りきったところで大きくバウンド。

 はねて飛んでいる時間を利用し姿勢調整し機体の水平を保つ。

 再び浮力を得て降下速度が落ち着いてきたところを見計らって再度、前傾姿勢をとり加速。

 加速と浮揚を使い分けることで通常以上の加速を維持しタマキは北署を後にした。

指揮コマンドより各員。現状報告。」

 無線越しに高野の声が響く。

「こちら市村。 サイバールームで追跡中の車両のID照会中。 あ、佐藤サトさんこっちに来ました。」

「佐藤です。 市村くんから各ドローンの制御権を移譲。 ドローンによる捜索を実行中です。」

 市村と佐藤のアイコンが発言する。

 サイバールーム内は部外秘となっているため、捜査中はリアルタイムカメラで撮影した顔の表示が義務付けられているサイバーカンファレンスCCにおいて例外的にアイコンでの参加となっている。

「こちら警ら5号車Pー5の滝だ。 新都中央エリアへ向けて移動中。」

 簡潔に答える滝。

 Pー5は北署所有の警ら車両の中で唯一のガソリンエンジンを積んだスポーツカータイプの車両であり、今やクラシック車ぐらいしか見ることのない手動変速機付きMT車両である。

 その運転の煩雑さゆえに乗り手を選んでしまうため、Pー5は滝専用車となっている。

 まだ目標を探索しているので法定速度を守り走行しているが、その気になれば相当無茶な速度での運転も可能である。

「こちらタマキ、警ら用バイク8号PB-8にて目標の逃走方向へ走行中。 滝さんのバックアップに回ります。」

 タマキもはやる気持ちをおさえ、冷静になるように心がけながら報告する。

 普段であれば意識しなくても冷静に対応できるが、今日はなかなかそのゾーンへ入ることができない。

護衛対象サヤカが目の前で誘拐されたことに動揺している?)

 自問するが答えは出なさそうである。

 悩むより行動をするべきと以前滝から受けた薫陶があったが、こういう時の心構えの話だったのかと考えながらバイクを走らせていく。

『市村です。 車両ID割れましたクラック。 これPublicRentalCarですよ。 伊坂の社用車だったらこんな事なかったんじゃないか。」

 どこかあきれるような口調での報告。

 パブリックレンタカーとは行政が運営しているレンタカーで、人格権と運転免許さえあれば、誰でも簡単に借りることができる電気自動車である。

 公共パブリックでの運用となるため、社用車に比べるとセキュリティは甘いと言わざるを得ない。

 仮にも会社の社長代行VIPの移動にPRCを使用したことが信じられなかった。

「そこをボヤいても始まらないわ、至急新都交通課に所在確認を。」

 高野が市村をいさめつつ指示を出す。

 都内で運行するPRCは各特別行政区交通課の管理下にあり、レンタル中の各車両の大まかな位置は交通課で把握可能であった。

 すぐさま市村は端末に登録してある関連団体ブックマークの中から新都交通課のサイトアドレスを呼び出し、照会を開始する。

 その間わずかに数秒。 視線入力や細かい体の動きをショートカットキー登録しての早業であり、電界没入フル・ダイブによる思考トリガーを除けば最速と言ってもいいだろう。

目標補足ビンゴ! 該当車両はやはり新都中心部へ向かっています。」

 早速目標を確認した市村が情報をCCにアップする。

「ならファルコンを2機そちらへまわそう。 ただ乱気流が発生しているだろうから、Fでの直接支援ダイレクト・サポートは難しいと考えてほしい。」

 佐藤が素早くコンソールを操作しドローンの進行方向を変更する。

 新都は東京湾北部に作られた海上浮遊都市メガフロートを中心に埋め立てなどを行い作られた都市である。

 その性質上、海上に浮かんでいるに等しいため旧市街に比べ風が強い。

 その上、中心部は高層ビルによるビル風と相まって乱気流が巻き起こりやすく、衝突事故防止の観点から通常は飛行型ドローンの運用も制限が掛けられている。

 その様な中を飛行させるには捜査権を持つ警察組織においても、飛行型ドローンの操縦に熟練した者が操作する場合にのみと限られており、北署では佐藤がただ一人この許可を持っている。

 もっともその佐藤をしても、目標の探索及び追跡が手一杯であり、乱気流渦巻く中心部では装備しているペイント弾による発砲などは不可能であった。

 佐藤がしばらくドローンを操作しているとディスプレイ右下に赤い光点が表示される。目標をカメラで捉えたのだ。すぐさまその情報をCCにあげると追跡を続ける旨を伝える。

「よし。ここから俺たちの番だ! 行くぞタマキ!」

 滝が力強く指示を出すと同時にルーフに回転灯を乗せる。

 回転灯が点灯を開始しサイレン音が周囲に鳴り響く。

 サイレンに合わせるように素早くシフトチェンジしアクセルペダルを一気に踏み込む。

 猛然とエンジンの回転数が上昇しサイレンに負けない轟音を奏でる。

 電気自動車やハイブリッド車の様な静音性の高い車両が一般的である中、突如モーターレース会場ぐらいでしか聞かないようなエンジン音はサイレン以上に周囲を圧倒する。

 そんな爆音を響かせながら加速するPー5は車が一切走行していない追い越し車線を走り抜けていく。

 今や一般的となった自動操縦車に搭載されているAIには緊急車両を感知すると路肩で停車するようにルーチンが組まれているため、Pー5の進路上には一切の車両が存在していなかった。

「Pー5よりPB-8。 チェイスになった場合は進行方向に回り込んで頭を押さえろ。」

 加速に身を委ねながら滝はタマキに指示を出す。

 どんな自動操縦車でも万が一に備え手動運転モードが備わっており、切り替えは運転手の一存で変更可能になっている。

 犯人もよほどのお人よしか機械音痴でもない限りは手動運転に切り替えているであろう。

 その場合は目標を追跡チェイスすることになるが、滝にとっては無改造の電気自動車ごときに負ける気はない。

 ただ二次被害を起こすわけにはいかないため、タマキはタイミングを見て目標の進行方向へ回り込んで停車させようと考えたのだ。

「了解。」

 手短に答えたタマキは腰のホルスターから銃を抜くと、車体に備えられているマウントに接続させた。バイクに乗ったまま射撃することになるのであればマウントに接続させた方が手で持って射撃するより命中精度が上がるためであるが、この状態では抜身の銃身を市民にさらすため、見た目はあまりよろしくない。

 タマキはなるべき人目につかないように裏道や横道を選びながら追跡を続ける。

 追跡を始めて5分程が経過する。犯人側も道路状況に詳しいのか、こまめに進路を変えるため滝やタマキが目視確認するには至っていない。

「ん? 目標奴さんだが中心部から外れてきていないか?」

 最初に不審な動きに気がついたのは佐藤であった。

 一見すると新都中心部のビルの間を右往左往しているように見える目標車両だが、少しずつだがエリア外へと移動してきている様であった。

「そうね。最初は車を乗り捨てる場所を探してるように思っていたけど、どうやらこちらを出し抜いて別のエリアで捨てるつもりかしら。」

 考える高野が「ならどこへ向かう?」とさらにつぶやくその声に市村が答える。

「バッテリー残量から旧市街エリアへ向かうには心許ないですね。そちらへ行こうとしたら何処かの連絡橋の上で立ち往生するのがオチですよ。」

 乗り換えるなら北部エリアに有るPRC管理センターであるが、北署前で事件を起こした奴らが安易に北部へ戻ってくることは考えにくいと付け加える市村だったが、さりとて他に犯行グループが向かう先は思いつかない。

「いっその事、北部エリアに追い込んではどうです? 北部ここなら我々の庭だ、車両で逃げられない所へ追い込んで確保するというのは。」

 横から淡々と提案してきたのは佐藤であった。

「それだな。」すかさず賛同する滝の声が決め手となる。

「では目標を北部エリアへ誘導します。 誘導先は水路沿いの住居エリア付近が良いかしらね。」

 高野が誘導先を決める。

「了解です。 Fは自律行動で目標を追跡。 滝よ、スマンがハウンドはこちらでもらうぞ。」

 それまで滝の車両の周囲を並走していた追跡型ドローンが散開していく。

 方針は賛同したものの許可なくドローンを持っていかれたことに滝は軽く舌打ちしたが、気を取り直し再び速度を上げる。

 一度は相手側に追いつき追跡していることを知らしめる必要があるためだ。

 幸いなことに目標はこの先の十字路を左折した先を走行中であり、一気に追いつくチャンスである。

 一方、タマキは目標が走る道路と並走する道を走行していた。

 目標はややスピード超過はしているものの信号無視などはまだしていない。

 それであれば相手を誘導するには信号を調整するのが早い。

 信号の操作自体は市村が署内から行えるが、信号切替のタイミングを見計らうためにも現地でリアルタイム確認が必要となる、タマキはそれを任されたのだ。

 焦る気持ちを抑えながら目標よりやや先を行きながら周囲の車両を確認しタイミングをメンバーへ伝える。

 タマキの後方数十m後を滝のPー5が走る。まだ目標に姿を見せるタイミングではない。

 そして目標が北部エリアへ向かわざるをえないところまで誘導が完了した時、滝は改めて目標の走る後方へと躍り出て回転灯の明かりをつけサイレンを鳴らしながら加速した。

 突然のサイレンに驚いたのか、一瞬遅れて目標も加速を始める。

 猛然と追跡してくるPー5を見た目標はさらに加速を続ける。

 一本道で行われるカーチェイスはついに中心部と北部をつなぐ橋にさしかかり、滝はやや減速する。

 追跡車両が遅くなり、巻けるチャンスと思ったのか目標車はさらに加速する。

 しかし橋を渡った先の十字路を見て運転手は絶句する。

 直進方向と右方向にドローンが道を塞ぐように待機していたのだ。

 ここに至って自分が誘導されていた事に気がついた運転手であったが、どうすることもできず唯一道が開いている方向へと左折する。

 左へ曲がりきったところで再度加速をかけようとした時、突如車に衝撃が走り制御AIによって車は強制停止させられた。

 何事かと運転手である小太りの中年がモニターを確認すると右前輪のパンクが表示されていた。

 なぜ突然と思った時、車の右側面に何かが浮いている事に気がついた。

 それは水路の上でホバリングをしている警察のホバーバイクであり、そのバイクの前面に取り付けられた銃器がこちらを狙っていたのだ。

 その銃器を使用しこの車のタイヤを射抜くという芸当をこなした相手を恐る恐る見る。

 それはまだ幼いと言ってもよい少女であった。

 ホバーバイクが巻き上げる風がショートボブの髪を逆立てている。そのような中で少女タマキは自分たちを鋭く睨みつけていた。

 タマキはカーチェイスが始まっても、それまで走行していた道路をそのまま走り抜けた。

 正面は水路で行き止まりであったが、ホバーの出力を上げ高度を取るとそのまま侵入防止柵を飛び越え水路へと飛び出した。

 通常ホバーバイクは体重移動で進行方向を決めるため、ちょっとした体重移動でその方向へ移動してしまうのでホバリングする事は難しいが、タマキ自身はこの手の訓練を滝や佐藤から受けており朝飯前にこなすことが出来る。

 さらに車体に固定した銃を使ってその状態から予測射撃でタイヤを射抜くという芸当をこなした。

 これが彼女タマキの技量であり、それらに裏付けられた判断の早さが生んだ結果であった。

 (なぜそうなったか詳細はさておき)事態をようやく把握した運転手はサイドボードに置いていたリボルバー拳銃を握ると、窓越しにホバーバイク向けて発砲。

 窓ガラスが割れる鈍い音が響くが、ホバーバイクが素早く射線から外れていた。

 数m横へスライドしたバイクが態勢を立て直そうとしている隙をついて、後部座席に乗っていた2人はサヤカを無理やり引き出し住宅街へ続く横道へと駆けていく。

 運転手も運転席から転げるように這い出ると逃走を図ろうとしが、その瞬間、後ろから強い衝撃を受けてドアへと叩きつけられた。

 運転手が状況を理解できず後ろを振り向くと、スーツ姿の細身の男が立っている。

「な、なにしやがる!」運転手が怒号を上げ振り向きながら拳を振り上げる。

 しかし運転手がその拳を振るうより前に、自分のあごに冷たい何かが当たるのを感じた。

 いつの間にか間合いを詰めたが右手に持っていた自動拳銃オートマチックを突きつけていたのだ。

「抵抗は無駄だ。 大人しく逮捕されりゃ手荒な真似はしない。」

 地獄の底から響く様な低音で語りかける滝。

 その鋭い目には殺意すらなく、ただ何のためらいも感情もなく機械的に引金をひくであろうと思わせる凄みが有った。

 その眼力にあてられた運転手は抵抗の意思をくじかれ、投降の意思を示すため地面に這いつくばった。

 その男の腕をねじり上げると滝は手錠をはめる。

「こちら滝。犯行グループの運転手を確保。グループメンバー残り2名は徒歩で逃走。タマキが追跡している。」

 耳にかけたインカムを通じて状況報告をする滝に犯人逃走の焦りはなかった。

 タマキが追跡しているのであればこの先の住宅街でとり逃すはずがない。

 また変な借りが出来るだろうが、その借りを支払うのは課長とタマキであり、自分ではないのであまり気にしないでおくことにした。

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