コモディティ・ライセンス【プロトタイプ】

サイノメ

生存証明

第1話 事件ケース45835の顛末

第1話 事件ケース45835の顛末①

回路接続シェイク・ハンド。」

 周囲に誰もいないにも関わらず少女は静かにつぶやき、左手で右グローブの手首にあるスイッチを押す。

 それに反応し持ち込んでいる各種装備が通電オンライン状態となる。

回路接続シェイク・ハンド。 おはようございます、タマキ。』

 右耳に装着したイヤフォンから抑揚を欠いた音声が流れる。

 少女タマキはサポートAIが起動したことを確認する。

状況確認シチュエーション。建物内の見取り図を検索してルート策定。」

 今いる場所の向かいにあるビルの構造を確認させる。

 普段であれば現場に向かう前に済ませておく段取りだが、今回は緊急だったため現場に到着する前に確認する余裕がなかった。

 一瞬の間をおいて、視界の右下に階層ごとにレイヤー分けされたビルの見取り図が表示さる。

 そこへ進入するためのルートが重なって表示される。

 ルートは正面玄関、裏口など入口から入るパターンの他に、窓や空調設備などを利用したルートも表示される。

「うーん、1から3は正面から堂々と入る方法だから当然却下。 相手の意表を突くならパターン5かな……。」

 一通りのパターンを吟味しルートを決めるが、AIは異議を唱える。

警告コーション。今回の最優先任務は人質回収で犯人制圧は1ランク下となっています。』

「人質回収が最優先だから、この方法を選んだんじゃない。」

 AIに反論しながら、タマキは移動準備を始める。

『タマキが選択したには従いますが、反対意見は記録します。』

 そんなAIの回答を「はいはい」と軽く流しつつ、タマキは見取り図を消すように指示する。

 同時に右のイヤフォンから右目の下に伸びていたレーザー式網膜投影型拡張現実装置ARディスプレイがレーザー発振を止める。

 ARディスプレイと言えばメガネ/ゴーグル型やコンタクト型が一般的であるが、タマキは激しい運動や衝撃で外れる場合があるこれらのタイプを嫌がっており、網膜投影型を使用している。

 気になるなら義眼サイバーアイ化手術を受けるほうがいいのではと意見される事もある。

 しかし、そこまでARを多用している訳では無いし、何より義眼にはまだ生身の神経との結合が完璧とはいえない。

 そのため、結果視力は高くなったが動体視力は落ちてしまう可能性もある。

 それでは彼女の仕事では致命的である以上、義眼化はデメリットの方が大きかった。

 目的地へと着いたタマキは手動式の重い鉄の扉を全身で押し出す様に開ける。

 たどり着いた場所はビルの屋上。

 すぐに目標となるビルの方の端に向かいながらAIに問いかける。

確認コンファーム自治警警視庁軍隊自衛軍の突入部隊は来てる?」

否定ネガティブ。連携作戦を想定で?』

 即座に回答、確認をするAIにカナタは苦笑しつつ返す。

「まさか。それこそ否定ネガティブよ。 行動中に鉢合わせになったら面倒だなってだけ。」

 そう言いっている間にビルの端にたどり着いたカナタは、背負っていたカバンを床に降ろした。

「だいたい民間警察機構private police organizationの嘱託捜査官だって言っても信じてくれないんじゃない?」

 そう言いながら被っていた学校指定のベレー帽をカバンへしまいながら話を続けた。

『たしかに、犯人が雇った少女テロリストの方が通りそうですね。』

「余計なことを言うんじゃない。ポンコツAI。」

 実体があったら殴りかねない勢いで答えると、カバンの横に取り付けられていた外付けのケースを外す。

 ケースの中に収められていた、彼女の前腕部程の長さがある大型の拳銃を引き抜いた。

 続けてからカバンの中から金属製のケースを取り出し、その蓋を開く。

 こちらには先端に鋭い錨状の物が付いた円筒形の物体が収められている。

 よく見ると側面から太いワイヤーが伸びており、アタッチメント型のアンカー弾頭である。

 取り出した弾頭を手早く拳銃の先端に取り付け、グリップを握ると指先のセンサーがタマキの各種生体情報を読み取り認証を行う。

『認証完了。 火器管制接続。』

 認証完了を告げるAIの音声を聞きながら、タマキは手に持った銃を対岸へ向ける。

起動スタート・アップ。照準ユニット、AR連動開始。」

 彼女の命令により銃身の下部に設置されている不可視レーザーが照射される。そのポイントは再度展開したARディスプレイに表示される。

 照準の先は侵入目標であるビルの最上階の壁。

照準完了コンプリート。』

 AIの声に弾かれるようにタマキは引金を引く。

 銃の先端に取り付けられていたアンカーが音もなく射出される。

 アンカーが狙い過たず目標に突き刺さるのを確認すると、彼女は素早くワイヤーを引き、固定に問題ないか確認する。

 問題がないと確認が終わると自身のベルトに取り付けていた金具にワイヤーを接続する。

 いくら音をたてない様に進めているとは言え、振動センサーなど持ち込まれていたら着弾の衝撃で目標にバレている可能性がある。ここからは1秒も無駄にはできない。

「特殊弾ケース解放。」

 声に従いジャケットの左腕の裏に仕込まれたレールを伝い、袖口からケースが飛び出る。

「指向性遅延爆裂弾。」

 再び発せられたタマキの声に弾かれるように、1つの弾丸がケースから顔を出す。

 それをタマキが掴み取ると特殊弾ケースは再び袖の中に収納される。

 取り出した弾丸を素早く銃に納め、再び対岸のビルを狙う。今度は最上階ではなく侵入ルートである三階の窓。

 念のためARディスプレイに赤外線サーモグラフィーレイヤーをかけ、目標の周囲に人がいない事を確認すると素早く発砲。

 放たれた弾丸は高速で目標へ迫るが、命中した弾丸は形を変えて張り付き窓は割れなかった。

 しかし、それなりの勢いで窓に命中しており、周囲には大きな音が響く。

 今度こそ内部に気づかれただろう。

 タマキは腰に取り付けたホルスターから弾丸がフル装填済みのマガジンを取り出し、銃のグリップ内に納めると、素早くワイヤーを握りビルから飛び降りた。

 ワイヤーに導かれ弧を描きながらの自由落下。

 先程弾丸が貼り付いた窓に衝突するかの勢いだったが、衝突する寸前に窓が内側に向けて炸裂する。

 爆裂弾が室内側へ弾け飛んだのである。

 そのままタマキも室内に飛び込み、転げるように着地。ワイヤーを器具ごと取り外すと素早く周囲を確認する。

 想定どおり無人で物もあまりない空き室。

 目の前には自動ドアがあるが、事件発生後このビルは外部から強制的に電源を切られている。

 そのため電子ロックも無効なので、素手でも簡単に開けることができる。

 タマキは目標へ移動を開始するため部屋の外へ向かおうとした。

 しかしドアを開けようとする気配と音に気がつき、素早く入り口から死角になる位置へ身を潜める。

 しばらくして部屋に入ってきたのは、発達した筋肉をこれ見よがしにしたタンクトップを着たの男だった。

 周囲を警戒するように入ってくる男は手には、鉄材が握られている。

 当たれば脅威だがそもそも武器ではない鉄材は取り回しも悪く相手の動きも素人のそれだと判断したタマキは、ゆっくりと銃を向ける。この距離ならARによる照準補正は必要ない。

 素早く引金を引くと小さな音と同時に銃口から微かな閃光が発生する。

 閃光に気がついた男がこちらを向くと同時にその右腕を銃弾が貫く。

 鉄材をしっかり握ったまま、肩から腕までが力を失った様にダラリと垂れ下がる。

 そこへタマキが猛然と駆け寄り、右肩から体当たりを仕掛ける。

 不意をつかれた男は胸部にまともに体当たりをくらい、前のめりになる。

 タマキは素早く男の脇の下を抜け背後へ回り込み、その太い首を左手で掴む。

 次の瞬間、左手のグローブから激しいスパークが発生する。

 彼女の使用するグローブには認証システム以外に給電用の接触型プラグが備わっている。

 そのプラグを利用し外部へ電撃を放射したのだ。

 その威力は調整次第で相手を感電死させることも可能である。

「この程度の電圧なら死なないでしょ? なら。」

 倒れる男にそう言い残し部屋を後にした。

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