第2話 その少女、依頼主④

 滝が運転手に迫っている時、タマキはバイクの姿勢を直し車道へと躍り出ていた。

 その時、後部座席から出てきた2人組がサヤカを無理やり引っ張り横道へと消えていく。

「あいつら……。」非道な行為に怒りが湧いてくるが、捜査の師匠でもある滝が見ている前で無様な真似はできない。

 そう考えると頭の中が一気に冷えていく感じがし、冷静さが戻ってくる。

 Hデンジャーを車体から引き抜くとバイクから飛び降りる。

指令オーダー。PB-8現状で駐機。」

 手短にバイクの停止指示をAIに送りながら住宅街を駆け抜ける。

 この住宅街は新都の建築物としては古く、高くても3階程度の比較的小型の集合住宅が雑然と並んでおり、道端にもそこらへんに重機やトラックが止まっている。

 一見すれば遮蔽物の多い道に見えるが、実質一本道であるため直進するしか逃げ道はない。

 犯人側は2人とは言え、人質を連れている以上そう早くは動けない。

 じきに追いつくと自信を持って駆け、障害となる物を飛び越える。

 もう少し先は右への曲がるクランク。

 素早く愛用の小型電磁加速砲ハンドレールガンを構える。

 ARディスプレイに照準器を連動、薬室チャンバーに備え付けられている予備電池サブコンデンサーを解放し出力を100%まで高める。

警告アラート。 射撃は威嚇目的のみ許可されています。』

「大丈夫、ただの人間相手に最大出力で撃ち込む事はしないわ。」

 AIからの警告は予想済みと回答するなか、銃の薬室内が超伝導状態となり、弾丸が僅かに浮遊を始める。

『相手がオートマトンであっても威嚇以外認められません。』

 律儀に返答するAIの言葉を聞き流しながら、身体を半身にしながら左足を前に踏み込みブレーキをかける。

 先頭の男が右へ曲がろうと右足をやや外側へ踏み出そうとする。

 その瞬間、愛銃Hデンジャーの引金を引く。超高速で弾丸が電磁誘導装置バレルを通過し外部へ放たれる。

 曲がろうとしていた男のまさに足元に着弾。

 地面のえぐれる音と供に土煙が舞う。

 男は突然の事に訳が分からないままに止まろうとしたが、バランスを崩し勢いそのままに壁へとぶつかる。

止まれフリーズ!!」

 タマキの声が道に響く。その声に反応してか道に人々が何事かと出てくる。

「うるせー! どかないと人質をぶっ殺すぞ!!」

 後方を走っていた男がサヤカを羽交い締めにしつつ持っていたナイフを喉元にあてる。

「無駄だ!」と叫びながらジリジリと相手との距離を詰めるタマキ。ふとサヤカを見ると左手に持つ携帯端末の画面がこちらに向けられている。

 ARディスプレイの拡大モードで画面に表示されている内容を確認。

「ここで、そのに危害を加えると、あなたたちの立場悪くなるんじゃない?」

 一瞬の検討の後、近寄るのを止め改めて話しかけるタマキ。

 その言葉は気遣っているようであるがどこか小馬鹿にしている感じがある。

「今なら窃盗と傷害に公務執行妨害だけだから、懲役は有っても人格権には影響はないわよ。」

 意味ありげにほほ笑む。

 含みのあるその笑みは、追い詰められた者には嘲りにも見えた。

「クソがっ! そんな脅しで俺が止めると思うのかよぉ!!」

 逆上した男が絶叫にも近い叫びを上げ、右手に力を入れる。

「しょーがないわねぇ。 これで満足かしら?」

 構えを解き、銃を腰の後ろにあるホルスターへしまう。さらにホルスターごと腰に巻いたガンベルトを外し地面へ置く。これで完全に丸腰である。

「どうしたの? まさか丸腰の女の子が相手でも怖い?」

 リラックスしたように腕を力無く降ろした状態で語りかけるタマキ。

 男が歯ぎしりする音が僅かに聞こえる。

「大体、大の大人が女の子二人相手にナイフ振り回すことしかできないって情けなさ過ぎない? まぁこの状況でお茶に誘われてもお断り確定だけど。」

 挑発した上で大仰に肩をすくめため息をついて見せる。

 男の顔に怒りに満ち赤く染まっていく。同時に首に突きつけていたナイフが離れていく。

『今っ!』タマキのイヤフォンからサヤカの指示が弾ける。同時に駆け出すタマキ。

 普通の人間よりわずかに早い動きで迫り、男がナイフを振り回す前にその腕をつかむと身体を回転させるように後ろへ引く。

 意表をつかれ完全にバランスを崩した男は前のめりにタマキの方へ引き寄せられる。

 タマキは身体を僅かに沈めると左肘を突き出す。容赦のない一撃が男のみぞおちに食い込む。強烈な一撃の衝撃で男はサヤカを掴んでいた腕を離してしまう。

 タマキはさらにその肘を支点に男を背負い込むように身体を滑り込ませ地面へ投げつける。

 男の体はちゅうを舞い、尻から地面へと落ちた。

 タマキは衝撃と痛みに悶絶する男の首筋を掴むと電撃を流し気絶させる。

 高圧電流を人間に流すのは、加減を間違えれば人命にも関わる行為だが、先程ガンベルトを外してしまい手錠が無かったための非常手段だ。

「やったね!」

 サヤカがタマキに近づくと嬉しそうに話しかける。

 一歩間違えばサヤカが怪我をする策である、注意するべきかと考えたタマキだが、今はその時ではないと考え笑顔でサヤカにうなずく。

「てめえら! 俺を本気で怒らせたな!」

 突如、鳴り響く怒声にタマキは反射的に抱きかかえると声の方とサヤカの間に自分が入るようにし、声の方を振り返る。

 そこには先程バランスを崩して倒れた男がいつの間にか銃を構え立っていた。

 男の足元には先程タマキが置いたガンベルト。

 どうやら仲間がタマキに投げられているうちにガンベルトを拾い上げていた様だ。

「止めなさい。あなたにその銃を撃つ資格ライセンスはないわ。」

 静かに告げるタマキ。

「コモディティ・ライセンスがなんだってんだ! こちとら人形オートマトンどもに仕事取られて資格失効してんだよ!」

 男が絶叫しながら銃を前へ突き出す動作を繰り返す。

「オートマトンに仕事を取られたっておかしくない?」

 不意に反論が飛び出る。それはタマキの腕の中にいるサヤカだった。

「オートマトンの雇用は労働力の足りない現場に限定されているわ。もし違反している企業があるのなら、我々オートマトンの製造している者たちとしても看過できないので教えて下さい!」

 諭すように語り始めたサヤカであったが、最後は懇願するような叫びとなっていた。

 タマキが注意しながら周囲を見渡すと、サヤカの声を聞いたのか周囲にはさらに人だかりができている。その多くは地域柄か建設土木業などの肉体業務に従事していると思われる体格の人物が多い。

「……いつもそうだ。伊坂の連中お前らはそうやってキレイ事ばかり並べて、俺たち弾かれた者の言葉は聞いちゃくれねえんだよ!」

 男が叫ぶように言い返す。それに対し「そんな事」と言い返そうとするサヤカをタマキが制する。

「止めときなよ。これ以上は平行線だから。」

 改めてサヤカを庇うように前へ一歩出て、タマキは言葉を続ける。

「あなた、そう言っているけど努力してきた? 少しうまくいかないからって投げ出して愚痴っていれば、ライセンスなんて簡単に取り消されるわよ。それこそオートマトンより生産性低いんだから。」

 睨みつけるような視線を向け語るタマキに男は気圧されていく。銃を構えたままであるが1歩2歩と後ろへ下がる。

 ついに後ろの壁に足がつくと、震える手で構えた銃をタマキに向け、顔は下を向きながら声にならない叫びを上げながら銃を突き出しながら引金を引く。

「みんな! 助けてーーっ!」

 同時にタマキがそれまでと打って変わって悲鳴を上げた。

 引金を引いても弾が出なかったことより、その悲鳴に驚いた男だが、突然横から殴り倒される。

 吹き飛んだ男が殴った相手を見る。それは集まってきた野次馬の一人だった。

 殴りつけた男はそのガッシリとした体格から繰り出した一撃に満足していないのか、犯人の男の襟首をつかむと道の中央へ引きずるように投げ飛ばす。

 判別不能な悲鳴を上げながら投げ出された犯人を今度は別の労働者たちが取り囲む。

 いずれも逞しい体格の男達を見上げ、完全に顔がひきつる。

 囲んでいるうちの一人が犯人を引き倒すと、男たちは次々とその上に倒れ込む。

 そのたびにヒキガエルが潰されるような悲鳴をあげる犯人。それを見ていた最初に殴りつけた男は、おもむろにタマキの方を見て親指をあげる。

 タマキも満面の笑みで親指を上げて返礼するのであった。

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