第1話 事件ケース45835の顛末③

 最下層から最上段までの吹き抜けのフロア。

 この規模のビルにしては通路の幅が広く、壁に沿って螺旋状に階段が取り付けられている。

 ここを下っていけば1階へ向かうことができるが、その構造ゆえこれまでと比べ音がよく反響し、身を隠せるところも少ない。

 犯人がどこに潜んでいるのかわからないため、これまで以上に慎重に進まざるをえない。

「なるべく壁に沿って、姿勢を低くしてゆっくりと歩いて。」

 身長147cmと小柄なタマキが更に膝をかがめ腰を低くした姿勢を取りながら、シズカに腕を下へ降ろすハンドサインとともに小声で話しかける。

 対象的に165cmを越える高身長のシズカだが左手を壁につけながら同じ様な姿勢をとる。

 前のめりの姿勢で階段を下っていくのはむしろ転びそうな気がするが、それに必死に堪えながら1歩1歩足を前に出してく。

 その横でタマキが周囲を警戒するように周囲を見回しながら歩く。

 次の瞬間、乾いた破裂音と同時にすぐ近くで何かが弾けた。

 思わず立ち上がりそうになるシズカをタマキが無理やり押し倒す。

「立ち上がらないで! 撃たれる!」

 そう言うと銃を両手で構えたタマキが、音が出ることを気にせず一気に階段を駆け降りていく。

 エリアの反対側へ回り込むと2階通路へつながる入り口に中肉中背の男がいる。

 どこにでもいそうな作業服姿。 だがその手にはタマキの程ではないが大型の拳銃が握られている。

 その大型拳銃を片手で軽々と持ち上げ、男はタマキに照準を合わる。

指令オーダー。『ヘヴィデンジャー』制限解除! オートモードで行くわよ!」

 猛然と走りながらタマキが自身の大型銃Hデンジャーを両手で構えながら安全装置を解除する。

 大まかに狙いをつけて引金を引き絞る。

 3発の弾丸が連続で発射される。

 無照準に近い射撃は相手に命中することは無かった、しかし男は慌てて入り口に身を隠した。

 その瞬間を見逃さずにタマキは更に走りを加速させる。

指令オーダー。パワーアシスト出力最大。」

 彼女が身につけているインナースーツはパワーアシスト機構が備わっている。

 意図的な繊維収縮や微弱な電流を流すことで、通常より全身の筋肉の力を引き出すことができるこの機能は強化外骨格の様なモーターやワイヤーによるパワーアシストに比べれば微々たるものであるが、身体能力が向上するため対人戦においては十分アドバンテージがある。

 撃ち返すために再度階段へと姿を見せた男は、相手が自分の予想より遥かに接近していたことに驚愕する。

 その驚きにより遅れた動作はタマキにとっては格好のスキとなる。

 階段を駆け下りた勢いとスーツによる筋力強化で十分に威力を増した蹴りを男の右腕、つまり銃を持った腕へと放つ。

 右腕に重い衝撃を受けた男は思わず拳銃を手放してしまう。

 男は蹴られた腕をかばいながら、慌てて自分の武器の行方を探すが、男の手を離れた拳銃は階段の端まで滑っていき吹き抜けの中を落ちていった。

 銃を諦めて再び少女の方に目を向けると既に自分に銃を向けていた。その中のレーザーサイトから照射されるレーザーは自分の胸にポイントを定めている。

 このまま反撃に出ようものなら少女は迷うことなく発砲する。その弾丸は急所を外されているだろうが、胴体に命中し動きは阻害されるであろう。

 そうなれば、後はゆっくり正確に狙いを付けて撃たれるだけだ。

 男はそう判断すると両腕を上げて降伏の意思を示す。

 しかし、タマキは油断なく銃を構え距離をとる。

「おいおい。 俺は降伏してるんだ。 そんなに怯えなくてもいいだろお嬢さん。」

 その行動から相手がビビっていると考えた男が挑発するように話しかける。

「俺は別に袖口に隠し武器なんか持ってないさ、そんな物があればこの状態なら見えるだろう? それともお嬢ちゃんは新人でそんな事もわからないのかい?」

 男は調子に乗って挑発を続ける。

 その瞬間、男の右腕に衝撃が走った。

 何が起きたか分からず右腕を見ようとした次の瞬間、今度は左腕にも衝撃が走った。

 タマキは構えた銃で男の両腕を撃っていた。

 自分に何が起きたか分からず混乱している男の首を掴み電撃を加える。

 全身から力が抜けた男を無造作に投げ捨て、素早く銃のマガジンを交換。

 その光景を見ていたシズカがタマキに駆け寄り、鬼の様な形相で襟元をつかんだ。

「何やってるのよ! 相手はもう降参していたじゃない!」

 そのシズカの腕をさらにタマキがつかむ。

 既にパワーアシストは切っているが、それでも握力はシズカよりはるかに強い。

 その小柄な体のどこにそこまでの筋力があるのか。

「相手は大型拳銃を片手で使っていたから、見かけ以上の力を持っていたと思う。 これは何かしらの強化が行われている可能性があったわ。」

「でも両腕を撃った上で窒息させる事は無いじゃない!」

 タマキの冷静な反論に対し、シズカの言は既にヒステリーの様相をていしていた。

 それでもなおタマキは冷静に状況説明を続ける。

「それに使用したのは弱装衝撃弾。 衝撃で一時的に相手の手足を痺れさせる弾丸。 それに首を絞めたんじゃなくて電撃で一時的に気絶させただけ。」

 なんの感情も見せずに淡々と語るタマキの言葉にシズカは改めて犯人に目をやる。確かに撃たれたにも関わらず周囲に流血は認められない。

 ようやく事態を理解したシズカは気まずそうに腕を離した。

「まだ事件は進行中なんだから、わたしの邪魔はしないで。」

 シズカの腕から手を離し胸元を直しながらタマキが話す。

 その言葉は先程とは異なり、いかなる感情も感じさせなかった。

「なんで、さっきまでと話し方が違うのよ。」

 場違いと感じつつも弱々しく問いかけるシズカ。

 出会った時とのあまりの雰囲気の違いに問わずにはいられなかった。

「始めの時はこちらに敵意が無いことを示さないとダメでしょ。でも今は交戦状況。任務の達成が第一。」

 不意に初めのような笑顔を向けるタマキ。予想していなかった表情に一瞬ドキリとしたが、すぐにタマキは真顔に戻り点検を再開した。

「オッ、オーケー。 分かったわ。外に出るまであなたの方針に従う、それで文句ないでしょ?」

 今は何を言っても無駄と察したシズカが難しい顔のまま話しかける。

 一瞬タマキがシズカの方に視線を向ける。

 理解したのだろうと判断し半ば諦めのため息をつくシズカの息が白く霧散した。

 それを見たタマキは再び前を向き歩き始めた。

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