第2話 その少女、依頼主

第2話 その少女、依頼主①

 事件から一夜が明けた。

 タマキは普段どおりに学校から寮の自室へ戻らずに直接職場である『民間警察機構PPO東京新都北営業所』(通称『新都北署』もしくは単純に『北署』)の捜査課へと足を運んでいた。

「お疲れ様でーす。」

 軽い挨拶をしながら捜査課の部屋に入る。

部屋の中央の席に座る痩せぎすな男が読んでいた文庫本から目を離しタマキを一瞥する。

さらに奥にある捜査用端末に取り付けられたディスプレイを覗いていた二人が振り向く。

その二人のうちの中年男性が『おー』と力ない声で返事を返す。

 カナタは軽いステップで部屋の中央にある自分のデスクに向かうと通学カバンをイスの背もたれに掛け、向かいの席の男に話しかける。

「滝さんがこの時間に外回り行かないのって珍しいよね。 待機命令でも出てます?」

 話しかけられた男、主任捜査官の滝レンジは再び文庫本から目を離す。

「まあ、そんなところだ。もうすぐ課長が警視庁本庁での会議から戻ってくる。詳細は課長から聞いてくれ。」

 睨む様な視線をタマキに向けながら、滝は必要な事だけ告げると再び手元の本へ目を落とす。

 ボクサーの様な細いが筋肉がガッチリと付いた体格に鋭い目つき。

体格と同じ痩せた頬に整った顎髭と野性味のある外見の滝だが、趣味は紙の本の収集と読書という知的な面を見せる彼は署内の女性社員からも人気が高い。

 もっとも署内でモーションをかけたとしても、なんだかんだと躱されてしまうのだが。

そのため、最近では実は子持ちの妻帯者ではと噂が立っているくらいだった。

(職業柄、誰もが家族構成を調べられるので、彼が子持ちでも妻帯者でもない事は分かるのだが。)

 必要以上の人間関係を避けているとも思える彼であるが、捜査課のメンバーには幾分対応が柔らかい。それが仲間意識なのか分からないが。

「タマキちゃん、昨日はお疲れ様〜。」

 携帯端末をデスクに備え付けのコンピューターに接続し昨晩の報告書ログをメインフレームへ提出する準備をしていたタマキに、先ほど奥から声をかけた中年、佐藤リュウジが声をかけてきた。

「あ、佐藤サトさんありがとう。調整してもらったおかげでHデンジャーは快調だったよ!」

 キーボードを叩きながら、佐藤の方を向きニカッと笑うタマキ。

 そんなタマキの横のイス(空席)に腰を下ろす佐藤。

 体重が100キロを越えるのではと思わせる肥満体型の佐藤が座ることで、イスは悲鳴を上げるような軋みを立てる。

 キレイに剃り上げたスキンヘッドと柔和な顔つきは、どこかマスコットの様な雰囲気がある。

「そいつは重畳。僕も調整したかいがあるよ。」

 普段から細い目をさらに細くし笑顔で答える佐藤。

 佐藤の本来のポジションは科学捜査であるが、工業系の大学を出ており趣味の機械いじりもプロ並みである。

そのため機密事項の課内の装備品の整備も担当していた。

 特にHデンジャーは伊坂重工業連合より試作品の現地テスト名目で貸与されているため、扱う人間も最小にして欲しいとのオーダーが有ったので、必然的に佐藤が担当することになった。

「ところで聞いたかい。今回の事件ケース45835のその後の話しは?」

 電磁砲Hデンジャーの状態についての話しに一息ついたところで、佐藤が声を潜めてタマキに尋ねる。

「佐藤さん。それはまだ機密レベルの高い情報ですよ。」

 耳ざとく聞きつけた滝が再び文庫本から目を離し佐藤に釘をさす。

「おっと、そうだった。でも関係者が知っていないのは後味悪いだろう?」

 パチンと額に手を当てながら滝に返答する佐藤。

彼も本来は一般捜査員が知る情報ではないことは分かっていたが、当事者であるタマキには知らせておくべきと考えていたのだ。

「それはそうですが。 問題になったら佐藤さんが責任取ってくださいよ。」

 投げやりにそう言った滝も、佐藤の言いたいことは理解している。

 2人はPPOへ入る前は自治警察の警視庁所属していた。

その頃は佐藤と滝は相棒バディであり、滝にとって佐藤は一人前の刑事に育ててくれた先輩でもあった。

 そしてその当時から佐藤は、該当人物へ必要な情報を与えるのが常であった。

 滝が一応了承したのを確認した後、改めてタマキに向き直る佐藤。

 今度は小声ではなく普通に話しかける。

「昨日の事件で君が最後に捕獲した容疑者。 彼がオートマトンであることは確認済みだね。」

 タマキにとっては既に承知の事実を話す。

事前の再確認であり、ここから先が新情報であることを暗に示唆していた。

「容疑者の名前は久我ヨシト。今回の件で問題になっているのは彼のタイプだ。」

「それですよ! 彼は明らかに普通のオートマトンとは異なる動きをでしたよ、被疑者が実は軍の特殊戦用だったりとかしません?」

 思わず口をはさむタマキを苦笑いしつつ制止する佐藤。

「彼はネクサス型と呼ばれる次世代型オートマトンであり、今年に入って試験的に運用が始まっていた。」

「そんな試験タイプがいきなり論理暴走したらマズイんじゃ?」

「いや、事件自体は暴走ではないんだ。 容疑者達は襲撃したビルに入っていた会社『富桑運送』で働くオートマトンであり、その労働環境に著しい問題が有ったことは、自治警察及び労働監督署がつかんでいる。 犯人の要求は労働環境の改善と未払い賃金の回収だったからね。」

 そこまでの話を聞いて、タマキは首をひねる。

「そうするとですが、何が機密レベルの話なんですか? 恐らくこの程度の内容なら事件報告書の背景情報に載ると思うし、なんか昨日の雰囲気や主張と食い違っている気が……。」

「ネクサス型オートマトンは伊坂重工業が製作しているオートマトンだが、富桑も伊坂連合の系列子会社だ。」

 その疑問に今度は滝が答える。

「伊坂の法務部からオレたちPPOや本庁が介入したことで大事になったが、事件自体は社内争議なのでこれ以上の捜査は不要、容疑者の身柄を伊坂に寄越せと言っている。」

 そして滝は吐き捨てるかのように「キナ臭い話だ」と最後に付け加える。

 普段はあまり感情を出さないタイプでクールな印象のある彼だが、実際には誰よりも情熱的で不正などを見逃せない性格たちである。

そんな彼にとっては、これほどの事件をで片付けようとする伊坂重工業のやり方が気に食わないのであった。

「と言うことで課長は本庁の警備部々長らと一緒に現場責任者として伊坂と会議中。その結果によって我々の行動が変わるからタマキちゃんも備えておいてよ。」

 そう伝えると佐藤は席を立ち戻っていく。

滝もまた苛立ちを抑えるように文庫本を開いた。そのタイトルは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。

 話す相手もいなくなったのでタマキは報告書の制作を再開する。

だが報告書制作はほぼ自動で行われるので、行動中の記録ログの中で独り言など報告不要なものが含まれていないかだけチェックをしていた。

 タマキは委託とは言え捜査官である。本来なら昨日のような突入任務は業務範囲外である(捜査の結果、犯人のアジトへの突入はあり得るのだが)。

 昨日は学校の課題レポートの取材ため、たまたま現場近くいたところ緊急呼び出しを受けたのであった。

 そのため、今日は担当者として籠城事件の背景捜査に参加と踏んで、放課後に直接北署へ来たのだ。

 タマキが報告書の提出に続けて、弾丸の補充申請と装備の整備進捗表のチェックをしていると捜査課のドアが開き、制服姿の女性が入ってくる。

 20代後半、少し気が強そうだが、警察の制服を着させられているような微妙に似合わない雰囲気を持っている彼女は、民間警察機構東京新都北営業所刑事部捜査課の課長、高野レイコである。

 もっとも気の強そうな雰囲気は席に座るまでで、座ると同時に軟体動物スライムか溶けたソフトクリームの様にデスクに突っ伏した。

「つ、疲れた。民間に行けば制服とオサラバできると思ったのに、なんで他企業との会議には制服着用義務があるのよ……。 警視庁ほんちょう組はスーツだったのに!!」

 開口一番、命令ではなく制服着用に対する愚痴が流れ出る。

もともと刑事に憧れて自治警察に入った経緯のある彼女であるが、警察官になった後で制服が苦手なことに気がついたのだった。

 その後は捜査課への移籍願いも却下され続けたこともあり自治警察を退職し、PPOの門を叩いたのだ。

 幸い彼女のコモディティ・ライセンスは捜査官としての適性を示しており、晴れて捜査課への所属が決まり、さらには統率者としての適性も有ったため課長として勤務することになったのだった。

「やっば、PPOに入っていきなり刑事デカ長ってわたし凄すぎない?」

と有頂天だった彼女だが、数少ない落とし穴の1つがこの制服着用義務だった。

 周囲の課員たちも捜査官と管理職の双方において有用性を継続的に示している彼女の会議後の醜態を見て見ぬふりをしているが、課外の人間がこの醜態を見たらなんと言われるか。

 捜査課一同はそんな状態の彼女が復活するのを、各々の態度で待っていると、高野がおもむろに立ち上がる。

「さて、過ぎたことは置いておいて、仕事の話をするからみんな集まって。」

 立ち上がるなり元の勢いを取り戻した課長の声に弾かれるように、課員一同が集まる。

 先程タマキに話しかけてこなかった市村タツヒコも他のメンバーに遅れてやってきた。

 滝と同じ様に痩せ型であるが、市村は貧相なイメージが付く。

これはボサボサの髪型や十分に筋肉がついているとは言い難い体型と首を前へ突き出す猫背ゆえである。

 もっとも彼は他のメンバーの様に現場へ出向くことが任務ではなく、署内で業務端末などを駆使し捜査を行う電脳捜査官サイバー・オペレーターのため、他の捜査官の様に現場で身体を張る必要がないのであまり問題はない。

 課員が揃ったところで高野はおもむろに話し始める。

「一応、箝口令が敷かれていたんだけど、この様子だと全員既に知っているみたいね。」

 話し方は仕方ないと言いたげだが、どこか予想どおりと言った雰囲気で話し始める。

「昨日の事件について、伊坂重工業の担当者と話し合った結果、向こうの法務部と自治警察が合同で捜査を行う事になったわ。」

 その一言に皆、口には出さないが落胆の表情を見せる。

犯人を検挙したのは自分たちであるはずが全て持っていかれた感があるためだ。

「ただし、PPOには本件について別の任務が与えられたわ。人質だった伊坂サヤカさんの身辺警護と犯行組織の洗い出しよ。」

 その言葉に課員一同が驚く。

捜査から外されたと思ったところに本命とも言える犯行組織についての捜査が舞い込んできたのだ。

「色々調整があるのよ。 伊坂からしたら久我達がストライキの延長線で騒ぎを起こしたことにして内々の問題として処理したい。 でも警視庁やPPO私たちは何かしらの組織の関与を疑っている。」

 そう言いながら高野はデスクに投影されたイメージキーボードを操作し、壁面のパネルに模式図を投影する。

 そこには3つの円が描かれておりそれぞれに「伊坂」「警視庁」「PPO」と書かれている。

 そのうち伊坂と警視庁を「労働争議で捜査」と書かれた円で囲う。

「とは言え警視庁や私たちは犯行組織について明確な証拠をつかんでいない。 そうである以上、警視庁は伊坂の主張を受けて過激化した労働争議の線で捜査するしか無い。」

 PPOの円を「犯行組織捜査」の円で囲いながら続ける。

「でもPPOは半民間企業だから、ある程度は独自に捜査ができる。 なので警視庁側が犯行組織の調査をこちらに回したってわけね。」

そこでひと通り説明を聞いていた市村が疑問を口にする

「でもよく警視庁側もそんな案をのみましたね。」

 見た目に反しよくとおるの声で疑問を口にする市村に対して、高野はうなずく。

「りゅーちゃんの言うことはもっともだけど、そこはいつものヤツよ。」

 通常であれば自治警察とPPOは同じ捜査機関であるため、常に縄張り争いが発生している。

しかし新都北署の捜査課に関しては若干異なる。

 それは高野課長以下構成要員の半数以上が自治警察出身者であり、若手である市村やタマキも滝のはからいにより警視庁で研修していた事があった。

 その為、警視庁側にもある種の仲間意識が芽生えており北署捜査課なら任せてもいいだろうと考えている者が多かったからだ。(この辺りは佐藤と滝が警視庁時代に積み上げた実績も大きい。)

「でもそうなると、元人質の身辺警護ってなんですか?」

 タマキがもっともな疑問を口にする。

「それはある種のバーターね。」

高野は少し考えて答える。

「容疑者が『人質の確保も目的』って言っていたでしょ? もし第三勢力が関与しているのであれば彼女はまだ狙われている可能性があるから警護しろ、ってこと。」

 どこかうんざりした様な口調の高野に滝が思わず反論を口にする。

「ちょっと待ってくれ。我々は捜査課で有って警備課ではないんだ。 要人警護なんて管轄外だぞ。 だいたいだ……」

 滝がさらに言い募ろうとした時、すっとタマキが手を上げる。

「……。あの~、昨日わたしが救出した人って、社長令嬢だったの?」

 突然どこか申し訳無さそうな声を上げるタマキに全員の視線が集まる。

誰も驚きの表情が浮かべている。

「タマキ、今まで気が付かなかったの?」

 高野が少しあきれ気味の声色で確認してくる。

「いや~、会社と同じ名前だなとは思っていたんですが、そんなに珍しい苗字でもないし偶然かなと……。」

 恐縮しながら話すタマキを見ながら高野が話しかける。

「ねえタマキ、それだけ肝っ玉が大きいのなら彼女はあなたが担当でいいわね?」

 最後に「ほら歳も近いし友達を守る感覚で。」と付け加える。

意地の悪い言い方だったが、捜査課のメンバーの中ではタマキが適任であることは間違いない。

 同性でないと入れない場所が公共の場所に存在している以上、滝では警護が難しい場合があるし、高野が警護についてしまうと指揮者不在となってしまう。

 それらを加味すると、提案される前から自分に逃げ道など無かったことを悟り渋々と了承するタマキだった。

「大丈夫よ。昨日もう話していたんでしょ。 初対面ではないんだからうまくいけるわよ!」

 根拠に薄い応援の言葉を投げかける高野に対し、恨めしそうな表情を返すタマキ。

 確かに以前にもある事件の被害者だったクラスメイトを警護する事が有ったので身辺警護は初めてではない。

 しかし今回は社長令嬢で社長代行、そもそも住んでいる世界が違いすぎて話があうのかも疑問だ。

「という事で、タマキは伊坂サヤカの警護。滝さんは関連施設や関係者への聞き込み。 りゅーちゃんは事件前後のネットの書き込みなどを洗い直して。 サトさんは整備が終わり次第、滝さんのバックアップで行くわよ。」

 担当を指示すると課長はすっと右手を上げ敬礼する。

『了解!』課員の声が唱和し、各々敬礼を返す。

「自治警察じゃないから、敬礼は必要なかったわ……。」

 敬礼を解いた右手のひらをマジマジと見つめぼやく自称刑事デカ長、高野レイコ。

全く締まってないその姿に、滝を除く課員は思わず吹き出す。

「ほら仕事だぞ、サッサと持ち場へ行け!」

 間髪入れずに滝が周囲に発破をかけるが、そんな滝も始め一瞬だけ肩を震わせた事を見逃さなかったのは佐藤だけだった。

「おう。お前もシッカリとな!」

 ニヤニヤと笑いながら、かつての相棒時代のノリで返しながら部屋を出ていく佐藤に、滝は渋い顔をしながら見送ると自分も退室してた。

 滝たちがオフィスを出ていくなか、タマキは課長席の前に残っていた。

「あのー、対象との合流時間とか決まってる?」

 どこか申し訳なさそうに問いかける。

 現場での冷徹さや、人前での明るい振舞いなど、いくつもの側面を持つ彼女だが、本質的にはどちらかと言えば奥手であり、ごく一部の人間の前では引っ込み思案な側面を見せる。

 幼なじみであり、子供の頃は姉の様な存在であった高野もそのメンツに含まれており、仕事中でも二人だけの時は互いに敬語無しに話している。

「伊坂サヤカさんは30分後に署へ打ち合わせに来るわよ。」

「ええっ、そんな突然に?」

 慌てるタマキに対し微笑む高野。

高野もまた他のメンバーがいない時は、タマキを妹のように接している。

「昨日、現場で会ってるんだから慌てる必要ないでしょ、だから早く準備なさい。」

 穏やかに話しかけタマキの髪を優しくなでる。

「う、うん。」

少し落ち着いた様にうなずきタマキは部屋を後にしようとする。

「あと、勤務中は学校の制服禁止。時間的に無理ならせめて勤務用ジャケットを上から着なさい。 緊急事態じゃないんだから。」

 課長の顔に戻った高野の指摘が響く。

「え~~。」

 タマキの心底嫌そうな声が室内に響いた。

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