コモディティ・ライセンス -生存証明-

サイノメ

生存証明

第1話 事件ケース45835の顛末

回路接続シェイク・ハンド。」

 口中に呟くと左手で右グローブの手首にあるスイッチを押す。

 それに呼応し全身に纏っていた各種装備が通電オンライン状態となる。

回路接続シェイク・ハンド。おはようございます。タマキ。』

 右耳に装着したイヤフォンから抑揚を欠いた音声が流れる。

状況シチュエーション。建物内の見取り図の検索とルート策定。」

 自身のサポートAIが起動したことを確認すると、少女タマキはネットワーク経由で目の前の低層ビルの見取り図を呼び出し、構造を確認させる。

 普段であれば現場に向かう前に済ませておく段取りであるが今日は緊急事態で確認してくる余裕は無かった。

 程なく視界の右下に階層ごとにレイヤー分けされたビルの見取り図が表示され、そこにビルへ進入するためのルートが重なる。

 ルートには正面玄関、裏口など入口から入るパターンの他にも、窓や空調設備などを利用したルートが表示されている。

「ん。パターン1から3はバカ正直にドアを開けて入る方法だから当然却下としてだ、相手の意表を突くならパターン5か。」

『しかし、それは目標を危険に晒すのでは?』

 一通りのパターンを吟味したタマキが自分なりの最適ルートを決めるが、AIは異議を唱える。

警告コーション。今回の最優先任務は人質回収で犯人制圧の重要性は一段下となっています。』

「人質回収が最優先だから、この方法を選んだんじゃない。」

 AIに反論しながら、準備のために移動を始めるタマキ。

『あなたが選択したのであれば私は従うまでです。ですが反対したことは記録しておきます。』

 諦めの様なニュアンスを含んだ回答を返すAI。妙に人間臭い反応である。

 そんなAIを「はいはい」と軽く流し、見取り図を消すように指示する。

 同時に右のイヤフォンから右目の下に伸びていたレーザー式網膜投影型拡張現実装置ARディスプレイがレーザー発振を止める。

 ARディスプレイと言えばメガネ/ゴーグル型やコンタクト型が一般的であるが、タマキは激しい運動や衝撃で外れる場合があるこれらのタイプを嫌がっており、網膜投影型を使用している。

 気になるなら義眼サイバーアイ化手術を受けるほうがいいのではと意見される事もあるが、そこまでARを多用している訳では無いし、何より義眼にはまだ生身の神経との結合が完璧とはいえないため、結果視力は高くなったが動体視力は落ちてしまう場合もある。それでは彼女の仕事では致命的である以上、義眼化はメリットどころかデメリットと言えた。

 目的地へと着いたタマキは手動式の重い鉄の扉を全身で押し出す様に開ける。

 たどり着いた場所。そこは侵入先と道路を挟んで反対側のビルの屋上であった。

 すぐさま端に向かいながらAIに問いかける。

「念のため、確認コンファーム。自治警や自衛軍の突入部隊は来てる?」

否定ネガティブ。連携作戦を想定で?』

 即座に回答、確認をするAIに鼻で笑って返す。

「まさか。それこそ否定ネガティブ。鉢合わせになったら面倒だなってだけ。民間警察機構private police organizationの嘱託捜査官だって言っても信じてくれないんじゃない?」

『たしかに、犯人が雇った少女テロリストの方が通りそうですね。』

「余計なことを言うんじゃない。ポンコツAI。」

 実体があったら殴りかねない勢いで答えると、背負っていたカバンを床に降ろし被っていたベレー帽を中にしまう。

 代わりに金属製のケースを取り出し、更に横に取り付けられていた外付けのケースを解放し中から彼女の前腕部程の長さがある大型の拳銃を引き抜いた。

 その銃を造作もない様子で床に置くと、金属ケースを開く。

 こちらには先端に鋭い錨状の物が付いた円筒形の物体。よく見ると側面から太いワイヤーが伸びている。アタッチメント型のアンカー弾頭である。

 取り出した弾頭を拳銃の先端に取り付け、グリップを握るとセンサーがタマキの指紋を読み取る。

 認証完了を告げるAIの音声を聞きながらおもむろに銃を対岸のビルへ向ける。

起動スタート・アップ。照準ユニット、AR連動開始。」

 彼女の命令により銃身の下部に設置されている不可視レーザーが照射される。そのポイントは再度展開したARディスプレイに表示される。

 そこは侵入目標であるビルの最上階の壁。

照準完了コンプリート。』

 AIの声に弾かれるように引金を引く。

 銃の先端に取り付けられていたアンカーが小さな破裂音とともに射出される。

 アンカーが狙い過たず目標に突き刺さるのを確認すると、彼女は素早くワイヤーを引き、固定が問題ないか確認し自身のベルトに取り付けていた金具にワイヤーを接続する。

 いくら音をたてない様に進めているとは言え、振動センサーなど持ち込まれていたら着弾の衝撃で目標にバレている可能性がある。ここからは1秒も無駄にはできない。

「特殊弾ケース解放。」

 声に弾かれるように左手の袖口から腕に設置されたレールに沿ってケースが飛び出る。

「指向性遅延爆裂弾。」再び発せられたタマキの声に弾かれ、1つの弾丸がケースから飛び出す。それを掴み取ると特殊弾ケースは再び袖の中に隠れる。

 取り出した弾丸を素早く薬室に納め、再び対岸のビルを狙う。今度は最上階ではなく侵入ルートである三階の窓。

 念のためARディスプレイに赤外線サーモグラフィーレイヤーをかけ目標の周囲に人がいない事を確認すると素早く発砲。

 放たれた弾丸は高速で目標へ迫るが、命中した弾丸は形を変えて張り付き窓は割れなかった。

 しかし、それなりの威力で窓に命中している為、周囲には大きな音が響く。今度こそ気づかれただろう。

 タマキは腰に取り付けたホルスターから弾丸がフル装填済みのマガジンを取り出し、グリップ内に納めると、素早くワイヤーを握りビルから飛び降りた。

 ワイヤーに導かれ弧を描きながらの自由落下。

 先程弾丸が貼り付いた窓に衝突するかの勢いだったが、衝突する寸前に窓が内側に向けて炸裂する。

 爆裂弾が室内側へ弾け飛んだのである。

 そのままタマキも室内に飛び込み、転げるように着地。ワイヤーを器具ごと取り外すと素早く周囲を確認する。想定どおり無人で物もあまりない空き室。

 目の前には自動ドアがあるが、事件発生後このビルは外部から強制的に電源を切られているので、電子ロックも無効なので簡単に開けることができる。

 素早く目標へ移動を開始するため部屋の外へ向かおうとしたが、ドアをこじ開けている気配と音を感知し素早く入り口から死角になる位置へ身を潜める。

 入ってきたのは発達した筋肉をこれ見よがしにタンクトップのシャツを着た男だった。

 周囲を警戒するように入ってくる男は手には武器代わりか鉄材が握られている。

 当たれば脅威だがそもそも武器ではない鉄材は取り回しも悪く、相手の動きは素人のそれだと判断したタマキはゆっくりと銃を向ける。この距離ならARによる照準補正は必要ない。

 素早く引金を引くと小さな音と同時に銃口から微かな閃光が発生する。

 閃光に気がついた男がこちらを向くと同時にその右腕を銃弾が貫く。

 鉄材をしっかり握ったまま、肩から腕までが力を失った様にダラリと垂れ下がる。

 そこへタマキが猛然と駆け寄り右肩から体当たりを仕掛ける。

 不意をつかれた男は胸部にまともに体当たりをくらい前のめりになる。

 素早く男の脇の下を抜け背後へ回り込むとその太い首を左手で掴む。

 次の瞬間、左手のグローブから激しいスパークが発生する。

 彼女の使用するグローブには認証システム以外に給電用の接触型プラグが備わっている。

 そのプラグを利用し外部へ電撃を放射したのだ。その威力は調整次第で相手を感電死させることも可能である。

「この程度の電圧なら死なないでしょ? なら。」

 倒れる男にそう言い残し部屋を後にした。


 侵入する前に民間警察機構PPO本部本社が確認した情報によると、犯行グループは総勢5人程度と目されている。(いま一人倒したから残り4人。人質が犯行グループのグルでもない限りは増えないと思うけど。)

 そう思いながらゆっくり慎重とドアを開け、一気に部屋へ飛び込む。

 部屋の中には気配は一人のみ。その方向に銃口と視線を向ける。

 銃口の先にはスカートスーツ姿の女性が一人、会議用と思われる、やや豪華な造りの椅子に座っていた。

 二人の目線が合うと女性は驚きに目を見開かせた。

 タマキは銃口を外すと左手の人差し指を口に当て、いたずらっぽい笑みを浮かべて謝る仕草をする。

 敵意や殺意のないあどけない行動に女性は拍子抜けしたのかぽかんとした表情を返す。

「いやー。驚かせちゃったねぇ。」

 ニコニコと笑いながら近づき場違いに砕けた口調で話すタマキに、女性はまだ何が起きているのか分からないと言った顔で疑問をぶつけてくる。

「あ、あなた誰? ここで何してるの?」

「わたしは現場対応のために呼び出された民間警察機構の嘱託捜査官よ。」

「ああ、PPOの人ね。若いが銃を持って飛び込んで来たから何事かと思ったわ。」

 素早くジャケットの内ポケットから小型端末を取り出し捜査許可証を提示するのを見た女性は安堵した様に話し始めた。

「助かったわ。会議の準備をしていたら知らない人たちが突然入ってきて、この部屋で大人しくしていろとか脅してきたんだもの。」

 一通り話を終わるのを聞きながら待っていたタマキは「ふむ」とつぶやくと、女性に質問を始める。

「あなたと呼ぶのもアレなので、お名前教えて下さい。」

石動いするぎよ。石動シズカ。」

「ではシズカさん。わたしは静流しずるタマキ。しばらくよろしくお願いします。」

「……なんで、いきなり名前呼び?」

「この部屋に入ってきた犯人グループは何人でしたか? 情報によると犯人は4人組だったとの事ですが。」

 疑問をスルーするタマキにやや唖然とした表情のシズカだが気を取り直して答える。

「そうね。大柄な男を先頭に4人、入ってきたわ。」

 淀みなく返すシズカにさらに質問を続ける。

「犯人は銃器や爆破物などは所持していました?」

「部屋に入ってきた時、2人は銃を構えていたわ。銃じゃないけど先頭の男は鉄材持っていたわね。」

「鉄材男はさっき無力化したので、残りは3人か…。」

 あっさりと呟くタマキにシズカはまたも驚いた表情を見せた。

「……あなたもしかして、すっごく強かったりする?」

「絶対的に強いかどうかはわからないですが、少なくとも鉄材持っていた男はそんなに障害ではなかったですよ。」

「ええ……!?」

 シズカから驚きより呆れに近いため息が漏れる。切れ長の目に薄い唇、筋の通った鼻と整った彼女の顔立ちが先程から崩れるような表情が繰り返される。

 そんなシズカをよそにタマキは再びARディスプレイを作動させ、移動の準備を始める。

 犯人は複数人。(派手な侵入で音は立てたが)これ以上は無用な音は立てたくない。

 ARディスプレイの視線入力をONにする。多くのコマンドが視界の端に表示される。

 視線で任意のコマンドを実行できる反面、視界が狭まるが音声入力の様に声を出す必要ない分、静音に優れている。

「これから移動を始めます。」

 告げるタマキにシズカは神妙な顔でうなずくと履いていたパンプスを脱ぐ。

 素人なりに音を立てない様に配慮したのだろう。

 それを見るとタマキは無言で背を向け足音を立てないように独特な踏み込みの歩法(だが見た目は普通の歩き方に見える)で歩きだす。

 廊下を音もなく進み、右へ曲がる角へたどり着く。

 右側の壁により掛かるような自然な動きで壁に張り付くと、銃の照準装置をカメラモードへ切り替える。

 照準装置を素早く取り外し、カメラユニットを曲がった先に向ける。

 人の気配はなし、念のための赤外線センサーにも反応は無かった。

 照準装置を再び銃へ取り付けるとタマキは大きく息をした。

 その瞬間。場違いな甘い香気を感じた。安らぎを与えると同時に何か刺激的な複雑な匂い。

「シズカさん。香水とか使われています?」

「えっ? ああ。そうよ。総務って言っても小さな会社だから受付業務もしているからね。ところで話して大丈夫なの?」

「大丈夫。」とだけ伝えるタマキにシズカは胸に右手を当てて大きく息をついた。

 それを見ていたタマキがふと言葉を漏らす。

「シズカさんって動作がオーバーですね。わざとではないのかもしれないけど。」

「えっ? ……そうね。わたしは地方出身だから……。」

 唐突の言葉に驚きながらもシズカも独り言のように答える。

「子供の頃から東京的な物に憧れていたの。各種メディアで流れているドラマとか映画とかを繰り返し見て、東京に住んでる人はどんな動きをするのかなって勉強して。まぁ東京に出てきたら、みんなそんなオーバーな動作していなかったから、周囲から浮いていたんで直すようにしていたんだけどね。」

「なるほど。でも地方だとまだ治安回復も追いついていないので大変じゃなかったですか?」

「そこは大丈夫だったかな。閉鎖的なところだったからかえって安全だった感じ。」

 21世紀の『汎世界内戦』とそれによる世界経済崩壊により、世界中で治安が悪化し日本でもそれは例外ではなかった。

 22世紀に入った現在は、15年ほど前より始まった『東京及び主要都市復興拡張計画』により国内の復興と治安回復は行われているが、まだまだ経済状況や治安が回復していない地域も存在する。

 シズカはその様な地域から上京したと言っているのだった。

「と言うことで、わたしはこんなところでまごついていられないのよ!」

 両手を握って胸の前で軽く振りながら宣言するシズカ。

「多分、そういうところがオーバーだって言われるんだと思いますよ。」

冷静にそう告げると休憩は終わりだと歩き出し、角を曲がった。

 廊下の先には階段フロアへとつながっていた。


 最下層から最上段までの吹き抜けのフロア。この規模のビルにしては一片が5m程と広く、壁に沿って螺旋状に階段が取り付けられている。

 ここを下っていけば1階へ向かうことができる。だがその作りゆえこれまでと比べ音がよく反響する上に身を隠せるところが少ない。

 犯人がどこに潜んでいるのかわからない以上、これまで以上に慎重に進まざるを得なくなる。

「なるべく壁に沿って、姿勢を低くしてゆっくりと歩いて。」

 身長147cmと小柄なタマキが更に膝をかがめ腰を低くした姿勢を取りながらシズカに腕を下へ降ろすハンドサインとともに小声で話しかける。

 対象的に165cmを越える高身長のシズカだが左手を壁につけながら同じ様な姿勢をとる。前のめりの姿勢で階段を下っていくのは、むしろ転びそうな気がするが、それに必死に堪えながら1歩1歩足を前に出してく。

 横にはタマキが周囲を警戒するように周囲を見回しながら歩く。

 次の瞬間。乾いた破裂音と同時にすぐ近くで何かが弾けた。

 思わず立ち上がりそうになるシズカをタマキが無理やり押し倒す。

「立ち上がらないで! 撃たれる!」

 そう言うと銃を両手で構えたタマキが、音が出ることを気にせず一気に階段を駆け下っていく。

 エリアの反対側へ回り込むと2階通路へつながる入り口に中肉中背の男がいた。

 どこにでも居そうな作業服姿。だがその手にはタマキの程ではないが大型の拳銃が握られている。

 その大型拳銃を片手で軽々と持ち上げ、男はタマキに照準を合わる。

指令オーダー。『Hデンジャー』制限解除! オートモードで行くわよ。」

 猛然と走りながらタマキが自身の大型銃Hデンジャーを両手で構えながら安全装置を解除する。

 大まかに狙いをつけて引金を引き絞る。

 3発の弾丸が連続で発射される。

 当てずっぽうに近い射撃は相手に命中することは無かったが、男は慌てて入り口に身を隠した。

 その瞬間を見逃さずに更に加速するタマキ。

指令オーダー。パワーアシスト出力最大。」

 彼女が身につけているインナースーツはパワーアシスト機構が備わっている。

 意図的な繊維収縮や微弱な電流を流すことで通常より全身の筋肉の力を引き出すことができるこの機能は強化外骨格の様なモーターやワイヤーによるパワーアシストに比べれば微々たるものであるが、対人戦においてはアドバンテージがある。

 撃ち返すために再度階段へと姿を見せた男は少女が自分の想定より遥かに接近していたことに驚愕する。

 その驚きにより遅れた動作はタマキにとっては格好のスキとなる。

 階段を駆け下りた勢いとスーツによる筋力強化で十分に威力を増した蹴りを男の右腕。すなわち銃を持った腕へと放つ。

 右腕に重い衝撃を受けた男は思わず拳銃を手放してしまう。

 男は蹴られた腕をかばいながら、慌てて自分の武器の行方を探すが、男の手を離れた拳銃は階段に落ちると、そのまま階段の端まで滑っていき吹き抜けの中を落ちていった。

 銃を諦めて再び少女の方に目を向けると既に自分に銃を向けていた。その中のレーザーサイトから照射されるレーザーは自分の胸にポイントを定めている。

 このまま反撃に出ようものなら少女は迷うことなく発砲する。その弾丸は急所を外れるだろうが胴体に命中し自分の動きは阻害されるであろう。

 そうなれば後は、ゆっくり正確に狙いを付けて撃たれるだけだ。

 男はそう判断すると両腕を上げて降伏の意思を示す。

 しかし、タマキは油断なく銃を構え距離をとる。

「おいおい。俺は降伏してるんだ。そんなに怯えなくてもいいだろお嬢さん。」

 その行動から相手がビビっていると考えた男が挑発するように話しかける。

「俺は別に袖口に隠し武器なんか持ってないさ、そんな物があればこの状態なら見えるだろう? それともお嬢ちゃんは新人でそんな事もわからずにビビっているのかい?」

 男は調子に乗って挑発を続ける。

 その瞬間、男の右腕に衝撃が走った。

 何が起きたか分からず右腕を見ようとした次の瞬間、今度は左腕にも衝撃が走った。

 タマキは油断することなく構えた銃で男の両腕を撃っていた。

 自分に何が起きたか分からず混乱している男の首を掴み電撃を加える。

 全身から力が抜けた男を無造作に投げ捨て、素早く銃のマガジンを交換。

 その光景を見ていたシズカがタマキに駆け寄り鬼の様な形相で襟元を掴む。

「何やってるのよ! 相手はもう降参していたじゃない!」

 そのシズカの腕をさらにタマキがつかむ。

 既にパワーアシストは切っているが、それでも握力はシズカよりはるかに強い。

 その小柄な体のどこにそこまでの筋力があるのか。

「相手は大型拳銃を片手で使っていたから、見かけ以上の力を持っていたと思う。これは何かしらの強化が行われている可能性があったわ。」

「でも両腕を撃った上で窒息させる事は無いじゃない!」

 タマキの冷静な反論に対し、シズカの言は既にヒステリーの様相をていしていた。

 それでもなおタマキは冷静に状況説明を続ける。

「それに使用したのは弱装衝撃弾。衝撃で一時的に相手の手足を痺れさせる弾丸よ。それに首を絞めたんじゃなくて電撃で一時的に気絶させただけ。」

 なんの感情も見せずに淡々と語るタマキの言葉にシズカは改めて犯人に目をやる。確かに撃たれたにも関わらず周囲に流血は認められない。

 ようやく事態を理解したシズカは気まずそうに腕を離した。

「まだ事件は進行中なんだから、わたしの邪魔はしないで。」

 シズカの腕から手を離し胸元を直しながらタマキが話す。その言葉は先程とやはりいかなる感情も感じさせなかった。

「なんで、さっきまでと話し方が違うのよ。」

 場違いと感じつつも弱々しく問いかけるシズカ。出会った時とのあまりの雰囲気の違いに問わずにはいられなかった。

「出会った時はこちらに敵意が無いことを示さないとダメでしょ。でも今は交戦状況。任務の達成が第一。」

 不意に初めのような笑顔を向けるタマキ。予想していなかった表情に一瞬ドキリとしたが、すぐにタマキは真顔に戻り点検を再開した。

「オッ、オーケー。分かったわ。外に出るまであなたの方針に従う。それで文句ないでしょ?」

 今は何を言っても無駄と察したシズカが難しい顔のまま話しかける。

 一瞬タマキがシズカの方に視線を向ける。理解したのだろうと判断し半ば諦めのため息をつくシズカの息が白く霧散した。

 それを見ていたタマキは再び前を向き歩き始める。

 廊下の壁に埋め込まれた古い掲示板には「1階」の表示がある。目的の階へ到着したと認識しつつもタマキは念のためARディスプレイに見取り図を表示させる。上階のレイヤーが順番に消えていき1階の見取り図のみが残る。間違いないこの先にたどり着けば目的の場所だ。

 まだ内部電源のお陰で照明は道を煌々と照らす。

 夜とは言え平時にはそれなりに人がいるであったであろうが今は2人だけを照らし、空調が効いていないのか体感温度は普段より低く感じる。

 先程の襲撃のためか一歩一歩進むたびに緊張が高まっていく。

 それなりに場数を踏んでいるタマキでも、この張り詰めた状態が長く続く様であれば神経が参ってしまう。

 緊張の糸が限界まで引っ張られる感じがしている中、突如ARディスプレイにコールが表示される。

 周囲への警戒を緩めず慎重にコールに答えるとAIからの報告だった。

注意アテンション。自治警察の機動隊が30分後に突入を開始します。あなたの潜入は既に通知されていますが、混乱状況となれば安全は保証できません。を推奨。』

「自治警の動きは予想より早いけど、ここまで来たら撤退するより任務終わらせる方が確実か。」

 小声で呟くと改めてインナースーツのパワーアシスト機能をアクティブにする。

 スーツが全身の稼働の要所を締め付けていくのが分かる。

 目標は10m程先のガラスドア。そこの先が最終目的地点だ。

 スッと姿勢を低くしたタマキが次の瞬間、猛然と走り出す。

 音が響くのも関係ないと全力で走りその勢いを生かして右足でドアを蹴りつける。

 もとより防犯用ではないただのガラス製のドアは乾いた音を立てて割れる。その中を両腕でしっかり銃を構えたタマキが飛び込む。

全員止まれフリーズ民間警察PPOだ!」

 素早く目だけで周辺を精査する。

 広いフロアの端には受付。奥にはシャッターの降りた入り口。そして受付と反対側にある来客用の小さな足の低い対談用テーブル。

 そのテーブルの上にその男は大股に足を広げ腰掛けていた。

 見た目は20代から30代前半程。中肉中背の体格によれたスーツを着ている。

 どちらかといえば整った部類の顔立ちだが、イマイチ特徴が無い。町中を歩いていても普通なら素通りしてしまうだろう。

(嫌な感じ。)男を見たタマキの感想。全体的に整っているのに凡庸に見え、人混みでは気がつかれにくい容貌。つまりのだ。

「あなたがこの件の首謀者?」

「それに答える義理は無いが、どうやら僕らの活動は目標未達に終わるらしい。」

 タマキの問いに男はよく通る声で返した。やはり

「そう。それは残念ね。ともかくあなたの『人格権』は法律によって保護されているわ。」

「あなたに。」と付け加えながら、銃を改めて男に向ける。

 しかし男は相変わらず緊張を感じさせずにゆったりと座っている。

「僕はしっかり人格権を取得しているよ。当然コモディティ・ライセンス継続的生存価値の証明も更新している。」

 挑発に対し男は答える。その声はやはり抑揚に欠けている。

「へぇ? 最初のヤツを見た感じ、てっきりライセンス継続が不可能なのでヤケでも起こしたのかと思ったわ。」

「ヤケでこんな行動を起こせるならそれはそれで天才じゃないかな。」

 タマキのさらなる挑発にも、男は右手を首筋に当て小首をかしげながら答える。

 明らかな挑発返し。もっともタマキもそれにのせられる程、経験が浅い訳ではない。

「じゃあ、とっとと降伏したほうがあなたの身のためよ。今ならライセンスのペナルティだけで済むけど、下手に抵抗すれば他のお仲間みたいに物理的なペナルティ負うわよ?」

 語気を強めて警告するが、男はそれを気にした風もなくテーブルから立ち上がる。

 銃の引金に掛けたタマキの指が僅かに動く。まだ撃たない。

「動くなと警告したはずだ! 今度、妙な動きをしたら撃つ。」

「妙な動きってどんな動きのことを指して言っていのかな?」

 そう言いながら男がゆっくりと歩き出した瞬間。突如破裂音が室内に響く。

って警告したよね。思わず最大出力で撃っちゃったじゃない。」

 うつむきながら淡々とタマキが呟き、そのタマキを男は驚愕の表情で見つめる。

 いや、男の視線はタマキの後ろに向けられていた。

 タマキの背後にはいつの間にか近づいていたのかシズカが立っていた。

 その胸には大きな穴が穿たれている。

 何が起きたか分からないという表情で膝から崩れ落ちそのまま仰向けに倒れたシズカだったが、まだ左腕を必死に胸に当てて、そこに有るはずのモノを探るように空を掴んでいる。

 銃を左手で持ち右脇から背後に向けて発砲したタマキ。相変わらず何の表情も無いまま立ち上がると、シズカの方を向いた。

「通常のソフトポイント弾だけど、至近距離でこの銃Hデンジャーの最大出力だったらボディがグチャグチャになるか…、でも大丈夫だよね。君たちオートマトンなら人工脳髄ここが破壊されない限りは。」

 オートマトンAUTO-MUTTON

 汎世界内戦後の世界において減少した人類に代わる労働力として作り上げられた人型人工知性体の総称である。

 当初はその名が示す通り家畜同然の扱いを受けていたが、学習能力の向上や感情演算素子エモーショナルエンジンの改良により知性や感情を持つと判断されるまでに至った事により、今日では人間と同様に人格権が与えられ法治国家では法律上人間との区別がなくなった存在である。

「なんで気が付いたの?」

 人間であれば即死の致命傷となる傷を受けてもシズカは補助システムを使い正常に会話している。

「始めからよ。シズカさん、わたしが最初に4か聞いた時に、即座に4人と答えたよね。あの時、わたしはカマかけていたの。本当の犯人は5人と連絡があったから。」

 その言葉に驚愕の表情を見せるシズカ。それはそれまでの驚いた時の表情が演技だったのではと思うほどに恐怖が顔に現れた驚き顔だった。

「あなた。わたしが人質だったから話を聞いて連れてきたんじゃなかったの?」

 口をパクパクと打ち上げられた魚のようにしながらシズカが問う。

「わたしは別にあなたを人質と言ったことも無ければ、ついて来いとも言ってないわ。あなたが勝手についてくるからそれに任せていただけ。大体人質が個室とは言え、見張りも拘束もなしでいる訳ないじゃない。大方裏側から侵入するモノがいないか監視していたんでしょ。」

 そっけなく答え、再び男の方へ向き直る。シズカは既に驚異とみなされなかった。

 それでも食い下がるようにシズカは質問を続ける。

「何で撃ったの? もしオートマトンじゃなかったら即死しているのに。」

「シズカさんはオートマトンだってことを隠すの下手だったから。バレバレの動きだったよ。」

 オートマトンは人間に似せて作られているが、構造は人間と異なる。その為に僅かだが人間と挙動も異なってくる。

 例えば人間は直立で停止する場合、常に両足でバランスを調整しているため僅かだが体が動くのに対し、オートマトンは腰に内蔵されたジャイロでバランスを失っている、直立でも完全に動きを止められる。

 同じ様にオートマトンはジャイロでバランスを取るため、歩く際の重心が人間より低くそれを意識して直そうとすると必然的に動作がオーバーになる。

 シズカは自身のオーバーな動作は都会の憧れからと答えたが、タマキから見ればオートマトン独特の動作であることが一目瞭然だったのだ。

「それにシズカさんって愛玩用ですよね。フェロモン分泌機能を使ってわたしを無力化しようとしてたけど、その手の物質に耐性あるから効かないんで。」

 タマキがシズカに近づいた時に感じ取った匂い。それは愛玩用途オートマトンには標準で装備されている相手をリラックスさせる物質(この場では便宜的にフェロモンと言っているが実際にはもっと別の化学物質)を分泌する機能を利用し、相手を無気力にするようにしていたのだ。

「シズカさんも焦ったでしょ? いつまで経っても効果が出てこないから少しずつ出力を高めていって機能がオーバヒートしたよね。」

 再び図星を当てられもはや絶句するしか無かった。

「さっき特段寒くもないのにあなたの息が白かった。これフェロモンが霧状になるまで濃縮されていたってことですよね。」

 タマキはもはや答え合わせは終わったとばかりに、それ以上シズカに語りかけることはしなかった。

 その時、動力が切れたのかガラス片を握ったままのシズカの右手が力なく開かれた。

「何だそれ? って過剰防衛の言い訳か?」

 それまで飄々としていた男が激しい感情をタマキに向けた。

 そして懐に手をいれるとホルスターから拳銃を引き抜く。それは階段で対峙した男と同じ大型のモデルだった。

 その時、タマキは気が付いたがその男の姿はよく見ると不自然だった。

 スラックスに軍用ブーツ、ジャケットの下に無地のTシャツを身につけていた。

 そしてジャケットもスラックスもサイズが微妙に合っておらず、ダブついている感じがある。

「あなた、そのスーツどうしたの? どう見てもあなたのサイズに合っていないけど。」

 何かに気がついたタマキが鋭く問いただす。それはどこか予測が外れて欲しいと考えている様でもあり、男と対峙して初めて見せた感情の動きであった。

「あんたが来る前にうまく騙せないかと考えて、ここにいたおっさんから拝借しただけさ。ただ拝借する際にシャツは汚れてしまったけどな。」

 そう言いながら受付カウンターを指差す。カウンターの影には一人の男性が横たわっており、その周囲には血が広がっている。

 この男は既に殺人を犯していながら平静でいられる。オートマトンであろうが人間であろうが危険な存在であることは変わりない。

 すぐに無力化する必要があるとタマキは判断したが、気がかりがある。

「それで人質はどうしたの? あの人が人質だったとは思えないけど。」

 その問いに対し男は「そんな事か」と返しつつ、テーブルの後ろから軽々と一人の人物を持ち上げた。

 背格好は自分タマキと対して変わらない少女。恐らく何処かの学校の制服と思われる衣服を身に着けている。手足は問題ない様子。ただその頭蓋にはすっぽりと上半分を覆う様なヘルメットが付けられていた。

「これはただの頭部固定型ヘッドマウントディスプレイさ。これで電脳麻薬を投影しているだけだから彼女の命に危険はない。」

 タマキの視線に気がついたのか男はヘルメットを軽く小突きながら語りかける。少女の反応はないが、たまに何かの刺激に反応するように体が小刻みに震える。

 電脳麻薬はプログラムされた刺激のパターンを知覚などの感覚から与えることで、快楽や多幸感を与えるものであり、中毒性も弱いので短期的に対象を無力化する際などに用いられている代物である。もちろん合法的な物ではなく刺激が強すぎれば強い後遺症や、場合によっては死に至る可能性もある。

 少女の状態から見て、特別強力な物は使われていないようであるが、常時刺激を与えられる状態が長時間続くのもよろしくない。

 タマキは改めて両手で銃を構える。

 男も少女をテーブル脇のソファに寝かせると、少しずつソファから離れながら間合いを図るようにジリジリと自らの位置を調整していく。

 緊張の糸が限界まで引き絞られていく中、最初に動いたのは男の方だった。

 タマキに向けた銃を狙いも定めずに発砲。タマキは左にステップを踏み避ける。

 すぐさまタマキも応射するが、男も同様に体を捻り避ける。

 今の動作でタマキは相手が同格の実力を持っていることを自覚する。

 となればと、すかさず部屋の隅まで走る。

 唐突なタマキの動きに慌てて男は連続で発砲する。男の銃弾がタマキを捉える前に受付カウンターの後ろに飛び込む。

 そこには胸に銃弾を受けた男性の遺体が横たわっている。

 既に足元は血の池と化しており、迂闊に動けば足を取られてしまう恐れがあった。

 銃撃戦を始める前に遺体のことは認識していたはずなのに、迂闊な判断だなと心のなかで呟く。

 悪態を付いていても事態は変わらない以上、チャンスを見つけて移動するしかない。

 タマキは相手の気配に注意を向けながら叫ぶ。

「ねえ! あなたが首謀者でしょ? そのを拉致して何をしようとしているの?」

 男の方からカチリと音が聞こえる。恐らくマガジンを交換したのであろう。

「残念ながら、僕は首謀者リーダーではない。彼なら君がビルに入ってきた時点で既に脱出しているさ。」

 男が答え終わる瞬間にカウンターから上半身を出し引金を引く。バースト機能により3発の弾丸が男のいる方へ放たれる。

 牽制のための発砲は狙い通り、こちらに向かっていた男を近くの柱の影へと押しやった。

「あなた達、全員で首謀者を逃したの? 大したカリスマねソイツは。」

 タマキが男へ皮肉を込めて再び叫ぶ。

「彼の逃亡は僕とシズカしか知らないさ。この少女を確保する事も僕たちにとっては重要なことだからね!」

 男が返答を叫ぶ。

「ならあなたは逮捕しないとね!」とカウンターから飛び出したタマキが叫びながら男の隠れる柱へと発砲。今度は連射ラピッドモードでの乱射である。柱を覆う大理石のパネルを破砕し中の鉄筋コンクリートがむき出しになっていく。

 さすがに男もこの間に反撃することは出来ず、タマキの接近を許していた。

 肉弾戦の距離まで近づいた事でタマキは回し蹴りを放つ。

 素人が放つ足を伸ばしたままで放つ蹴りではなく、膝をしっかり曲げ直前で伸ばすことで遠心力を最大利用しつつコンパクトまとめた蹴りである。

 脇腹にその一撃を食らった男はたまらずに倒れる。

 その男に躊躇なく銃を向けるタマキだが、一瞬早く男が発砲。

 無理やり頭を右側へ全力で振る。その横を擦過していく熱を頬に感じつつも引金を絞る。

 狙いを定めていない銃身から放たれた弾丸は男の顔の右側のタイルを破砕した。

 無理な体勢で弾丸を避けながら発砲したタマキはそのまま倒れ込むと、その勢いを利用し体を回転させ立ち上がる。

 その間に男は立ち上がり別の柱の影へと移動しており、タマキもまた別の柱の影に隠れる。

「その若さでなかなかの腕じゃないか。」

「若さについてはあなたオートマトンに言われる筋合いは無いわ!」

 間合いを計り直すかのように言葉の応酬が再開する。

「それに君の銃。サブマシンガン程の大きさが有るとは言え多機能過ぎやしないか?」

「当たり前よHデンジャーこれは対戦闘用オートマトン戦のために作られた小型電磁加速砲ハンドレールガンの試作品なんだから。」

 電磁加速砲は通常、戦車や戦闘機などに搭載されている代物であり、その電力消費量の多さから個人携帯が可能な程の小型化に難航していた。

 伊坂重工業製試作携帯型電磁加速砲ユニット 通称『Hヘヴィデンジャー』

 この最新型電磁加速砲は電源を外部供給にすることで片手での取り回しが可能なサイズまで小型化出来たのである。

 しかし小型化によりバレルが短くなった影響で弾道に強い癖があった。その為、通常はAR照準などのスマートリンクシステムでの統合運用を前提としており、タマキがARディスプレイを使用している理由も主にこの為である。

 その様な煩わしさが有るものの、発砲時の静音性や多用な弾丸での運用が可能な点など弱点を補って有り余る性能を誇っている。

 そのHデンジャーを構え、タマキはARディスプレイに表示されるゲージが上昇していくのを確認する。

 そのゲージが一定を超えたところで、素早く柱の影から飛び出し男が隠れる柱に向け電磁砲Hデンジャーを構える。

 一瞬銃口から発せられるスパークの中を弾丸が銃身から躍り出る。

 弾丸は狙い過たず男が隠れる柱へと命中する。使用しているのはこれまでと同じく通常のソフトポイント弾だが最大出力で撃った場合、先程オートマトンの体躯に風穴を開けている。

 命中した柱を貫通こそしないが、激しい爆裂とともに大きな穴を穿つ。

 続けて2発の弾丸が柱を遅い半分以上を抉る。

 たまらず男は柱から離れる。そこに4射目の弾丸が襲いくる。

 不意をつかれた男はその一撃を右肩に受けもんどりをうって倒れた。

 用心深く銃を構え直すタマキ。このまま四肢を撃ち抜けば完全制圧可能であるが、それは過剰行為に当たる為、自制しゆっくりと近づいていく。

警告コーション。目標に異常な発熱を確認。』

 突如AIの警告が耳を叩く。

 慌てて立ち止まり、銃で男の胴に狙いを定める。

 しかし突如、男はバネ仕掛けの人形のように立ち上がる。人間には、いやオートマトンであっても通常は行えない急激かつ無理矢理な挙動の動作。

 そのあまりの異様な動きに驚いたタマキの腹を男は容赦なく蹴り飛ばした。

 その体躯からは想像もできない速さと威力で放たれた蹴りをまともに受けつつも、勢いに逆らわずに体を蹴られた方へ飛ばされた事で、衝撃をある程度抑えることが出来たが、この様な蹴りをそう何回も受けていては体が持つものではない。

 男の追撃を避けるために銃を相手に向けるタマキ。しかし引金をひく前に男はそこから消えていた。

 次の瞬間、既にタマキに接近していた男はを大きく振り上げ、打ち下ろすようにタマキを殴りつける。

 かろうじて上半身を後ろへ反らしその一撃を避けたタマキはそのまま後ろへジャンプし背中で着地。衝撃で息が詰まりそうになりながらも足で地面を蹴り床上を滑る。

 手近な背の高いプランターの影に身を隠すと、身体を起こしつつAIにどやしつける。

「ちょっとナニあれ? あんな動き違法改造でもしてないと出来ないはずよ。」

肯定ポジィテブ。特殊戦用機体に装備される神経加速オーバー・ドライブ装置の模倣品である可能性が高いかと。』

「神経加速って…… それでもあんな無理な動きしていたら自壊しかねないじゃない。」

肯定ポジティブ。自己を犠牲にしてもやり遂げるつもりなのか、もしくは戦闘後に救援が来る可能性が高いと推察。』

「これ以上、さらに相手する可能性があるか……。」

 絶望的観測に気力が失われていくのを感じるが単身突入した以上、任務をやり遂げるしかない。

 邪念を振り払う様に首を振り、改めて周囲を確認する。

 自分が隠れている所を含め飾り柱が6柱、中心から放射状に設置。その中心に男が立っておりその奥には人質の少女が寝かされている来客用ソファとテーブルそして、エリアを区切るための背の低いプランターがある。自分の背後には受付用カウンター。

 やはり柱以外は隠れるところは無さそうである。

 男の後ろの少女は何やら規則的に指を動かしているが、見せられている幻影に反応しているのであろう。そして男はやや背中を丸め両手をだらりと下げ立っている。

「あの状態……、普通に考えれば馬鹿みたいに無防備に立っているだけに見えるけど、違うわよね。」

推測フォーキャスト。必要のない動きを止め活動限界を引き伸ばしているものと思われます。……分かりやすく言えばバトルマンガなどにある無我の境地の様なものと考えるといいかと。』

「たまに変な知識持ってるわね。」

 思わず心底呆れたように返すタマキ。

『あなたに合わせているだけで……。』

 返事をするAIの音声が突如ノイズにより途切れる。

 ここでAIのサポートを失なうと大きなハンディとなる。慌てて各種操作でAIとの連絡を回復させようとするが、ノイズはより強くなっていく。

(まさかあいつの救援が来たとでも言うの?)

 最悪の予測であるが、相手にとって物理的な救援が難しい状況である以上、電子戦による救援はあり得る。

 しかもAIはタマキの腰に巻かれたポーチに収納されているため、AIとの連絡障害となると通信妨害ではなくAIへの攻勢侵入クラッキングかウイルス攻撃だ。仮にも刑事捜査用に対策用に何重にプロテクトされたAIへの攻撃となると並外れたクラッカーか、十分に用意された攻勢AIの多重運用。

 タマキの電脳防御戦カウンタークラック能力は素人よりはマシな程度であり、侵入されているのであれば非常に分が悪い。

 内心の焦りを気取られないように慎重にしながら考えられる手段を使いAIに呼びかけるがやはり反応はない。

 しかし、もし本当にこれが敵の支援であれば男はこちらを攻撃するか、人質を連れて逃走に入るところであるが目標はまだ動きがない。

 横目で男の方に注意を向けながらも作業を続けているタマキのARディスプレイに突如「ALL AI SAPORT」の文字が表示されると同時にノイズが消える。

「何、どういう事?」唐突の事態に慌てるタマキ。

『聞こえてるそこの人、時間がないので簡潔に言うけどわたしの指示に従って。』

「ちょっと突然、誰なの!」

 突然イヤフォンに飛び込んで来た聞き慣れない声に思わず反論する。

『わたしはあなたの言うとこの人質。HDDヘッドマウントディスプレイの制御権を奪ってあなたのシステムに介入しているわ。』

 普通に考えてあり得ないことを告げる音声はタマキが自分の方を見たらHDDを外すと言う。

 疑心半分と言った心持ちで人質の方に視線を向けると、音もなくHDDが外れ人質の少女の顔が露わになり、その黒い瞳がじっとタマキを見つめていた。

『これで信じてくれた?』

 再び音声が流れてくる。

「いや、HDD外れて何で通信できるのよ?」

『外したのは前面だけ、通信に必要な後ろ半分はそのままにしてあるわ。』

 改めて少女の方を見るタマキだが後頭部の方はよく見えない。

「とりあえずそういう事にしておくけど、あなたは何がしたいの?」

 状況は分からないが、一旦はそうであると割り切って通話を再開する。

『さっき言ったとおり。彼を倒したいのであれば、わたしの指示に従ってほしい。』

「あなたはあいつの攻略法でも知っているの?」

『攻略法ってほどではないけど、対応方法は知っている。』

「なら聞かせて。」

 背に腹は代えられないとばかりに即答するタマキ。

『あのタイプのオートマトンが神経加速を使うと、通常の思考では体の制御が追いつかなくなるため、体の方の自立行動に任せることになるわ。』

「つまりは暴走状態ってこと?」

『大まかな指示は人工脳髄が出しているけど、ほとんど間に合っていないから実質そうだと考えていいわ。』

「うわ、めんどくさい状態。」

『そう。非常に面倒な状況だけどそこに付け入るスキがある。暴走(仮)状態のオートマトンは身体に記録されているスクリプトに沿って動くことしか出来ないの。』

「と言うとある程度パターンが決まっているってことね。」

 納得がいったように答えるタマキ。

『そうよ。でもスクリプト自体は相当複雑だし、人工脳髄がスクリプト制御に任せる程のスピードで動いているからただの人間が対抗するのは難しいわ。』

 希望が持てそうと思った途端に落とすような話し方。普通はイラつくところであるが、今はそんな感じがない。

 緊急事態であることもあるが、彼女の言葉を信頼して良いと心の何処かで感じ始めている自分タマキがいることも関係しているだろう。

 即座にどうするかと相手に聞き返すタマキの声は、落ち着きを取り戻してきたのか抑揚のないモノへと変化してきている。

かなめはHデンジャーとパワーアシスト機能よ。』

 対策を告げる声に応え、タマキは素早く準備を整える。時間も弾数も心もとなくなってきている、恐らくこれが最後のチャンスだろう。

 ここで相手を制圧出来なければ、自治警機動隊の突入班がなだれ込んでくる。

 その時は恐らくまだ暴走状態の男により突入班はなぎ倒される可能性があり、人的被害を増やさないためにもここで終わらせる必要がある。

『行動予測とパワーアシストの制御はこちらで行うから後は全力で彼を無力化して。』

 少女の声に弾かれるように柱の影より飛び出す。

 男の側面へ回り込むように全力で走り、プランターの後ろへと滑り込む。

 他者にパワーアシストを制御されることに不安はあったが、今の疾走で彼女の制御が精密かつ的確であることを確信した。

 体への負担が驚くほど少ないのだ、恐らくミリ秒単位でパワーアシストのかける位置や強さを変更している。

(いける!) 心のなかで呟くと体勢を立て直し今度はプランターを足場に高く飛び上がる。

 一定以上に近づいた事で反応した男に対し飛び蹴りを放つ。

 その一撃は軽く避け男は左腕を振り、ボクシングのフックの要領で殴りかかる。

 着地と同時に男の方を向いたタマキは格闘戦に備え素早く両脚を軽く開き下半身を安定させると、その一撃を上半身の動きだけでかわす。

 続けて男は銃を握ったままの右手でストレートを放つ。

 これを同じく銃を握った左腕を使い空手の受けの様に流すと同時に1歩踏み込み右腕を男の左脇の下へ滑り込ませ背中側へ手をまわす。そのまま腰のベルトを掴むと自らの身体を捻り、男を投げ飛ばす。

 相手の勢いを利用したとは言え、かなり無理のある体勢での投げである。普通であれば腰なり腕なりを痛めるところではあるが、パワーアシストのサポートにより自分への負担は最低限で済んだ。

 投げられた男は受け身も取らずに背中から床に叩きつけられるが、それでもすぐに立ち上がろうと片膝を立てる。

 そこへ素早く電磁砲Hデンジャーを構え発砲。

 立膝状態の右足を狙っての射撃であったが、男は信じられないことに素早く後ろへ跳び、その一撃を避ける。

 床に打ち込まれた弾丸は潰れた。

 その事を気にした風もなくタマキは再びゆっくりと両手で構え直す。

『射撃来る!』

 少女の警告に意識より体が先に反応した。

 とっさに左へ跳ぶ。男が照準もろくにせずに撃った銃弾は先程までタマキが居た空間を貫いた。

「どんなガンマンよ!」

 愚痴りながら構え直した銃で応射。その弾は男の脇を飛び去った。命中精度に難のあるHデンジャーではもとより男のマネは不可能であった。

 男と距離を取るべく先ほどとは別のプランターの影へ隠れる。

 大型とは言え拳銃の有効射程は短い。

 彼の拳銃の威力ならプランターを撃ち抜くことは可能であるが目標に命中させるためには有効射程まで近づく必要がある。暴走状態とは言え(むしろ暴走状態だからこそ)、男はその事を理解しておりプランターへ向かって歩き始める。

 その足音を聴きながらタマキは1発の特殊弾頭を自分の銃に込める。

 相手が迫ってくるが慌てずに正確な手付きで作業する自分に、改めて冷静であることを実感する。

 これまでの細工は流流、後は仕上げだけである。

 そして時が来る。素早く立ち上がり即座に撃つ。先程の射撃と同じであるが1点だけ決定的に異なる。

 それはフロア内の監視カメラを少女がジャックしており、カメラ映像を利用し照準装置の代わりとしていたのだ。

 狙い過たず男の右脇腹に命中した弾丸は即座に内部に蓄えていたエネルギーを解放した。

電磁パルスEMP弾』。その名の通り対象の内部で小規模の電磁パルスを発生させる対電子機器弾丸である。

 オートマトンは十分に電磁波対策が施されており、通常であれば影響は無いが一部が破損し暴走状態となっている男には効果があった。

 苦悶の表情を浮かべよろける男に、タマキは続けて弱装衝撃弾を撃ち込む。

 暴走状態のオートマトンでは効果は薄いが一定間隔で撃ち続ける事で、衝撃を受けて男は少しずつ後退する。

 その時、男の足元で突然何かが爆発した。

 男はタマキが先程放った弾丸。つまりは『指向性遅延爆裂弾』を踏んだのである。

 爆発の規模こそ小さいが弾丸の破片は男の右足をズタズタにする。右足が踏み込めなくなった事でバランスを崩し転倒。

 それでも逃亡しようというのか必死に体を動かし転げ回る男の元へタマキは駆け寄るとその首筋に手を当て電撃を流した。

 ようやく大人しくなった男から離れると銃を腰のホルスターへ収め、来客用ソファへ向かう。

 人質だった少女は相変わらずソファに寝そべったままであったが、その黒い瞳はタマキ事を追いかけている。

「色々聞きたいことはあるけど、とりあえず助かったよ。」

「立てる?」とタマキはそう少女に右手を差し出す。

「ありがとう。」

答えながらその手をとる少女の声は間違いなくイヤフォンから流れていた声と同じだ。

「プロにとって重要な利き手を差し出してくれたってことは、わたしを信用してくれたのね。」

 立ち上がりながら不敵な笑みを向ける少女。

「そうだね、助けられた事は間違いないし。わたし静流タマキ。」

「わたしは伊坂サヤカ。今日は助けてくれてありがとう。」

 恐らく自分とさして年齢が変わらないはずのサヤカの微笑みはどこかミステリアスであり、ゆっくりと髪をかきあげた時に彼女の使っているシャンプーか何か、心地よい香気が鼻孔をくすぐった。

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