第1話 事件ケース45835の顛末②

 行動を開始する前に民間警察機構PPO本部本社が確認した情報によると、犯行グループは総勢5人程度と目されている。

(残り4人、人質が犯行グループのグルでもない限りは増えないわね。)

 そう思いながらゆっくり慎重とドアを開け、一気に部屋へ飛び込む。

 部屋の中には気配は1人のみ、その方向に銃口と視線を向ける。

 銃口の先にはスカートスーツ姿の女性が、会議用と思われるやや豪華な造りの椅子に座っていた。

 2人の目線が合うと女性は驚きに目を見開かせた。

 タマキは銃口を外すと左手の人差し指を口に当て、いたずらっぽい笑みを浮かべて謝る仕草をする。

 敵意や殺意のない、あどけない行動に女性は拍子抜けしたのかぽかんとした表情を返す。

「いやー。驚かせちゃったわね。」

 ニコニコと笑いながら近づき砕けた口調で話すタマキ。

 そんな彼女に女性は何が起きているのか分からないと言った顔で疑問をぶつけてくる。

「あ、あなた誰? ここで何してるの?」

 タマキは素早くジャケットの内ポケットから小型端末を取り出し捜査許可証を提示する。

「わたしは現場対応のために呼び出された民間警察機構の捜査官。」

「ああ、PPOの人ね。若いが銃を持って飛び込んで来たから何事かと思ったわ。」

 許可証を見た女性は安堵した様に話し始めた。

「助かったわ。会議の準備をしていたら知らない人たちが突然入ってきて、この部屋で大人しくしていろとか脅してきたんだもの。」

 一通り説明が終わるのを聞いていたタマキは「ふむ」とつぶやくと、女性に質問を始める。

「あなたと呼ぶのもアレなので、お名前教えて下さい。」

石動いするぎよ。石動シズカ。」

「ではシズカさん。わたしは静流しずるタマキ。 しばらくよろしくお願いします。」

「……なんで、いきなり名前呼び?」

 唐突なことに思わず場違いなツッコミをしてしまうシズカを、とりあえずスルーしつつ話を続ける。

「この部屋に入ってきた犯人グループは何人でしたか? 情報によると犯人は4人組だったとの事ですが。」

 疑問を無視したタマキにやや唖然とした表情のシズカだが、事態を考え気を取り直して答える。

「そうね。大柄な男を先頭に4人、入ってきたわ。」

 よどみなく返すシズカにさらに質問を続ける。

「犯人は銃器や爆破物などは所持していました?」

「部屋に入ってきた時、2人は銃を構えていたわ。銃じゃないけど先頭の男は鉄材持っていたわね。」

「鉄材男はさっき無力化したから、残りは3人か……。」

 あっさりと呟くタマキにシズカはまたも驚いた表情を見せた。

「……あなたもしかして、すごく強かったりする?」

「少なくとも鉄材持っていた男はそんなに障害ではなかったですよ。」

「ええ……!?」

 シズカから驚きより呆れに近い声が漏れる。

 切れ長の目に薄い唇、筋の通った鼻と整った彼女の顔立ちが崩れるような表情が繰り返される。

 そんなシズカをよそにタマキは再びARディスプレイを作動させ、移動の準備を始める。

 犯人は複数人。侵入時に音を立てたが、これ以上は無用な音は立てたくない。

 ARディスプレイの視線入力をONにする。多くのコマンドが視界の端に表示される。

 視線で任意のコマンドを実行するため視界が狭まるが、音声入力の様に声を出す必要がなく静音性に優れている。

「これから移動を始めます。」

 そう告げるタマキに、シズカは神妙な顔でうなずくと履いていたパンプスを脱ぐ。

 素人なりに音を立てない様に配慮したのだろう。

 それを見るとタマキは無言で背を向け足音を立てないように、独特な踏み込みの歩法で歩きだす。

 そのまま廊下を音もなく進み、右へ曲がる角へたどり着く。

 右側の壁により掛かるような自然な動きで壁に張り付く。

 銃の照準装置を素早く取り外しカメラモードへ切り替え、曲がった先に向ける。

 人影は無く、念のための赤外線センサーにも反応は無かった。

 照準装置を再び銃へ取り付けるとタマキは大きく息をした。

 その瞬間、タマキは場違いな甘い香気を感じた。

 安らぎを与えると同時に何か刺激的な複雑な匂い。

「シズカさん。香水とか使われています?」

「えっ? ええ、そうよ。 総務って言っても小さな会社だから受付業務もしているからね。 ところで話して大丈夫なの?」

「了解、気にしないで。」とだけ伝えるタマキにシズカは胸に右手を当てて大きく息をついた。

 それを見ていたタマキがふと声をかける。

「シズカさんって動作がオーバーですね。わざとではないのかもしれないけど。」

「えっ? ……そうね。わたしは地方出身だから……。」

 唐突の話題に驚きながらもシズカも独り言のように答える。

「子供の頃から東京的な物に憧れていたの。各種メディアで流れているドラマとか映画とかを繰り返し見て、東京に住んでる人はどんな動きをするのかなって勉強してたのよ。」

 シズカはどこか懐かしいものを見る表情で話を続けた。

「まぁ東京に出てきたら、みんなそんなオーバーな動作していなかったから、周囲から浮いていたんで直すようにしていたんだけどね。」

 それを聞いて、タマキは納得したばかりにうなずく。

「なるほど。 でも地方だとまだ治安回復も追いついていないので大変だったんじゃ?」

「そこは大丈夫だったかな、閉鎖的なところだったからかえって安全だった感じ。」

 21世紀の『汎世界内戦』とそれによる世界経済崩壊により、世界中で治安が悪化し日本でもそれは例外ではなかった。

 東京近郊や大都市圏は15年ほど前より始まった『東京及び主要都市復興拡張計画』により国内の復興と治安回復は行われているが、まだまだ経済状況や治安が回復していない地域も存在する。

 シズカはその様な地域から上京したと言っているのだった。

「と言うことで、わたしはこんなところでまごついていられないのよ!」

 両手を握って胸の前で軽く振りながら宣言するシズカ。

「多分、そういうところがオーバーだって言われるんだと思いますよ。」

冷静にそう告げると休憩は終わりだと歩き出し、角を曲がった。

 廊下の先には階段フロアへとつながっていた。

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