第2話 その少女、依頼主②
タマキがオフィスを出て約十分後。
署内ロビーにてタマキは高野と二人で
先程の指示に従い、タマキは学生服の上から勤務用ジャケットを身に着けている。
しかしベージュのスカートの上から藍色のジャケットは、コーディネート的に大丈夫なのだろうかと思う。
このジャケットは成人の私服捜査官が現場で簡易身分証明のために用意されたものだが、シックな色合いのスーツの上から身に着ける事を前提としているため、華やかさに定評のある『東京新都女子学園高等学校』の制服の上からではちぐはぐに感じる。
そんな不快感を顔に出さないようにタマキは真顔でガラス張りの壁越しに見える外の風景に注意を向けていた。
新都の北側は旧東京市街に抜ける道があるため交通量も多いエリアであるが、幹線道路からやや外れた所にある新都北署の周辺は往来が少ない。
これは警ら車両のみならず各種大型陸走型ドローンを配備しており、これらの緊急出動時を円滑に行うためであった。
そんな車通りの少ない道路へ大型の高級リムジンが入ってきたら一目引くだろうなと思っていると、一台の白いワンボックスカーが敷地内へ入ってきた。
何処かの納入業者かなと思ったが、業者なら店舗名などがプリントされているがそれらは見当たらない。
タマキは一瞬、手がピクリと動いたが横目でそれを見た高野が入り口に顔を向けつつ小声で指摘する。
「ぴしっとしなさい。
依頼人という単語に不自然さを感じながらも、正面エントランス入口前に横付けされたワンボックスカーのドアがスライドするところを見た。
車の奥から中年くらいの身なりをしっかり整えたサラリーマン風の男が降り、続いて降りる人物を補助しようと右手を差し出した。
その手を取りながら降り立つ人物をタマキは見間違えることはなかった。
見慣れない制服に身を包んだ華奢な体格。
背中の半ばまで伸びた黒髪。
そして昨夜の現場でソファーに横になりながら自分を見つめ返していた瞳。
間違えない、昨夜タマキを支援し彼女が救助した少女『伊坂サヤカ』であった。
付き人と思われる男と二人、署内に入ってきたサヤカはまっすぐタマキたち元へ向かってくる。
その後ろで彼女たちを乗せてきた車は出発していった。
「伊坂サヤカさん、本日は弊社事務所までご足労いただきありがとうございます。 わたしは捜査課の課長を務めております高野と申します。」
「お出迎えいただきありがとうございます高野課長。 そして
高野とサヤカが互いに挨拶をかわす。
「応接室はこちらとなります。」
案内をする高野に従いサヤカが歩き始める。
その中で一瞬サヤカとタマキの視線が合う。
サヤカが一瞬、いたずらっぽくほほ笑む。
その不意の笑みにドキリとしたタマキはそのままフロアに立ち尽くしていたが、慌てて高野たちを追いかけていった。
4人が応接室に入り椅子へ座ると、高野が打合わせ開始とばかりに話しかける。
「本日は先程行われました、『事件ケース453835』への対応の付随事項の確認と、そのために必要な契約をさせていただくため、この場を設けさせていただきました。」
室内の大型モニターに書類が投影される。
「ええ、契約書に記載されている内容で問題ありません。」
何の問題もないとばかりに即座に答えるサヤカ。
タマキは初めて見る契約内容を確認しようと目を凝らして画面を見入る。
サヤカの身辺警護を条件に犯行組織についての捜査を許可するように読める内容だ。
「でも、本当によろしいのですか?」
念を押す様に高野はサヤカに尋ねるに対しサヤカは断言する。
「無理をお願いしているのは重々承知しております。 でもおそらくこの条件が重要になる局面があると
タマキは高野がなぜこんなに契約について気にしているのかが分からず、内容を改めて確認しようとモニターを凝視するタマキだが先程から違和感があった。
PPOはその業務ゆえ基本的に応接室や会議室がモニタリングされているので人目を感じるのはいつもの事だ。
特に今回は大企業の社長代行との打合わせである。
顔を見せていないとは言え、署長クラスの人間がモニターの向こうどころか、監視窓から直接見ていても何らおかしいことはない。
つまりこの違和感は別のモノから来ている。
何かと考えるタマキは一つの事に気がつく。
この部屋の中には4人いるのに気配が足りない。
サヤカと一緒に来た男、先ほどから一言も話さないが、それが自然なことのように感じていた。
それこそが違和感のもとだ。
改めて、その男にタマキは視線を向ける。
男は手元の端末を開きそれを凝視している。
いやもしかすると男は端末すら見ていないのかもしれない。
思わず立ち上がり、タマキは男に声をかけようとするが、それは遮られる。
「さすがに気がついたみたいね。」
その言葉に思わず声の主へと顔を向ける。
「彼は調整前のオートマトンよ。 つまり自我もなく自律行動が不可能な状態なの。」
サヤカが得意げにタマキたちに語りかける。
「それをわたしの『電脳操作』で操っていたのよ。 これは自分と対象がネットワークでつながっていれば直感的に操作できるって
「えぇぇ……。 もうそれコモディティ・ライセンスというより『
誇るかのように語るサヤカに、タマキは驚きつつ疑問を返す。
しかしこの疑問を遮るように高野がサヤカとの話を続ける。
「なるほど、承知いたしました。 たしかにあなたの能力をお見せいただきましたので、弊社にて検討させていただきます。」
「え? え? レ、じゃない課長。検討って??」
思わずプライベートでの呼び方をしそうになるのを慌てて隠しつつ、タマキは高野に問いただす。
「伊坂サヤカさんは警護中、我々の行動のサポートを希望されていて、その際に自分の能力が役に立つとの話だったの。 そして今その能力の一端を開示してくださった。この能力なら現場に出ることもなくサポート可能よね。」
「まあ、そうだと思いますけど、りゅーくんが別の意味で死にそう……。」
同僚の市村の顔を思い浮かべ思わずぼやくタマキ。
市村はリアルで人と接することが苦手な部類の人間である。
課内で話す限りではそうでもないが人見知りの傾向が強く、研修時も相当苦労している。
そんな彼の席の横にサヤカの様な見ず知らずの女性が付くことになれば、彼はパニック状態どころでは済まない気がした。
高野は「それは余計な心配」と釘をさしつつ、サヤカと話しを進めており、すでに社内ネットワーク越しで署長の最終確認まで取り付けていた。
ひととおりの確認が済んだことで打合わせは終了となり部屋から退出する。
再びロビーへ戻ったところでサヤカが改めてタマキの方を向く。
「改めて昨日はありがとう。そんなに固くなる必要はないわよ。」
ほほえみかけるサヤカにドギマギしつつ、
「で、でもクライアントだし……。」
と小さな声で返答するタマキ。
「大丈夫、わたしたち仲良くできそうな気がするの! だからプライベートの時間だけでも気兼ねしないでくれるとわたしも助かるわ。」
そう伝えタマキの右手を握る。
(わたしを信用してくれたのね。)
昨日握手を交わした際のサヤカの言葉が脳内にリフレインし、心の中にあったわだかまりが氷解していく。
クライアントという言葉にどこか気後れしていたが、彼女は昨日会話を交わした時と同じ様なやり取りを今後も望んでいるのが分かった。
そしてタマキ自身もそれを望んでいた事を。
「ありがとう。」
タマキは最初に感謝の言葉が口に付いた。
まずは彼女の気遣いに感謝するべきと思ったから。
「そしてこれからよろしく! わたし頑張るし、みんなも全力で捜査にあたるから安心して。」
握手をかわす右手に左手を添えてしっかりと握ると、サヤカの手の柔らかさが伝わってくる。
「ふふ、なら明日からお願いするね。」
それを伝えるとサヤカはゆっくりと手を離し、高野に一礼する。
「車は署の前につけますので、お見送りはここまでで十分です。 本日はお時間をいただきありがとうございました。」
そう伝えるサヤカに高野は「承知いたしました。」と優しく伝える。
改めて会釈をして歩き出すサヤカ。
フロアを抜け敷地の境界に設置された門の前に到着すると、先程のワンボックスカーが勢いよく滑り込んでくる。
それをフロア内から見ていたタマキは不自然さを感じた。
停車のしかたが先程と異なる。
さっきは急なブレーキはせずに、もっと自然な形で停車していた。
打合わせの時間は1時間程度だったので、別の運転手が手配されたとも考えにくい。
状況が気になり駆け足で外へ出ようとした瞬間、車のサイドドアが開く。
中から出てきたのはTシャツにジーンズ姿の若者が二人。
彼らはサヤカの両腕をつかむと強引に車内に引っ張り込む。
ただならない状況にタマキが全力で走り始めるが、車はドアを閉めながら急発進する。
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