第4話コモンセンスオブアンダーワールド
CSOU Co., Ltdのペイントが施された木の板が寂しくポツリと佇む。斜めに突き刺さった杭は長い年月を掛けて歪んだ訳ではない。打ち込んだ人間の品性がねじ曲がっていたから、こうして傾いているだけで、この看板には何の落ち度もないのだ。
近頃は木々が色を変え、身包みを脱ぎ捨てている。寒くなる季節だというのに、自ら葉を落とす木々達。夜になれば爛々と輝く通りも、昼はからっきし。飾らないこの通りにはなんの魅力も感じられず、暗がりでは見られないような一面が、ひょっこりと顔を覗かせている。
月から太陽へと役者が変われば、悪事に限らず隠すのも難しくなる。そんな中でも彼女を引き摺り出す事は難しい。
フッと風が下草を撫で、社屋の玄関がガラガラと開いた。
内にも外にも誰もいない。
ガラガラ。あたかも意思があるのだと言わんばかりに摺りガラスを揺らしながら、引き戸は閉じていった。
一階は商談用の部屋。殆どの人間が受付で殺されて、間仕切りの向こうを覗くことが出来ない。それも当然だ。彼らは客ではないのだから。互いに互いの弱みを握り、絶妙なバランスでもって信頼を醸成していくのだ。
ふらっと入ってきたハエとは心を通わせる事は出来ない。だから、簡単に叩き潰されてしまうのだ。
そんなハエ以外の客は、丁重に間仕切りの向こうへと案内される。そこでは金と内容のすり合わせをするだけ。それも砕けた様子で軽く会話をするだけで、契約書やら押印やらは一切ない。その際、社員を指名してもいいし、お任せでもいい。5分ぐらいで決まってしまうその商談は、当然明るみに出せるものではない。
これもお互いが剣を突きつけあえばこそ。信頼というふわっとした締りのないものではない。もっと高次の結び突きなのだ。
そうして商談が終わると客は帰る。一変するであろう自分の未来に期待を膨らませて、軽い足取りで帰っていくのだ。それを見送れば、2階にいるかもしれないエーへとその内容は報告される。会長がいない場合は、各部屋を回り最安値で引き受ける社員を探していく。安ければ安いほど、ピンハネ出来る額も上がるからだ。
そんなやり手のビーは殺された。会社の顔であり財務も任されていた、存在の大きい社員だった。
元は飲み屋だったと思われるこの建物。2階にはオーナーの部屋だろう、一際大きな部屋がある。もちろん会長であるエーの部屋だ。こういう会議の度にこの部屋が使われる。
それ用の机や椅子はない。たまにしかない会議のためにわざわざ買うのもアホらしいと、鶴の一声があったからだ。その代わりにエーが好きなビリヤード台の周りには社員達が集まっていた。
社員達はそれぞれの思惑があって集まっただけの転生者達だ。会社の売上の為だとか、交流を増やしたいとかそんな考えが全くない、個性の強い社員達。互いに挨拶ぐらいはするものの、それ以降は静かに時を待つ。
すうっと開いたエーの寝室。皆の視線が一気に集まるが、そこからは誰も出てこない。そしてひとりでにパタリと閉まった。
「んー、挨拶ぐらいしてもいいのにね」
エイチは下唇を突き出し、ボソリと呟く。
「人見知りなんだから仕方ないですよ」
ディーのフォローにそんなもんかなと相槌をうち、さっきまで話していたご近所の動静を続けた。
「もう集まってるよ」
「はっ!?びっくりしたー。またかよ」
「その格好で出るつもり?」
「なわけねえだろ。ったく、シッシッ。着替えるからどっか行け」
「はあ?今さらでしょ」
「今さら?なーにを言ってんだお前は」
何を今さら気にするのだろう。私達の仲じゃない。全裸で目を塞ぐような乙女だと思ってるのだろうか。
「恥ずかしがらなくていいって事。皆待ってるけど、まだ寝るの?」
「いや、キモいって。マジでどっか行けよ。他の連中ならいいけど、お前の前じゃ絶対に着替えたくない」
「ふーん。意外とロマンチストなんだね。分かった、出ていく」
初々しい方が、みずみずしい関係でいられるしね。だから、恥じらいも必要って事かな。エー君もそんな事考えてくれるんだ。
「ったく、何なんだよ」
その言葉を背に感じて、部屋を出た。みんなの視線が扉の方に集まるけど、私の事は認識できていない。唯一目を泳がせて私を探しだそうとしているのはエイチぐらい。
さっきみたいに寝室の横で、壁にもたれ掛かりながら、バカっぽい顔の社員達を見渡す。
来てない社員が多いなー。滅多にない会議なんだからちゃんと来いよ。
「エス、その辺にいるんでしょ?顔だしたら?噛みついたりしないわよ」
このババアはいつもいつも、ホントに煩い、面倒くさい。私の能力との相性は最悪だし、性格の相性も最悪。どうせ言うんでしょ?「挨拶ぐらいしなさい」って。
「久々に集まってるんだから、挨拶ぐらいしなさい。皆、エスの顔見たがってるわよ」
嘘つけ!イーの膝に座ってる子供なんか鼻提灯作ってるじゃん!ていうか、誰よ。初めて見たけど、イーの孫?いやいや、死体としかヤラないド変態だからそれはないよね。
「わりい待たせた。そんで、エス!開けたら閉める、基本だろ」
言うと思った。ああでもしなきゃまた眠ってたくせに。
エーは乱暴に扉を閉め、ビリヤード台をぐるりと回った。ここにある唯一のスツールに腰掛けるためだ。
「さて、始める前に、イス作ったのか?」
腰掛けながら、右隣のイーへと尋ねたエー。全員がくねくねと体重を移動させるかビリヤード台にもたれかかる中、膝に子供を乗せたイーだけは座っているからだ。
「ええ。私もこの子も疲れていたもので。不愉快でしたか?」
「いや、わざわざ買ってきたのかと思ったんだよ。イス欲しいやつは自腹で買え。用意しないからな、邪魔だし。で、そいつか、ビーを殺ったのは」
「ご明察。ヴィー起きなさい。皆集まったぞ」
うーんと眠たげな声を漏らしながら、重たい瞼をどうにか持ち上げ、辺りを見回すヴィー。
「はあーー、いい能力持ってるな。お前、ウチで働くか?」
眠そうな顔をした子供に、最後の意思確認を行った。途中で抜ける事は出来ないし、ここで断る事も出来ない。命に頓着がなければ断ることも出来るのだが。
「働きます!アンタの下にいた方が俺達も動きやすいからな。うん、よろしくお願いします」
「ハッ、なんだそれ。役者志望なのか?」
転生すると、元の人格は淘汰される。記憶や人格が混じり合い、1つになる場合もあるが、それでも、強く表に出てくるのは転生した魂である。その認識があったからこそ、エーはガキんちょの悪ふざけだろうと軽く流したつもりだった。
「元の人格が残っているのですよ、会長」
凪いだ瞳で冷静に告げるイーだが、その意味が理解できていないはずがない。
その言葉に目を細め、少年と視線を交わす。だが、見つめてもその中身までは見通せない。転生について、もとい魂については悪魔の専売特許なのだから。
エーは顔の緊張をほぐすと、ビリヤード台に放り投げてあったタバコを咥え、その先端をピンと指で弾き火をつけた。
「ふー。とりあえずお前は採用な。今日からウチの社員だ。名前はそのままヴィーでいい、全員仲良くしろよ」
シマリのない返事が室内に響くが、言わずもがな上辺だけのものである。
「で、ビーが死んだ。コイツに殺されたらしいが、報復はするなよ。もう社員だからな」
「ビーと仲良かったの会長でしょ。報復しそうなのはアール君ね」
「まあ能力と、金勘定ができるところは好きだったな。あと、アールは今日来てねえな、エイチ、居場所は?」
「いつも通り、騎士のところね。ホントにいいの?泳がせたままで」
「いい。どうせ記憶は消せるんだ。好き勝手やらせて騎士がどう動くのか見たい。英雄が出張ってくれれば最高だな」
丸太のような腕を組み、グッと眉間にしわを寄せている男が視界に入ったエーは、つまらないのだろうと思い話題を変えてやることにした。肝を潰すようなぶっ飛ぶ話題へと。
「ああ、それと戦争が始まるから、死ぬなよ。住民票なんかないから徴兵はされんだろうが、道端で勧誘されるかもしれねえ。そん時は適当にあしらえよ、揉め事起こしても来るのは下級騎士だけだからな。そして、でかい仕事が入った。というか、もう始まってるんだけどな、その仕事ってのが国王暗殺なんだわ。この件は社員総出でやるから頼むな」
言葉を反芻し、理解するよう務める社員達。戦争が始まっても徴兵はない、というのはその通りだろう。何故なら転生した先は死体だったのだから、死体までかき集めるのでなければエーの言う通り。それは理解できたのだが、もう一つ、重大な告知が理解できなかった。
「会長?国王暗殺って本気なの?」
凛と嫋やかな声がエーに向けられる。
「本気に決まってるだろ。お前が殺した男はその前段階だ。エヌとシーが殺ったヤツもだ」
「暗殺の一部って、私そんな大それた計画に加担してたわけ?なんで、言わなかったのよ」
「そりゃあ、断らねえようにかな」
「……もし成功したら、どうなるの?今まで通り暮らしていけるの?」
「そりゃもちろん。その為に国王を退場させるんだよ。依頼人が俺達を今まで以上に快適に過ごせるように取り計らってくれる。その為に、今回の件を引き受けた」
ドン!
岩のような拳がビリヤード台を叩きつけた。今までムスッとしていたエヌがエーを睨み付ける。
「つまらねー仕事をフッたのは、俺たちを巻き込むためか」
「仕事につまらねえも糞もあるかよ」
「あんだよ。フザケやがって、何ならテメエを今殺してやろうか?わざわざ混乱に巻き込まれる会社にいる必要もねえしな!」
エーは頭をボリボリと掻きながら、首を傾げた。エヌはこの程度で怒り狂うような男じゃない。むしろ享楽的な人間で、俺と殺り合うなら喜々としているはず。来たときから不機嫌そうに見えたが、この怒りの原因はまた別にある。
「エフ、やめろ」
「何を?」
あざとく小首をかしげ、ぷるんと張りのある唇をとがらせる。
『能力を止めろ』
不愉快そうな顔もまた美しいが、エーの言葉には抗えない。会長の言葉だからではなく、言葉を使った能力だからである。
エヌは表情を変えた。目を瞬き、少し混乱しているようだ。
「あー、会長、もしかしてやられたのか俺」
「んまあそういうこったな。ビッチが余計な事をしただけだ。気にすんな」
「悪い」
「文句があるやつはいるか?今のうちだぞ。後でピーピー言ったって聞かねえからな」
ぐるりと社員達を見遣るが、いいように使われたと知ったエフ以外に否定の表情は見えない。
ならばと次の話題に移ろうとした時、ふたりの手が上がった。
「まずはエムからだ」
「いくら貰えるのー?国王を殺すんだから、相当な額入るんでしょ?」
「とりあえず5億だ。前金で1/3もらってる。それに、金だけじゃない。コネと権力も手に入る。お前らこれまで以上に好き放題できるぞ」
「今でも十分だけどなー」
「俺らが羽を伸ばせるのはオーランドだけだろ。今後はこの国中で大手を振って歩けるわけさ。どうよ、夢が広がるだろ?」
「まあ、そうだねー。いい
「だろ?はい次、ヴィー君」
「その計画にボクも参加したいです!国王を殺す事こそ、ここに入社した理由だしな」
「ほお、そうか。でもなー、もう計画進んでんだよ。今から組み込むのはないんだわ。でも、お前の能力面白そうだから、見学として参加してもいい」
「見学は嫌です。王様はボクが殺ります。おいおい、俺達で殺るだろ?ああ、そうだったね。ボク達で殺ります」
「はいそうですかって簡単にはいかねえよ。お前の実力、わかんねえもん」
「どうしたらいいですか?どうしても殺したいんです」
「はあ、どうしよっかなー」
真っ直ぐな瞳でおねだりするヴィー。それはそれは無邪気な子供のそれで、なかなかに可愛げがある。だが、会社の今後にも関わる大口の案件で、かなり丁寧な仕事が要求される。仕留めなければこの国での活動はままならないだろうが、成功すれば割かし安定した未来が待っている、賭けなのだ。
とは言っても、彼の能力は魅力的である。戦力になるのなら、あわよくばという思いもあるが、それに見合う実力がなければならない。それを評価するには実績が必要なのだが、新参者にはそれもない。
「じゃあ、後で話そう。ここは保留で」
「ボク、諦めません!言っとくが、俺らは使えるぜ」
「はいはい、了解。とにかく後だ。ほら見ろ、シーがあくびしてるじゃねえか。個別でその辺は確認すっから、いいな?」
「……はい、分かりました」
「よし、後は受付だ!誰か金勘定できるやついるか?」
スッと手を上げたのはエイチ。自信満々だが、彼女には大きな欠点がある。
「お前、殺せるのか?一瞬で仕留めなきゃ駄目なんだ、逃げられると面倒だからな」
「アタシにだってできるよ。包丁でグサリでしょ?」
「いや、そんな簡単なら待遇を良くしたりしねえって。死にたくねえんだから、そりゃー暴れるし、もしかしたら、お前がやられるかも、あ、お前は殺られねえか」
「大丈夫大丈夫!任せなさいよ。それで、給料貰えるんでしょ?いくら?」
「まあ、月80ぐらいだな。ただし毎日だぞ。子供の面倒見ながらいけるのか?」
「あー、毎日かー。休み貰える?」
「いやない。緊急なら誰かが代わるが、休みはないと思え」
「……そりゃ厳しいね」
「はい他!いないなら勝手に決めるぞ、いいのか?」
すると、面倒くさそうにのそのそと手が上がった。あくびをしていたシーだ。
「オレは嫌です。なので、ティーがいいと思います」
「生贄かよ。お前にしようと思ってたのに。ティーかー。ん〜、ティーなー」
「ん〜」
エー以外の社員たちも渋い声で呻いた。ティー、彼は殺しに躊躇いがないし、頭も悪くない。コミュニケーションもそれなりに、だができる。しかし、彼の趣味が皆の同意を妨げていた。
人気のない推しをどうにか受付に据えようと、シーは全力のセールストークを始めた。ほぼ面識のない人物のセールスポイントをである。
「確かに、拷問好きの変態と言われてますけど、最後には必ず殺すそうじゃないですか。それに、逃走しようにも彼の能力で上手く行かないでしょう。あともう一つ、彼、貧乏そうだし、うってつけじゃないですか」
「まあ、そうかなー。そうだな。たぶん、大丈夫だろ。悲鳴で苦情が来ないように改築すりゃいいか。よし、今日は来てないけどティーで決定!文句あるやついるか?」
シーは小さな声で喜びを顕にし、拍手した。どうやら他のメンツにも異論はないようだ。
「はい終わり。みんなお疲れなー、解散!」
国王暗殺という一大イベントがあるというのに、会議終わりの社員達は、毎日行われる朝礼を終えたかのような、無に近しい様子で部屋をあとにしていった。
部屋に残ったのはエーとヴィーを抱えるイー。
「能力について話すから、アンタは帰っていいぞ」
新入社員には恒例の儀式がある。それは、エーが能力を見定め、その本質を教えてくれるというものだ。本来なら自身でその能力に気づき、本質を見極めなければならないのだが、即戦力になってもらう為、その時間を省いてあげるのだ。
「心細くないかね?」
「できれば、イーさんも居てほしいです。おいおい、なんだよ。俺がいるのにか?ともだちは多いほうがいいもん」
イマジナリーフレンド、二重人格、元の世界の知識を持ち出せば、そんなところだろうヴィーの言動。だが、医者でもない自分が、日本でもないこの世界で、可能性の高そうな結論を導くとすれば、魂が1つに定まらなかったとなる。なかなか気味の悪い結論に、少しだけ背筋がゾワリとしていた。
「会長、そういうことですので、同席しても?」
「んああ、本人がいいならな。それと、エスお前は失せろよ、どうせいるんだろ?鼻息がうるせえぞ」
シンと静まる室内で何のことだか分からない子供はあたりをキョロキョロと見回す。
あるのは社員たちが去った平穏と装飾のない壁だけ。広い部屋なだけに寂しさがちらほら見えるぐらいだ。
すると、この部屋の扉の前が
「鼻息じゃなくて会長の耳がいいんでしょ!女の子に失礼だよ」
捨て台詞ではないようで、どうもエーのリアクションを待っているようだ。見兼ねて犬を追いやるようにシッシッと手を振るが、エスはなかなか動かない。
「なんだよ。さっさと帰れ」
「気を付けて帰れよ、とかあるでしょ!」
「はあ、気を付けて帰れよーじゃーなー」
「うふふ」
喜色満面なエスはくるりと背を向け、部屋をあとにした。
「ぞっこんですな」
「……やめてくれ」
エスの能力は『隠密』という能力。彼女を誰も認識するのことができない能力である。もちろん鼻息も聞こえない。聞こえないのだが、鼻息荒くエーを眺めていたであろうことは想像に難くない。エーが仕事中だろうが、寛いでいるときであろうが、彼女はひっそりと佇んでいる。本来ならバレないはずの能力を持っているのだが、好きな人に無視されたくはないのだろうか、自分から姿を晒す事が多い。
何もしてこないからと放っておいたのだが、最近は度を越している。そろそろ対策を打つべきだと決心したエーはとりあえず、目の前の問題に焦点を合わせた。
「共有と憤怒の能力を持っている。共有は、いろいろ共有できるんだな。あらゆるモノを共有できる、みたいだ。それから憤怒はあらゆる事象の排斥ができる、以上だ。質問あるか?」
これからだというところで打ち切られ、思わず目を見開くヴィー。
「使い方は教えてくれないのか?」
「敬語を使えよ。まったく、最近の若い者は」
「アンタとタメか年上だと思うけどな。でも、この人が会長だよ?……使い方を教えてください」
「うん、まず使い方は知らん。そして、お前いくつだ、魂の方な」
「俺は42だったな。使い方知らないんだ。なら、ボク達で考えるしかないね」
「俺より年上だわ。でも、敬語な。見た目が子供だし。それでだ、ビーはどう殺った?アイツ、それなりに強かったはずだけど」
「なんか勝てたんだよね。ああ、体が能力について理解してたとしか言いようがない。蛇に食われそうになったときには、殆ど無意識に蛇の意識に入りこんだ。ビーの能力を間借りしたのはアイツが俺に触れたときだが、これも殆ど無意識。そして、手に入れた能力を使えたのも、こうしたらいいのだろうと何となく頭に浮かんだからだ」
「……ふーん。それは共有の能力だけか?憤怒は?」
「さっぱりだな。聞くまで持っていることも知らなかった。そうだね、でも強そうだし、使いたいね」
「何が目的なんだ?」
「うん?は?」
「いや、独り言だ。とりあえず共有は使えるのか。ん?待てよ、ビーの能力今も使えるのか?」
「使えます。試すか?」
「そうだな。俺に使ってみろ、って殺すなよ?」
『黙れ』
間髪入れずに行使された能力を甘んじて受けたエー。試しに、肺いっぱいに息を取り込み、腹に力を入れて声帯を震わせようとした。しかし、漏れ出るのは取り込んだばかりの空気だけだった。
ビーの能力を持つのはヴィーだけではない。『相続』という能力を持つエーは彼の能力をすべて受け継いでいる。
数ある転生者で同じ能力を持つことはかなり稀である、と悪魔マモンに聞いていた。ただしそれは、転生してから能力を得たという、正規ルートを経た場合に限った話である。
能力によって、能力を奪ったり借用したり受け継いだりすれば、同じ能力を持つ者が増えるわけだが、相対することはこれまた稀である。
その理由は2つあるだろうとエーは推測している。
1つは能力使用の条件によるもの。例えばエーが持つ『強欲』は相手を殺す事で奪える能力であるというのがいい例だろう。
2つは相手の挙動だ。そもそも能力を行使されたら何かしらの影響を受ける。それを避けるのが普通だが、転生したばかりでその考えに至る事は少ない。何故なら自分の能力すら認識していない上に、訳の分からない状況に陥っているのだから。運が悪ければ一般人に殺され、多少運が良ければ転生者に殺されるだろう。だから、転生して生き残る者達は正体を隠してひっそり住んでいることが多いし、よく知らない人との接触を極端に嫌がる。どんな状況で能力を使われるか分からないからだ。
だから、珍しい貴重な体験をしたエーは、能力を使われている身にも関わらず、歯をむき出しに笑みを浮かべているのだ。
『喋っていいよ』
するとすかさず、この体験を分かち合おうとエーも能力を使った。
『シャラップ』
驚くヴィーをよそに、この奇妙なシチュエーションを喜ぶ理由を話し始めた。
「同じ能力があるってのはそれだけでメリットが大きい。単純に倍だろ?範囲やら人数やら時間やら何もかもがだ。それからお互いに能力の情報を共有できる。例えばこの『言霊』なら、声を出さないといけないとか、相手が意味を理解しないと効果がないとかだ。それから敵の裏もかきやすい。能力について知ってるヤツなら同じ能力を複数人が持ってる事はほぼないってことも知ってるはずだからな。そして、デメリットと言えば互いに手を出しずらい事ぐらいか、すごくないか?」
頬を引きつらせながら口元を指さすヴィーを見て、それはそれは穏やかな、無邪気な我が子に与えるような穏やかな笑顔で能力を解いた。
「……アンタもビーに何かしたのか?」
「いや?受け継いだだけさ。これは推測だが、お前のもつ『共有』は誰か、つまり生者と分かちあう能力だろう。だから死んだビーの能力は本来使えないはず。でもこうして使えるのは」
「会長が持ってるから。アンタが受け継いだから『共有』の能力が継続している、なるほど」
「ビーから貰ったのはそれだけか?他の能力は」
「ほか?これだけじゃないのか?」
「ふむ」
ビーの能力は三つある。エーとヴィーが保有している『言霊』、残るは『翻訳』、『吸収』である。ヴィーは『翻訳』と『吸収』について知らないような素振りを見せていることからこの二つは持っていないと考えられる。
何故エーが一考しているのかと言えば、『共有』が自身の持つ能力に近しいからだ。だからこそ、その差異について考えさせられる。
エーの『相続』という能力は受け継ぐ内容を選択する事が出来ない。例えば『言霊』だけを受け継ぎ他は放棄するという選択が行えず、出来る事は相続を「する」か「しない」か、のみなのだ。
ここで判明したのは『共有』の能力が選択できるという事。しかし、選択するという事は認識できなければならない。要するに能力がいくつあり、自分が欲しいのはこの能力という風に区別しなければ選択がそもそも出来ないはずなのだから、『共有』にはその機能も備わっている可能性があると考えられる。しかし、その万能で便利な能力を、ヴィーが
能力だけでは説明できない力によって『共有』が活用されていると考えた方が説明はスムーズに出来る。もしも相手の能力を認識し区別できるのなら自分の持つ『憤怒』を識別出来たはずだし、『共有』を
固有の能力である『憤怒』は使えず、獲得したばかりの『言霊』を使いこなすのは天性の動物的本能では説明できないし、『共有』の能力による恩恵だというには万能すぎる。つまり、何らかの力、十中八九悪魔だろうが、その力が働いているのだろう。
悪魔の力添えはエーも受けているので、大して気にしないが、不思議なのは一つの能力に干渉しすぎている事である。
悪魔の存在とその意図だけは気に掛かったままであるが。
「お前の『共有』の能力は使えるな。もう1つの方はどうにか使いこなしてくれ」
「ん?怒ってる?ボク悪いことした?」
「いや、ちょっと考え込んだだけだ。いい能力だなーと思ってさ」
「……そうか。で、話は変わるが国王暗殺の件はどうなる。ボク、絶対に参加するよ」
裏切りは看破し易い。エーには『遠耳』という能力があるからだ。だから、ヴィーが暗殺阻止の為に参加したがっているのではないと理解している。しかし、未発達の状態でしかも中途から参加させるほど、今回の計画はザルではない。むしろ万全で一部の隙がないほどに綿密に練られたもので、ヴィーを入れるメリットがないのだ。
「断ったら?」
「ボクは王様を殺してほしいからここに依頼したんです。そしたらビーさんに殺されて、で、俺が転生した。今となっては俺たちだけで殺りにいってもいいと思ってるが、わざわざアンタらの計画を潰す気もない。だが俺たちの復讐は果たされるまで決して折れない」
参加させないと言えば、1人吶喊したぶん死ぬだろう。運良く生き延びても、暗殺未遂の人間を匿いたくはないし、1人隠れて住まわすのは勿体ない。
強い転生者というのはなかなか巡り会えない。転生者自体が少ない上に、野垂れ死ぬやつも多いからだ。そうでなくても正体を隠しひっそりと住んでいるヤツを探すのは骨が折れるし、こうして降って湧いた転生者、しかも見どころのあるヤツを手放すのは惜しい。
「トドメは俺が刺す。そこは譲れない。万に一の取りこぼしも許されないからな」
「いいですよ、問題ない。殺すといっても恨みが晴らせればいい。うん、そうだね。ルカの分の仕返しができればそれでいい」
「ルカ?誰だそれ」
「ボクの妹です」
「1人にしてるのか?つーか、家には帰らねえのか?」
「それは。まあいいだろ。身の上話が必要なのか?」
曇りかけたヴィーの顔が一変し、不愉快そうな顔で、問いかけてきた。
「いや、話したくないならいい。計画やらなんやらはまた明日にしよう。それでいいか?」
「ああ構わない」
終始無言だったイーは立ち上がると、ヴィーを床へと立たせてあげる。
「では、失礼」
軽く頭を下げると、左手をヴィーへと近づけた。さも当たり前のように手を繋ぐと、彼らは部屋をあとにしていった。
あっさりと終った会議だったが、これは国王暗殺が二日後に控えたCSOUの風景である。そして、出ていったはずのエスがこの会議室に忍び込んできたのもエーにとっての日常の風景である。
「ふー。自動ドアにした覚えはねえんだけどな。エス、バレバレだぞ」
パタリと扉が閉じると、ぐにゃりとその形が変わり、エスが姿を現した。
「能力が割れてるからだよ。パンピーには効くんだからね」
「あっそ。んで?」
「ビーを殺したのは間違いなくあの子供だよ。殺るところ見たし。それからタイミング良くエフが外にいたみたい」
「めんどくせー、あいつが原因てことか?」
「分かんないよ。ヴィー君が状況を理解して自分の意志でビーを殺したとしても理屈は通るし」
「本当にたまたま、ここに居合わせたかもしれない、のか。まあ、あり得ねえな。ガキがいきなり他人を殺すなんて発想出てこないだろ。仮にあったとしても、実行しちまったのはエフの能力が引き金だろうし」
「国王を暗殺してくださいって言いに来たぐらいだから、殺せちゃうんじゃない?」
「動機がないだろ。殺されました、恨みます、殺しますって普通なるか?それよりも、なんで生きてんのか不思議に思うし、相手の良く分からん能力に警戒するし、すぐさま恨みは募らねえし復讐なんて思いつかねえよ」
「じゃあ、エフを殺る?」
「いや、今はいい。他は?」
「デリック家の問題は片付いたみたいよ」
「ギリギリだったな。騎士への説明は?」
「事故で終了。悪い噂が立ってるけど想定内でしょ?」
「俺が考えた訳じゃねえけど、まあ問題ない」
「国が終わるね。どうなの?夢だったんでしょ?」
「夢?勘違いすんなよ。俺は俺の住みやすい世界を作りたいんだ。国を崩壊させたいわけじゃない。でもまあ、その足掛かりにはなるな」
「緊張してるの?」
「少しだけな」
「大丈夫だよ、上手くいくって」
「明後日のことは心配してない。これからだ、これからが楽しみなんだよ。やっと俺にお鉢が回ってきたんだ、絶対に奪われないようにしないとだろ?だから、多少の緊張はある」
「ほぐしてあげようか?緊張」
「……くねくねしてっけど、お前、鏡見たことあるか?まったく燃えねえよ」
「そんなこと言ってー、ほら、先に行って待っててあげるねー。前屈みで恥ずかしそうにして来てね」
「……」
キモさの粋を集めて生まれた彼女が自分の寝室へ向かうのを眺めながら、大きくタバコを吸い込んだ。
どうせデリックはこちらを見限るだろう。夢見がちな市民と同じく、王もまた夢を見る。夢を見ているうちに、視界の端に映る現実が不快なハエのように思えてくる日が来るだろう。そうなればまた、前の世界と同じように常識やら法律やら道徳やらで正しく命が刈り取られる日が来る。
本当にどうでもいい、つくづくしょうもない社会だが、二度目のチャンスが巡ってきたからには必ず普通にしてやる。
世界をあるべき姿に戻してみせる。
暗い未来に想いを馳せながら、大きく息を吐き出した。
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